プロローグ
※人によっては不快な表現も出てきます。
心臓が嫌な音を立てる。
大丈夫、まだ間に合う。
自分に言い聞かせながら、薄暗い地下への階段を駆け降りて行く。
か細い悲鳴が聞こえる…この先か!
汚らしい檻の中、屈強な男が何かを殴りつけている姿が目に入ると、視界が怒りで真っ赤に染まった。
「貴様ああああ!!」
剣の切っ先を首に突き刺す。
男は声にならない叫びをあげ、巨体を床に叩きつけた。
殴られていたであろう彼女に目を向ける。
ボロボロになった服を必死に手繰り寄せて、震えている様はいつもの凛とした美しさを見せる彼女とはかけ離れていた。
綺麗に手入れされ巻かれていた髪も、澄んだ海のような青い瞳もくすんで見える。
…でも、彼女だ。
俺が恋焦がれた唯一の人だ。
距離を空けたままその場に膝をつくと、細い肩がびくりと跳ねた。
「遅くなって申し訳ありません…ティア様」
声を聞いて俺だと分かり安心したのか、彼女がふっと意識を手放した。
慌てて手を伸ばし、その身体に触れて愕然とする。
(こんなにも…細く…っ!)
この国を、彼女の元を離れたのは、彼女の窮状を他国にいる国王陛下と宰相閣下に伝える為だった。
彼女の事を信頼できる侍女と騎士に託し、自分がいない間の守りは万全だった。
…万全だと思っていた。
国王陛下と宰相閣下をお連れして国に戻った俺を待っていたのは、物言わぬ首だけとなった彼らだった。
数日間晒されていたらしく、かろうじて本人だとわかるくらいで、それは…酷い有様だった。
罪状は不敬罪。そして、陰謀罪だそうだ。
…馬鹿げている。
今頃きっと、陛下達がこのような愚かな事を実行した奴らを捕らえている所だろう。
彼女の膝裏に手を入れ、もう一方で背中を支え抱き上げる。
嘆くのは後だ。
まずは、彼女を安全な所にお連れしよう。
「…生きててくれて…良かった」
彼女を抱く腕に、力を込めた。