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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただ、愛しくて

作者: 月桂樹

「…ただ、あの人を救いたかっただけですよ」


睨みつけてくる女性に、男、ルナティクスは静かに答えた。

ここはルナティクスの執務室。部屋には彼と彼女しかいない。

本当に頭の緩い女だ。

ここで、自分が彼女を殺す可能性だってあるのに。

そう考えながらも、ルナティクスは殺すつもりはなかった。

ここは、あの人にもらった居場所。

この女がいるだけで汚れるような気がするのに、さらに血で汚れさせるなんて冗談じゃない。


「救う?何から?」

「それはもちろん、貴方からですよ。イデア様」

「私…?どういうこと」

「どういうこと、とは?」

「私が彼に何をしたと言うの」


わからないといった顔をする彼女に、ルナティクスはやれやれと頭を振った。


「わからないはずがないでしょう?貴方は残酷なお方だ。わかっていて、尚、あの人の傍にいた…そうでしょう?」

「…なんの話」

「しらを切るつもりですか」

「そうじゃない。本当に何を言っているかわからないのよ」

「あの人が…フェルダー様が、貴方を好いていたことですよ」


彼女の顔が強張った。

覚えがあるのだろう。

ないわけがない。滅多に笑顔にならないあの人が楽しげに笑い、一緒に過ごしていたのだから。


「…それが、なんの関係があるというの」

「私は、救い出してあげたかったのですよ。フェルダー様を、報われない思いから。あの苦しみから」

「死が救いだと貴方は言うの…!?」


吐き捨てるように言いながら、睨みつけてくるイデア。

だが、ルナティクスにとってはそんな睨みなど何も感じない。


「ええ、救いですよ」

「そんなの救いなわけないじゃない!私が好きだから殺したなんて、そんなのただの嫉妬じゃない!自分が部下にしか見られないからって不満だったんでしょ!」


嫉妬?

そんなのはいつもしていた。

どんなに尽くしても、愛情を、思慕を向けていてもあの人はこちらを振り向くことはない。フェルダー様ではなく、この女は王子を選んだのに。それでもこの女を見ていた。

だが、不満ではなかった。

優秀な部下として傍に居られた、必要とされていたのは私の誇り。


「では、貴方にとっての救いとはなんですか?どうすれば、あの人は救われた、と?」

「そんなの…他の誰かを好きになったりすることじゃないの…?」

「あの人がそんな器用な真似ができるとでも?貴方が存在している限り、あの人は想いから逃れることはできない…」


冷たい目で見ると、女は震えて自分の身を抱いた。


「わ、私を殺そうとしてたの?」

「ええ、最初はそう思っていましたよ…でも、気づいたんですよ。それじゃダメだって。貴方が死んだとしても、あの人は貴方を想うかもしれない。死者の方が記憶に残ることだってありますからね……そうしたら、選ぶべき道は一つ…そうでしょう?」


いいや、あの人なら死んだとしてもこの女を想っていたに違いない。

そう確信があるが、それは言わない。


「他に道はなかったと?」

「逆に貴方はあると思えるんですか?」

「フェルダーを見守る、とか」

「見守る?そんなことはできません」

「なんで!」

「…それを貴方に言う義理はありません…さぁ、もう出て行ってください」


腕を痕ができないくらいにしっかりと掴み、扉へと引っ張った。

外へ話を漏らさない為に閉めていた扉を開けて外にいた彼女の護衛に声をかける。


「お待たせしました。彼女が部屋に戻るそうです」

「待って、そんな事一言も…!」

「連れ帰ってください。貴方方もこの人が私と一緒にいるなんて嫌でしょう」


そう言うと、こちらを睨みながらもイデアを受け取ってくれた。


「ガラト!待ってちょうだいまだ話は終わってないの!」

「終わりました。こちらには話す気はもうありませんので。それに、仕事の邪魔です」

「仕事の方が大事だって言うの?!」

「大事です。宰相の仕事を舐めないで頂きたい…キリ!そこらにいるんでしょう。もう来ていいですよ」


いるであろう部下の名前を呼ぶと、廊下の角から小さな頭が覗いた。次いで出てきたのは年若い少年だ。

こちらを伺った後に軽い足音を立てて走ってきた少年の胸元には、書類の束が抱えられている。

部屋に入れ、自分も部屋に戻る。

扉を閉める前に彼女の声が聞こえた。


「ルナティクス!絶対、絶対許さないんだから!いつか必ず貴方に罰が…!」


閉め切った為に声は聞こえなくなったが、どうせ下らない事を言っていたのだろう。

これ以上執務の邪魔はさせてたまるか。

多少の気疲れを覚えながら眉間を揉むと、気遣わしげな視線を向けられた。

彼、キリはとある事情により声が出せない。最初は扱いにも困ったが、今では表情が豊かになり言葉がなくともある程度は察せる様になった。


「…キリ、心配しなくていい。大した事じゃない。それよりも待たせて悪かったな…」


そう言いながら棚に近づき隠してあった菓子を出す。

キリの表情が明るくなるのを見て頬が緩む。

私もあの人からこうやって時々菓子を貰った…そんな時私はこんな顔をしていたのだろうか。


「さて…仕事をしようか。キリ、窓を開けて換気をしてくれ。まだ香水が漂ってる気がする…」


キリが窓に向かうのを見て自分も執務机に向かおうとしたが、突如胸の痛みに襲われて膝をついた。

息がうまく吸えず、自らの服を掴みやりすごそうと試みる。


「…っぐ…く…」

「…!……!!」


キリが走り寄り、私の背をさすりながら狼狽えているのが分かった。空いている片手をなんとか動かし、大丈夫だと撫でる。


「…すぐ…収まる……しんぱ、い…するな…」


言葉通りとまではいかなかったが、そこまで時間はかからぬうちに発作は収まった。

痛みがない事を確認して立ち上がる。


「すまなかったな、情けないところを見せた」


そんな事はないと首を振られたが、苦笑を返す。

喉が渇いたというとお茶をもらいに行ったのだろう、走り去った。

いつもなら注意するところだが…今は仕方ないだろう。


医者には心の臓に病があると言われた。あと保って一年だと。

仕事を辞めて田舎で穏やかに過ごせばもっと延びるかもと言われたが、自分にそんな気はない。

辞める気は一切ない。


「…一年では、足りない…二年、いや、三年は生きる。生きてみせる」


そして仕事の跡継ぎを育てる。次代の宰相を。

そうしなければ、あの人に面目が立たない。死ぬに死ねない。


きっとあの人にはあの世でも会えないから。自分はきっと天国には相応しくなく、地獄しか行き場はないから。詫びる事も出来ないから。

だから、せめて。

あの人が残した仕事を全て片付ける。やり遂げる。

誰よりも愛しく思ったあの人の為に。ひいては自分の為に。


『ルナ、あまり無理をするなよ』

「…フェルダー様…」




もう、優しくルナと呼んでくれる人はいない。


後悔はない。後悔等、許されない。しかし。

少しだけ、寂しいと思う事だけは許してほしい。

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