大好きな幼馴染にはもう彼氏がいたので、フラれた俺は一度全てを諦めました
「りきとだいすき!おおきくなったら、わたしりきととけっこんする!」
「ぼくも、あんちゃんのことだいすきだよ!」
ん……夢か。また同じ夢を見てしまった。
その夢は、まだ二人が幼い頃の遠い遠い過去の記憶――。
俺の名前は、須藤力斗。
なんでも無い、本当に普通の高校一年生だ。
見た目も、成績も、何から何まで平均的などこにでもいる高校生。それが俺だ。
そんな俺でも、中学までは陸上を一生懸命頑張っていたのだが、とある事がキッカケでそれも続ける気持ちが無くなってしまったため、高校では現在帰宅部として無駄に青春を消費している。
――でも、もういいんだ。俺なんか、もう……
俺がそう卑屈になってしまうのは、中三の時の苦い思い出のせいだった。
ある出来事をキッカケに、俺は部活も、勉強も、そして恋愛も全てが億劫になってしまったのである。
そんな俺は、今日も無難に授業を受け終えると、少しでも早く帰宅するため誰よりも先に教室から出る。
友達がいないわけではないが、これからみんなは部活があるだろうし、わざわざ連れ添って一緒に帰る程仲の良い友達が居るわけでも無いため、誰かとさよならの挨拶を交わす事も無くさっさと一人教室から出ていく。
こうして俺は、誰よりも早く教室から出て帰宅する毎日を送っているのである。
俺はさっさと帰宅して、家で一人好きな漫画を読んで過ごすその間だけが、一日の中で唯一リラックスできる時間だった。
そして今日は好きな漫画の新巻が発売される日だから、帰りに書店でその漫画を買う事だけが今日の楽しみだった俺は、足早に昇降口で上履きから靴に履き替える。
すると、誰よりも先に教室を飛び出してきた俺の事を追ってきたのだろうか、一人の人物が急いで昇降口へとやってくると、それから俺を追いかけるように慌てて上履きから靴へと履き替えていた。
「や、やぁ力斗。ひ、久しぶり」
そしてその人物は、若干息を切らしながら俺に話しかけてくる。
しかしその相手は、俺が今人生で一番会いたくない相手だった――。
◇◇◇
俺には、一人の幼馴染がいる。
彼女の名前は、一ノ瀬杏。
親同士の仲が良く、物心つく前から一緒に居る事が多かった杏とは、中学のある時期までいつも一緒に居るほど仲が良かった。
中学では俺と杏は同じ陸上部に所属しており、朝練に向かう時も部活から帰る時もいつも一緒だった。
背が高くスレンダーな身体付きをしており、大きな瞳にトレードマークのポニーテールがよく似合う健康的美少女の杏は、男子達からの人気も非常に高く、高校生になった今も男子達から騒がれているのを何度か耳にした事がある程、今もそのモテモテさは健在だった。
そんな杏に対して、俺は小さい頃からずっと想いを寄せていた。
小学生のある日、俺は杏の事を友達から一人の女性として急に意識するようになってしまったのだ。
クラスメイト達から、お前達付き合ってるんだろと揶揄われた事がキッカケで、俺は杏の事を初めて女性として意識してしまうようになった。
それからの俺は、もう杏を見るたびに胸がドキドキしてしまう程、杏の事が大好きなことに気付いてしまっていた。
『りきとだいすき!おおきくなったら、わたしりきととけっこんする!』
そして、小さい頃に杏と約束したその言葉が、俺の心の支えって言うか、大事な約束としてずっと心の中にあったのだ。
でも俺は、モテる杏に対してあまりに平凡すぎた。
だから俺は、杏に振り向いて貰うためにも大好きな陸上に精一杯取り組む事にした。
もし陸上で結果を残す事が出来たら、杏に認めて貰えるんじゃないかと思った俺は、それはもう本当にがむしゃらに練習に打ち込んだ。
そしてその結果、俺は最後の大会で地区大会ベスト4に入賞するという、元の自分から考えれば物凄い結果を残す事が出来た。
その事について、杏もまるで自分の事のように喜んでくれた。
俺はそれが嬉しくて、嬉しくて、まだ言うつもりは無かったのにその時思わずポロリと口にしてしまったのだ。
「俺、杏の事がずっと好きだったんだ。良かったら俺と――」
そこまで言って、俺は一体何を言ってるんだと焦った。
思わず勢いで気持ちを口にしてしまっていた俺は、もう口から出てしまった言葉を飲み込む事なんて出来なかった。
それから俺は、恐る恐る杏の反応を伺う――しかしその結果、浮かれていた気持ちは一気にどん底へと叩きつけられる。
何故ならそこには、本当に困ったような表情を浮かべる杏の姿があったのだ――
そして――
「……ごめん、力斗。わたし、今彼氏いるん、だよね……」
気まずそうに答える杏。
そのたった一言で俺は、ここまでの努力も虚しく杏に振られてしまったのであった。
え?いつから?ほとんど毎日俺と一緒に帰ってたじゃん?と、焦った俺は思い浮かんだ疑問を全て杏にぶつけていた。
すると杏は、先週から付き合っていて、一緒に帰ってるのは友達として家が近かったからだよと一つ一つにちゃんと返事をしてくれた。
そうか、家が近いから……か……。
……なんだよそれ、俺一人毎日浮かれて、勘違いして、何やってんだろうな……。
俺は絶望した。
聞くと、彼氏は同じ陸上部のエースの北山くんらしい。
よりにもよって同じ部活のエースかよ……と、俺は杏は悪く無いと頭では理解しつつも、合わせる顔が無くなってしまいその場から逃げるように走り去ってしまった。
「待って力斗!」
そんな声が聞こえてきたが、今の俺には聞こえないフリをするのがやっとだった。
あぁもう!ダセェ!ダセェダセェダセェ!!
ダサすぎる自分に嫌気がさしながら、俺は家に向かって全力で走った。
勝手に恋して、勝手にふられて、勝手に離れて、俺はどれだけダサい男なんだと、さっきまでの自分への自信は全て崩れ去り、代わりに負の感情により心には大きなしこりができていた。
もう、恋なんて絶対するもんか。
まさか、杏に振られる事がこんなにキツいだなんて思いもしなかった――。
それからの俺は、とにかく杏を避け続けた。
杏が来るより先に家を出て、帰りも急いで帰る。
そんな日々を繰り返していると、学校で何度か杏が気まずそうにしながらも話しかけてこようとしてきたのだが、弱い俺はそれも無視をして逃げる事を繰り返していた。
そもそも彼氏でも無い俺が、彼氏持ちの杏と一緒に居る事がおかしいんだ。
そう思った俺は、せっかく地区大会でベスト4に入った陸上部にも近付く事は無くなっていた。
元々最後の大会が終われば引退だから良かったのだけれど、それからも部の集まりとか色々あったのだが、俺はその全てに参加しなかった。
だってそこには、杏と北山くんがいるから。
そんなところに俺は、どんな顔をして参加したら良いのかもう分からなかったのだ。
こうして俺は、学校が終わるとすぐに家に帰って漫画を読むだけの半引きこもり状態になっていた。
傷ついた俺にとっては、唯一漫画だけが救いだった。
悪者を倒すヒーローや、純粋なラブコメディー。
そういう、読んでいて気持ちの良い作品を俺は好んで読むようになっていた。
自分が成れなかった姿や、得られなかった幸せを物語の中に求めていた。
こうして俺は、あの日以降杏とは一度も話す事無く、そのまま中学を卒業した。
――そして俺は、高校生になった。
高校からは、俺も変われたりするのかな……なんて少しだけ期待もしてみたのだが、やっぱり無理だった。
人間、そう簡単に変われるもんじゃなかったのだ。
そして更に最悪な事に、杏も同じ高校に入学してきていたのである。
確かに成績はどんぐりの背比べだったが、まさか同じ高校になるとは思いもしなかった。
なんで一緒の高校なんだよ……と、俺は運命を恨んだ。
せっかく解放されたと思ったのに、またこれから三年間俺は杏の存在を避けながら生きていかなければならないのかと思った。
もうだったらいっその事、本当に引きこもってしまおうかとすら思ったのだが、流石にそれは親に対して申し訳なくて出来なかった。
それに、どれだけ引きずってるんだって話でもあった。
正直、漫画を読む生活を続けているうちに、俺の荒んだ心は大分回復してきているのだ。
漫画の中に溢れる優しい恋愛によって、俺は恋している時の素晴らしさを思い出していた。
俺は杏が好きだった頃、本当に毎日が楽しかった。
それに、好きだからこそあんなに部活だって一生懸命頑張れたのだ。
それって、本当にすごい事だと思う。
平凡を絵に描いたような俺が、地区大会でベスト4になれる程の結果を残せてしまうぐらい、俺を前へと突き動かしてくれたのだから。
だから、人間そう簡単に変われないなと思いつつ、それでも俺はゆっくりながら変わる努力を続けていた。
その努力の一つとして始めたのが、バイトである。
今の俺は、好きな漫画のタイトルが沢山あり、とても小遣いだけで遣り繰りできる状況ではなくなっていた。
だったら、自分で働いて稼いだお金で好きな漫画を買えばいいと思い至ったのだ。
ついでに本屋でバイトする事で、好きな本に囲まれながらお金を稼ぐ事も出来るから一石二鳥だと思った。
こうして俺は、高校入学と共にすぐにバイトの面接へと向かい、そして無事バイトに合格したのである。
だから俺は、学校の外ではちょっとした楽しみが生まれているのであった。
まさか、学校に居るよりもバイトで働いている時の方が楽しいだなんて、我ながら社畜のサラブレットなんじゃないかと笑えてきた。
でも、全くの新しい環境で、全くの新しい事をするというのは、何も無い自分にとってはそれだけで楽しかったのだ。
それに、こうして自分が働く事で誰かの為になっていると思うと、それが単純に嬉しかった。
もしかしたら俺は、誰かに自分という存在を認めてもらいたかっただけなのかもしれない。
お客様や店長、同僚達から「ありがとう」と一言貰えるだけで、俺は部活に取り組んでいたあの頃の気持ちを徐々にだけど取り戻せているように感じる事ができるのであった。
◇◇◇
「――何か、用?」
俺は目の前に立つ杏に、冷たくそう言い放つ。
そんな俺の態度に、杏は目を泳がせながら戸惑うように言葉を探っていた。
だが俺は、そんな杏の返事を待ったりなんてしない。
用が無いならと、俺は逃げるようにその場を立ち去る。
いきなり杏から声をかけてきた事には正直驚いたけれど、思ったよりも大丈夫な自分がいた。
杏は何も悪くない。悪いのは俺だ。
でも、弱い俺は杏に対してもう昔のように普通に接する事なんて出来なかった。
本当に、読んでる漫画の世界の幼馴染みたいに上手くはいかないよなと思いながら、俺はここから早く離れたい一心で足早に昇降口を出る。
「ま、待って力斗!」
しかし、去ろうとする俺の背中に向かって、杏は大声で引き留めてきた。
ここまでされるとは思っていなかった俺は、そんなまさかの出来事に少し焦ってしまう。
ここで振り返っていいのか?いや、無視して帰った方がハッキリしていいのでは?そんな事を考えながらも、俺の足は止まってしまっていた。
何故なら、やっぱり俺は心の奥底では、また杏とこうして話が出来ている事を喜んでしまっているのだ。
まさか杏の方から声をかけてくれた事に、少しだけ期待している自分がいるのだ。
――クソ野郎かよ
俺から距離を取ったくせに、本当に勝手だよなと思う。
自分が勝手に傷ついて、それでこれだけ杏を傷つけているんだから、本当クソ野郎だ。
だからやっぱり、もう俺には杏に合わせる顔も無いよなと思った俺は、そんな杏も無視してこのまま帰る事を選択した。
もう俺なんか放っておいてくれていいよ。
杏は杏の人生を歩んでくれたら、俺はそれを陰ながら応援するから――。
そう思って再び歩き出すと、駆け寄ってきた杏によって今度は後ろから腕を掴まれた。
「無視……しないでよ、お願いだから……」
そして俺の背中からは、今にも泣きだしそうな声が聞こえてくる。
いつも明るく元気だった杏に、こんな悲痛な声を出させてしまっている事で、俺の罪悪感はどんどんと強まっていく――。
「ごめん……俺、これから本屋行きたいから……」
俺はそう言い訳して、今すぐここから逃げ出そうと思った。
でも、杏はぎゅっと掴んだ俺の腕を決して離してくれなかった。
「――あれから、すぐに北山くんとは別れたんだよ。だから本当に何もないの」
――何の話だって思った。
そんな事を今更報告されても、正直困るだけだった。
「力斗に告白されて、わたし考えたの……。本当に好きなのは誰かって……それで、わたしが好きなのは……力斗だったんだってようやく気付いたの……」
杏の言葉を聞いて、自分勝手なのはお互い様だったんだなと思った。
俺がどうこうじゃない、それじゃああまりにも振り回された北山くんが可哀そうじゃないか。
だからそんな話を聞かされた俺は、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。
「告白された事を友達に相談したら、とりあえず付き合ってみたらって言われたから、勢いで付き合ってみたんだけど……そうじゃなかったの……わたしは……」
「――何だよそれ、勝手だな」
ノリでオッケーした?
でも、やっぱり違ったからすぐにバイバイしたって?
相手の気持ちも考えず何してんだよと、俺は思わず本音が出てしまった。
まさか杏が、そんな軽率な事をする女だとは思わなかった。
「……なによ……勝手なのは……勝手なのは、力斗の方でしょ!?」
「は、はぁ!?」
「勝手に告白してきて!勝手に避けて!勝手に嫌って!それからずっと私の事無視してさっ!全部力斗の勝手じゃないっ!」
「お、おい、みんな見てるしここではちょっと」
「なによ!?」
俺の完全に自分を棚上げした一言に、今度は杏の方が泣きながら文字通りブチギレてしまった。
胸元を結構強めに叩いてくる杏は、これまでの感情を全て吐き出すように俺へとぶつけてきているようだった。
こんなに感情を露わにしながら怒る杏は、初めて見た。
俺はこの状況に戸惑いつつも、学校のアイドル的存在である杏が俺なんかを相手に怒っている今の状態は多分色々と不味いと思った。
「わ、悪かったから!と、とりあえず帰りながら話そう?」
「何が悪かったのよっ!言いなさいよっ!」
「い、いや、それは……あぁもう!とりあえず行くぞ!」
完全に野次馬が出来てしまっている今の状況に焦った俺は、とりあえず杏の腕を掴んで校門の方へ向かって走った。
走るのなんて久しぶりだが、杏が一緒にいるせいか思わず昔の事を思い出してしまう――。
「わ、悪い引っ張って」
「――大丈夫、わたしの方こそ、その、ごめん……」
「と、とりあえず帰る、か」
「う、うん……」
こうして俺達は野次馬から逃げ出すと、成り行きではあるが数ヵ月ぶりに杏と一緒に帰る事になった。
たった数ヵ月だけど、あの頃とはもう帰り道も着ている制服も変わってしまっていた。
「な、なんだか久しぶり、だね――」
「お、おう――」
ぎこちなく言葉を交わす二人。
この場をどうしていいか分からないのは、どうやらお互い様のようだった。
「り、力斗はさ……今、つ、付き合ってる相手とか、いるの?」
「は、はぁ!?いるわけないだろ、こんな俺に」
暫く沈黙が続いたところで、杏は突然俺に彼女がいるかどうか聞いてきた。
しかし、こんな半引きこもり状態の俺に彼女なんているはずもないのに、何を言ってるんだと思った。
「だ、だって力斗、バイト始めたでしょ?あの本屋さん、その、綺麗な子、いるから――」
「ちょ!?な、なんでお前がバイトしてる事知ってるんだよ!?」
「――えっ?そ、そそそ、それは何て言うか、た、たまたま見かけたんだよ!」
誤魔化すように、慌ててたまたまだと言い張る杏。
その戸惑う反応からしてどうにも怪しかったのだが、とりあえず今は置いておくことにした。
「まぁ、いいや――本田さんの事か?あの人には、いつもお世話になってるよ」
多分杏の言っているのは、バイト先の一つ年上の先輩の本田明美さんの事だろう。
確かに彼女は綺麗な見た目をしていて、杏に勝るとも劣らずといった感じの美少女だ。
そんな本田さんは本当に面倒見が良くて、まだ仕事に慣れていない俺に色々教えてくれる優しい先輩だ。
それこそ、失恋して若干女性恐怖症を拗らせていた俺だけど、本田さんのおかげで対女性も克服できたのだから、本当に何から何までいつもお世話になっている。
だが世の中そんなに都合良くは出来ておらず、それだけ外見も中身も素晴らしい本田さんには、当然それに似合った素敵な彼氏さんがいるのだ。
だから、俺はお世話にこそなっているが、本田さんとそれ以上何かあるわけがなかった。
「――お、お世話って、な、なにっ!?」
しかし杏は、俺の言い方が悪かったのか何かを勘違いしてしまったようだ。
目を丸くして驚く杏は、明らかに挙動不審な様子で取り乱してしまっていた。
「い、いや何もないからっ!仕事教えて貰ってるだけで、本田さんには彼氏いるし!」
「ふぇ!?」
俺が慌てて訂正すると、杏は変な声をあげると一瞬にしてその顔を真っ赤に染めていた。
それから恥ずかしいのか、下を俯いてしまう――。
「――ま、紛らわしいのよ」
「す、すまん――」
こうして俺達は、また暫く無言になりながら帰り道を歩いた。
だが俺は、気まずくて沈黙が耐えられなくなったため、この際さっきの話で気になっていた事を聞いてみる事にした。
「――そ、それで、本当に北山くんとは何も無かったのかよ……」
「――え、うん、何も無いよ――。力斗と会わなくなって、次の日にすぐにごめんなさいした」
「そ、そうか」
「う、うん」
そうだったんだなと思った。
今の俺は、本当にその感想しか出てこなかった。
だったらもっと早く言ってくれたらとか、そんな事ならそもそも付き合うなよとか思わなくもないが、それを言ったら本当にただの自分勝手だし、俺にそんな事言える資格なんてなかった。
だから俺は、そんな事よりまずは杏にずっと言いたかったことを伝える事にした。
「――その、こんな状況で言うのは違うかもしれないけど、その――色々と本当に悪かった」
俺は杏に向かって、そう謝罪をしながら頭を下げた。
結局は、全て俺の自分勝手で招いている事態で、きっと杏の事を沢山傷つけてしまったのだ。
だから俺は、まずはその事をしっかり謝らなければならなかった。
「――本当よ、わたしがどんな想いであれから過ごしたと思ってるのよ」
「すまん――」
「――やだ、許せない」
しかしやっぱり、こんな平謝りした程度では杏は許してはくれなかった。
それもそうだよなと思った俺は、別に許されるつもりも無かったから杏の言葉全てを受け止めた。
「――力斗には、罰を受けて貰います」
「ば、罰?」
「そう、明日からの登下校、わたしと一緒にして貰います」
「――え?」
「力斗に拒否権はありません。それにこれは、そもそもの原因を作ったわたしの贖罪でもあるの。あの時ちゃんとわたしも自分の気持ちに気付けていたら、きっとそのまま力斗と付き合えていただろうし、力斗は大好きな陸上だってきっと今も続けてた――だからわたしはあれから、本当に自分の馬鹿さ加減に何度も何度も後悔して――」
そこまで話すと、杏は堪え切れない様子で泣き出した。
それでも杏は、涙を流しながらもしっかりと俺の顔を見つめると、「だからわたしも、ごめんなさいっ!」と言って、俺に向かって勢いよく頭を下げてきた。
それだけで、杏も本音で言ってくれている事が分かる。
――そうか、そうだよな……杏だって、辛かったよな……
そう思った俺は、杏に頭を上げるように伝える。
それから俺は、謝るべきは俺の方だと再び謝りながら頭を下げると、慌てて杏も頭を下げてくる。
その結果、二人して頭を下げ合う謎の状況が生まれる――。
暫くそれを続けていると、俺達は一体何をしてるんだろうなと二人同時に吹き出すように笑った。
こうして二人で笑い合ったのなんて、何時ぶりだろうか。
俺は昔を思い出しながらも、再びこうして笑えている事が今はただ嬉しかった。
「――ねぇ力斗、もう一度幼馴染から、やり直そうよ」
「――そう、だな」
俺がそう返事をすると、杏はそれがよっぽど嬉しかったのか満面の笑みを浮かべながら微笑んだ。
こうして俺達は、再び幼馴染に戻った。
あの頃のように戻るには、もしかしたら時間がかかるかもしれない。
それでも俺達は、たった一度の失敗で失ってしまった多くの時間を取り戻すように、お互い新たな一歩を踏み出したのである。
◇
「力斗!起きて!」
そんな声で、俺は今日も目を覚ます。
目を開けるとそこには、制服を着た杏の姿があった。
季節はすっかり夏になっており、杏は夏服の制服に身を包んでいた。
「おはよう」
「はい、おはよう!ほら、遅刻するから早く支度して!」
「お、おう」
俺は杏に腕を引っ張られながら起き上がると、そのまま洗面台へと連行される。
そして寝ぼけ眼で顔を洗い歯を磨きながら、隣で俺の事を監視する杏へと鏡越しに目を向ける。
すると杏は、俺が起きたのが満足なのか、腕を組んで少し微笑みながら歯磨きをする俺の事を見つめていた。
そして歯を磨き終えた俺は、そのまま制服に着替えるとリビングへ移動し朝食を取る。
両親も良く知っているため、朝食は杏も一緒に取る。
どうやらうちの両親も、一時期杏が全く来なくなった事を気にしていたらしく、こうしてまたうちに遊びに来るようになった事が嬉しいようだ。
そして朝食を済ませた俺達は、それから一緒に学校へと向かう。
「行こう、力斗」
「ああ」
先に飛び出した杏は、俺の手をぎゅっと握ってきた。
だから俺も、そんな杏の手をぎゅっと握り返す。
こうして手を握り合った俺達は、並んで学校へと向かう。
「あ、力斗、覚えてる?」
「ん?何を?」
「何って――もう、今日が私達の付き合って一ヵ月記念だよ?」
「ああ、冗談だよ。勿論覚えてるさ」
そう言って俺は、制服のポケットから一つの小包を取り出して、杏に渡す。
「開けてみて?」
「え、うん――」
まさかプレゼントまで用意しているとは思わなかったのだろう、杏は小包を見ながら驚いていた。
そして俺に言われた通り、杏は小包を開ける。
「え、これ――」
「まぁ記念日だし?俺からのプレゼントだよ。その――もう二度と杏と離れたり、しないようにと思って」
プレゼントしたのは、シンプルなシルバーのペアリングだった。
もう二度と間違わないように、お揃いのものを身に付けておきたかったのだ。
俺達は、お互いの薬指にその指輪を嵌めると、それを互いに見せ合うように微笑み合う。
「――嬉しいよ。ありがとう力斗」
そう言って本当に嬉しそうに微笑む杏の事を、俺はもう二度と悲しませる事は無いようにしようと心に誓った。
こうして、一度はすれ違ってしまった俺達だが、最終的にはまた昔のように一緒に登下校をする仲に戻り、そしてこうして付き合う事が出来たのであった。
人間、失敗するのも、諦めるのも、そして拒絶するのも簡単だ。
でも、悪かった自分や、弱かった自分をちゃんと反省して受け入れ、そして同時にすれ違った相手ともう一度向き合う勇気さえあれば、こうして元通りに戻る事だって出来るのだと、俺は今回の事で身をもって経験する事が出来た。
「やば、遅刻しちゃうね!行こっ!力斗っ!」
「そうだな」
だから俺は、杏と繋いだこの手だけはもう二度と離さないと誓った――。
という事で、短編書いてみましたが楽しんで頂けましたでしょうか?
元々はもう遅い系を書いてみようと思って書き始めたのですが、もう遅くなくなりました。笑
もし楽しんで頂けましたら、宜しければ評価やブックマーク、それから感想など頂けるととても嬉しいです。
宜しくお願い致します。
また、他にもいくつか連載しておりますので、良かったらそちらもよろしくお願い致します。
そちらも王道系のラブコメメインで書いております。
2024/4/25追記
こちらを書いたのは今から3年前になりますが、まさかのジャンル別日間1位に輝くことができました!
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
色々文章に拙いところがありましたので、修正をさせていただきました。
以下紹介にはなりますが、
「クラスメイトの元アイドルが、とにかく挙動不審なんです。」
という作品で書籍化しておりまして、原作小説は現在4巻制作中で、今度の5月9日にはコミック2巻も発売されます!
良ければそちらも楽しんでいただけると嬉しいです!