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魔女と訪問者(4)

 玄関を開けたリーフェの目に飛び込んできたのは、深くフードを被った変装済みの師匠と、振り返ってこちらを見る従兄の姿だった。


「……ヒューベルトお兄様?」


 どうしてこんなところに? と首を傾げるリーフェに、青年……ヒューベルトは驚き椅子を蹴る。


「リーフェ!? 無事だったんだな……!」


 感極まったように駆け寄ってきたヒューベルトにリーフェは事態がよく掴めずに混乱している。


(お兄様は王都にいるはずじゃないのかしら……お師匠さまは魔女さまの格好になっているし)


 もしかしてヒューベルトは客としてここにやって来たということだろうか、とリーフェは予想する。それにしても、生真面目なヒューベルトが魔女を頼るなんて、よほどのことがあったのだろうか。

 とりあえずリーフェは籠から木苺がこぼれてしまいそうなので床に置く。これはジャムやパイになる大事な木苺なのだ。


 良かった良かったと喜ぶヒューベルトに困惑していると、カレルがため息を吐き出した。


「お迎えが来たんだよリーフェ」

「お迎え……?」


 カレルの言葉にリーフェは眉を下げる。それはつまり、ヒューベルトによってストラウク修道院へ連れて行かれるということなのだろうか。

 わざわざ修道院なんかに閉じ込めなくても、リーフェはここで大人しく、のんびりと暮らすのに。

 ヒューベルトがにこにこと嬉しそうにリーフェと向き合う。背の高い彼を見上げると首が痛くなるんだったと、リーフェはそんなことを思い出した。


「メーヴィス公爵令嬢が協力してくださって、君にかけられた疑惑がもうすぐ晴れそうなんだ」

「ロザンネ様が……?」

「だから何も心配いらない。王都に帰ろう。伯父上も心配している」

「お父様も……」


 ヒューベルトがリーフェの肩を掴み、嬉しそうに王都での状況を教えてくれる。

 リーフェは突然詰め込まれる情報に頭がパンクしそうだった。


(ロ、ロザンネ様が協力ってどうして? もしかして無実の罪を着せられたわたしを放っておけなかったのかしら? やっぱりおやさしいのね……でも、お父様は……)


 父のことを思い出して、リーフェは表情を曇らせた。

 リーフェをストラウク修道院へと行かせたのは父だ。ヒューベルトはやさしい人だから心配しているなんて言ってくれるけど、本当はどうなのかわからない。


 いらない娘だと、思われているのではないか。

 こんな、役に立たない娘、必要ないと。


「……君さ、近くまで馬で来たんだろう? ここまで連れてくるといいよ」


 口を閉ざしていたカレルが、ヒューベルトにそう告げた。


「確かに、少し離れた場所に馬を繋いでありますが……」

「心配しなくても道を迷わせたりしないし、逃げたりしないよ」


 なぜ知っているのかと言いたげなヒューベルトの視線を無視して、カレルは深くかぶったフードの隙間からリーフェを見る。

 森の魔女が森のことを知らぬはずがないのだ。


「その子をその格好のまま帰すわけにもいかないだろう?」


 リーフェは村娘のような服を着ているし、木苺摘みに集中している間に汚したのか、スカートには土汚れがついている。黒髪には葉っぱがくっついていた。


「……そうですね」


 女性の身支度には時間がかかる。その時間を無駄にするなとカレルは言いたいのだ。

 ヒューベルトは素直に馬を迎えに行った。

 魔女の家を探し歩くのに、馬まで連れていると効率が悪い。この家にやってくる者はたいていわかりやすい場所に馬を繋いでくる。


「……お師匠さま」


 不安げなリーフェの声に、カレルはあえて気づかないふりをした。


「着替えておいで。うちに来た日に着ていた服、ちゃんとまだあるだろう?」


 やさしい声に、リーフェは悟る。


(……お師匠さまは、こんな日が来るとわかっていたから、あの服を売らないようにとおっしゃったのかしら)

 長い髪を切らないようにと言ったのも、もしかしたら。


 リーフェがいつか、元の生活に戻るかもしれないからと、思っていたのだろうか。

 この場所で過ごす日々が、早く当たり前になればいいと願っていたのは、リーフェだけだったのだろうか。


 ゆっくりとした足取りでリーフェは部屋に入る。狭い部屋だ。もともと住んでいた伯爵家の部屋とは比べものにもならない。

 けれどリーフェは、この部屋に愛着を持ち始めていたし、気に入っていた。ちょっと狭くてかたいベッドも、古びたクローゼットも。


(……着替えなくちゃ)


 リーフェは外出着を取り出すと、のろのろと着替え始めた。

 ヒューベルトの言葉が真実だというのなら、リーフェも王都に戻ることを拒むつもりはない。もともと、好きで勘当されたわけでも追放されたわけでもないのだ。

 この家での暮らしも好きだし、慣れてきていたのも事実だが、王都での生活に不満があったわけではない。


 ヒューベルトが迎えに来た。

 そして、カレルも当然リーフェを見送るつもりでいる。

 ならばリーフェもそれに従うだけだ。……今まで、そうやってきたように。




 着替えたあと、簡単に部屋を片付けた。リーフェの私物はないから片付けるようなものもほとんどないけれど、使ったものを整理して部屋を出る。


「おいで、ハンドクリーム塗ってあげるから」


 カレルはローブはそのままに、しかしフードと鬘はかぶっていなかった。ヒューベルトがいないからだろう。

 いつも食事をしているテーブルの椅子に腰掛ける。向かい合わせに座ってカレルはハンドクリームの瓶を取り出した。


「お師匠さまは、どうしてこうなるとわかったんですか」

「わかるよ。だって君は、とても愛されて育った子だもの」


 そう笑いながらカレルの手がリーフェの手にハンドクリームを塗り広げていく。人肌に温められたクリームはすぅっとよくのびた。


「それは……」

「君の親は君を探すために人を雇っていたらしい。まぁそいつらに騙されたみたいだけど」


 君の親らしいね、とカレルは笑う。


「君の無実を晴らすために奔走し、君を探すために彼はここまでやって来た。それだけでも、十分すぎるほどの証拠になるよ」


 それは、リーフェも否定できなかった。

 リーフェ自身は、ヒューベルトがここにやって来ることなんて想像もしていなかった。

 たとえリーフェが行方不明になったとしても、死んだとしても、誰も気にしないだろうと。誰も悲しまないだろうと。そう思っていた。


「親とはもう少しちゃんと会話しなさい。……たぶん君の親は、ちゃんと話を聞いてくれるだろうから」


 穏やかなカレルの声とともに、やさしいカモミールの香りがする。

 リーフェは自分の手を包み込む師の手を見つめたまま、何も言えなかった。



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