望むのは幸せな日常
お父様もお兄様も王宮に出向くようになると、一人の時間が増える。
家庭教師のベルトランも例の事件解決に駆り出されているので、暇といえば暇。
でも、いくら幼児の私とて、じっとおうちの中でずっとおもちゃで遊んでいたわけではない。
お留守番と引き換えに新たな部屋を使う条件を粘り強くお父様と交渉し、昨夜成功したのだ。
そして本日、城の中の北側の棟を占める図書室に足を踏み入れた。
そうこの図書室の中に足を踏み入れた時は、あまりの豪華さにポルトガルのジョアニナ図書館かと思ったわ。
じっくりこの部屋の中を見て回るが、蔵書が多くて、図書室より、図書館と言ってもいいんじゃないかと思える大きさだ。
この一週間、お父様の秘書から私の護衛にジョブチェンジしているグレイの話では、この城の城下町には蔵書も大きさも三倍の図書館があるらしいが、ヴァルハランドと比べたら帝都ルードリアの図書館や王宮の図書室なんか小さいものらしい。
「グレイ、あの本とって」
「あの本って……セシル様、今年でお幾つですか?」
「今度三歳」
本をとってくれたグレイがいきなりわかりきったことをご丁寧に質問してきて思わず見上げた。
「三歳児が読む内容じゃないぞ、この本。
禁呪の本じゃないですか」
「これ難しい?
おとーしゃまのおてちゅだいしたい」
そう、ずっと王宮に通っているお父様。
王宮でお勉強しているお兄様の話を聞いたところ、お父様としては、皆で力を合わせてさっさと事件解決をしたいのに、今回の犯人の種族が人間だったことだけを注目して、国内の人間を退去させようとする動きが急速に進んでいるらしい。
しかも人間への差別意識が急速に膨れ上がった結果、この数日人間への暴行被害の報告が膨れ上がりとても治安が悪化しているそうだ。
思わぬ治安の急速な悪化に政治的な面も含め、三百年記念祭をつつがなく終わらせたい皇帝陛下は、差別発言を取り締まることを改めて宣言し、帝都ルードリアの警邏隊を増やす命令を出したが、人間どころか人間に近い獣人まで被害が急激に増えてしまっている。
何とか事態を改善したくても、王宮内では三年前にお母様を人間だった聖人に殺された事件まで蒸し返されはじめているらしい。
しかも王宮内のトラブルはそれだけではとどまらず、滅多に王宮に表れなかったお父様が連日王宮に姿を見せたことで、一部で違う問題が勃発したらしい。
そろそろお母様の喪が明けることを知った王宮の女性陣が、目の色を変えてお父様の前に着飾って現れだしたそうである。
殺された子供達の身元が判明し、遺体を引き取りたい相手側の国と、事件解決まで数日遺体を預かりたいと主張するルードリア側との調整役を任されて、頭を悩ませているお父様にまさかの再婚問題が増えてしまった
しかもお父様のお仕事なんて関係なく、お父様の妻の立場を狙う女性たちの戦いは加熱し、昨日は授業を受けていたお兄様の勉強の場にも身分がお高い方々が王宮の護衛や教師陣の制止を振り切って現れたようだ。
お兄様、可哀そう。
授業中に現れた女性がそれぞれ自分をお父様の再婚相手に推せとプレゼンし、その姿にたじたじになって困り果てているお兄様の状態を見かねたカイル様が自分の母親、すなわち皇后陛下を呼び出して、女性たちにお引き取り願う結末になったとか。
ちょっと待って。
なに、その負の連鎖。
お父様の再婚話もいつか出てくるとは思ったけれど、なぜ今このタイミング?
そんなことがあったからなのか、お父様は今朝、家令のノーランに誰も城に入れるなと厳命して王宮に向かった。
お父様、余計な悩みが増えて、ますます大変。
悩みであの艶々な黒髪が抜けたら大変です。
それなら少しでも事件解決のお手伝いがしたくなりませんか?
「お手伝いしたい気持ちはわかりますが、これはダメです。
第一、今回の事件で使われたのは聖人が作った魔法陣で、これには従来の禁呪しか載っていません。
まずは魔法をもっと勉強して基礎ができてから読みましょう」
「えー?
禁呪ちゅかいましぇんよ?
どんなものか種類が知りたいんでしゅ」
「ダメです」
「えー?
じゃあ、例の「聖人」の宗教のナーガ教の教えか経典ありましゅか?」
「あれは禁書で帝都の王宮内の禁書コーナーです」
「えー? あれも駄目、これも駄目じゃ読む本ないじゃないでしゅか」
「……あれもダメこれもダメって、セシル様が選ぶのは子供が読む本じゃねーし。
この前選んでやった魔族の種類って本面白かっだっただろ?」
「はい。きゅうけちゅきは一応居たんでしゅね。
ただ、その本には数百年位前にきゅうけちゅきの数が減った理由が書かれていなかったでしゅ」
「そんな内容、子供が読む本には載ってねーし」
「何か言いましたか?」
「いんや、あっちに子供向けの創世神話があったかな。
それ持ってお部屋に戻りましょうか」
「子供向け……」
なんか若干納得いかないけど、見た目が子供だから仕方がない。
グレイに挿絵がたくさん入った神話の本を持ってもらって自分の部屋に戻った。
子供には若干扱いづらい革装丁の大きな本を読もうと早速ページをめくると、見開きに古ぼけた紙に書かれた地図が挟んであった。
「これ、にゃに?」
じっくり見て、まずわかったこと。決して地球の地図ではない。
日本もヨーロッパもアメリカもありません。太平洋も日本海も、大西洋もエーゲ海もありません。
じゃあ、この大陸の地図?
「ルードリアはどこでしゅか?
ヴァルハランドは?」
しかもその地図、大陸や国の名が記載されていないのだ。
うーむ、このマークは何ぞや?
ところどころにある二重丸の印とか丸の中にばってんとか。
地図記号じゃないだろうしな。
腕組をし、眺めてみてもわからない。
こういう時は大人に聞くのが一番と、少し離れた場所で書類を読んでいるグレイを呼ぼうと振り向いた途端、グレイが急に立ち上がった。
「グレイ?」
「ノーランの気配が玄関ホールに異動した」
私はまだその魔法は分からないけれど、館内の護衛頭も兼ねているマーサ、ノーラン、グレイは館内でお互いの気配を認識しあっている。
「お客しゃま?」
「なんか強烈な力の持ち主だぞ。
どっかの貴族のお嬢様が、昨日の今日でルカ様がダメならこっちに来たってわけじゃないよな。
セシル様だけは絶対会わせられない。だめだぞ」
おおっ。まさかお父様の再婚相手立候補者ですか?
それだったら私も会いたくないし勘弁してほしい。
お父様の留守に乗り込んでくるような非常識な方は絶対私無理だと思うわ。
もしお父様の後妻が手練手管を使ってお父様を骨抜きにして、前妻の子は邪魔とお兄様と私を邪魔者扱いしていびり倒し始めたら……。
今世はイケメンお父様とお兄様に甘やかされてキャッキャウフフの楽しく明るくのんびりライフを目指そうかと思っているのに。
家から追い出されて、無一文から苦労して、強制就労とかさせられる未来なんか絶対嫌だからね。
「グレイ、避難して考える」
「考える?」
「おとうしゃまとおにいしゃまと私の明るい未来でしゅ」
「はあ、そうですか。
なんか変な妄想でもしたんですか」
幼児の不安を察していないグレイを無視して、移動するために借りてきた本を閉じた。
家令のノーランが勝手に予定もない来訪者を通すとは思えないけれど、でも、女性に対して手荒な真似はできないタイプのような気もするし、こういう時は最悪を考えて安全プランを選んだほうがいい。
「お客様が乗り込んでこられない場所に避難したいでしゅ」
「じゃあ万が一を考えて、一番離れた奥の塔に向かいましょうかね」
「奥の塔?」
「セシル様は入ったことがない別棟です。
本宅から奥の塔にはめったにたどり着けないはずですから大丈夫です。
昔はクローディア様のご家族が遊びに来た時に滞在なさったりしていましたね。
普段は使いませんが、掃除は欠かしていないので、数時間そちらにいても問題ありません」
「そうでしゅか。じゃあ奥の塔の探検もしたいでしゅ」
「ああ、それも時間つぶしと運動にいいかもしれませんね」
グレイが片手で本を持ち、もう片方の手で私を抱き上げた。
どうやら奥の塔まで中庭を突っ切るので幼児の足では遅くなるらしい。
「向こうに着いたら下ろしてあげますから」
ええ、どうせ小股ですよ。
行ったこともない城の奥の扉から本宅を出ると、夏の太陽が煌めいていた。
奥の塔に向かう途中でお父様から預かったお弁当を持ってきたマーサと合流した。
今日は焼肉弁当。
ほのかに香るおいしそうなニンニクの香り。
昨夜リクエストしたニンニクいっぱい焼肉弁当だ!
お父様、ありがとう!
この地方の夏はそれほど気温が高くならない上にからりとした暑さで、他の地方に比べて夏バテ患者の割合は少ないけれど、スタミナは大事なのである。
お父様はヴァルハランドよりも暑い帝都に通うお兄様と自分の健康も考えて、昨晩はお茄子にオクラ、パプリカやカボチャが乗った夏野菜のカレーを作ってくれました。
朝から下ごしらえはしてあったようで、王宮から帰ってきたらお野菜の素揚げをして出してくれました。
オクラをちょっと嫌そうに食べていたお兄様が気になりましたが、お味は最高でした。
「相変わらずエーミール様の弁当うまそうな匂いだな。焼肉か」
「そうねえ」
「肉食いたいな」
グレイの「肉食いたい発言」と視界に広がる青空でふと良いアイディアが浮かんだ。
「マーサ、グレイ、バーベキュー!」
「バーベキュー?」
唐突な私の提案にマーサが不思議そうな顔をする。
あ! まさか、バーベキュー自体がこの世界にないのか?
今まで出てきた食事がカレーも含め前世とほとんど変わらなかったからあるものだと思っていた。
「知らにゃいですか?
お外でお野菜とかお肉焼く……」
「知っていますよ。
セシル様もよちよち歩きから卒業して大きくなってきましたしね。
では、今度エーミール様に相談しましょう」
ああ、よかった。グレイの返事でほっと一息。笑みがこぼれる。
でも、どうせやるなら、楽しくやりたい。
「やるなら皆で楽しく食べたいでしゅ。グレイも、マーサも、ベリュトランも一緒」
「そうですねえ。
じゃあ、俺からそのようにエーミール様に伝えましょう」
「ん、楽しみ」
グレイに抱っこされながら、いつもは窓からしか見たことがない遠くの中庭を歩く。
中庭の花壇や噴水も見事だけれど、植えてある木々は背が高い木が多く、日陰を作っている。
その木陰には、放し飼いの孔雀が羽を閉じて休んでいる。
「お城は大きいでしゅね」
滅多に外に出してもらえない私は、今回起きた緊急事態のおかげで中庭から普段住んでいる城を眺めることができた。
黒色になったドイツのシュヴェリーン城みたいだと初めて見た時は思ったよ。
「お城もお外もきれい」
緑深い山に映えるこのヴァルハランドの城はとても絵になった。
こんなのどかで幸せな日常がずっと続いてほしい。
読んでいただいてありがとうございます。
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