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王都の魔女(2)

 リーフェが魔女の家で庭師の真似事をしていたということは瞬く間に屋敷中に伝わった。

 正しくは庭師ではなく魔女の真似事である。

父からの許可が出たのでリーフェは毎日のように庭師の手伝いをした。


 日傘など邪魔だと主張するリーフェはメイドたちに帽子をかぶらされ、比較的動きやすい服にエプロンをつけている。令嬢としてはかなりギリギリだが、汚れてもいい格好だ。


(手伝いといっても、やれることはあまりないのよね……)


 毎日雑草抜きをするほどにょきにょきと雑草が生えてくるわけでもない。水やりは体力を使うから、と庭師もいい顔をしなかった。

 今は咲ききった花を鋏で切っている。


「綺麗に咲いているんだから、切ってしまうのはもったいない気がするけど」

「多くは屋敷の中に飾ってもらったりしてますよ。でも、咲ききったあとの花をそのままにしているとせっかくの栄養を持っていかれたりしますしねぇ」


 そうすると次に花が咲く時の栄養が足らなくなる。朽ちた花がそのままだと病気にもなりやすいし、満開になった頃に切ってしまうのが一番なのだそうだ。


「楽しそうだね、リーフェ」


 リーフェが切った花を両手いっぱいに抱えていると、訪ねてきたヒューベルトが話しかけてくる。


「はい! とっても!」


 やれることがあるのは楽しい。

 部屋の中に引きこもっていたときよりも、ずっとずっとリーフェは楽しいと思える。


「話があるからお茶にしよう。着替えておいで」

「お話ですか……?」


 リーフェは首を傾げつつも花を片付け、着替えるために部屋に戻る。エプロンをとればそれでいい気がするけれど、メイドたちにとんでもない! と却下された。


「まったく! 手もこんなに荒れてしまって!」


 メイドが嘆きながらリーフェの手にハンドクリームを塗る。薔薇の香りのするそれは、あまりリーフェの好みではなかった。

 カモミールの香りのするハンドクリームも、木苺のジャムも、初めて自分で選んだ皿も。

 リーフェの好きな物は何もかもカレルのいるあの家にあるのだと思うと、胸がしくしくと痛んだ。




 ヒューベルトはこの屋敷にとっては客人というより既に家人の一人である。

 使用人たちもそれが当たり前のように振る舞っているし、未来のローデヴェイグ伯爵は彼だ。


「ヒューベルトお兄様、お待たせしました」


 リーフェは幼い頃からずっと、ヒューベルトを兄と呼んでいる。ヒューベルトもまたリーフェを妹のようにしか思っていない。だからこそ二人は未だ婚約していないのだ。


「それで、お話って?」

「いい知らせだよ」


 リーフェがソファに腰掛けながら問いかける。こうしてリーフェが気兼ねなく話せる人物はヒューベルトくらいなものだ。


「無事にこちらの訴えが認められた。君にかけられていた疑惑は全て晴れたということになる」

「そうですか……」

「あまりうれしくない?」

「うーん……ほっとする気持ちはありますけど、うれしいとはちょっと違う気がします」


 正直なところ、リーフェは濡れ衣を着せられたままでもあまり困らなかった。その時はきっと、カレルのもとで暮らし続けることになっただけだ。


「でも、お父様やお兄様がやってくださったことが認められたのは、うれしいです」


 それは簡単なことではなかったはずだ。

 だから、この点はリーフェにとっても喜ばしい。


「……君らしいね。さて、次はリーフェにとってはたぶんあまり良くない知らせかな」

「ええ……」


 良くない知らせと言われて、リーフェは眉を下げる。聞かなくてもいいなら聞きたくない。


「ロザンネ嬢が君に会いたいそうだ。近々うちにいらっしゃることになるからね」

「えぇぇ……」


 相手がヒューベルトなので、リーフェも素直に嫌な顔をする。


(どうしてロザンネ様が……?)


 リーフェは引きこもりだったが、人見知りではない。だから誰かに会うということが嫌なのではなく、相手が問題なのだ。

 親しいわけでもないのに、わざわざロザンネがリーフェに会いに来る理由がわからない。リーフェの無実を証明するために協力してくれたらしいが、その件なのだろうか。


「こちらから断る理由もないし、協力していただいたから無下にもできないからね」

「……そうですよね。でも、わたしと会っても楽しくないと思いますけど……」


 令嬢らしいことが苦手なリーフェと、王太子の婚約者であり令嬢の中の令嬢ともいえるロザンネでは、そもそも話が合わないと思う。


「意外と仲良くなれると思うよ」


 ヒューベルトはにっこりとそう笑って、リーフェのささやかな抵抗を聞き流す。

 この従兄、こういうときは甘やかしてくれないのである。





 王都の中でも店が立ち並ぶ一角、その中でも奥まった場所に煉瓦造りの店がある。

 看板らしいものはひとつもなく、なんの店なのかはわからない。しかしここを訪ねる人は迷いなくやってくる。


 ここは、魔女の店。

 王都に住まう、紅柘榴の魔女の店である。


「カレルぅ〜、お茶淹れて〜」


 鮮やかな赤毛の女がぐったりと椅子にもたれながら声をあげる。


「ティルザ、僕は君の召使いになりに来たんじゃないんだけど?」


 冷ややかな目でカレルはティルザを、姉弟子である紅柘榴の魔女を見た。


「わかってるけど、カレルが淹れたほうが美味しいじゃない?」

「それは否定しないけどさ……」


 ティルザは良くも悪くも大雑把なので、紅茶を淹れても大雑把な味になる。カレルはため息混じりにお湯を沸かし始めた。


 リーフェが王都に戻ってすぐ。

 カレルは、連絡を寄越してきたティルザに協力することにして、レインデルスの森を出てきたのである。

 別にリーフェが気になったからというわけではなく、手をかして欲しいというティルザの頼みを断る理由がなくなっただけだ。


「それで、手がかりはあるの? 君の偽物が出たっていうけど」

「偽物なんかじゃないわよ、人の名前を勝手に使っていやがったの! たかが三流魔女が!」

「それを偽物っていうんだよ」


 ティーポットを温めて茶葉を選ぶ。ティルザはイラついているようだから鎮静効果のあるものを、とカモミールを手に取りかけてやめる。


「粗悪品の媚薬だの惚れ薬だの売りさばいてんのよこの王都で! 王都に店を構えているあたしになんの挨拶もなく! しかも紅柘榴の魔女と名乗って! 営業妨害も甚だしいわ!」


 結局ジャスミンティーにして、カレルはティルザの前に差し出した。


「まぁ、君はやってくる客を選ぶからね」

「仕方ないじゃない。それがあたしの制約だもの」


 ぷくっと頬を膨らませながらティルザはお茶を飲み始めた。愚痴ったことで少しは落ち着いたらしい。


 魔女にはそれぞれ制約がある。

 強い魔女にはそれだけ強い制約が。魔女の持つ魔法に合わせて、それを悪用したり乱用したりしないようにするためのものだ。

 制約を破ると肌には禁呪が刻まれる。蔦のような黒い痣で、それが心臓に届いた時には魔女は命を落とすという。


「君はほんと、恋愛に特化しているからなぁ……」


 カレルはため息を吐き出した。

 紅柘榴の魔女であるティルザは、やろうと思えばどんな人でも魅了できる。それに関連して、彼女は惚れ薬や魅了薬を作るのが得意なのだ。


 しかしそこで制約がかかる。ティルザは『まことの恋や真実の愛しか協力できない』のだ。

 真剣に愛する人がいる者だけが、ティルザの店にたどり着ける。森にあるカレルの家にかけられた結界と同じようなものだ。


「あたしの縄張りで好き勝手されたら困るのよ! だからとっ捕まえないと」

「で、その手がかりは?」

「……今のところゼロ?」

「やる気あるの?」


 手伝えというからわざわざ森から出向いてやったというのに、手がかり無しとはどういうことだ。



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