7.5粛清者
筆が乗ったので、毎日更新に加えて、もう一本。
是非、お楽しみください
「「「「はっ!!!」」」」
場にいる騎士が一斉に敬礼をして、私に道を開ける。
いや、そこまで道を開けなくてもいいと思う。
私としては帝国情報局の権威を傘に威圧するつもりはない。
もとい、一部の悪名高い情報局の人員のせいで、情報局全体が悪の巣窟になっているが。
頭痛がしてきた。帰ったら刺し殺してやろうか。
「こ、これは……アーマントゥルード、さま……」
見覚えある貴族が蒼白の顔で目を高速で泳がしている。
情報局は皇帝直轄だ。
そして、恐怖帝と呼ばれる現皇帝の名は粛清の嵐から生まれている。
情報局に睨まれれば如何なる大貴族も生きていられない。
貴族からすれば死神のようなものだろう。
いや、だから、君に難癖を付けて粛清しようとはしてない。
というより、私がルールを曲げて粛清するなど1度もない。
……他の局員がする事に関しては否定できないが。
「ほ、本日は誠にお日柄もよく……」
泣き出しそうな目で哀願してくる。
別にとって喰いはしない。
情報局に所属する者として表情はまるで崩さないが、頭を抑えたくなる。
必要以上に親しめとは言わないが、そこまで毛嫌いしないで欲しい。
規律ある姿勢を維持しながら、数秒考える。
周りの視線が集まって、内心は冷や汗がダラダラだ。
本来ならば、無駄に視線を集めたくなかった。
だが、この手の騒動はーー実に旅行者絡みが多い。
奴隷に憤怒する、帝国の徴税に反発する、体勢に抗うケースが多い以上、見逃す事はできない。
奴隷の子を庇うように立っている少年に近づく。
遠目で見ていたが、奴隷の子の怪我は酷く脹れている。
折れている箇所もあるだろう。だが、死にそうには見えない。
「治療を」
「はっ!今すぐに!アーマントゥルード様!」
命じた騎士達が速やかに行動を開始する。
キビキビと動く騎士達に少しばかりの高揚と満足を覚える。
やはり、ルールに従って真面目に動く者はいい。
実にいい。きっちりと動く者は好きだ。
そして、庇った少年に目を向ける。
旅行者か、そうじゃないのか。
見た限りでは奇抜な服でもなく、普通の下民の服だ。
見た目からは旅行者と判別できない。
目を話さぬまま、貴族に言葉を呟く。
「アンドロス子爵」
「は、はっ!この奴隷がーー」
「皇帝陛下は、奴隷を労働資本と考えている」
「ひ、ぁ、はっ……!?」
貴族である彼に、アンドロス子爵に非はない。
奴隷は労働資本。であると同時に所有者の資本でもある。
過ちを犯せば罰せられるのが当然。
強者が多い剣闘士や扱いの悪い娼館に送り込めば、合法的に殺せる。
必要あれば、殴り殺すのも処刑も止むなしだろう。
が……余り見ていて、気持ちいい物ではない。
ルールは破るつもりはないが、ルール内では苦言を呈さしてもらう。
「君に2つの機会を上げよう」
「はい……!はい、頂きます!ぜ、是非、なにとぞ……!」
「私の前で弁明するか、此処から去るか」
これぞ、名判決ではあるまいか。
もし、奴隷を取り戻したいのなら弁明すれば良い。
その内容次第で、公正明大に判決を下そう。
もし、奴隷に価値がないとして面倒を嫌うなら去ればいい。
彼も一貴族だ。面倒だと想い、奴隷の1人くらい捨てるかもしれない。
アンドロス子爵は絞められた鶏の声を上げながら逃げ出した。
…………(´・ω・`)
転がり回って、泥の中に潜り込み、あっ、そっちはゴミ箱が……
目を覆う。ガシャーン。
何も見なかった事にしたい。周りの騎士の沈痛な面持ちがより心を締め付ける。
私は無表情を保ったままターンする。
きっちりしっかりと角度を鋭利に軍隊式に!
気持ちを切り替えるように!
コホン。
そして、旅行者と思われる少年の顔を引き寄せる。
彼が旅行者かどうか判別しなければならない。
普通の帝国民であっても、最悪、どちらとも判別できないとすれば処刑もあり得る。
それほどに、旅行者の脅威は大きい。
「動かないで」
彼の目を覗き込んで、その深淵の奥を探る。
帝国情報局の頂点にして、魔術の師でもあるベルンハルト局長ならば、相手の目を覗き込めば判別可能だという。
だが、彼は定期的に国家中枢の貴族や将軍を調べる責務がある。
私が他国や下民に紛れた旅行者を見つけるのだ。
首元に指を当てて、心拍と表情を確認する。
鼓動のペースはやや早いが、特別不自然な物はない。
貴族と言い合えば、誰でも緊張するだろう。
「あ、あのーー」
「静かに」
観察を重ねる。
旅行者であれば、特殊な能力を、異界能力を持つ者が殆どだ。
かつては、空間を歪曲させて好きな場所に現れる者もいた。
中には肉体を自在に変化させる者もいた。
異界能力は幅広く、予想がつかない。
じっと目を覗き込んで、情報を少しでも読み取ろうとする。
傷つけられる奴隷を見て、逆らえば命のない貴族に反抗した少年。
恐らく、旅行者だろう。
見極めなければならない。
目を合わせ続けて探り続ける。
そうすると、少年は身悶えするように身を動かして視線をそらす。
……?
そうした後、いきなりぶんぶんと首を振って逃げようとする。
怪しい。
「動くな」
首から両ほほに手を動かして、更に固定する。
そして、見極める為に目と目の距離を近づける。
逃げるとは怪しい。
最もこの距離まで近づけば、逃げる気持ちは分かる。
だが、……限りなく黒に近い灰色だ。
「分からない、か」
「……?」
「ベルンハルト局長なら分かるだろうけど」
出そうになったため息を止める。
ベルンハルト局長ならば、これだけの近距離ならば旅行者か理解できるだろう。
そして、困った事になった。
旅行者に関する処理の為に、帝国情報局の私はあらゆる越権が認められている。
必要あれば、軍隊を指揮して他国に戦争を仕掛ける事も可能だ。
だが、どれも必要があればこそ。
できるのならば、黒と確認してから粛清したい。
帝都の側で怪しい人物を処刑しました。ですが、旅行者かは確信を持てませんでした。
そんな事を言えば、温厚で通っているベルンハルト局長でもお困りになるだろう。
「彼の連れは誰かい?」
「は、はい。私です。ネイ・スプリングです!どうか、どうかこの件、お許しを……」
「彼の名前は?」
「レイ・ラック・ライ。商家ライ一族の、幸運のレイです」
側にいたネイという魔術師から名前を得る。
実力としては大した事はない。人間の限界に到達している私からすれば問題ない強さだ。
周りにいる騎士達で充分だろう。
その横には商家らしい老人が1人。
確か、リム・ラック・ライ。帝都で一時期、軍事物資の支援を行ない家名を名乗る事を許された一族だ。
その子か、孫であるのならば、スムーズに話が進むだろう。
「君は?」
「はっ、リム・ラック・ライと申します。商家であり、4級区の許可を貰っております。此度は慈悲をかけて頂き……」
「ねえ、頂戴」
「…………はぁ?」
「この子を頂戴。リム・ラック・ライ」
あっていた。
なら、幸運だ。この少年の身柄を貰い受ける。
そうすれば、後はベルンハルト局長に旅行者かの判別をしてもらえばいい。
仕事を増やすのは申し訳ないが、真偽判別が確実につくのが彼以外にいない以上、仕方があるまい。
「それは、如何なる意味でしょうか……」
だが、リム・ラック・ライから帰って来た言葉は予想外だった。
商家として聡明とは言わずとも、回転が悪くない頭脳だろう。
なのに意味が理解できない訳がない。
つまりは、言外に断っているのだ。
彼ならば快く協力してくれると思ったが当てが外れる。
「その子を助ける。だから、君を貰う。ダメかな、レイ君」
ならば、本人と交渉する。
奴隷の子を助ける。君を貰い受ける。マイナスとプラスでゼロ。
この取引ならば、救おうとしていた彼ならば飲むだろう。
彼を調べさせてもらえば、それでいい。
「ど、どうか……たった1人の孫なのです。アーマントゥルード様。どうか……お見逃しを……」
「そうです。私が奴隷になりますから、どうか、レイ君は見逃してください……!」
老人と魔術師の女が全力で止めにかかって来た。
……。彼を奴隷にするつもりなどないのだけど。
無表情を維持しつつ、心の中では子兎がひょこひょこ踊っている。
「…………。」
どうするべきか。
困惑が漂ってくる。無理矢理奪っても構わない。
これが他国や帝国に仇なす者ならば、全員を躊躇なく突き刺して粛清しただろう。
怪しければ罰する。それが旅行者への正しい対処法なのだ。
だが、彼らは帝国国民だ。
帝国の一部として、保護される権利がある。
うぐっ。困った。
もう1度、老人に交渉を切り返す。
「彼に問題なければ返す」
「ッ!?……どうか、どうか、お許しを……!」
「私は帝国情報局アーマントゥルード・R・フローレンティア。奴隷商ではなく、歴とした仕官だ。彼を不用意に扱う事はない」
「ヒィィ!?」
自らの所属と明らかにして、悪意がない事を証明したら、老人は飛び跳ねるように倒れた。
確かに帝国情報局の悪名は、他国にすら鳴り響いている。
が、それはあんまりな態度じゃないだろうか。
私が君に酷い事をしたのか。少なからず、保護しようとしているじゃないか。
ぐすん。少し、心の中で涙目になる。
情報局の訓練での、無表情の維持がなければ泣きはしなくとも俯きたくなる心境だ。
情報局に所属する者は動揺してはならない。グラグラと動揺しても決して悟られてはならない。
それ故に無表情を完全に徹するのだ。
動揺しても表面には出さないが、私は少し傷ついた。
そして、考えを進める。
この状況を打破しなければならない。
理想を言えば、この場にいる全員を情報局で取り調べる事だろう。
そうすれば、万が一、少年であるレイ・ラック・ライが旅行者としても、2人を人質にして対処できる。
だが、取り押さえれば周りの、何故か殺気を放ちだした騎士達が刃物を突き立てるだろう。
生け捕りを命じたとしても、乱暴になるのは避けられない。
少なからず、3人の内2人は、旅行者の罪とは無関係なのだ。
無表情を維持しつつ、袋小路になっているのに気づく。
だめだ。どうしようもない。
思わず、少年に助けを求める目で見てしまう。
いや、気づく訳がないか。私の意思疎通能力は壊滅的だ。
もとい、壊滅的なのを活かした情報遮断術こそが、無表情なのだが。
「えーと、取り調べを受け取ればいいんですよね。俺が貴族に逆らった罪、ですか……?」
「……。そうだね」
いや、違う。
アンドロス子爵に逆らっても彼が逃げた以上は、訴えるつもりはないだろう。
もとい、彼に訴える余裕はないように見える。
が、思わず、そうだねと肯定してしまう。
いや、その、取り調べの所で頷いたのだけどね。本当は違うけど。
そして、私の言葉に老人と魔術師の女の嘆願も強くなる。
滅茶苦茶だ。どうして、場がこうも混乱するのか。
私の役割はそもそも探し出す事ではないのに……
心の中で踞り、体育座りになって泣き出してしまいたい。
「アーマントゥルード様に問いかけるとは無礼な!!身の程を弁えろ!」
後ろで待機している騎士が叫び、少年を糾弾する。
部隊長だった。職務意識があり、模範的な帝国の騎士だ。
褒める事はあれど、批難する事はない。
だけど、今はやめて欲しい。本当に。
少年が話したそうにしているから、手で騎士を制する。
「えっと、……お怒りですか」
「かもね」
「それ見たことか!アーマントゥルード様はお怒りだ!貴様の首で償えると思うなよ!」
そうかもしれない。騎士はかなりの剣幕だ。
彼からしたら、高位の私に対して、膝をついてない彼は怒りの対象だろう。
ましてや、気軽に声をかけて疑問を挟むなど論外。
身分を理由に怒る者も帝国には多い。
私自身はルールを守る質ではあるが、畏まった場でなければ、気に触れない。
ーーって違うよ!?
私はまるで怒ってない。別に彼に対して怒ってるわけではない。
あわわ。ちょっと待って。待って、部隊長。
表の変わらぬ表情に反して、ボダボダと汗が流れる。
だめだ。殺し合いならともかく、こういう会話はまるでダメだ。
ベルンハルト局長の言う通りに修練を受け、貴族相手ならば十全に動ける。
元々、下民育ちだ。下民と一対一でも十全に解決できる。
だが、この手の身分の騒動になるとホトホト参ってしまう。
「じいちゃん、ネイ先生。俺、行くよ。無事に返してくれるって言ってるし」
「レイ!」「レイ君!」
よし。感謝する少年。
心の中でパァァと日差しが差し込む。
もし、旅行者であっても優しく対処する。そう、心に決める。
それに反して、老人と魔術師の女は絶叫を上げる。
あんまりすぎる。まるで私が悪の幹部みたいな扱いだ。
少なからず、帝国国民の為を思って活動している身。
……。勘違いされやすい職場だがあんまりだと思う。
「奴隷の女の子の……約束をお願いします。アーマントゥルードさん」
「うん」
少年は奴隷の子に関して念を押して来た。
約束は守る。少なからず、彼女に関しての安全は保証する。
「さん」とつけられた事を少しばかり喜ばしく思う。
帝国情報局には同年代の者などいない。いたとしても極稀で配下か部下だ。
「様」ではなく、「さん」と呼ぶのは柔らかくていい。
怒り心頭の騎士をそっと制して、彼の懐に金貨が詰まった袋を渡す。
金に関しては仕事に必要な分だけあればいい。
無理を言った手前、真面目な騎士達に少しばかりの給金があってもいいだろう。
レイ少年についてくるように手で促して歩き始める。
全く……。彼が旅行者でない事を祈るばかりだ。