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魔女と令嬢(3)

 メーヴィス公爵家主催の夜会ともなればリーフェが今まで経験したこともないほどの大規模で華やかなものとなる。

 公爵のあとにロザンネが挨拶を終えると夜会はよりいっそう賑わいを増す。談笑する人々の声と流れる音楽で溢れていて、リーフェはもう一生分の音を聞いているのではと思った。


「お誕生日おめでとうございます、ロザンネ様」


 ヒューベルトと共にロザンネに挨拶へと行くと、彼女は婚約者とともにいた。

 輝くような金の髪と、宝石のような紫色の瞳。誰もが魅了されると噂のラウレンス王太子である。


「来てくださってありがとう、リーフェさん。楽しんでいってくださいね」

「はい、もちろん……」


 もう何度も帰りたくなっています、とは言えなかった。

 ラウレンス王太子はちらりとリーフェを一瞥したものの、声をかけてはこない。ヒューベルトの挨拶には応えていたのでリーフェは深く気にしないことにした。王太子からの印象が悪いだろうということは自覚している。


 今日の主役であるロザンネに挨拶をと思う者は当然たくさんいる。リーフェたちはその後すぐにその場から離れた。


「……本当なら王太子からも謝罪の一言くらいあっていいと思うんだけどね」


 リーフェにしか聞こえないような小さな声でヒューベルトが呟く。リーフェが従兄の顔を見ると、人当たりのいいヒューベルトにしては珍しく不満げな顔だ。

 王太子は真偽も定かでない噂を信じて一時はリーフェを断罪しようとしていた一人だ。その影響もあってリーフェの立場がどんどん悪くなったと言っても過言ではない。


「もう十分にロザンネ様から謝罪はいただきましたから」


 いいんですよ、とリーフェは笑った。

 王太子であるラウレンスが公の場で非を認めるということはなかなかできることではない。王家の人間が間違いをおかしたなんて、本来あってはならないことだ。


 ただの噂を信じた。言ってしまえばそれだけのことだ。その結果リーフェの人生は大きく狂わされそうになったけれど、噂話を広めた人々にはそんな自覚はないのだろう。そういうものだとリーフェは思っている。


「君ならそう言うんだろうけどね。……さて、知り合いへ挨拶に行こうと思うんだけど、リーフェはどうする?」

「疲れたので隅で大人しくしてます……」


 げっそりとしながらリーフェは答える。だろうね、とヒューベルトはくすくすと笑いながらリーフェと別れた。


(あとちょっと過ごしたら帰ってもいいわよね……)


 ロザンネの誕生日を祝うという目的は果たしたのだから、長居する必要はない。ヒューベルトが挨拶を終えたら帰ろう。


 それまでリーフェは壁の花になっていればいい。

 リーフェをダンスに誘うような人はいないだろうし、声をかけてくるような令嬢もいない。だからリーフェはのんびりと会場を見回した。


(なんだかそわそわしてる人が多いような……?)


 まるで何かを待っているように、令嬢たちは落ち着きがないような気がする。それにこそこそと扇で口元を隠しながら話しているみたいだ。


「ねぇ、あの方はどなた?」

「私も知らないの、どこの家の方かしら……」


 近くの会話が聞こえてきて、リーフェは納得した。リーフェにとっては誰も彼も知らない人だけど、彼女たちがわからないということは普段はあまりこういう場にやってこない人なのだろう。

 どんな人だろう、と思ったのはよくある好奇心だった。暇だったこともある。


 人を寄せつけず、かといってリーフェのように壁の花になっているわけでもない。その人はただ立っているだけだったのに令嬢たちを虜にしていた。

 金茶の髪がシャンデリアの下できらきらとしていたし、深い緑色の瞳は穏やかで賢そうだった。濃紺の上着はその細身の身体によく似合っていたし、御伽噺から出てきた王子様だと言っても過言ではないかもしれない。


「おっ!?」


 お師匠さま!? と叫びかけてリーフェは慌てて自分の口を塞ぐ。令嬢らしく扇で口元を隠し、こほこほと咳き込んで周囲からの目を誤魔化して、リーフェは混乱する頭を整理しようとした。


(な、なんでお師匠さまが!? お師匠さまよね!?)


 見間違いではない。リーフェの知るカレルとはまったく違う服装をしているけれど、他人の空似なんてものではないはずだ。

 もう一度こっそり見てみようかと考えていると、リーフェの目の前に飲み物が差し出された。


「大丈夫?」

「あ、はい大丈夫で……す?」


 咳き込んでいたので親切な人が心配してくれたらしい、と飲み物を受け取ったけれど、その声はリーフェがよく知っているものだった。


「おっ……!」

「具合が悪いみたいだね、少し外の空気を吸ったほうがいいよ」


 お師匠さま! とまた叫びそうになったリーフェの手を掴み、カレルはぐいぐいとテラスに連れ出す。羨ましげにリーフェを見る幾人かの令嬢の視線が刺さった。


「おし、」

「その呼び方は禁止」


 お師匠さまとつい呼んでしまいそうになるリーフェをカレルが注意する。


「あ、すみません、つい……えっと」


 カレルさんはと口にしようとして、迂闊に名前を出すのもどうなのかと思った。カレルに興味津々の令嬢たちもいるし、どこかで聞き耳をたてられていたらカレルが魔女であることもバレてしまうかもしれない。


「……ここの会話は聞かれないから、気にしなくていいよ」

「え、そうなんですか?」

「あんまり離れると効果がきれるけど」

「魔法!? もしかして魔法ですか!?」


 全然わからなかった! とリーフェは興奮する。カレルが魔法を使うところはほとんど見たことがないし、使っているのだと実感することもあまりないので貴重なのだ。


「聞かれないとはいえ大きな声でそれもどうなの。唇を読む人も稀にいるから気をつけなね」

「つ、つい……あの、お……カレルさんはどうしてここに?」


 カレルの忠告に従い口元を扇で隠しながら問いかける。貴族の子息のようなカレルの姿がなんだかとても慣れない。


「野暮用」

「やぼよう」


 思わずリーフェは繰り返した。

 だからつまらなさそうな顔をしていたのだろうか。カレルは夜会の会場を探るようにじっと見つめながら口を開く。


「姉弟子の手伝いでね。今夜決着はつきそうだから、もう帰るけど」

「そうなんですか……」


(もう、帰っちゃうんだ……)


 せっかく会えたのに。

 カレルが王都にいたと知っていたなら、会いに行ったのに。


「むしろ君がいたことに驚いたんだけど。嫌いなんじゃない? こういうところ」


 カレルはやっぱりなんでもお見通しなんだな、とリーフェは笑う。こういう華やか過ぎる場はリーフェにとってあまり楽しい場所ではない。


「苦手ですし、帰りたいんですけど」

「じゃあなんで来たの」

「ロザンネ様にはお世話になってますから、お祝いくらい言いに来ますよ」


 まして本人から来て欲しいと言われたのに断るほどリーフェは非情ではない。

 カレルはふぅん、と零した。やはりその視線は会場に向けられている。誰か探しているんだろうか、とリーフェは思った。


「……君の連れはどこに行ったの?」

「ヒューベルトお兄様ですか? お知り合いに挨拶に行ってます」


 そういえばそろそろ戻ってくるかもしれない。

 ヒューベルトは森の魔女には会ったことがあるけれど、今のカレルを見てもあの森の魔女だとは思わないだろう。二人でいるところを見られたらなんと説明すればいいのか。

 きっと正しいのはこの場から、カレルから離れることなんだろう。しかし離れがたさを感じてリーフェはカレルを見る。


「あの、お師匠さま」

「それ、禁止だってば」

「でも、誰にも聞かれていないなら……」


 カレルをなんと呼んでも問題ないのでは、とリーフェは首を傾げた。もちろんリーフェはおっちょこちょいだから、他の場所でお師匠さまと呼んでしまうことはあるかもしれないけど。


 聞かれていなくても、とカレルは苦笑した。


「もう僕は君のお師匠さまじゃないでしょ」


 ようやく向けられた深緑の瞳に、リーフェは言葉を飲んだ。

 ずっとカレルにこっちを見て欲しかったんだと実感しながら、けれどこんな顔を見たかったんじゃないと心の中で誰かが叫んでいる。


 確かにリーフェは伯爵令嬢としての暮らしに戻ったし、カレルはリーフェを突き放し魔女の家から出した。戻ってきてはいけないよ、というように。


 もう師弟ではないというのなら。

 それなら今のリーフェとカレルは、なんなんだろう。



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