お蔵入り企画
俺たちが漫才のコンテストで新人賞を取る前…
売り出し中のお笑い芸人としてバラエティ番組に出ていた時の話や。
番組の企画で「自殺しようとしている人をギャグで止めよう!」というとんでもない企画に参加することになった。今じゃ炎上どころか、下手すりゃ苦情殺到で打ち切りレベルの危ない企画や。当時のバラエティ番組は、過激な企画もたくさんあって…俺たちも売れたくて必死やった。
「それじゃあ、今日の撮影はこの『○○駅』の中でやります。お笑い芸人の2人は、この駅で自殺しようとしている人を探して、頑張って笑わせてください」
企画を考えたプロデューサーが、俺たちに仕事内容の説明を始めた。今思えば、嫌なプロデューサーやったなぁ。
「2人共、とりあえず『死にそうな人』探してきてよ。こっちも時間ないからさ。ねぇ、わかるでしょ?」
俺と相方のMは、プロデューサーがいう「死にそうな人」を探すことにした。時間は夜の11時過ぎ、場所は東京にある有名な駅や。えらい無茶振りやったわ。そんな簡単に「死にそうな人」が出てくるわけ…
「なぁH…あの子…」
「なんや…あっ!」
相方のMが変な女の子を見つけた。白いワンピースを着て、麦わら帽子被ってんねん。ホームの真ん中をふらふらしながら歩いてたんや。近くにいたプロデューサーや他のスタッフも女の子の「変な感じ」に気が付いた。
「おいH、M!あの女の子しっかり見てろよ!カメラマン何してんだっ!?ほら、早く!!」
女の子は20代くらいの可愛い子やった。ホームの中を歩き回りながら、線路の中を何回も見ててなぁ…荷物も持ってなかったような気がする…
「スタッフは全員ここで待機だ。電車が駅に入ってきたら、お前ら2人は走って女の子を笑わせてこい。失敗するんじゃねぇぞ!」
俺とMはお互いにネタを確認しながら、電車が来るのを静かに待った。しばらくすると、ホームの中に電車接近の警告音が流れてきた。それと同時に、女の子の動きが急に慌ただしくなった。
「もう行けっ!万が一、自殺してもニュース映像で使えるから!撮影ミスるなよ!」
俺とMは急いで女の子に近づくと、元気よく声をかけた。
「オッス!ねぇねぇ、彼女!今から俺らと一緒にお酒飲みに行かない?天国まで!」
「あほっ!何言うとるんや、M!お前は地獄行きやろっ!」
俺とMが女の子の前で簡単な漫才を初めてみたんやけど、女の子は当然の如く「無反応」やった。
「いや~こんな可愛い子と出会えて俺幸せですわぁ…よかったら一緒にコンビ組みませんか?」
「このバカMが…すみません、お姉さん!実は番組の企画で…」
女の子は何をやっても無反応だったので、仕方なく番組のネタばらしをしようと思ったら…
「ごめんなさい…もう行かないと…」
女の子が小さな声でそう言うたんや。今でも覚えてる。
「えっ?」
女の子が線路の方を指さした。
「H…おい…あれ…」
俺とMは女の子が指をさしてる方向を見た。すると…
「H!おい!H!」
「な、なんやあれ!?」
20人…いや、30人くらいの人が線路の中に立ってたんや。しかも全員傷だらけ。腕取れてる奴もいるし、頭が潰れとる奴もいたわ。
「き、君!なんやあれっ!?あれ人間じゃ…うわっ!?」
俺とMは悲鳴をあげた。白いワンピースを着た女の子の顔が、目玉が飛び出るくらいグチャグチャに引き裂かれていたからや。
「う、嘘やろ…」
「H!あかん…これあかん奴やて…!」
恐ろしいものを見てしまったショックで、俺とMはその場で立ち尽くすしかなかった。しばらくすると、ホームの中に電車が入ってきた。それと同時に女の子は線路の中へ飛び込んだ…
「おい、何してんだ!」
プロデューサーの声で我に返った俺とMは、近くの駅員に女の子が線路へ飛び込んだことを報告した。でもな…線路に遺体はなかったらしい…
カメラマンが映像を撮影してたから、証拠としてそれを駅員に見せたんやけど…
「あぁ…わかりました…あんまり気にしないでください…はい………またかぁ…」
駅員は苦笑いしながら、それ以上何も言わんかった。
数日後、俺たちの事務所に番組のプロデューサーから電話があった。駅で撮影した映像がお蔵入りになったと…
番組も半年後に打ち切り。あの企画に関わったスタッフが原因不明の病気になったり、精神を病んだりして…色々あったみたいでなぁ。これはマネージャーから聞いた話やけど、あのプロデューサーは打ち切りが決まった次の日に、駅で「飛び込み自殺」やらかしたらしい…
場所は俺とMが撮影に行ったあの駅。やっぱりあの駅、なんかいると思うねん。毎年数人自殺者が出る駅らしいけど…あそこは「特別」な感じがする。
俺とMは車乗ってるから、プライベートで電車に乗ることはもうないねんけど…この前番組のロケで久しぶりにあの駅に入ったんや。昔より綺麗になってたわ。でも…
「H、あれ見ろや…あれ…」
「まだおるんか、あの子…」
白いワンピースと麦わら帽子の女の子が、ホームの真ん中に立っていた。