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異世界旅行の粛清者  作者: 泡世 沢
序章
9/17

8転生者⑥


『帝都情報局 第五区支部』


見上げた屋敷は、というか、まんま砦だった。

というより、何これ。

市場は日の光があって明るい場所だったのに、なんでこの砦の周りだけ暗いの?

蝙蝠が飛ぶっておかしいよね?悪の組織丸出しなんだけど?


ガクガクと震えながら、キョロキョロと周囲を見回す。

不思議な声を聞いて得た、この情報識別能力。

どうやら、意識を凝らせば、関連する情報が手に入るらしい。

だけど、意外と欲しい情報が手に入らない。


町中で目を凝らせば、乱雑な情報が行き交う。

今、歩いて近づいている『帝都情報局 第五区支部』の情報もかなりアバウトだ。


《帝都情報局 第五区支部》


見える情報にしてはあんまりだと思う。

融通がまるで利かないというか、杓子定規な全知だった。

生物だと感情まで分かる便利なチートだが、無機物だと名称が分かるだけである。


ないわー。ふぁっきゅーごっど。

もう少しおまけしてくれてもいい。

そう、愚痴を心の中で思いながら、少女の後を歩く。


俺の前を測られたような歩幅と背中に一本の鉄芯が入ったように歩く少女。

帝国情報局の一員と名乗っているアーマントゥルード・R・フローレンティア。


テコテコと歩く姿は可愛らしい。

そして、後ろから観察すると、容姿が驚くほど整っている。

スレンダーな姿から、ぷっくりと幼さが抜けてない体。長い白銀の髪は背に垂らされ、腰まで届いている。

黒の軍服は一部が青に手を加えられ、白と黒のコントラストが不思議なほど似合っている。

そして、服から覗くうなじが陶器のような滑らかさと白さ、生唾が喉を落ちる。

余りにミスマッチな組み合わせが混ざり合い、それが一種の独自性を得てるのだ。

もし、前の世界の俺が手を出していたら、ロリコン扱い待った無しだ。


町を歩けば、誰もが容姿に振り返り、その後、慌てて目を逸らす。

どうやら、少女の軍服は恐れられているらしい。

それも、帝都に住む人の誰もが知っているほどには。


「君」

「ん?」


立ち止まったアーマントゥルードがジッと目を見つめてくる。

蒼く澄み渡ったように見える宝石の目。コバルトブルーであり彼女の美しさに息を飲むなら、まずはその瞳だろう。

底知れぬ深淵の闇と海碧の澄んだ宝石が同居する摩訶不思議な目。

海と夜の美しさを神が宝石に詰め込んだら、出来る上がる色だ。


「……。」


惜しむらくは、ジト目である事か。

機械的で非人間、喜怒哀楽が欠落してるような無表情。

一部の特殊な趣味の人にはたまらない目だ。

そして、話しかけても無言でこちらを見続けてくる。


ジト目とは大抵、負の感情が込められている。

特に今、目の前にいる少女は見下しの目だ。人を軽蔑し、ゴミとして断ずる。

女帝とすら言える冷酷な感情が欠片もない目。

ごくり。思わず、生唾を飲むーー


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(空腹)》


嘘っだろ、お前。

まさかの空腹だった。処刑人がギロチンを振り下ろす時に見せる目。

可哀想だが運命は変わらないと断じる執行官の空気を纏いながら、実は空腹。

いやいやいや、周りに勘違いされまくりでしょう。貴方。

それか、相当のコミュ障だと思う。多分、俺以上の。


「えーと、お腹空いてます?」

「不要だ」


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(所望)》


嘘ついてる。この子、嘘ついてる。

すっごいお腹減ってる。無表情で分からないけど、食べ物が欲しいと思ってる。

完全無欠の寡黙系美少女なのに、内面は思ったより年相応だった。


ゴソゴソと背嚢から取り出したパンを差し出す。

麦パンだ。俺が来る前に食べ慣れていたパンは、この世界だと白パンに分類される。

麦パンは不味い。俺は食べる度に吐き出しそうになった。


麦パンは堅く、口当たりも悪い。ボソボソとして水なしではとても食べられない。

それに反して、白パンは柔らかく、口当たりもいい。そして何よりも味が良い。

だが、じいちゃん曰く、白パンは1日でダメになるが、麦パンは1週間たっても食べれるらしい。

そして、体にも良いという。最も貴族や大商人などは白パンを毎日食べるようだが。

羨ましい。くそっ、俺はその辺りに転生したかった。


「……。」


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(躊躇)》


おっ、悩んでる。

だが、表情はまるで変わらない。人形の無表情のままだ。大体の人なら、不機嫌かと思って、身を引くだろう。

正直、彼女の視線は物理的なエネルギーを持つように鋭利で硬質的だ。

視線を槍に変えれるのならば、鉄の盾すら貫けるだろう。

そんな視線が目の前の可愛い顔のジト目から発せられてると、信じられない。


「情報局の規則で毒物の疑いがある食物の摂取は禁じられています。不要」


躊躇を解く為に、麦パンを1口分ちぎる。

そして、その麦パンを俺の口に入れて、ニカッと笑う。

……滑ったか?毒が入ってないアピールだったが。


「んっ」


アーマントゥルードはすっと手を伸ばして来た。

ほっ、良かった毒じゃないと信じてもらえたみたいだ。

高位の人になれば、麦パンなんて口に合わないかと思ったが、そうでもないらしい。

意外と可愛げがーー


「毒がないか確認してから摂取する」


ーー口に入れず、懐にしまい込んだ。

前言撤回。コイツ、まるで信じちゃいない。

人形の無表情故に、感情や心内が分かっても理解し切れない。

遅効性の毒でも疑ったのだろうか。



《帝都情報局 第五区支部》

能力が教えてくれる建物の前につく。

見て最初に感じる雰囲気は荘厳。入る者を威圧する石造りの頑丈な砦でである

城壁に守られた帝都の中で作られている砦。

つまりは、帝都の内部にいる者を想定して備えられているのだ。

多くの尖塔を抱えており、その先には無数の死体が吊り下げられている。

ひぇ。趣味悪い……。

恐る恐る、死体に指を指しながら尋ねる。


「え、えーと、アーマントゥルードさん。あれは……?」

「死体」


見れば分かる。

腐敗の進行が別々で、骨だけのもあれば、死んだばかりの者もいる。

あれがどうしてぶら下げられているかが重要なんだ!

俺もあの中に仲間入りしそうだからな! 死体の1人が風に揺られて、おいでおいでと手招きする。

絶対に嫌だ。想定外にも程がある。

この美少女にちょっと優しい取り調べをされて、解放されるはずが……。

あわよくば、コネを作って、奴隷の子とハーレムを作れればと思っていたのに。

ふぁっきゅー、ごっど。


アーマントゥルードさんは無口だ。

というより、話す事を嫌っているとすら思える。

意図的に情報を遮断しており、受け取り手が言葉でも表情でも何も得られないようにしている。

うぐっ、情報局という位だ。映画のスパイのような訓練も受けているのだろう。


「ぶ、無事に返して貰えるんですよね。何もなかったら」

旅行者(トラベラー)じゃなかったら」


旅行者(トラベラー)……?

疑問に思って聞き直そうと思ったが、これが一般的な知識なら疑いを深める事になる。

ぐっと喉を抑えて吐き出しそうなのを抑える。

だが、疑問は識別能力が答えてくれた。


旅行者(トラベラー):異世界から転生した者・転移した者》


アウトぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

ストライク!ツーストライク!スリーストライク!

バッターアウト!チェンジ!!


完全に的中していた。

というより、調べられたら問答無用で排除される。

いや、絶対にされる。アーマントゥルードという少女のジト目に宿る意思は本物だ。

きっと、俺はバレたら、尖塔に吊られている彼ら(死体)のお仲間になる。

やったね、俺!仲間が増えるよ!ふぁっきゅーごっど!


汗がボダボダと流れる。

前を歩くアーマントゥルードは門番であろう騎士と事情を話していて気づいていない。

いやいや。入れない。入ってはいけない。今更ながら、遅すぎる危険センサーがビンビンと警報を鳴らしている。

どう言い訳をしようか。どう誤摩化そうか。

ああ、じいちゃん。ネイ先生。生意気な事を言ってすいませんでした。

俺は特別でも何でもありませんでした。異世界転生で調子に乗ったばっかりでしたぁ!

だから、俺を助けろ!神様、仏様ぁ!


振り返ったアーマントゥルードがコイコイと手招きする。

絶望だ。絶望しかない。

死刑台の13階段を上がる死刑囚のように思い足取りで前に進む。

涙でぼやけた視界の先で待つアーマントゥルードは天使のようだった。

俺を天国へ運ぶ役目を持った、だが。



そして、その天使は爆音と共に爆煙に包まれた。





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