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紅の雑兵  作者: 緑の旅人
1/1

第一話 「灯り」

「.....!....!!」

 意識がぼんやりとするなか、誰かが私を呼んでいる。

 同時に身体が大きく揺れているのもわかった。

「....か....っかり....さい....!!」

 その者が私の腕を掴んでいるのか、私は落馬せずに済んでいるようだ。

 ....落馬?そうか。私は今馬に乗っていて、それから....

 それから?

「殿下!姫殿下!!気をしっかりなさいませ!!」

「?!っはぁ!!」

 私は大きく息を吸い込んで眼を開いた。

 そうだ。私は、いや私たちは、追われていたんだ。


 クルス暦765年6月。シャオ大陸北東に広がるカラル平原に突如巨大な火山が隆起した。

 山の高さは3リード(3千メートル)を超え、その際吹き出た噴石は周辺諸国の民およそ13500人を死に至らしめるという、かつてない大きな被害を与えた。

 ある者は神か大地が怒っているとおののき、ある者は万年に一度起きることだと説き、ある者は何かの予兆と占い、ある者は他国を攻める好機と奮い立った。


 そう、吹き出た地の底から「奴ら」が這い上がって来るまでは。


 クルス暦790年7月、私、サム王国の王族の一人娘ラスティナ・サム・カーソンが率いる総勢200人の中隊は敵に滅ぼされた集落の跡地を偵察していた。が、敵の待ち伏せに遭い、その時既に100名近くの兵を失い、追手から逃げる時にはもう私を含めた3人だけとなってしまった。

 頭から離れられない。初陣で頼りない私を逃がそうと盾となって死んでいった兵士一人一人の顔が....! 「団長!もう魔除けの矢がありません!!」

「奴らに構うな!走り続けろ!!」

 騎士団長のワーグが弓使いのジャイルに叫んだ。

「ワーグ!領地の結界まであとどれくらい!?」

 涙を抑え、私も必死に叫ぶ。

「6リード....!」

 です。と答える前に火球が頭の斜め上を掠めた。近い!私は一瞬だけ後ろを振り向いた。もう5ウィート(50メートル)まで奴らが迫っている。敵が乗っている生き物は、この世の物とは思えない鱗の生えた獅子だった。馬よりも足が速い!追い付かれる!

「姫!右だ!!」

 ....え?

 次の瞬間、私の身体は中に投げ出されていた。

 そして背中から地面に落ちた時、横っ腹に今までに感じたことのない痛みを感じた。

「姫!!」

「くっそぉ!!」

 ワーグとジャイルが腰の剣を抜いてこっちに戻って来る。

 駄目、逃げてと叫ぼうとしたが、痛みで声が出ない。

 二人の姿はたちまち数人の追手に囲まれて見えなくなってしまった。

 ....死んじゃう。死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう!!

「私の....せいで!」

 私は深手を負った腹を押さえながら、必死に立ち上がろうとした。しかし突然、敵の一人が物凄い跳躍で目の前に着地してきた。私は改めて敵の姿を凝視した。

 鎧を纏わず、黒くゴツゴツとした岩肌を思わせるような筋肉。武器に長さが背丈ほどありそうな金棒を持ち、顔は兜で全体を覆っていた。ここまで見ると普通の人と大して変わらない。


 額から伸びた二本の角と手から出る炎を除いては。


「ひっ....!」

 敵の手から炎が出た瞬間、私は後退った。

 しかし後ろに手を着いた直後、その先に地が続いてないことに気付いた。崖だ。

「姫ぇぇぇ!!」

 数人の敵に押さえられたワーグとジャイルが絶望した表情をしていた。


 私、死ぬの?


 約束、したのに。病で動けない父の代わりに国を治めると、この人ならざる者共の脅威から民を守ると、誓ったのに....!

 こんなところで終わるなんて


「....い、いや、だ」

 もう、涙が止まらなかった。敵が炎を出した手を振り下ろそうとするのが見えた。


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ


「嫌だぁぁぁああああ!!!」







 ぎゅっと目を瞑っていると、頬に泥のようなものが当たる感触があった。そしてヒューヒューという掠れた呼吸の音。

 恐る恐る目を開くと、驚くべき光景がそこにあった。

 たった今、自分を殺そうとした相手が殺されていたからだ。

 喉には槍の切っ先が深く突き刺さっていた。

 けど、一体どこから?

 私は槍が突き出された元を目で追った。そしてギョッと目を剥いた。まず見えたのが顔を隠すくらいぼうぼうに伸びた黒髪。一瞬女かと思ったが、髪と髪の隙間から見えた髭を見て男だと気付いた。それから着ているのは鎧なのか、藍色の服の上に赤い板が何枚も貼り付いていた。そして腰には奇妙な模様を施した柄の剣。

 この男、まさかこの断崖をよじ登ってきたの?

 男は槍を敵に突き刺したまま持ち上げると、そのまま敵を崖の下に放り投げた。その時、彼の体格がはっきりとわかったが、女の身である私よりも身長が小さかった。

 一体、何者なの?

 するとワーグたちを押さえていた敵の集団がその異変に気付き、矛先をこちらに向けてきた。

「い、いかん!!」

 私が謎の男に助けられ、一瞬安堵したワーグとジャイルの顔が再び青ざめる。いくら敵の巨体を持ち上げる力があるとは言え、歩兵のような彼が一人で数騎を相手にするのは無理だ。

 敵が股がった獅子のような化け物が男に前足の爪を突き出して飛び掛かる。危ない!と声を挙げそうになったとたん、男は持っていた槍を脇にしめるように持ち、切っ先を上に向けるように後ろから倒れた。そこに飛び掛かった獅子の胸が突き刺さる。

「ヴォ!?」

 前に転がるように倒れる獅子の身体から素早く槍を引き抜くと、男はその勢いを利用して次に迫る敵騎兵にぶん投げた。投げた槍は敵の腹に刺さり、そのまま落馬させた。次に蛮刀を振り回した敵が迫る。男の残る武器は腰の剣しかない。槍よりリーチの短い剣では騎兵に攻撃は届きにくいはずだ。男は左手を剣の鞘に添え、中腰のまま動かなかった。剣を抜こうともしていない。

 死ぬつもりなの!?

 そう思った時すでに騎兵の突進が男の目の前まで迫っていた。

「ジィヤァァアアア!!」

 蛮刀が振り下ろされる瞬間、男は横に転がってそれを回避した。

 仕留め損なった敵が獅子の手綱を引いて再び攻撃を行おうと戻って来る。対する男は先ほどと同じように左手を鞘に添え中腰に構え、今度は右手を剣の柄に添える。が、また抜こうとしない。

 怖じ気付いたのか?私は傷の痛みを押さえて力いっぱい叫んだ。

「逃げて!!!!」

 騎兵の攻撃が獅子の攻撃と同時に男に襲いかかる。

 すると男は中腰よりも更に低く、地面に吸い込まれるように獅子の腹に潜った。




 そして、

「.............え?」

 男がいた場所を通りすぎた獅子の腹と、敵の騎兵の足が綺麗に切断され、そこから大量の血が吹き出ていた。いつ抜いたのか、男は静かに剣を鞘に納めていた。

 その時、その場にいた誰もが息を止めていた。

「....ダ、ダウ!ダウジゲバ!!」

 初めて聞く、敵の言葉。

 一人が怯えるように叫び、手綱を打って獅子を走らせ、逃げるようにその場から離れた。するとその仲間も慌てて手綱を打って後を追った。

「.............助かった、の?私たち」

 私は目の前の光景が未だ理解出来ないまま、呆然としていた。

「その....ようですな」

 辺りに転がる敵の死体を見ながらワーグとジャイルが私に近づく。

「そう....良かった....」

 そして私の意識は深い闇に墜ちた。




  私の父、リオルグ・サム・カーソンが病にかかったのは、私が11の誕生日を迎えた頃、カラルの火山から這い出た角を生やした人型の化け物、通称オーガの軍勢の同盟国への侵攻を阻止するために出陣した後だった。オーガの地上侵略が始まって以降、サム王国は近隣のタウ国、ヴァン連邦、キリム公国、そして噴火で最も大きい被害を受けたトーン王国と同盟を結び、武力国家であるヴァン連邦がまとめる対オーガの連合軍に加わっていた。オーガは人と違って力も強ければ魔法も使える。肉弾戦しか出来ない人族は精鋭部隊を投入するか、かつて迫害していた魔術師、魔女の力を頼らざるを得なかった。

 父は当時、敵の補給路を絶たせる作戦の将として任命され、敵本陣の背後に回り、好機あれば敵将を討ち取ろうと狙っていた。ところが、敵本陣から肺を蝕む毒の風が流れ、部隊はほぼ全滅状態に追い込まれた。父はその時、かすかに吸った風の空気で病となった。サム王国に仕えた魔術師は、まだ完全に蝕まれてはいないが、数年経てばやがて肺全体が黒く染まって息が出来なくなるだろうと言っていた。

 父が死ぬ。私が産まれた後、死んだ母の代わりに育ててくれた私のたった一人の親が死んでしまう。

 たった一つの国の希望が、消えてしまう。

 その時、私は自分の長く束ねた髪を切った。




  暗闇の中、パチパチとはぜる音に私はうっすらと目を開いた。火の粉が上に昇るのが見える。そして頭には柔らかい毛皮の感触があった。

 .............あれ?私、どうなったんだっけ?

「おぉ殿下!お目覚めになられましたか!!」

 ワーグの大きい声が頭に鳴り響いて私はうっと顔をしかめる。

「ワーグ....お願いだから静かに」

「お、おぉ、これは失敬」

 老兵は剥げた頭をカリカリ掻くと食事の準備をしていたのか、焚き火の方に向いた。スープの良い匂いがして安堵のため息が出る。そっか、生き残ったんだ。

 ....でも、何で無事なんだっけ?何か、信じられないことがあったと思うんだけど....

「!っつう....!」

 上体をゆっくり起こすと傷の痛みが蘇った。

「ああ!殿下、駄目じゃないっすか!!まだ寝てないと!!」

「.............ジャイル」

 こっちは薪を拾ってきたのか、両手に枯れ枝をいっぱい抱えた幼なじみが私が起き上がるのに気付いてびっくりしている。

「傷はまだ塞がってないんすよ?国に帰るまで安静にしてて下さい!」

「わかった。わかったからもう少し静かに....」

「返事は!?」

「.............はい」

 昔から兄のような存在のジャイルだけど、今日はいつも以上に説教が厳しい気がする。まあ、命の危機に直面したのだから当然か。

「本当、"ソーベー"殿がいて助かったのう。」

「ですね。まさかアイツ、武術だけでなくこんな治療も得意だとは驚きっす!もしかして歴戦の勇士だったりして」

 ............."ソーベー"?人の名前なのか、ワーグから聞き慣れない言葉を聞いた気がした。確かにもう一人、誰かいた気がする。

 するとパキッと小枝を踏む音が聞こえた。

「おっ"ソーベー"!魚調達ご苦労様っす!」

「殿下、紹介します。彼が殿下の御命を救った....」


 赤い、奇妙な鎧を着た彼がそこにいた。

 焚き火の明かりが鎧の赤に当たって、まるで彼自身が暗闇の中で灯っているようだった。


  ~ 第一話 「灯り」 end ~


 










編集が終わっていざ投稿!と行こうとして、やっぱり誤字脱字や言葉表現が心配で編集を見直して、それが終わればやっと投稿しようとして、それでもやっぱり誤字脱字等のミスがないか確認しての繰り返しが10分くらい続きました....。

「強い主人公が異世界に行ってヒロインやその仲間を助けるために、強敵を倒して無双する」という物語は最近よく目にするけど、それ等とは違う展開が描けるように、日々考慮してます。

まだまだ未熟者ですが、何卒ご容赦を。また、これからも読んでいただけば幸いです。

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