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異世界旅行の粛清者  作者: 泡世 沢
序章
2/17

2プロローグ②


呆れた。

というより、またかと思う。

気配が限りなく薄いが、僅かに感じる視線。

肉感的ではない私の体とはいえ、闇の中から監視されるのは好ましくない。


「いつまで君は視姦する気ですか。烏滸がましい」


その声に反応したかのように闇から1人の男が現れる。

軍服を着崩して、へらへらとした笑顔を顔に張り付けている。

髪はぼさぼさに乱れており、決められた帽子はズボンの後ろにねじ込まれている。

軍紀を守らない姿に眉を顰めようかと考えるか、自身の改造している礼服を鑑みて止める。



男は無精髭を手でさすりながら、ヒョコヒョコと足を道化のように近づいてくる。

軽薄と不信を織り交ぜた姿と動作であり、それを隠そうともしない。

男が現れるまで闇の中には何もなく、扉を開けた音や痕跡すらなかった。


だが、彼なら可能だろう。ジャスパー・ドグラナンテなんてなら。

痩せた蜘蛛を思わせる不吉な男。闇に溶け込み、どこにでも現れ、そして消える。

私の事を嫌っているのか、好いているのか分からない奇妙な男だ。


「アーマントゥルードさぁ〜ん。いひひ、酷いなぁ。久しぶりの出会いに挨拶もなしかぁい?」

「必要を感じませんでしたので」

「およよよ。悲しくて悲しくて泣いてしまいそうだぜぇ。ああ、愛しの女神アーマントゥルードちゃま!どうか、哀れな俺に慈愛の笑顔を!」



じゃスーアは病的に長い手足をジタバタと伸ばして、奇妙で大げさな懇願の踊りを行ない始める。

敬意も親しさもない小馬鹿にしきった態度。まともな良識ある者ならば、眉を顰めるか席を立つだろう。

ジャスパーの態度には失礼と侮辱が凝り固まっていた。

もう、慣れている。彼が本心を隠す為に見事な擬態を主にするのを。

ジャスパーの言葉と態度は、まともに相手する事はない。


「やめなさい」

「はいはいっと。アーマントゥルードちゃまはお怒りですねーどうしたんでしょうねー」

「ジャスパー。黙りなさい」


闇から取り出した人形に話しかける男を、鞭を打つように黙らせる。

いらっと来ました。子供扱いは嫌いだ。

確かに背は低い。そして、年も若い。

だが、仕事は大人分を果たしているのだ。

ならば、大人扱いにするべきだろう。鉄壁の無表情を維持し続ける。



「ういっす。あーあー、連絡前に気をほぐそうと思いましてね」

「では、連絡だけをどうぞ」

「アーマントゥルード子爵。『仕事』です。この帝都で確認されました。即座に『義務』を果たしてください」


ジャスパーは直立不動となり、命令を伝える。

もし、この場に第三者がいれば、ジャスパーという男が多重人格か。それとも、気でも違ったかと思うだろう。

愚鈍に濁った目は鋭く見据えた模範的軍人の目になり、鋭い意思は空気を振るわす。

が……、数瞬後には水に溶けるように戻った。

残るのはヒョコヒョコと行き場もなく歩き回るジャスパーだけだ。


「いひひ、それでは、『お仕事』に関しては、これにて。」

「お疲れさまです。帰って良いですよ」


仕事が終わったなら、帰ってもらおう。

というより、端的に言うと、彼が苦手だった。顔には出さないが。

彼の揶揄うのが苦手なのだ。真面目に返す事しかできない私にとって、冗談や遊戯は大敵。

いや、生涯最大の宿敵と言って良い。


誰かが無条件に楽しいと思う事を、一々、分析して組み立てて納得しようとするのだ。

だから、私は楽しむのはワンテンポ遅れる。遅れて笑うと、周囲とのズレから浮いてしまう。

それ故に、常に無表情を保っているのだ。

その点、本は良い。笑うのは1人なのだから、遅れて笑っても誰にも気をかけないでいい。


「あー。あー、アーマントゥルードさぁん?例の物はぁ?」


「例の物」。前に欲しがっていた粛正先の貴族の情報だったはずだ。

本をパタンと音を立てて閉じ、ジャスパーを見つめる。

胸ポケットに入れた紙片に書き留めてある。


「お忘れな訳ないでしょう。アーマントゥルードさぁま」


ジャスパーはヘラヘラと笑いながら、大理石でできた椅子を片手で持ち上げて、私の前に振り下ろす。

地響きと共に大重量の椅子が石造りの床を砕きめりこむ。部屋にある本が音を立てて浮かび上がり、着地に失敗してバラバラと床を散らかす。

椅子を振り下ろす瞬間に、一瞬だけ立ち上がり、背伸びをしてジャスパーの胸ポケットに紙片を差し込む。

膨れ上がった肩は、全体を獣を思わせる膨張を起こしており、押さえ付けられた筋肉がビチビチと音を立てている。

細すぎる手足も音を立てて広がり、軍服が張り切れんばかりに広がる。

ジャスパーの悪ふざけだ。彼はよく力の誇示を行なう。


「アーマントゥルードちゃ〜ま、約束破りは良くないでちゅよぉ〜?」

「━━━━━ジャスパー。」

「あぁ…………?渡す気になったかぁ」

「床と椅子、そして本を片付けておいてくださいね」


部屋を汚した子供を叱る仕草で指導して、席を立つ。目の前の異形とも言える変態をしたジャスパーに素直に渡してもいい。

だが、乙女の楽しみの時間をノックもなしに覗き込んだのだ。

少しばかり悪戯をさせてもらう。


本を抜き出した箇所に戻り、読みかけていた本を労って戻す。私は部屋から出ようと扉に向かう。

仕事に対して意識を向けており、ジャスパーに対して意識を割いていない。

既に終わった事。


「おい。アーマントゥルード」


殺意と怒気を込められた言葉で、体がピタリと止まる。

振り返った先のジャスパーは人間の姿をしていない。

膨れ上がった手足は鋼鉄の堅さとなり、露出した箇所からは無数の獣の毛が生えてきている。

更に顔は狼と熊を足して邪悪さを振りかけた異形に変貌している。

ギチギチとすり合う凶派の間からは粘ついた涎が垂れている。


端的に言えば、怒り心頭であった。

ジャスパーは揶揄うのは好きだが、揶揄われるのは嫌いだ。

そこまた、私の苦手とする理由の1つだ。

最も尖塔から突き落とした時はやりすぎたと思っているが。


扉に手をかけたまま、トントンと慎ましい薄い胸元を指で突く。

そう、薄い、胸元をだ。年相応と言えば、年相応だが、まるで育つ気配もない。

哀愁を漂わせる胸元だ。


「あぁ……?」


異形となっているジャスパーは自身の胸元を器用に首を捩って覗き込む。

そして、胸元のポケットに入っているのは、折り畳まれた紙片。

その紙を鋭い爪がついた手で器用に取り出し、空中でゆっくりと広げる。

狼の口がニンマリと嫌らしく歪み、望みの物を手に入れたと知る。


その隙に鉄張りの扉を素早く開けて、通って閉める。

あの姿になっているジャスパーは理性が抑制されて危険だ。

それに仕事が待っている以上、急がないといけない。



「相変わらず、喰えねぇ野郎だ。感情も何も読み取れねぇ。無表情の氷女め。その癖、『仕事』だけはできやがる」



ジャスパーは吐き捨てるように扉越しに言い捨てた。

違う。表情に出すのが苦手なだけだ。


石造りの冷えきった廊下をトタトタと歩む。

私には、仕事が待っている。


仕事しか待ってないとも言える。



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