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王都の魔女(4)

 少し冷めたジャスミンティーで唇を湿らせる。突拍子もない姉弟子の後始末はいつもカレルの仕事であるけど、今回はまだマシだと思いたい。


「……つまり、君がまじないをかけたカードを渡しておいたから、ロザンネ嬢の婚約者である王太子にかかっていた魅了の魔法がとけたってことでいい?」


 わざわざお守りといって渡したのだから、なんの効果もないものを渡したりしていないはずだ。

 ティルザから受け取ったものを捨てるか本当にお守りとして扱うかはロザンネ次第。おそらく後者であったおかげで、彼女は自分の婚約者を失わずにすんだらしい。


「恋が良い方向に進むように、本当に軽いまじないをかけただけよ? その程度でとけるんだから、どう考えても三流魔女でしょ」

「そうかもね」


 紅柘榴の魔女はカレルも認める一流の魔女ではあるけれど、多少経験を積んだ魔女ならほんの気休め程度のまじないで魔法の効果がきれるはずがない。


「誰彼構わず魅了しているなら、対象に飲ませるものとかじゃなくて、自分が身につけるものかな……香水とか?」

「そのあたり確認できていないのも痛いのよね……問題のエステルって子と接触してもいいけど、こっちが魔女だってバレたらめんどうそうでしょ」

「君が紅柘榴の魔女だとわかった瞬間により強力な薬を欲しがるかもね」


 王都のご婦人たちの間で紅柘榴の魔女は有名だ。恋の手助けをしてくれる、なんて可愛らしい噂がメインであるものの、なかなか会えないし紹介も受け付けていないので誰もが出会えるきっかけを探している。


「そうよねー。ガッツある子は嫌いじゃないけど節操ない子は嫌いだわ。まったく、男なら誰でもいいのかしら」


 ティルザは人の恋路を見守ったり時に横槍を入れたりすることが大好きだが、大勢の異性を手玉にとる人間は好まない。男であっても、女であっても。

 一対一の運命の恋だけが紅柘榴の魔女の心を動かす。案外ロマンチストなのである。


「で、そのロザンネ嬢と連絡がとれるってことなの?」

「連絡先は知らないけど、家は調べるまでもなくわかるじゃない」

「……それ、結局無策じゃない?」


 協力してくれるだろうという希望的観測で話をもちかけるというのはいかがなものだろうか。伝手というものはもう少ししっかりしたものに使う言葉だと思う、とカレルは痛み始めた頭をおさえる。


「無策じゃないわよ、あの子も今回の件を怪しんでいるんだから協力体制はとれるはずよ!」

「どうかなぁ……」


 カレルはロザンネと面識があるわけではないし何とも言えなかった。魔女とはなかなか信用されないものである。たとえエステルとその周辺の魔女の一件を怪しんでいたとして、カレルたちを信じて手を貸すとは限らない。


「じゃあなに、カレルにはあるの? 貴族に伝手」


 貴族、という言葉で浮かんだのは黒髪に赤い瞳の少女だった。

 しかしすぐにその顔をかき消す。無事に家に帰ることができた彼女を巻き込むわけにはいかないし、巻き込んだところで役には立たないだろう。


「……いるわけないでしょ」

「そうよねぇ」


 カレルの返答にティルザはため息を吐く。もとより期待はされてはずなので残念がるフリをしているだけだ。

 うーん、とティルザはしばし考えて、ジャスミンティーを飲み干すと立ち上がった。


「じゃ、メーヴィス公爵家に行ってみましょうか」

「は?」


 突拍子もない姉弟子はやはりいつまで経っても突拍子もなかった。




 ティルザ曰く、会えなくてもいいし、とりあえず接触できそうな雰囲気かどうか確認したいじゃない? とのことである。


 善は急げとはいうけれど、ティルザの場合はもう少し慎重になったほうがいいんじゃないかと思った。

 それでもカレルが逆らわないのは逆らうほうがめんどうだからだ。それなら言う通りに行くだけ行ってみて、結果時間を無駄にしたほうがカレルにとっては被害が少ない。

 そもそもカレルは森の魔女だから、王都で何があろうと知ったことではない。今回はたまたまティルザが関係しているらしいから手を貸すだけで。


 メーヴィス公爵家は広い敷地をぐるりと塀で囲っていて、簡単には侵入できそうにない。連絡もなく直接会うことは不可能だろうし、手紙を送ったところで使用人の検閲が入る。

 他の伝手を探した方が早いんじゃないかな、と高い塀を見上げながらカレルは思った。


「うーん、無理かしら」

「無理でしょ、これは」


 実際にやって来て本人に確認させて諦めさせる。これが一番だとカレルは知っている。

 ティルザと二人で公爵家の前をうろついていると、ちょうど馬車が出てくる。誰か出かけるらしい。

 屋敷周辺にいる怪しい人間だと思われないようにとカレルは軽く頭を下げたけど、ティルザはその馬車をじぃっと見つめていた。怖いもの知らずとはこのことである。

 ちょっと、とカレルが注意しようとすると、馬車が止まった。


「今日は運がいいのかもしれないわね」


 うふふ、とティルザは嬉しそうに笑う。

 止まった馬車の戸が開く。そして姿を見せたのは、白銀の髪に紫紺の瞳の少女。年齢からいって彼女がロザンネだ。


「……我が家に何か御用かしら」

「いいえ、公爵家には用はないのですけど、あなたとお話がしたくて。これからお出かけかしら?」


 ティルザは首を傾げながら問いかける。ロザンネの装いは年頃の令嬢らしく清楚で品の良いドレスだった。

 誰かに会う予定でもあるようだが、おそらく王太子ではないとティルザは検討をつける。好きな人に会うのならもっとうつくしく見えるドレスを選ぶだろう。


「ええ、これからお茶会に行くところなのだけど」

「よろしければ同乗しても? 道中だけでもご一緒できるとうれしいわ」


 まったく遠慮のないティルザにカレルは青くなった。ロザンネが気分を害した様子はないものの、こちらから馬車に乗せろなんて普通は言えない。


「……彼は?」

「付き人のようなものだと思ってくださればいいわ」


 ちらりとカレルを見たロザンネに、ティルザはさらりと答える。当然、ロザンネはカレルが森の魔女だなんて思ってもいないはずだ。教える必要もない。

 馬車はカレルとティルザが同乗しても十分な広さがあった。ロザンネの向かいにティルザが座り、その隣にカレルが腰を下ろす。


「お守りはまだ持っていてくれるみたいね。うれしいわ」

「……効果はあったようですから」


 ロザンネ自身もその効果に気づいていたらしい。だからこそティルザの姿を見つけてわざわざ馬車を止め話しかけたのだろう。


「時間もないでしょうし、手短に済ませるわね? 近頃あたしの名を騙る三流魔女が王都をうろついているようで、困っているの」


 ティルザは世間話をするつもりもないらしく、すぐに本題を口にした。


「ああ……だから最近、紅柘榴の魔女から薬を買えたって話を耳にするのね」

「残念ながら最近だとうちの店に自力でやってきたお客様はあなたくらいね。皆、心の底からの恋はしていないみたい」


 ティルザの言葉の後半はロザンネにはよくわからないだろう。不思議そうな顔をしている。

 魔女の制約は、簡単に話すわけにはいかない。弱点にも繋がることがあるからだ。


「……どういう理屈かはわからないけど、あなたではないということね?」

「当たり前よ。地位だの名声だのを求めるだけの恋をしたフリの子にあたしは協力なんてしないわ」


 きっぱりとティルザは言い切る。

 この姿勢がティルザの『恋をする乙女の味方』としての地位を確かなものにしていると言っても過言ではない。彼女は本当に恋をする人間の手助けしかしない。本気の恋であるならば、ティルザもその人が求める限り本気で手を貸す。


「その魔女を捕まえたい、ということでいいのかしら」

「そう。協力して頂けないかしら?」


 図々しい頼みだがロザンネは表情を変えない。むしろ真剣に検討しているようだった。


「……このまま怪しい薬をあちこちに売られても困ります。私でできる範囲でなら、という条件付きになりますけど」

「十分だわ。ありがとう!」


 ぱっと目を輝かせるティルザにロザンネは微笑む。この魔女、見た目は妖艶な美女なのにこうして無邪気に笑うからたいていの人間は毒気が抜かれるのだ。


「そろそろ着くわね。あなた方はどうなさるの?」

「目的地を聞いてませんでしたけど、どちらに向かっていたのかしら?」

「ローデヴェイグ伯爵家よ。そこの令嬢と二人でお茶をする予定なの」


 ロザンネの答えにカレルは噎せた。まさかこんなところでその名前を聞くとは思わなかった。


「あら、噂の。興味はあるけど……ちょっと、カレル大丈夫?」

「いや、ちょっと、不意打ちで」


 カレルが咳き込んでいると、馬車が止まる。ローデヴェイグ伯爵家に着いてしまったらしい。到着する前に他のところで降ろしてもらえれば良かったのだが、もうそうはいかない。


 従者が扉を開ける。



「ようこそお越しくださいました、ロザンネ様」



 久々に聞いた弟子の声に、カレルは妙な居心地の悪さを覚えた。



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