プロローグ
その頃、クラウフェルト王国の王都では一人の令嬢の話題で持ち切りだった。
リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグはラウレンス王子の婚約者の座を狙っているらしい。
――いいえ、とんでもございません。
そんな噂を耳にするたびに、リーフェは首を横に振った。
リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグはラウレンス王子の婚約者である公爵令嬢ロザンネ様に嫌がらせをしていたらしい。
――いいえ、そのような覚えはございません。
メーヴィス公爵家のロザンネと言えば、たいそう賢く美しい、まさに王太子妃に相応しい令嬢だとリーフェは知っていた。
そんな令嬢に対してほぼ引きこもりのリーフェが嫌がらせなどできるはずもない。
リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグはロザンネ様のありもしない悪い噂を流していたらしい。
――いいえ、そもそもろくに友人もおりませんので、噂を流すことなんてできません。
未来の王太子妃として誰もが憧れるロザンネの悪い噂なんて、リーフェには思いつくことすらできない。
ロザンネは悪いところなどひとつもないような素晴らしいお人だとリーフェは聞いている。
リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグはラウレンス王子だけでなく多くの有力貴族の子息に色目を使っていたらしい。
――いいえ、色目どころかお話したことすらありません。
リーフェがどれだけ否定しても、周囲は納得しなかった。首を振りすぎて首が痛くなるほどだった。
気味の悪い、鴉のような真っ黒の髪、血のように真っ赤な瞳。リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグは実は魔女らしい!
――いいえ、わたしは魔女ではございません。
……けれど、そうですね。せっかくですから魔女に弟子入りしようと思います。
リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグは王都の人々が噂するような性格が悪い令嬢ではなかったが、驚くことにたいそうのんびり屋で、たいそう世間知らずで、そしてとても思い切りのいい娘だった。