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異世界旅行の粛清者  作者: 泡世 沢
序章
7/17

7転生者⑤










「「「「はっ!!!」」」」


場にいる騎士が一斉に敬礼をして、少女に道を開ける。

まるで最も格上が来たかの対応だ。いや、事実そうかもしれない。

その少女が着てから、鉄火場の空気から凍てついた冬の空気になっている。


「こ、これは……アーマントゥルード、さま……」


貴族の顔が真っ青を通り越して、真っ白の紙の色になっている。

その目に宿っているのは絶望と恐怖。

ガチガチと歯を鳴らしながら、貴族は無意識か後ずさる。

そして、涙がたまった目で、騎士に助けを求め、次に何故かネイ先生に助けを求め、そして、リムじいちゃん、最後に俺と奴隷に助けを求める。

溺れる物は藁を掴む。誰でもいいから助けてくれという狼狽っぷりだ。


「ほ、本日は誠にお日柄もよく……」


アーマントゥルードと呼ばれた少女は何の反応も返さない。

耳が聞こえないのか。


そして、彼女は鋭利の硬さを保ったまま歩き出す。

その場にいる全員が、俺が、騎士が、皆、目を奪われて、目を離せない。


腰まで流れる白銀の髪が嫋やかに揺れる。

近づくほど、その恐ろしく整った顔立ちが分かる。

その顔は人間とは思えない。


目立ちに背丈相応の幼い雰囲気があるが、内面の冷たさが許さない

全身に張り付くような軍服は徹底を現し、コバルトブルーの宝石の目は絶対零度を宿す。

陶器のような白い肌と不吉な死神を思わせる軍服、媚びを感じさせない直立不動の姿勢であった。


俺は息をするのも忘れた。見惚れた。

カツ。カツ。音を響かせて近づいてくる。

世界が黙っている。少女の美しさに平伏している。


ついっと細い指が倒れ臥す女の子に向けられる。

女性を感じさせる仕草でありながら、鋭利で触れる物を切り裂く硬さがあった。

誰も許さない。誰も異を唱えさせない。


不可侵の冷徹な意思が込められていた。


「治療を」

「はっ!今すぐに!アーマントゥルード様!」


弾かれたように騎士が、奴隷の女の子を治療に取りかかる。

小鳥のように小首を傾げて、俺を見る少女の目は無機質だった。

海碧の瞳は、どこまで青く、蒼く、そして碧く、吸い込まれた。

美しい。


「アンドロス子爵」

「は、はっ!この奴隷がーー」

「皇帝陛下は、奴隷を労働資本と考えている」

「ひ、ぁ、はっ……!?」


貴族を名乗った男の目は飛び出んばかりだ。

何。この超絶美少女はそんなにエライの?

周りの怯えっぷりも、敬意の払いっぷりも半端ではない。


「君に2つの機会を上げよう」

「はい……!はい、頂きます!ぜ、是非、なにとぞ……!」

「私の前で弁明するか、此処から去るか」


次の瞬間に貴族は回れ右して全力で走り始めた。

転がって、泥の中に突っ込み、もがくように地面をかき、泣きながら逃げ出した。

ビビりすぎだろ。どんだけ恐ろしいんだ。

アーマントゥルードと呼ばれた少女が直立不動のまま、魔法のようにくるりとターンする。


近くで見た彼女の口は小さく、キュッとへの字になっている。

人形のような無表情の顔が急にアップされる。

え?え?近づいて来た?顔を掴んで引き寄せられた?


これって、キスの距離じゃーー


「動かないで」


はい。

コバルトブルーの目と触れ合う距離で見つめ合う。

人形の顔と白銀の綺麗な髪、くすぐるような白魚のような指は首元を触ってくすぐったい。

可愛い容姿と冷たい声に、胸がドキドキと高鳴る。


「あ、あのーー」

「静かに」


はい。

話そうとして黙らせられる。有無を言わせない。

はっきりと言外に込められていた。

10秒。20秒。30秒。

時間が経過しても、少女は動かない。


目を覗き込む海碧の宝石は微動だにしない。

何をしてるんだろう。胸が高鳴りながら、興味がわく。

なんだ、何をしてる。いや、それよりもこの少女の事が知りたい。


この美しく、そして、貴族を追い払った謎めいた少女をーー



『汝の為す全てが、汝の祝福とならん』



その時、とても遠くで、真横で誰かに囁かれた。

まるで子を見守る母のような、子を教える父のような、そんな不思議な親しみを生む声が聞こえた。

そうして、驚きで目を丸くしていると、目の前の少女に1つのメッセージが浮かんでいた。









《アーマントゥルード・R・フローレンティア(疑惑)》 Lv81


ゲームのアイコンの横につく、名前欄のようだった。

ジト目の視線から逃れると、アーマントゥルードの慎ましい胸を目に入る。

体のラインにそった軍服は起伏に乏しいながらも、メリハリを作り出している。

それを知りたいと心の片隅で思ってしまった。

仕様がない。男だもの。誰だって同年代の女がいれば興奮する。

ロリコンじゃないが、この体なら同年代だ。だから、セーフ。


《バストサイズ:62cm ウエストサイズ:53cm ヒップサイーー》


ブンブン。全力で首を振って視界から振り払う。

哀しいほど胸がなかった。というより、いや、何も思うまい。

初対面で失礼すぎる。

だが、待て待て待て。うぇいうぇい。突然現れたこの字はなんだ。

目の前の少女も気づいてる素振りはない。


「動くな」


ぷにっ。

ほっぺを挟まれて、顔が固定される。

更に距離が近寄り、周りから見ればキスをしていると思われる距離だ。

周りの騎士もざわめいて、近い近い近い近い!?


「分からない、か」

「……?」

「ベルンハルト局長なら分かるだろうけど」


意味深な言葉と共に、軍服姿の美少女は離れる。

周りの騎士は直立不動で命令を待っている。

その姿勢は、先ほどの貴族の時とは別物だな。


「彼の連れは誰かい?」

「は、はい。私です。ネイ・スプリングです!どうか、どうかこの件、お許しを……」

「彼の名前は?」

「レイ・ラック・ライ。商家ライ一族の、幸運のレイです」


震えながら答えるネイ先生の答えに、軍服の少女、アーマントゥルードは無表情だ。

その表情から何も読み取れない。

商人が最高級の人形を、置き忘れていったと言われても信じるほどだ。

そして、ネイ先生の顔の横に名前欄が浮かび上がった。


《ネイ・スプリング(恐怖)》 Lv13


名前の横にあるのは感情、状態を示しているらしい。

どうやら知りたい事を知れるらしい。

なにそれ。すごいチートだ。使う方法次第では全知と言って良い。


「君は?」

「はっ、リム・ラック・ライと申します。商家であり、4級区の許可を貰っております。此度は慈悲をかけて頂き……」

「ねえ、頂戴」

「…………はぁ?」

「この子を頂戴。リム・ラック・ライ」


ビッと指差す先には俺がいた。

え?俺?

買われちゃうの?こんな美少女の奴隷になるの?

なにそれ。ご褒美じゃん。いや、奴隷は嫌です。

勘弁してください。


「それは、如何なる意味でしょうか……」


じいちゃんが汗をダクダクと滝のように流しながら、言葉を探っていた。

先ほどの貴族ですら、下手に出るのが精一杯だったのだ。

その貴族すらも逃げ出すこの少女に逆らえばどうなるか……。

汗で顔が濡れたじいちゃんを、アーマントゥルードは小鳥のように首をかしげる。

その表情は全く微動だにしない。


「その子を助ける。だから、君を貰う。ダメかな、レイ君」


すっと前屈みになったアーマントゥルードの目がぴたりと俺を捉える。

コバルトブルーの宝石の目。その中に無限の闇が封じ込められていた。

手当てされている奴隷の女の子を助ける代わりに、俺の身柄をもらう。

彼女はそう言っているのだ。


「ど、どうか……たった1人の孫なのです。アーマントゥルード様。どうか……お見逃しを……」

「そうです。私が奴隷になりますから、どうか、レイ君は見逃してください……!」


懇願する2人に対して、アーマントゥルードは微動だにしない。

貴族に命じた時から、何1つ変わらない。

人形だ。完全無欠なまでの人形だ。


「…………。」


沈黙。

何も答えず、何も返さず。

彼女は絶対零度の空気を纏ったまま直立不動を維持していた。


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(困惑)》 Lv81


そして、思いっきり困っていた。

え? なんで困ってるの?

困惑?その無表情で一切の暖かみを感じない目で困惑してるの?

欠片も分からないのだが……。

怒りや軽蔑、無関心の感情だと思っていたが、無表情の彼女は困惑していた。


「彼に問題なければ返す」

「ッ!?……どうか、どうか、お許しを……!」

「私は帝国情報局アーマントゥルード・R・フローレンティア。奴隷商ではなく、歴とした仕官だ。彼を不用意に扱う事はない」

「ヒィィ!?」


じいちゃんは腰を抜かしたように後ろにひっくり返った。

帝国情報局。ひぇ。

無罪でも有罪でも捕まったら殺されて吊るされると教えられた機関だ。

帝国の反乱や粛清をするという、どう控えめに判断してもブラック過ぎる職場だ。

どう考えても連れて行かれて、無事にすみそうにない。

無表情の少女は死神だった。


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(涙目)》 Lv81


死神さんは思いっきり困っていた。

というより、見ている前で、動揺に切り替わった。

そして、更に思考に切り替わる。


ああ、どうやら勘違いされて困っており、泣きそうになった後、じいちゃんの反応で動揺した訳か。

そして、この現状を打破する為に悩み始めた。

真っ黒な軍服と騎士の命令遵守の姿から、恐ろしい人かと思ったが、そうでもない。

ーーかもしれない。


騎士が彼女に逆らうのかと非難するかのように殺気が漏れだして来ている。

そして、アーマントゥルードは無表情のまま、鋭利な刃物を思わせる冷ややかな空気で見つめる。


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(救援要請)》 Lv81


助けて欲しいのかい。

嘘だろ、お前。

そんな無表情で一切困ってないように見せながら、助けろと。

それも奴隷にすると宣言してると受け取られている相手にだ。

ないわー。どんだけ不器用か知らないが、ないわー。


「えーと、取り調べを受け取ればいいんですよね。俺が貴族に逆らった罪、ですか……?」

「……。そうだね」


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(否定)》 Lv81


違ってるじゃねーか!

言葉足らずにほどがあるぞ!

じいちゃんもネイ先生もお許しくださいと先ほどから、怒りを収めてもらおうと動いている。

いや、じいちゃん、ネイ先生。


「アーマントゥルード様に問いかけるとは無礼な!!身の程を弁えろ!」


1人の騎士が叫びながら、俺を睨みつける。

場にいる騎士よりも高位の立場なのだろう。一際、意匠が凝った武装と豪華な衣服を備えている。

その騎士をアーマントゥルードは無言で手で制する。


「えっと、……お怒りですか」

「かもね」

「それ見たことか!アーマントゥルード様はお怒りだ!貴様の首で償えると思うなよ!」


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(否定)》 Lv81


この子、怒ってないみたいだよ。

というより、周囲にまるで理解させてない子だ。この子。

先ほどから、騎士に対しての感情が困惑に切り替わり、オロオロと悩んでいる姿を幻視した。

最もその表情はまるで固定されたかのように変わっていないが。


俺は意を決して、言葉を発する。

怒る騎士が暴発して斬り掛かってくるかもしれない。

そして、それ以上に怪我をしている奴隷の女の子を助けてくれるなら、悪意を感じないこの少女に身を預けてもいいかもしれない。


「じいちゃん、ネイ先生。俺、行くよ。無事に返してくれるって言ってるし」

「レイ!」「レイ君!」


2人の悲鳴が同時に響く。

それはそうだろう。2人からすれば、生きて帰らない情報局に入り込む哀れな生け贄だ。

だが、俺が見えている目の前の情報からすれば、彼女は悪意ある人じゃない。

少なからず、助けてくれた良い人だ。


それにこれを期にコネができるかもしれない!

帝国の情報局!しかも偉そうな謎の美少女!

これはどうしても繋いでおきたいイベント(コネ)だ!


「奴隷の女の子の……約束をお願いします。アーマントゥルードさん」

「うん」


「様」をつけずに「さん」で呼んでも、彼女は何の感慨もないような無表情だった

後ろで激昂する騎士を、またもや、手で制して、コイコイと手招きする。

そして、トコトコと握ったら折れてしまいそうな細い足で歩き始める。




アーマントゥルードの、彼女の頭の横に浮かんでいる文字はーー


《アーマントゥルード・R・フローレンティア(厳守)》 Lv81


ーー約束を守ると瞬いていた。









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