第1話 異変
「村長、ここ最近、近くの山の獣達が村におりてきて農作物の収穫量が例年と比べて明らかに少なくなっています 」
「うーむ…… 」
重厚な山々に囲まれる小さな田舎町コラド。人口は百数十人しかいないこの村の中心部にある古びた集会所にて老人達が頭を抱えている。
「しかも峠を越えたもの達もいつまでたっても帰ってこない…… 」
「このままでは不味いですな 」
「山の異変の調査を依頼してみますか? 」
「峠を越えられるのかすら怪しいのに助けを呼べにいけるものか 」
老人達は皆、現状の打開策が思いつかず唸り声を上げる。暫くして1人の老人が声を上げた。
「うちの村にいる魔法の使える若者たちに調査してもらうのはどうじゃろう 」
「しかし、身の危険が…… 」
「いやしかしこのままでは飢え死ぬしか道がない…… 」
「仕方あるまい 」
この会議から30分後、集会所の前に3人の若者が集められた。
「じーさんども、俺らに頼みたいことってなんだろうな 」
木箱に座っている筋肉質な少年ジョンが尋ねる。
「どーせ、つまんない畑仕事の手伝いよ、それか山から来る猪を追い払えとか 」
その隣で木柵に寄りかかっている女性アマンダがつまらなそうに答える。
「うん……めんどくさい…… 」
近くに座り込んでいる小柄の少年カールは少しけだるそうにしている。
「急に呼びだしてすまない 」
集会所にいた老人の1人が3人に声をかける。
「いったいなんだってんだじーさん 」
「うむ…… 最近、村周囲の山からよく獣たちが降りてきて畑を荒らしているのは知っているな? 」
「うん! 知ってるよ! 」
「更に山を越えたもの達がもう3ヶ月も戻ってきておらん 」
「確かにアイクさんやボブたちももうしばらく会ってないわね 」
「アマンダはアイクの事好きだもんね! 」
「他所で……. 彼女出来てないか気にしてる…… 」
ジョンとカールはアマンダをからかうように言った。アマンダは顔を赤らめうるさいと一蹴した。
「ゴホン…… そこで、お主たちにこの山の異変を調査して欲しいのだ 」
「なんかそれ都会の魔術師みたいだな! 」
ジョンはその話に目を輝かせる。
「めんどくさ…… 」
「山の中歩くの? 虫とか嫌なんだけど 」
カール、アマンダの2人は嫌そうな表情を浮かべる。
「都会の魔術師たちは仕事を受ける代わりに報酬貰えるって聞いたぜ!? 」
「な、何が欲しいんだ? 」
「欲しいってか都会に行きてえ! 」
「ま、まあ山の安全が保証された暁には特別に許可しよう 」
「都会に連れていってくれるならやるわ 」
「僕も…… 」
「2人とも乗り気じゃなかったくせによお! 」
「と、ともかく調査は明日の朝8時からだ それまでしっかり体を休め―― 」
「ちょっと待ってよ! 」
老人の話を遮るかのように声がした。声の方向には桜色の髪をした少女がいた。
「ソ、ソフィア!? 」
「私だって魔法使えるのになんで声がかかってないの!? 」
ソフィアは老人に猛抗議する。その姿を見兼ねたジョンが口を開いた。
「お前は親父さんから魔法使うなって言われてんじゃん 」
「そもそもあなた私たちより強い魔法使えないでしょ 」
アマンダもそれに続ける。ソフィアは「んぐっ 」と図星を突かれたかのような声を上げる。と、そこへ――
「ソフィアが魔法を使うなんて俺は許さないぞ! 」
「パパ…… 」
ソフィアは怪訝な表情を浮かべる。
「ほら、帰るぞ 」
ソフィアの父親はソフィアの細腕を掴み言った。
「…… 」
ソフィアは何も言わず父親に連れられるまま帰って行った。
「なんか可哀想よね 」
アマンダがソフィアの悲しげな顔を見ながら言った。
「まあ仕方ないさ、彼奴は魔術師の妻を魔法で亡くしてるのだから 」
翌朝8時――
「よっしゃ、それじゃ行ってくるから! 」
最低限の食料と荷物をもったジョンら4人は村周囲の山で獣たちが1番多く降りてくる山の前にいた。4人を見送るように数十人の村人も集まっていた。
「気をつけてなあ! 」
「少しでもやばいと思ったら帰ってくるのよ! 」
「任せとけって! 」
そう言い放ち、4人は山道を登って言った。
場所代わり山中――
「ギャウンッ 」
ローブを着た男が狼の眉間にナイフを突き立てた。狼の体には黒い霧のようなものが絡みついていた。
「14匹目…… この山どうなってんだ…… 」
男はそう呟きながら狼の肉を慣れた手で捌いていく。
「狼種の魔獣はそこそこ強いはず、それがこんな麓まで集団で降りてきてるなんて…… 」
男は顔を上げ、山の頂上を睨む。
「本当にどうなってるんだ? 」
「行ったな 」
「まあなんだかんだ大丈夫だろ、あの4人なら 」
山を登っていった4人を見送った村人たちは村に戻ろう歩き出した。
「おーい! 」
村からソフィアの父親が走ってきた。その顔からは焦りが感じ取れる。
「ど、どうしたよ 」
膝に手を付き息の切れている彼に村人が話しかける。
「ソ、ソフィアが…… 」
「ソフィアちゃん? 」
「ソフィアが家のどこにもいない! 」
「な! なんだって!? 」
「山に入っていったのは4人だけのはず…… 」
「おい待て……4人? 」
「4人だろ? ジョン、アマンダ、カール…… 」
「あと一人誰だ? 」
「感謝しなさいよ? 」
山を登り始め数分した所でアマンダが口を開く。
「ありがとうアマンダ 」
ソフィアはアマンダの両手を握って言った。
「昨晩は驚いたわよ、突然幻覚を掛けて元々4人行く予定にして欲しいなんて言いに来るんだもん 」
「私だってママみたいに立派な魔術師になりたいの! 」
「あとで親父さんに怒られても知らねえぞ? 」
「……僕もそう思う 」
「しっかしさっきから獣のけの字もいねえな 」
山道を進むジョンが辺りを見渡しながら言う。
「何も無いならそれが一番よ 」
「でも変じゃない?全く動物が居ないなんて 」
「たしかに…… この辺りにも動物たちはいたはず…… どこに行ったんだろ…… 」
そんな会話をしながら山道を登ること20分、山の異変の片鱗を見つける。
「な、なんだこれ…… 」
辺りには食い散らかされた猪や鹿の死体がばら撒かれていた。その場所から更に数分歩くとそこには胸から下が噛みちぎられた人の遺体があった。
「こ、これってア、アイク……さん? 」
アマンダは震えた声でその遺体に近づく。
「アイクさん、いや……そんな…… 」
遺体を抱きしめるアマンダを他3人は何も言えなかった。
「他の人も探そう 」
カールがそういったその時、グチュッと腐った果実が潰れるかのような音が4人の耳に聞こえてきた。
「え……? 」
腹部に違和感を覚えたアマンダはゆっくりアイクを離し視線を下に向けた。
「な、なんだ……あれ? 」
「アイクはどこにいった!? 」
「アマンダさん!早くそいつから離れて! 」
慌てふためく3人の声はアマンダには聞こえていなかった。アマンダがただ理解したのは自分の腹部に赤いぬめぬめした何かが刺さっているということであった。そのままアマンダがゆっくり顔を上げるとブツブツとした巨大な爬虫類がいた。そして自分の腹部に刺さった何かはその爬虫類の口から伸びている舌だと気付いた。爬虫類はエッエッエッと笑い声に似た音を発し、伸びた舌をアマンダの腰に巻き付ける。
「《ウィンドカッター》! 」
ジョンは爬虫類の舌を風魔法で切断し、その隙にソフィアがアマンダを抱きかかえ爬虫類から離れていった。
「アマンダさん! 大丈夫!? 」
「え? あれ? え? 」
アマンダはまだ何が起きたのか飲み込めていないようであった。
「ソフィア、アマンダを僕に…… 傷を治すから 」
「うん、お願い! 」
「なんなんだこのトカゲみたいなやつ 」
爬虫類はギョロギョロと動かしていた両目をジョンに向けた。
「へっ、自慢の舌が切り落とされて怒ってんのか? 」
爬虫類は大きく口を開けジョンに襲いかかる。
「てめえの餌にはなんねえよ! 」
そう言い放つジョンに突進する爬虫類の横腹をソフィアが蹴りあげ、横転させた。
「こいつがアイクさんを食べたのかな? 」
「腹引き裂きゃまだいるんじゃねえか? 」
「んん…… 」
「おう目ェ覚めたかアマンダ 」
「傷……大丈夫?」
「アイク……アイクさんは? 」
珍しくか細いアマンダの問いかけにジョンは静かに首を横に振った。カールも顔を俯かせるり
「ソフィアは? 」
「あの爬虫類に八つ当たりしてるよ、アイクの仇ってな 」
ジョンの暗い顔を見たアマンダは自身の両頬を力いっぱいに叩いた。
「お、おい!? 」
「取り乱してごめん、助かったわ 」
アマンダは息を一飲みし続ける。
「気合い入れていくわよ、食い散らかされた獣の数から見て1匹なわけないでしょ? あんな訳のわかんない化け物が村に降りてきたなら一溜りもないんだから 」
そう言うとアマンダはのソフィアの方を向き行くわよとジェスチャーを飛ばした。ソフィアはジェスチャーに気付き駆け寄ってくる。
「確かにそうだけどよ 」
好きな人の死は自分たちの想像もつかないほど苦しいはずだと。そんな彼女にどんな言葉をかけたらいいか思い付かずにジョンは言葉に詰まった。
「アイクさんは確かに尊敬できる人だけど、そんなんじゃないから、まあ帰ったら墓のひとつでも立ててあげるわよ 」
「アマンダは強えな」
「だから違うって言ってるだろが! 」
アマンダはそう怒りながら早足でソフィアの元へ駆け寄っていった。なにやら耳打ちをしているようだ。
ジョンはアマンダの後ろ姿をみて、一呼吸した後、両頬を叩いた。
「っしゃ! いくぞ! 」
カールもジョンをまね、両頬を叩く。
「目標は化け物の捜索と殲滅! 2人とも用意はいいわね! 」
「はい…… 」
「行きましょう! 」
4人は再び山奥へと足を進めた。
「ケッケッ――」
カメレオンのような爬虫類の発する音は刃の刺さる音とともに途絶えた。
「殺した生き物を幻覚で出現させて、近寄ってきたところを襲うのか 」
初めて見る、とローブの男は顎を撫でその亡骸を観察している。周囲には同様の爬虫類の死体が無数にころがっている。
「こんなのがいるんじゃ山の生態系なんてあったもんじゃないな 」
男はさらに山奥へと歩みを進めた。
同時刻、村の集会所前に多くの人が集まっていた。
「ソフィアちゃんいたか!? 」
「いねえ! 」
「やっぱり山を昇って言ったんじゃ…… 」
村人たちはソフィアならやりかねんと山の方に目をやった。
「追うか?」
「ジョンたちと一緒なんだ…… 無事を祈ろう 」
「私はなんて不甲斐ない父親なんだろうな…… お前ならなんて声をかけたんだ? 」
なあ、ケニー?とソフィアの父親はロケットペンダントに入った写真を見ながらため息をついた。
「不気味だな…… 」
ジョンは周囲を見渡しながら呟く。
「あれから化け物も出てこない、あるのは動物たちの死体だけ 」
「量から考えても絶対1匹だけじゃないよな 」
さらに山道を進む4人は山道から逸れた草木の生えていない道を見つけた。それは本来の山道と違い何かが這ったようだった。周囲の草木は溶けているように見えた。
「これ…… でかいよ…… 」
「見りゃわかるわ 」
「こっちにいるってことかしらね 」
4人は生き物の這ったあとであろう道に進んだ。その道は大きな洞窟の穴に繋がっていた。洞窟の縁も溶けているように見える。
「こんなでかい洞窟があったのか? 」
「いや、ここまで来るまでの草木もそうだけど洞窟の縁がなんか溶けた後みたいになってる 」
「無理やり…… 入り込んだ? 」
4人が入るのを躊躇っていると中からズズッと重いなにかを引きずる様な音が洞窟の中から聞こえてきた。
「へへ…… 向こうから出てきてくれるみたいだぜ 」
音が徐々に近づいてくる。4人は息を飲み洞窟の中を見つめている。
「ケッケッ 」
ふと真後ろから聞き覚えのある笑い声に似た音が聞こえ、生暖かい吐息が当たる感覚に気付いた。
普段から狩りや戦闘訓練をしていたジョン、カール、アマンダは回り込まれた――そう気付くよりはやくその場からの逃避行動に移っていた。しかしそれでも脇腹を鋭い舌に抉られた。そしてソフィアは――
「ぐあ…… 」
「ソフィア! 」
一瞬判断が遅れたソフィアは爬虫類の舌に腹部を貫かれ、そのまま爬虫類に捕食された。
「そ、そんな…… ソフィア…… 」
「くそ! 俺らがついてながら 」
「く……くるよ…… 」
3人の動揺を一切気にせず4匹の爬虫類はジリジリと距離を詰めてくる。
「くっそ!《ウィンドカッター》!」
ジョンの放った風の刃はその爬虫類の皮膚にかすり傷1つ付けられなかった。
「硬質化までできんのか…… 」
「柔らかいはずの舌で人を突き刺すことができたのはそういうからくりだったのか…… 」
「こんなのを4匹も倒してソフィアも助けなきゃなんて 」
「僕が攻撃魔法使えないせいで2対4になっちゃった…… 」
「みんなで戦えばなんとか3対4になんだろ 」
「ケッケッケッケッ 」
「くっそ余裕ぶりやがって…… 」
4匹の爬虫類がジリジリと迫ってくるのに合わせ、3人はゆっくり後退していき、ついには洞窟の穴まで追いやられていた。
「ここまでか…… 」
しっかり狙いを定めた、4匹の爬虫類の鋭い舌が3人に向かって勢いよく射出される。
「くっそ…… 」
3人が諦めかけたその時、爬虫類の体が突如燃え出した。