6転生者④
「リム・ルルバ・ライ、商家か。ご苦労」
「ええ、騎士様もお元気の用で」
「ふんっ、下民に何が分かる。連れ添いは2人か、荷物を調べるぞ」
リムじいちゃんが頭を下げたので、同じように頭を下げる。
ちっ、偉そうにしやがって。じいちゃんが差し出した袋を当たり前のように受け取って懐に入れる。
腐りきってやがる。反骨精神がメラメラ燃えてくる。
大城壁の厚さはまるでトンネルのようだ。
それ故にトンネルの入り口と出口の両方に入る者を確認する騎士達がいるらしい。
もし、機嫌を損ねれば、通してもらえず斬り殺される事もある……とか。
「カーラ麦が20袋、ムスリア草が10壺、ナアカハ魚の干したが100尾。ふぅん、積み込んだ物だな」
じいちゃんが出した目録を一際でかい騎士が、偉そうな態度で見ている。
ペラペラとめくった後、厭らしい目でネイ先生を上から下までじっとりと見る。
爪先から頭もてっぺんまでフルプレートで覆われて、ヘルムの隙間からしか見えない。
だが、嫌いなタイプだ。
ずいっとネイ先生の前に出る。
「はっ、いっちょまえだな、坊主。リム・ルルバ・ライ、銀貨5枚かムスリア草1壺を置いてけ。それが税だ」
「では、銀貨でお願いします。では、こちらはバストルア城壁守護隊長へのお心付けで。もし、良ければ、部下の方もお楽しみ頂ければ幸いかと」
リムじいちゃんはすっと頭を下げながら、高価なガラス細工で作られた琥珀色の液体が入った瓶を差し出す。
酒。つまりは賄賂だ。バストルアと呼ばれた大男は横柄に受け取り、うむうむと満足げに頷く。
馬車の荷台から取り出されたのは、幾つかの酒樽。
申告していなかった所、最初から渡すつもりだったのだろう。
なんだろう。すげぇむかつく。
この世界では当然かもしれないが、奴隷も当然の賄賂も理不尽に見える。
「ふん。俺だけはでなく、部下の分もか。相変わらず、機微が読める奴だ。こうも暑くては守護役も楽ではない」
「ええ、ですので、こちらも……」
「おお、ご苦労か。酒精の樽に、氷か、安い物でもなかろうな」
ニヤリと。鎧越しでも分かるご機嫌を漂わせる。
そして、部下達が検品に取りかかるのを腕で制して、呼び寄せる。
どの部下も慣れてないのだろうか、ワタワタと親ガモに呼ばれたヒナのように呼び寄せられる。
「おい、新入り。商家のリム・ルルバ・ライだ。我等の職務への感謝として酒精を献上しに来た。覚えておけ」
「は、はぁ……?」
「かぁ、察しの悪い野郎だ。おい、酒精を待機場に運んでおけ。職務が終わった後なら程々に楽しめ」
「し、しかし、検品がまだ……?」
「とっと、いけやぁ!!」
踏みならした鋼鉄の足が直立不動の騎士を浮かび上がらせる。
ひぇっ。軽い俺なんかは完全に宙に浮かび上がった。何の比喩もなしに。
なんだコイツ。この鋼鉄ゴリラ。
部下達は追い立てられたように無数の酒精を運んでいく。
「検品は終わった。お前のような物わかりのいい奴だけならいいんだがな」
「バストルア城壁守護隊長が特別、ご厚遇されるだけの理解ある御方かと」
「はっ!下民には2種類いる。使える下民と使えない下民だ。リム、お前は使える下民だな、んっ?」
「最もでございます」
「いつも通り、見逃してやる。2回目も俺の名前を出せ、それと……」
バストルアは顎で俺とネイ先生を示す。
なんだ、顎で示すとは失礼な。
吹っ飛ばすぞ、この鋼鉄ゴリラ。
……俺以外の誰かが。怖い
「レイ・ラック・ライ、ネイ・スプリングか。はっ、爺には勿体ない女だな。おい、リム」
小馬鹿にするように笑う鋼鉄ゴリラはドスンと、木を輪切りに巨大な椅子に座る。
そして、ぽきぽきと指を鳴らして、ニヤリと笑う。
「どうだ。その女を貸す気はないか」
「ありませんな。ご冗談を」
ビクッと体を震わすネイ先生の前で立ち塞がる。
厭らしい問いに対して、リムじいちゃんは迷いなく即答する。
じいちゃん……かっこいいぜ。
だろうな、と鋼鉄ゴリラは顎で行けっとしゃくる。
俺は睨みつけてやる。
よくもネイ先生に……。怯える先生を守るように立ち塞がる。
鋼鉄ゴリラはネイ先生からジロリと視線を俺に移す。
「坊主。俺に逆らうには100年早いぜ。はっ、毛が生え揃ってから来な」
口まで出かけた言葉を飲み込んで、待っている2人の元に走る。
なんだ、この帝国は。腐敗に、横暴に、奴隷、どれもこれも薄汚い物ばかりだ。
□■□
「なんで、奴らに賄賂なんか払うのさ」
出口の検問を、検品すら受けずに通り過ぎた所で文句が出た。
賄賂なんて払う必要はない。おかしいじゃないか。
税金の分だけ払って、さっさと通ればいい。
「理不尽だよ。奴らの給金分から税金から出てるだろ、じいちゃん」
「ふぅむ。ライもそう思う年頃か。だがな、ライ。これも処世術だ。必ずや必要になる」
「……必要にしたくないね」
だって理不尽じゃないか。
酒精も決して安い物じゃない。
ネイ先生がオロオロしているが、口は止まらない。
「だって、そうだろ?こっちが真っ当に商売してるのに言いがかりをつけて……」
「そうじゃない。こっちも真っ当には商売しておらんからのう」
「……そうなのか?」
カッポカッポと響かせながら、レイじいちゃんはのんびりと答える。
じいちゃんは馬車の運転をネイ先生に任せて、馬車の荷台に乗り込む。
抱えて出てきたのは、麦がついている金細工の見事な腕輪だ。
カーラ麦の壺に手を入れて、出す度に金の腕輪、銀の蝋燭立て、水晶の飾り球が出てくる。
俺は口があんぐり開けた。
じいちゃんの方がよっぽど悪党だった。
「かっかっ、下民だとバカにしている方がやりやすいって事だ。覚えておけ」
「じいちゃん……とんだ悪党だよ」
「ふっ、本当はこんな事しなくても食べていけたのだがなぁ」
ニヤリと深い皺が刻まれた顔で笑ったじいちゃんは、さっきまでのペコペコと頭を下げた姿とはまるで違った。
奸知ある商人の顔になっていた。
くわー。怖いわー。身内が怖いわー。
「れ、レイさん。貴方って人は……」
「なーに、そう責めてくれなさるな。帝国が変わった以上、汚い生き方もしないといかん。今まで通りの清貧の生き方では、食べていけん。また、こうして卑怯な手を使わずとも住む日までは手段を選ばず生きるとしよう」
「私塾である教会に寄付してくれるレイさんが言うならば、仕方がありませんね」
「かっかっ、弱みを付け込んで悪いなぁ」
困った顔のネイ先生が、じいちゃんを嗜めるようにポスっと叩く。
じいちゃんは笑いながら、馬車の運転を代わりながら、俺に降りるように促す。
しかし、狡いじいちゃんだぜ。
帝国という環境のせいかもしれないが、ドイツもコイツもズルばっかりだ。
舗装された道に降り立って、横で歩くネイ先生を見上げる。
「時代が悪ければ、自ずと手段は限られるものですからね。さて、この帝都ですが、見てくださいこの石畳の舗装を」
「ん、本当だ。今まで、ただの道だったのが石畳になってる」
「帝都は全面が石畳になっており、兵士たちが巡回して治安を守っています。ほら、あそこを見てください」
ネイ先生が指差した先には、大通りに距離を置いて軽装の兵が槍を持って立ている。
先ほどの鋼鉄ゴリラほどじゃないが、大柄の騎士が3人で巡回している。
まるで町全てが監視されてるようだ。こえー。
「帝都の内部は、帝国国民として保護されています。内部に盗賊が入り込んでも、報告すればすぐに捕まりますね」
「へー、でも、監視されてる感じだけど」
「そのような面も……ありますね。帝国情報局なんて……」
ネイ先生が冷たい風に吹かれたように体を振るわせる。
どうしたの?帝国情報局?
ネイ先生は周りを見回した後、そっと俺を引き寄せる。
むぎゅりと大きめな胸に顔が埋まる。ひゃっほーい
やっぱり、メリハリあるなー。役得。
「帝国情報局は、帝国内部の粛清や反乱の防止を行なっています。多くの者が謂れのない罪で捕まったり……」
「そう、なんだ……」
「情報局では無罪の人も有罪の人も、捕まったら帰って来ないと聞きます。捕まったら最後、拷問され死んだ後に尖塔から吊らされるとか……お願いですから、軍服や鎧を着た騎士の人に逆らわないでくださいね」
ブラックすぎる。ふぁっきゅーごっど。
暗黒の中世だ。魔女狩りの全盛期でもここまで酷くなかったと思いたい。
帝国が悪の総本部すぎて泣けてくる。できれば、別の国に転生したかった。
初期条件が厳しすぎて泣けてくる。
ぐすん。
涙ぐみながら、外より落ち着いた市場を見る。
外周区の賑わいは潜まり、半裸の人達の叫び声も減っている。
多くの人は皮のブーツとゆったりとした上等の服で呼び込んでいる。
円形の城壁に突き刺さるように十字路が無数にあり、それぞれが市場になっているようだ。
売っている商品も高価になっており、外の食べ物や水から
その時、目に入ったのは1人の女の子が殴られて転がった瞬間だった。
はぁ?
え、おい。今、この子が殴られて飛んだぞ?
「このガキが!儂に恥をかかせおって!!」
「ひっ、ごめんなさい。申し訳ありません!」
「荷物持ちもできんのか!貴様は!!」
目の前で宝石が散りばめられた服を着た痩せた男が、女の子を足蹴にする。
側には砕けたガラス細工の商品が転がっている。
どうやら、首輪のついてる女の子はガラス細工を落して割ったようだ。
「趣味のいい物を見つけたと思えば……!」
蹴りつける足の勢いは増していく。
頭を抱える少女から血が吹き出て、涙と嗚咽が零れてくる。
頭にカッと火がついた。そして、目が合った。
ボロボロになりながら、涙を目に浮かべて、血を流しながら、女の子は助けを求める目をしていた。
そして、その口から言葉が小さく小さく零れた。
「たすけて」
気づいたら、じいちゃんの静止も無視して叫んでいた。
「おい、お前、やめろよ!!」
「はぁ……?」
声をかけられた事で止まった男は不機嫌に振り返る。
女の子の側に駆け寄り、大丈夫かと声をかけるが、青あざがつき、ぐったりとして声に反応しない。
俺よりも、俺の体よりも小さい子が傷だらけになって虫の息だった。
「他の人もだ!なんで、こいつを止めないんだ!」
そうだ。これだけ人がいて、そして、治安を守る騎士もいる。
誰かが止めるべきだろう。当たり前だ、こんな理不尽が許されてたまるか。
男をぐっと睨みつける。
ワタワタと真っ青の顔のネイ先生が男に頭を下げる。
「レイ君!す、すいません……!貴族様、教育がなってない子で……どうか、ご慈悲を」
謝る必要なんてない。コイツが悪い。
「はっ、なんだ、このバカは。奴隷をどう扱おうと主人の自由だろうが。」
「お前……!奴隷は殺したら罰せられるのはお前だぞ!死んだらどうするんだ!」
「ぷっ、殺すに足る理由があれば殺していいのが奴隷だ。主人の命令に逆らう、私物を壊す、盗みを働く、そうすれば殺しても罰せられん。そんな事も知らんのか」
「なっ……!」
ネイ先生を見ると、真っ青の顔で振り返って首を振っている。
コイツの言ってる事は正しいらしい。
だけど、俺の中では絶対に許されない事だ。ただのガラス細工1つで人を殺すなんて間違っている。
「それより、貴族である私に逆らうとは良い度胸だな。はっ、騎士共に取り調べてもらうか」
「き、貴族様……!どうか、子供のした事です、どうか取りなしを……」
喉が渇く。誤った事をしたかもしれない。
取り繕っているじいちゃんも震えながら対応している。
体が勝手に動いたのだ。
正義感なんて元より強くなかった。適当に生きて来た。
だが、目の前で殴られている子に助けを求められて、止められなかった。
「ならんわ。おい、騎士共、このガキ共を取り調べてくれ。全く、今日は厄日だ。ようやく、趣味の良い品を見つけたと思ったら、奴隷のガキが壊すわ、変な輩に絡まれるわ……次の奴隷を仕入れねばな」
ガチャン。
重い金属がぶつかる音がする。
重装備の騎士の囲いが、ジリジリと距離を詰めてきている。
「ヒッ……!」
「ま、待ってくだされ、貴族様!」
ネイ先生とリムじいちゃんが手を振って静止するが止まる気配はない。
それどころか、武器を構え直し、手甲をつけた手をゆっくりと延ばす。
っ……。万事休すか。考えなしで動いた俺が悪い。
だけど、それ以上に……この世界が理不尽だ。
歯を食いしばって貴族に文句を言おうと身構えた時、氷のような冷たい声が響いた。
「アンドロス子爵。それまでにしては」
青と黒に縁取られた軍服を着た少女が立っていた。背は俺と同じくらいの、子供だ。
その目はコバルトブルーの宝石であり、そして、何の光も返さない闇が込められていた。
深みある澄んだ青と一切の光を返さない黒が同居した目。
矛盾するような色が交じり合った目が全てを見下ろしていた。
後に俺が知るその少女の名前は、アーマントゥルード・R・フローレンティアであった。
更新が遅れてすいません。
遅れながら投稿させてもらいます。