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魔女に弟子入り(4)

「君の事情はだいたい分かった。でもうちに弟子はいらない」


 きっぱりと言い切る魔女に、リーフェは眉を下げる。つまらない話をさせたのはそちらなのに、という不満も湧いてくるというものだ。


「理由をお聞きしても?」

「いらないものをいらないという理由なんてあると思う? ……そうだ。なんならこのお茶を作ってる魔女を紹介してやってもいいよ。変わり者だが、まぁ魔女にしてはマシな方だ」


(このハーブティーを?)


 ……悪い話ではない。


 魔女に弟子入りする、というリーフェの目的はそれで十分に達成される。

 リーフェは魔女がいる場所といったらレインデルスの森くらいしか知らなかったし、ここへ駆け込んだのは修道院までの通り道だったから都合が良かっただけだ。


 それでも。


「……わたし、ここがいいです」


 声に出してみると、気持ちはびっくりするほど定まった。

 魔女は呆れたようにため息を吐き出す。

「話を聞いてなかった? うちは弟子はいらない。必要ない」

「雑用でもなんでもいたします! 案外置いてみたら弟子も悪くないかもしれません!」


 食わず嫌いみたいなものだ。いたらいたで弟子も役に立つかもしれない。リーフェが役に立つかどうかはこの際置いておく。

「そういう問題じゃない」

「やっぱり何か理由があるんじゃないですか? せめてそれを教えていただくまでは梃子でも動きませんよ!」

 むんっと気合いを入れてリーフェは座り直した。弟子にしてくれると言われるまでここに居座ってやろうという勢いだった。


「けっこう強情だな、君……。ま、好きにすれば。どうせ君の足じゃ日暮れ前に森の外には行けないでしょ」

 魔女は窓の外を見る。

 リーフェがこの家にたどり着いたのは昼過ぎだった。森は暗くなるのが早いから、あと三時間もしたら真っ暗だ。


「弟子にしてくださるの!?」

「しないって言ってるでしょ!? 根比べしたいなら好きにしろって言ってるんだよ。ただし明日の朝までだけどね」


 リーフェが梃子でも動かないなどと言ったからか、魔女はリーフェの決意を試そうとしているらしい。

 元伯爵令嬢にそんな根性はないと思っているのが伝わってきて、リーフェはますます意地になった。何日であろうと居座ってしまえばさすがの魔女だって頷くに違いない。


 窓辺のテーブルにはやわらかな春の日差しが差し込んでくる。ほかほかとしたあたたかさに、リーフェはすぐにうとうとと微睡んだ。

 本人はまだまだ元気が有り余っているつもりだったが、身体はすっかり疲れ切っていた。そこで心地いい場所で一息つけば、眠気がやってくるのも無理はない。


「……魔女の家でうたた寝なんて、根性の据わった子だなぁ……」


 苦笑まじりのその声は、リーフェの耳には届かなかった。



 鼻歌が聞こえる。

 随分とやさしい声だった。

 微睡みがより深く、よりあたたかいものになる。心地よくてリーフェはふふ、と笑みをこぼした。


 リーフェはゆっくりと目を開ける。眠ってしまっていたらしい、と身体にかけられたブランケットに気づいて微笑んだ。


(魔女さまはやさしい方ね……ん?)


 キッチンに人がいる。

 リーフェが起きたことに気づいていないらしい。金茶の髪は短く、夕日の光を受けてほんのり赤い色を帯びていた。背丈はちょうど、魔女と同じくらい。


 しかし。

(おとこの、ひと……?)


「で、弟子はいらないといいながらお弟子さんがいるんじゃないですか!?」


 ガバッと起き上がってリーフェが声を上げると、その人は振り返った。

 瞳は深い森の色。エメラルドのようにうつくしい緑色だった。年頃はおそらくリーフェと同じくらいか、少し上。まだ二十歳になったかどうかといった頃だろうか。

 もう少し若ければ美少女と間違われたかもしれないほど、綺麗な顔立ちの青年だ。


「……君って思った以上にお馬鹿さんだよね。気づいてなかったの?」

「はい……?」


 呆れたように吐き出された声に、リーフェは首を傾げる。魔女の声と、とてもよく似ていた。いや、似ているというより、そのものと言ってもいいかもしれない。


「僕がレインデルスの森の魔女だよ」


 リーフェはぱちぱち、と瞬きをした。

「……女性ですか?」

「……女に見える?」

「いいえ、男性に見えますわ」

「そりゃ男だからね」


 とても綺麗な顔立ちだけど、どこからどう見ても男だ。肩幅は広くしっかりしているし、喉仏もある。

「あら? でも先程は黒髪でしたよね……?」

 もしかして魔女は髪の色まで自在に変えられるのだろうか。


「ああ、あれ? 鬘だよ。魔女ってだけで先入観があるから案外気づかれないけど、念の為ね」

 思えば今の魔女はローブすら着ていない。料理をするのに動きにくかったのだろう。


「男性でも魔女になれるんですね……!」

 魔女というのだからてっきり女性のみがなれるものだと思っていた。世界は思ったよりも寛容らしい。

「感動するところじゃないでしょ、それ……。これでわかったでしょ? 僕は男だから君はうちに弟子入りさせられないの」


 おそらく魔女はこれを言うために男であることを明かしたらしい、ということはリーフェにもわかった。

 しかし、魔女が言いたいことはさっぱりわからなかった。


「なぜ? ですか?」


 きょとん、と首を傾げるリーフェに、魔女は長いため息を吐いた。肺の空気どころか身体中から酸素がなくなるんじゃないかというほど長く長く息を吐き出したあとで、緑の瞳はリーフェを見る。


「……これでもまだわからないの? ねぇ君ってやっぱりお馬鹿さんなの?」

「家庭教師の先生からはあまり賢くないようですね、と言われたことがありますわ」

「それってなかなか面と向かって言われることじゃないよ!?」


 なぜかどやっとしながら答えるリーフェに魔女は頭を抱える。

「一般的に考えて! 恋人でも家族でもない男女がひとつ屋根の下っておかしいだろってことだよ!」

 まさか魔女に一般常識を説かれるとは思わなかった。魔女ほど非常識な存在もいないと思うのだが。


「問題ありません。師弟となれば家族のようなものです!」

「もはや勝手に弟子を名乗ってる気がするけど弟子にしてないからね!?」


 あまりに図々しいリーフェに魔女は頭が痛くなってきた。リーフェ相手に持久戦は不利になる気がする。正しいことを言っているのは魔女なのに、どう考えても魔女のほうが消耗している。


「魔女さまのことはなんとお呼びすればいいかしら? 魔女さまのままかしら? それともお師匠さまですか?」

「ねぇ君、人の話聞いてる?」

 弟子にした覚えはないと、何度言えば通じるのだろう。


 疲れ果てた顔で魔女はリーフェを見た。リーフェはけろりとして「もちろん」と答える。

「聞いておりますわ。お師匠さまこそ聞こえております? 若く見えるのに耳が遠いんでしょうか?」

 頬を膨らましているリーフェに魔女はつっこむ気力もなくなってくる。

 お師匠さまと呼ばれるのも困るが、魔女さま魔女さまと呼ばれるのも鬱陶しい。特に、ローブを脱いだ今は、魔女であって魔女ではない。


「しれっとお師匠さまとか呼ぶのやめてくれる? ……カレルだよ。好きに呼べば」

 およそ数年ぶりに、人に名前を教えた。

 魔女の家にやって来る人間には教えることはないし、森の魔女がカレルという青年であることを知る者は少ない。


「ではお師匠さまと呼ばせていただきますね」

「それは好きに呼べの中に入ってないんだけど!?」


 まったく話が通じず我が道をいくリーフェに、カレルは今日一日で一生分の気力を使い果たしたような気がしていた。


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