0話 夢追い人の場合
暑い暑い日差しの中彼は漫画を読んでいました。
彼が幼い頃からあった公園のベンチで
一人、黙々と漫画の原稿を読み直していました。
彼は夢追い人でした。
幼い頃に読んだ漫画に強く心惹かれて
毎日毎日漫画を描き続ける日々でした。
努力する者は報われるという言葉はありますが
世界中の人が例外無く報われるということは無く
その言葉に裏切られる人もたくさんいました。
彼はそんな一人でした。
努力しても、頑張っても、何をしても
才能ある者に負けてきました。
彼が描いた空想の世界は誰かの世界に
塗り潰されて、
彼が描いた少女の笑顔は天才の一筆に
劣って霞んで、
大学に通いながらも漫画を描き続けて
次第に出てくる自分よりも若い人の
才能に蹴落とされていって
それでも諦めないで折れないで、踏ん張って。
卒業してから親に頭を下げて
フリーターをしながら夢を追う日々。
気付けばもう30の手前。
夢と現実に擦り減らされて
残されたわずかな糸が
今日断ち切られたのです。
ずうっと担当をしてくれた人からの
もう諦めなさいという一言。
パラパラとめくられて読み終えられ
すぐに返された大切な夢への切符。
そうして何も考えられず、家へ帰ることも出来なかった
彼は近所の公園で自分の漫画を読み直していました。
涙でグズグズに濡れてしまった原稿。
周りからの視線の痛さ。
ジリジリと太陽は熱量を増して
彼を家へ帰るように急かし始めました。
期待をしていた父母、
ずっと背中を押していてくれた大切な人たち。
そんな二人の優しさがあったかくて重くて
呪いで切なくてソレに疲れてしまって。
「帰りたくないなぁ」と、本音が漏れ出して
そんな背中に呆れた太陽は沈み始めて
真っ赤に顔を赤らめ最後通牒の如く
彼を染めていきました。
彼もいよいよ諦めて帰路につくことにしました。
何を言うか謝るのか、否か、
日の暑さに疲れきった頭を回しながら
彼はトボトボ歩いていました。
ふと、それは唐突流れていきました。
少女が一人走っていました、
その後ろには男がまるで追いかけているように
走っていました。
なぜか、彼は助けなきゃならないと
なぜか、彼は男に掴みかかっていきました。
状況はわかりません。なにがあったのかも分かりません。
それでも通り過ぎってった彼女は涙で
顔をクシャクシャにしていました。
単純にそれだけでした。
大切だった原稿も投げ捨て彼は助けようとしました。
大きな打撃音がして、
彼の視界はクルクルと壊れて、
男がナニカをわめいて、
だれかが彼を抱きしめて、
「もう、疲れたわ」
彼は最後にそう言って目を閉じて。
生きました。