旦那様に手紙を送ったら、間違えてノリとネタで書いた離婚届と手紙だった。【釣書シリーズ 3】
『お見合い相手に釣書を送ったら、間違えてノリとネタで書いた方の釣書だった。』のシリーズ第三弾です。
未読の方は、上部↑シリーズを読まれると、もっともっと楽しめるかと思います!
人は誰しも、ノリとか勢いで、シュババババっとやっちゃうことがある。
頭の中に湧き出たモノを追い出したくて。
……と、私は思うのよ。
「だから、ちょっとした脳内整理だったんです」
「で、これ等に『脳内整理』と『シュババババ』をふんだんに盛り込んで書いてみた、と?」
「はいぃ……」
「こっちは、離婚届だと解ってて、書き込んだんだね?」
「…………はぁいぃぃ」
「ふうん?」
私の愛しい愛しい旦那様である、ノーザン伯爵ジョルダン様の手には、私がノリだけで書いた離婚届と手紙が握られています。
そして、その離婚届と手紙がグシャッと棒のように丸められ、二人の間にあるテーブルに、バシンバシンと激しく叩き付けられています。
私の部屋の、ちょっと作りが心許ないテーブルが、ガッタガタと揺れています。
そろそろ本気で壊れそうな気が……。
――――あら? デジャヴかしら?
「現実だ」
「ですよねぇぇぇ」
「……」
びっくりするほどに重たい空気です。いつも穏やかな空気を纏っていて、話しかけると微笑み返してくださる優しいジョルダン様を、本気で怒らせてしまったようです。
『ノーザン伯爵 ジョルダン様
まさかこのようなお手紙を書くとは、思ってもいませんでした。
人生とは不思議なものですね。
ジョルダン様とお見合いをしたあの日から、徐々に貴方のことを好きになっていきました。
結婚式の日、貴方と共に生きていけるのだと、舞い上がっていました。
日々の生活が、幸せに満ちていました。
ですが、もう無理です。
他の方を愛おしそうに見る貴方を、他の方に愛を囁く貴方を、側で見続けるほど私の心は強くありませんでした。
貴方の瞳を見るのが怖い。
貴方の声を聞くのが怖い。
貴方に愛されていないと痛感してしまうから。
だから、二度と家には戻りません。
どうか、私と離婚してください。
幸せな日々をありがとうございました。
ソフィ・アゼルマン』
――――と書いた、何かのネタのような離婚届と手紙のせいで!
◇◆◇◆◇
そもそも、事の発端は姉夫婦にあるのです。
…………たぶん。
ジョルダン様とのラブラブ新婚生活四ヶ月目のある日、お母様から『緊急』と書かれた手紙が届きました。
内容は、数年前に結婚して家を出ていたはずのお姉様が、三人の幼児連れで出戻りした。妊娠八ヶ月目ということもあり、三人の男の子たちの面倒が見れない。助けて! というものでした。
ジョルダン様が結婚時の支度金などを支援してくださったおかげで、少しの余裕が出来た我が家ですが、慢性的な使用人不足がたたって、元気いっぱいの二歳〜六歳の男児の面倒を見る者がいないのでしょう。
ジョルダン様の帰宅後にご相談すると、これから一ヶ月ほど、ジョルダン様が団長を務める騎士団も忙しくなるとのことでした。
「来週から演習や野営訓練が始まるんだ」
「あ! そういえばこの時期でしたね。お兄様が一番楽しみにしている野営訓練」
「……はぁ。全く解らないのだが、アイツは何故あれほどまでに料理が上手いんだ。煩いから置いていきたいが、全騎士に反対される。『マクシム飯が食えないのは嫌だ!』と」
何故か、と言われますと、非常に塩っぱい理由なのですが。
我が家はシェフを雇う余裕もなく、出来ることは自分たちでの精神……というか、必要に迫られて料理をしていました。
お母様や私は家庭料理が出来ます。そこそこ、普通、という程度で。
脳筋な兄は、食材が足りないと嘆く私達の為に、野山を駆け回って小動物を狩り、ハーブや食べられる野草を採って来てくれていました。
そして、十代半ばにはサバイバル飯を作ることが得意になっていました。
「なるほど。そういう理由だったのか。アイツも少しは人の役に立っているのだな」
ジョルダン様がウンウンと頷いて感心してくださいましたが、そもそも材料が足りなかったのは、食欲旺盛な兄のせいなので…………まぁ、自給自足してくれたのでとても助かりましたが。
あと、騎士様たちが言われるように、本当に美味しいのですよね、『マクシム飯』
「まぁ、そういうわけで、しばらく家に帰れない日が増えるから、ソフィに寂しい思いをさせてしまうな、と心配していたんだ」
「ジョルダン様?」
「使用人がいるとはいえ、一人での食事は寂しいだろう? 姉君や母君の助けにもなるし、訓練などが終わるまでの一ヶ月、実家に戻るのはどうだい?」
「でも……」
全く帰って来られないわけではないようなので、そんな日はジョルダン様がお一人になってしまいます。
ですが、ジョルダン様は笑顔でそっと頬を撫でて、柔らかなキスをくださいました。
「ならば、手紙を書いて騎士団へ届けてくれ。それだけで私は幸せ者だ」
「っ――――ふぁい」
あぁぁ、何という心優しい方なのでしょうか!
たらしです! 人たらし! あ…………もしかしたら、女たらしかも? こんなに素敵な人なんだもん。絶対にブイブイいわせていたはず!
『ブイブイ』のブイが何かは知らないですけど。
「ソーフィー? なにか良からぬことを考えてはいないかい?」
「ひえっ⁉ なっ、何もっ!」
「ふうん?」
ジト目で睨まれましたが、華麗にスルーしました!
話し合った翌日から、実家で寝泊まりすることになりました。
わんぱくちびっ子たちのお世話や食事の用意、お姉様の愚痴などを聞く日々のおかげで、ジョルダン様がいない寂しさは少しだけ紛れました。
「えっ、外に女性を囲っている?」
「ええ、間違いないわ。微量だけど金銭の動きがあるし、平民の家にこそこそと入っていくのを家の使用人が見たって噂してたのよ!」
「お義兄様には聞いたの?」
「聞けるわけないじゃない――――」
どうやらお姉様は、お義兄様の言い分も聞かずに家出して来たようです。
何日経ってもお義兄様が迎えに来て下さらないこともあり、「離婚する!」とシニヨンに纏めた暗めのブルネットヘアーをワジャワジャと掻き混ぜて、大変ヒステリックになっています。
お義兄様は、とても寡黙ではありますが、いつもニコニコとされており、子供たちのお世話も積極的にされていました。
そして、何よりもお姉様を大変愛されているのです。それは傍から見ていてもわかるほどに。
なので、私やお母様は勘違いか何か理由があるはずだ、と言うのですが、お姉様は全く聞く耳持たずです。
「もう嫌なのよ! 離婚よ離婚!」
レターデスクから離婚届を取り出して、書き込もうとされましたので、慌てて取り上げました。
全くっ! 話し合う前に離婚届に記入するなんて! こんなの届けられた日には、あの優しいお義兄様は卒倒してしまう気がします。
バタバタとした日々が続き、実家に帰ってきて三週間が経ちました。
ちびっ子達がお昼寝をしている隙に、自室へ戻り、今週分のジョルダン様への手紙を書きました。
ふと、レターデスクの引き出しに入っている、折りたたんだ紙が目に付きました。
カサリと開いてみると、先々週にお姉様から取り上げた離婚届でした。
へぇ、こんな風になっているのねぇ。様式は婚姻届とあまり変わらないのねぇ。あら? チェック項目があるわ。離婚協議書も用意しないとなのね。
離婚協議書、ねぇ――――。
◇◆◇◆◇
「何故『離婚協議書』から、こんな手紙になるんだ」
「あー、そのー、はいぃぃ」
色々と考えたり、想定したりしていましたら、感情が昂ってしまったのです。
だって、ジョルダン様は『女たらし』ですし!
いつか、過去の彼女とかが出てきたり……。
いつか、私よりボイーンな人になびいたり……。
いつか、私よりバイーンな人に目を奪われたり……。
いつか、トラブルに巻き込まれた可愛らしい女の子を助けた事がきっかけで、二人の間に愛が芽生えて、『私には妻が』『お願い、好きでいさせて』『それくらいなら……』『ジョルダンさまっ!』『また君か』『ジョルダンさま、好きです!』『ああ、君か、はいはい』『ジョルダンさま、愛してます!』『……ん、私もだ』とかとかとか! なるじゃないですかぁぁぁ!
もしくは、いつか、『ジョーだんちょぉぉぉう!』『マクシム! 私にはお前しか!』『『アーッ!』』とかも。
まぁ、ノンケなジョルダン様なので、ごく僅かな可能性ですが、ありっちゃあり。
「ソレは無しだ。そして、寸劇が長い」
「ふぁい、すみません」
「お前はとても楽しそうだな?」
「へ?」
あ、やばいやばいやばい! 『お前』呼びになってしまいました。
「あと一週間で様々な事後処理が終わり、通常運営に戻る予定だった。お前との休暇を楽しみに執務していた私の気持ちなど、一切考えておらず、そんな妄想で…………私を疑っていたのか」
「ちがっ……」
…………違う、とも言えないことに気が付いてしまいました。
妙な不安が変な方向に暴走し、変な妄想が無双した結果、あの手紙と離婚届を、シュババババっと書いてしまったのです。
そして、使用人がちびっ子達が起きたと呼びに来たので、慌てて封筒に入れてしまい……の結果がこれです。
「…………はぁぁぁぁ。慌てていても、確認するように、と言っていたよな? 特に、前科二犯お前は!」
「ふぁいぃぃぃぃぃっ!」
「アレを読んだ瞬間、私は――――」
◆◆◆◆◆
演習、訓練、事務作業、陛下への報告、会議。
様々なことに忙殺されている中で、週に一度届く愛しい妻――ソフィからの手紙が私を癒やしてくれていた。
『とっても素敵な、愛しのジョルダン様。
無理はされていませんか?
お食事や睡眠はちゃんと取られていますか?
ちびっ子たちの笑顔を見ていると、ジョルダン様の笑顔が脳裏に鮮明に浮かびます。
尊さで、一瞬死ぬのかと思いました!』
『尊さで、一瞬死ぬ』の意味は解らないが、ソフィも寂しがってくれているのだろうなと思うと、心臓が締め付けられるとともに、得も言われぬ多幸感が湧いた。
今週もまた手紙が届き、わくわくとした気持ちで、そっと宝箱を開けるような気持ちで、封を切った――――。
また、私を愛しいと言ってくれ。
愛していると。
素敵だと。
寂しいと。
「…………」
――――離婚?
心の中に芽生えた、この感情は何だろうか?
悔しい? 怒り? 悲しい? 違うな、これは――――。
◇◆◇◆◇
「――――絶望、だった」
しばらく逡巡されていたジョルダン様が、とても苦しそうなお顔で、そう呟かれました。
「っ! ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ」
「…………ん」
あぁ、本気でまずいです。
消え入りそうなお声です。
「本当に、本心じゃないんです。ただ、私の妄想が酷くて……そのっ、そのぉぉぉぉ…………あっ! 大好きなのです! 始まりは…………始まりも? なんかわちゃわちゃしてましたけどっ、ジョルダン様が大好きなんです! 地の果てでも、地獄の底まででも、追いかけると断言出来るほどに愛してるんですっ!」
「……っ、ん。ははっ」
必死に想いを伝えようと、どこかの脳筋のように叫んでいましたら、ジョルダン様が左手で目元を押さえて、小さな声で笑われました。
「本当?」
「っ⁉ はいっ! 愛してますっ!」
「ん、私もだよ」
ジョルダン様が立ち上がり、私の真横に立つと、クイッと顎を持ち上げてきました。
徐々に近付くお顔にドキドキしつつも、ジョルダン様の美しい緑眼が潤んでいるのを見逃しはしませんでした。
柔らかい触れるだけのキスなのに、異様に鼻息が荒かったのは、気付かれませんようにっ!
――――と、どこかにいるかもしれない神様に願っておきました。
◇◆◇◆◇
愛しの旦那様に手紙を送ったら、間違えてノリとネタで書いた離婚届と手紙だったけど、なんやかんやで許してもらえました。
「ソフィ、帰ったらお仕置きだからね?」
「お仕置き⁉ どんなっ⁉」
「…………ん?」
にやりと嘲笑うジョルダン様を見て、鼻息が更に荒くなったのは内緒です。
あ、姉夫婦離婚問題は、脳筋兄がお義兄様に突撃して、全てお姉様の勘違いだったと、脳筋解決してくれました。
あれでもちょっとは世の中の役に立つらしいですよ。
―― fin ――
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