4話 食材への好奇心
最優先事項は言うまでもなく食料の確保である。人間の身体は水分補給をし続ければ何とかなるという便利なものでも無い。未知の恐怖に怯え、外出を控え、餓死してしまった、などと言う笑い話は勘弁なのだ。
「とりあえず、刃物の類か…………」
現在地は森林のどこかであり、舗装された道路どころかけもの道すら存在が怪しい。であれば手探りに草木を払いながら進まねばならず、素手での探索など言語道断である。
商売道具の両手を傷つける事はそもそもナンセンスであるが、切り傷などの裂傷も化膿すれば面倒な事になる。先ほど見掛けた二匹の緑の生物のように、未知なる病原体がいないとも断言できない。血の匂いは獣を誘き寄せるとも聞くし、万全を期すことは何の間違いでもないだろう。
「贅沢は言わんが、長袖を着ていれば良かったな」
自身の格好に目を向ける。仕事終わりの格好のままこの場に来てしまった為、上は白のコックコート。下は白の長パンである。道中で跳ねた土汚れが上下を汚す事は間違いなく、途方も無いストレスに繋がるのだが、ワガママも言っていられない状況の為に優先順序を間違えないようにすべきである。荒れた砂地よりも、平坦な泥道を選ぶべきなのだ。
ふと、ロッカーの存在を思い出し、寝室に向かう。
調理器具など新品な道具を用意されてるのだ。着替えが用意されていてもおかしくはないと思ったからだ。
しかし、そのような自分の楽観は即座に否定されてしまう。それよりも目を引くのはロッカー内部に収納されている大量の武器の類である。どのような用途なのかは知識では知ってる。もちろん使用した事は無いが。
長剣、短剣、槍、斧、杖、棍棒、弓矢等、一目で用途の分かる武器だけでなく、良く分からない捻じ曲がった金属の棒や、鉄球の付いた鎖など、誰が使うのかと眉を顰めるようなものまで置いてあるのだ。
(…………映画の撮影用かなんかか?)
ふと疑問に思い、重量感の有りそうな斧を軽く持ち上げてみる。
しかしそれはすんなりと持ち上がり、手に馴染むような掴み心地をしていたのだった。
(なるほど。映画撮影地かどこか、といった可能性が出てきたか……)
斧をロッカー内部に戻し、短剣を手に取る。手に馴染むそれを軽く振れば、鋭く空気を切り裂いた音が室内に響いた。シャープな高音は外にいた鳥類の耳にでも届いたのか、枝葉を揺らして羽ばたく何かの存在を自分に教えてくれた。
目的の物は手に入れた。それ以外の物は不要である。ましてや、着慣れていない鎧を着こむ事もナンセンスだと思うし、鎖帷子など以ての外である。完全な武具庫となっているロッカーの存在に頭が痛くなってきたが、中世の西洋に憧れる映画ファンが目にしたならば何の遠慮も無く着込み、記念撮影でもしそうなものだが、今の自分は食料探しに向かわねばならず、遊んでいる暇など一切ないのだ。
――――
食料探しを始めたところ、やはり短剣が大活躍をしてくれた。
木の枝になる果物や、草花に生る実を採取するのに大きな役に立ってくれたからである。アウトドア初心者の自分がどれほど上手く立ち回れるかの心配もあったが、基本的にログハウスを目の届く範囲内に行動範囲を絞った結果、何の危険も無くある程度の食料集めを済ませる事が出来たのだ。
「とはいえ、こんなん見た事も聞いた事も無いが……」
調理台に並んだ数種類の果実や実に目を向ける。
青色や緑色の洋ナシの形をした何か。松ぼっくりの傘の様に生る白い実。細長く唐辛子の形をしたラズベリーに似た実。熟しているのかもさっぱりわからず、毒の有無すら予想が出来ない。しかし、未知なる果実に己の好奇心が抑えきれないのはやはり菓子職人としての性のせいだろうか。
「……………………」
短剣を操り、全ての皮を剥く。
手触りは程よい弾力のモノもあれば、とてつもなく固いモノもあった。
それでも簡単に皮がむけたのは、扱っている短剣の切れ味の良さと言う事なのだろうか。
「…………!」
味見をしようとして気付く。
ここは良く分からない場所のようである。それであれば、日本のように生食が安全だと言い切る事も出来ない。このログハウスにはなぜかトイレも風呂も設置されていない。腹を下す様な無様な様相を晒す事には些か抵抗感がある。それであれば、熱処理を施すのが一番なはずだ。
厨房内を歩き回る。さすれば、目的の機器は設置されていたのである。
スチーム機能付きのコンベクション。製パン、製菓だけでなく普通の食事にも便利な一品である。
「最っ高だぜ…………!」
しかも完全最新機。扱ってみたいと思っていた一機が目の前に存在しているのだ。沸き立つ興奮をどうにか抑えながら、手に入れた果実を切り分け、コンベクション内に並べるのだった。