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異世界旅行の粛清者  作者: 泡世 沢
序章
5/17

5転生者③



見上げた帝都はでかかった。


ふぉおお!!

興奮が巻き起こる。帝国の帝都!

これだけ興奮するファンタジー要素があるだろう!いや、ない!


世界の覇権大国である帝国とだけで、異世界への期待と興奮で息が荒くなる。

どうどう。落ち着け、俺。

胸に沸き上がるワクワクを抑えろ。


厳密には帝都にすら入ってない。

外周部を覆う大城壁の一番外にいるだけだ。

だが、帝都の外とは思えない活気だ。露天商がずらりと並び、何とも言えない匂いが立ち上っている。

うわ、すげぇ。豚と悪魔の合いの子みたいのが解体されて、串に刺されて売り出されてる。

ちょっと、近くで見ていこうかなーー


「はい。レイ君、お勉強のお時間です」


ちくしょうー。

フリーパートはないみたいですね。ふぁっきゅーごっど。


「このミサイリア要塞帝都の大城壁(グランド・ウォール)は何枚でしょうか」

「うげっ」


た、確か、帝都の巨大城壁を見ながら聞いたはずだ。

帝都の周りをぐるっと囲むようにあった巨大市場とスラム街のせいで、半分聞き流していたが。

思い出せ俺。灰色の脳みそを回して、記憶を呼び起こせ。

えーと。

確か、王城を中心として守るように1枚、偉い貴族と商人で1枚、偉い軍人と学者で1枚、ここからは覚えてない。

真面目に生きるとえらそうに息巻いたが、聞いてなかった。

だって、仕様がない。目の前で異世界の市場が開かれてるんだぜ?

外国にすら言ってない俺の目は釘付けだ。誰だってそうなる。俺だってそうなる。


「お、王城が『特区』だろ……?その周りがお偉いさんがいる『一級区』で……」


ウンウンと指で数える。

ネイ先生の顔色を伺いながら、答える。


「6……でしたっけ」

「正解です♪」


花が咲くように笑うネイ先生に安堵する。

よかったわー。短い付き合いだが、ネイ先生は間違えると寂しそうな顔をする。

卑怯だ。美人だからこそ、俺の心がぎゅうぎゅうと締め付けられる。

イヌか、先生は。ぴょこぴょこと動く赤毛を引っ張りたくなる。


大城壁(グランド・ウォール)は全部で6つの城壁で構成されています。より重要な区画が奥になっていて、その区画に相応しい地位の人が一緒じゃないと入れてもらえません」

「えーと、『特区』が一番で、『一級区』から『五級区』、そして、……『外周区』でしたっけ」

「その通りです」


地味な魔法使いのローブをパタパタと振りながら、馬車と一緒に歩くネイ先生は楽しそうだった。

人に教えるのが好きなんだろう。俺が知ろうとする度に、身を乗り出して教えてくる。

外周区に入ってからは、俺が見たいものが多くて馬車から降りている。

じいちゃんは、記憶を失ったのなら物珍しいだろうと許してくれた。


いやー。外国の市場もこんな感じかもしれない。

活気があって、これぞ国家だ!と言わんばかりの盛況ぶり

食べ物も品物も、どれもが目移りする物だ。


じいちゃんから貰った小遣いでなにかを買おうか。

いやいや、待てよ。俺。もっと欲しい物が出てきたらどうする?

行きで全て見て、帰りに買っても損はないぞ。

悩みながら、ワクワクしていると、ネイ先生がそっと引き寄せて来た。

わーお。着やせしているけど、メリハリある。やったぜ。


「レイ君。帝国は……外周区に住む人を帝国民と認めていません」

「へ、なんで?」

「多くが難民か……奴隷だからです」

「……奴隷?」


奴隷。言葉だけは知っているが、縁遠い言葉だ。

人に鞭を打って、働けー!と叫ぶモヒカンが思い浮かぶくらいには、縁遠い。

そうは言っても、周りを見回しても奴隷のどの字もない。

ボロキレを着て、鉄球を嵌めている奴隷などいないのだ。


「でも、いないよ?」

「ほら、あの子。見て、首輪をつけているでしょう。あれが奴隷の証ね。この外周区は、税が払えない市民が難民として集まってくるか、その市民が奴隷になっているか、その集まって来た人を目当てとした商人が殆どなの。帝国の駆け出しの商人が集まる所ね」

「ふーん、あ、本当だ。よく見るとたくさんいるね」

「あの首輪が魔術触媒(アーティファクト)で、魔術を発動させています。本来なら、熟練の魔術師が必要な魔術を、着用者の僅か魔力で自動に発動する。……この奴隷システムが帝国が最も繁栄した理由と言われてますね。私は……あまり好きになれませんけど」


え?ごめん。今、なんて言った。

なにか、トンでもない事がさらっと聞こえたけど。

もう一回言ってもらっていい?


「余り大きな声では言えないので、繰り返させないでくださいね。こほん。私は……あまり好きになれないと言ったのです」


うぇいうぇいうぇいうぇい。ちょっと待った。へい、ストップ。

それより、三テンポほど前。そこも重要だったかもしれないけど、俺にはもっと重要な情報があった。

重要度なら、ネイ先生のバストサイズと同じくらいだ。つまり最重要事項だ。


魔術触媒(アーティファクト)での、魔術の事ですか」


それ。中世そこらの文明レベルで、馬鹿でかい城砦があるくらいだ。

いや、昔の人が人海戦術で作り上げた例もあるらしいから、普通に作れるかもしれないが。

ともかく、魔術があるのなら納得できる。異世界ファンタジー最高っ!!

テンションがガクガク直角カーブで上がっていく。


魔術触媒(アーティファクト)……、ネイ先生、魔術って俺も使えるの?」

「使えません」


ふぁっきゅーごっど。

ネイ先生が断頭台を笑顔で振り下ろした。絶望から希望へ。

この世界の神様がいるなら、中指を突き立ててやる。

ないわー。本当にないわー。

異世界にきて、魔法・魔術を使えないなんてないわー。


「魔術というのは適正が必要です。生まれついての魔力、生命力をエネルギーに変える才能。そして、そのエネルギーを魔術触媒アーティファクトに刻まれた術式という形を通して、現象として魔術とする事。火を灯す魔術触媒アーティファクトくらいなら訓練すれば誰でも出来ますが、複雑な物や強力な物になると血を滲むような訓練をしても身にならない……を悲観して自殺とかは魔術師では良くある話ですね」


ブラックすぎるわ。この世界から闇しか感じない。

というより、聞いてる限りは、俺が所属している帝国はどう判断しても、悪の親玉にしか聞こえない。

聞く情報、聞く情報、他国を侵略するわ、奴隷を産み出すわ、国民を国民扱いしないわ……

これでもかと悪の帝国としてのイメージが詰め込まれてる気がする。


「へ、へぇ……なら、今は使えないの?」

「そうですね。だから、レイ君が真面目に勉強すればできるようになるでしょう」

「おおっ!なら、ネイ先生、どれくらいでできるようになりますか!」

「短くて5年はかかります」


ふぁっきゅーごっど。

今なら、伝説のロックシンガーばりに、神へ怒鳴り(シャウト)できる。

希望で上げて、絶望で落すな。魔術を覚えられるのに5年とか長過ぎる。

異世界に転生した特典で、この世総ての魔術を使えるとか、魔術的才能が世界五指とかないのか。

いや、くれよ。この訳の分からない世界に放り込まれたんだ。くれよ。


「うっ、うっ……」


馬車と並走しながら、思わぬ、苦難の道で泣き出す。

なんというか、もっとチートを思い浮かべていたのだ。荒ぶるドラゴンを薙ぎ払って、悪しき軍隊を叩きのめす。

そんな、ファンタジー溢れる、特権(チート)ある未来を信じていたのだ。

だが、そんな物はない。ひでぇよ。あんまりだ。


「ど、どうしたの。レイ君。お腹でも痛いの?」

「い、いや……現実に打ちのめされて」


今更、現実に殴られるとは思わんかった。

右の頬を殴られたら、左の頬を差し出しなさい。転生前に左右をストレートで決められて、転生後にボディを入れられた上で、足が崩れた所に強烈なアッパーカットを喰らって吹っ飛んだ気分だ。

いや、本当に死にそう。


「ふむ。話は戻しますが、多くの奴隷は税を払えずに国と契約して奴隷となります。これは一定期間働いてお金を返せば、自由になれる奴隷ですね。必要あれば剣闘士(グラディエーター)や炭坑夫など命がけの仕事をする事になりますが、主人の理不尽な命令で死ぬ事は滅多におきません。帝国が労働力として奴隷を数えているので、無闇に殺すと罰せられます」

「奴隷もそこまで理不尽な訳じゃないんだ」

「そうですね。帝国が介在する奴隷の契約は一部を除いて穏当です。ですが、極稀に奴隷商人や盗賊が人を連れ去り、無理矢理、結ぶ契約があると聞きます。その契約は文字通りあらゆる命令を遵守するように強制されます。そうなると、残りの生涯を全て奪われるのと同じです」

「そうか……気をつけないとね」

「ええ、気をつけてください。でも、奴隷の首輪は帝国が管理しており、めったな事でない限り、流出はしないそうです。だから、今、聞いたのは、そんな恐ろしい事もある契約なんだ、と覚えておいてくださいね」

「はーい」


本当に闇が深い。というより、闇しかねえ。

周りをよく見ると、どれも奴隷。奴隷。奴隷。奴隷。奴隷。奴隷。

半分近くが奴隷だ。どれだけの奴隷が使われているか想像もつかない。

つまり、それだけ税が払えないなり、何かしらの理由があるのだ。


「どんだけ、帝国はヤバいんだよ……」


巨大な帝都を覆うように存在してる外周区、その巨大なエリアを埋め尽くさんばかりの人。

それだけの半分が奴隷としても、とんでもない数の奴隷がいる事になる。

ないわー。圧制だよ。圧制。こんな国、早くおさらばしないと……。


「ほれ、大城壁(グランド・ウォール)の門についたぞぉ。お前ら、イチャイチャせんで、はよ、降りんかい」

「イチャイチャなんてしてません。さっ、レイ君、いきますよ。門では税金と証明書で身分を確認されますから」


見上げた巨大な門は、怪物の大口に見えた。

俺が手を両側に広げても届かない厚さの巨大な門は、馬車が10台並んでも余裕がある幅を持っている。

でかい。とてつもなく、でかい。


何の知識もない俺でも、この建物はとてつもなく巨大なのだと重圧で押しつぶされるくらいに。



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