4転生者②
カッポカッポと愉快な音を響かせて、馬車が進む。
レイ・ラック・ライ。それが今、俺の意識がある子供の体らしい。
ライ家は代々商家であり、今回の商談先である帝都に向かう途中だったらしい。
リムが名前で、ラックが祝福名、そして、ライが家名。
本来なら、下民である俺等は家名を持たしてもらえない。
昔、コンクリスト帝国に大きな戦争があった時に、商家として危険を惜しまずに爺が商売して、
軍に対して大量の物資を売りつけて、とある貴族を助けた際に褒美として与えられたらしい。
「それにしても……レイ。幸運の祝福名を授かりながら、雷に打たれると不幸だったなぁ」
「あはは、そうだね。リムじいちゃん」
心配そうに顔を覗き込むのはリム・ルルバ・ライ。この体の父さんの父さん、じいちゃんにあたる人だ。
そして、帝都に向かう旅の最中、元気溢れて走っていた俺……の体は、雷に打たれて死にかけたらしい。
晴れ渡ったこの空に落ちて来た雷。
驚愕した爺ちゃんは俺を揺さぶっていたが、目覚めない俺に悲観して戻って来いと殴った。
その結果があれだ。いや、戻って来たのは別人だけどねー
申し訳なく思うが、生き返ったのは奇跡だという。
ならば、この体は死んでいたのだろう。二度目の人生を楽しませてもらうぜ!
ひゃっほーい!ポジティブ!
「だが、記憶が飛ぶとはのう」
そう。記憶が飛んでいたのだ。
勿論、建前。ごめんね、じいちゃん。
でも、俺、全てを正直に伝える自信もなければ、説明できる頭もない。
何も知らない世界で、知る為に全てを忘れた振りをした。
カッポカッポと陽気に馬車を進めながら、どうしようかーとじいちゃんは悩む。
どうしようかねー?
いきなり、雷に打たれた子供になっていたから、これからの予定はない。
あるとすれば、どんな国があって、どんな世界なのか興味があるくらいだ。
じいちゃんに休むと言って、馬車の後ろに潜り込む。
代々続いた商家だけあって、馬車は立派だった。幌もついており、日が防げて、でかい。
「レイ君が不用意に走るからだよ」
「ご、ごめん。ネイねーちゃん」
ふて腐れて、ほおを膨らまして待ち構えていたのは、ネイねーちゃんだ。
今回の商談で足を運ぶ帝都に用事があるので、同じ町のじいちゃんに頼み込んだらしい。
馬を操るじいちゃんから、記憶のネジが飛んだから教えてやってくれーと声がかかる
ナイス。じいちゃん。流石は俺のじいちゃん。
「はぁ……。忘れているなら、もう1度詰め込む事ね。貴方の教師をしていた身にもなってよ。あれだけ時間をかけて詰め込んだ事が、また抜け落ちちゃってるのよ」
「う、うん……ごめん」
「うぐ。レイ君らしくない……もっと、レイ君は素直じゃなくて逃げ出すような子だったのに。雷に打たれて性格も変わっちゃた?」
地図を取り出しながら、ネイさんはぶーぶー言う。
可愛い。真っ赤な髪と細い横長の眼鏡。そして、童話に出てくる魔法使いのような深い紺のローブ。
様々な色の格子模様の紐を全身に絡ませたオシャレの魔法使い衣装だ。
村で父親の牧師の教師役を手伝っており、メリハリのついた体をしているらしい。
少し残ったソバカスは愛嬌だ。
「はい、この地図を見て。上がコンクリスト帝国、左がアクリス連合、右がミリア王国、下がウィームスタン共和国。今、私たちがいるのがコンクリスト帝国ね。この大陸だと、一番大きい国で一番強い国かしら。他の大国もそれなりに大きいけど。皇帝が治めている帝国は戦争至上主義の侵略国家、ミリア王国は帝国に立ち向かう民草の味方、アクリス連合は元々は帝国に併呑されるがままだった周辺国家が侵略に抵抗する為に生まれた連合ね。ウィーム共和国は……不可侵を守っている国家、他の二国は帝国と戦争中だけど、共和国は戦争していない国よ」
「北がコンクリスト帝国、西がアクリス連合、東がミリア王国、南がウィームスタン共和国ね」
「むっ、随分と物わかりが良いのね。普段はもっと頭悪そうだったけど」
国の位置覚えて、この扱いか。
レイ君や。君はどれだけ不真面目だったんだい?
不真面目なら同じくらいだが、これからの生活と命がかかっちゃ真面目にやらなきゃならない。
ニートライフで生き残れそうにないのだ。
「えーと、それでこの空白は?」
「……神国ね。元、がつくけど」
地図は大きく×に分けられており、それぞれのエリアで最も大きいのがそれぞれの国家だ。
地図の中央にはどの国にも属してない空白があった。4カ国の交易の拠点になりそうだが、どの国家も領地としてない。
「大昔、神殿が荒廃して、各国の不安を煽って国を乗っ取ろうとしたの。そして、今の四大国が滅ぼしたの」
「へ、へぇ……それじゃ、四大国のどこかが領地にしなかったの?」
「どの国もしようとしたのよ。そして、どの国も宗教的な理由と名目が欲しかったの」
「どういう意味?」
「『我々は神の御意思によってー』『神の加護がある我が国に逆らえば天罰がー』とかのお題目よ。各国にある神殿が仲間になるのなら、どの国も反対するわよ」
「大変なんだね……」
「そうね。戦乱期だもの。戦争くらいあるわ。そして、結局、教皇の血筋がゴタゴタの暗殺騒ぎで死んじゃって、どの国も手に入れられないと分かって引いたわけ」
ほー。血塗ろのドロドロだった。
どの国も欲しいけど、手に入れられなくて睨み合っているのか。
修羅の国ばっかりで、とても生きていけなそうで青くなる。
この大陸は血と殺し合いしかないのか。ふぁっきゅーごっど。
いやだわー。本当にいやだわー。
平和なわははっ、うふふっで、時たま、冒険!
そんな平和な異世界転生ライフを思い浮かべていたが、まるでない。
ネイさん、もとい、ネイ先生の言葉を聞く限り、殺し合いに殺し合いを重ねて、宗教戦争を通り越して、民族浄化の真っ最中。
弱肉強食で弱い者こそ悪いという修羅の世界だ。
平和な世界なんてなかった。やになるね。本当。
「それで、今いる帝国だけど、二カ国と戦争しているわ。だから、商談する時は1度、無関係の国行ってから入り直すか。別の国の証明書を偽装して交易するのよ。はい、これは貴方の分の偽証明書ね」
「に、偽物!?」
「そ、バレたら死刑。だけど、帝国の商家ならどこもやってる事よ」
ネイ先生はピラピラと自身の証明書を見せる。
隣にある偽物の証明書とはまるで区別が付かない。商人、すっげー。
元いた世界のような高度な技術は使われてないが、複雑な紋章の印などがあって、完全に真似されている。
そして、ほんの少し、ネイ先生が公正明大な先生だと思っていて、偽装の犯罪をしていると知ってショックを受ける。
「えーと、先生。偽装って、良いんですかね」
「……良くないわよ。でも、恐怖帝になってから、帝国は全て変わったの。他国に対して宣戦布告をして領土を刈り取りにかかって、内部の貴族や領主様を粛正して……税もずっと上がったわ」
馬車から遠く眺めるネイ先生は哀しそうに見えた。
きっと、正しくありたいと思っていたのだろう。そして、現実が許さなかった。
不正をしなければ、生きていないほどに。
「奴隷もね……ずっと増えたわ。税が払えなくて離散した村もあって、帝国騎士が捕まえて回ってね」
「……。」
「ダメね。こんな暗い話をしちゃ!ほら、帝都が見えて来たわよ。あの大城壁が帝都が誇る大城壁。帝国一の、いえ、世界一の大城砦都市よ。かつて、竜の群れが攻めて来ても陥落しなかったと言われているの」
遥か遠く見えるのは、巨大なビル群を思わせる尖塔の連なりだった。
その全てを飲み込むように山のような巨大な城壁が堂々と鎮座していた。
その城壁は遠い地平線の彼方であっても分かるような、巨大な城壁であった。