襲撃者 前編
私、御神楽雪にとって、幼馴染の少年、零時はいつ何時も一緒にいた存在だった。
私にとっては幼馴染のような存在でありかけがえのない存在であった。
周りが彼を卑下に思うが私は彼をそう思わなかった。彼は人一倍努力化であったし、ただ周囲になじめずにうまく自分の感情を表に出せない。そういう人物。勉学にしたって彼は頑張ってついてこうとしていたしなによりも理解力だってそれなりにあったけど教える教師が悪かったというだけ。そして、彼がいつもテストで点を取れないのも回答欄を誤って読み違えてたりしたなど問題をずらして回答していたなど典型的なミスが原因だった。
私こそが彼の一番の理解者であった。
だけど、あの日。惨劇は起こったのだ。
過剰になっていたいじめに耐えかねた彼が私と言う存在と一緒にいることに苦痛を感じると言いながら屋上から飛び降り自殺した事件。
数日はあの事件に関して新聞やニュースで取り上げられていた。
ちょうど、その間に私も奇妙な夢を見るようになった。
それは亡き幼馴染が奇妙なアニメやゲームなんかで見られるような中世ヨーロッパ風のまるでファンタジー系衣装を身につけ王女のために騎士として奮闘する伝勇物語。
次第にその物語も過酷さを極め始め最後は悲惨だった。
王女が何者かにお殺され彼は必死で手を伸ばす。
それが伝勇物語の最後の夢。
それも、つい最近の話。
そうしたら、次の物語の舞台はこの私のいる世界だった。
そこで、青年はまたしても何者かに追われる。
必死で苦痛に耐えながら逃げ伸びた。
私と出会ったのは運命だったのだろうか。
どうあんだろうか。
夢が今こうして現実となって目の前に就きつけられて尚私にはわからない。
目の前では幼馴染に似た夢の勇者の青年は悪者らしきオオカミの姿をした黒の甲冑を着た人物とトカゲの人物に対抗心むき出しで眼光を鋭く座らせている。
相手の二人もベランダからさっそうと登場し割れたガラス片を踏みながら堂々と中に入ってくる。しかも土足だ。
右手には銃刀法違反お構いなしに大柄な二又のやりをオオカミが握りトカゲが大きな斧を肩に担ぎ笑みを浮かべる。
「――・――」
「――――・――――」
二人が何かを言う。
私には知らない言語。
この日本語ではない。外国語。いや、もしかしたら夢のことが現実で起きてるという考えが正しいのであるのならば異世界の言語かもしれない。
「俺はお前らなんて知らない! 今すぐこの場から立ち去れ!」
「――・―――?」
オオカミが首をかしげながら槍の穂先を青年に突きつけた。
青年は怯みもせずに足を一歩と踏み出し彼らに近づいていき槍の穂先を握る。
すると、砕け散る槍の刀身。
私はあまりのその腕力に驚愕した。すばやく、襲撃者の二人であるオオカミとトカゲも後退して驚嘆し、荒ぶるように笑う。
「思い出したか‥‥。それは違う。確かに俺は普通の人じゃないってのは感覚として思い出せた。貴様等が敵だということもな。そして、力の使い方も徐々に思い出せては着ている」
彼の体を中心に膨大な竜巻が巻き起こり部屋のありとあらゆるものを巻き込んで旋回していく。
私は悲鳴を上げうずくまる。
すると、部屋の奥から幼馴染の姉、アリサの悲鳴も聞こえた。さすがのこの騒ぎに気付き飛び起きてきたのだろう。
良く耳をすませば近所の方でも何事かと騒々しくなっている。
「――・―――」
二人組が背後を見てから視線を下におろして何かに気づいたように顔をしかめた。
「警察です! 大丈夫ですか!」
新たな訪問者がこの部屋に現れた。これだけの騒ぎであれば来ないはずがなかった。
青い制服を着た人物。地元の二人組の警察官が銃を手に部屋に侵入すると部屋の惨状を見て喉をひきつらせる。
「なんだこの状況は! ――っ! 貴様等は指名手配中の気ぐるみの二人! 本部にすぐ連絡を――」
そういって警察官が無線に手をかけたと同時に警察官が後方に吹き飛んだ。
その警察官は無残な肉片となって血しぶきを散らしていた。
私のすぐ背後でおこった出来事に思わず足がすくみ腰が抜け座り込む。
原因はすぐさまに理解できた。オオカミの人物が右手を掲げている。何かを撃ち放ったと思われた。
「おまえら市民を巻き込むな! 彼らは関係ない!」
「――・――」
二人が明らかな挑発的態度をとってるのがすぐに分かった。
青年がオオカミに攻撃を始めた。
横合いに向けた鋭い蹴り。だが、普通の蹴りではないことは視覚的にも理解できる。足先に奇妙な発光現象があった。
その発光体を乗せた蹴りの一撃がオオカミを襲うとベランダへ押し戻され外へと墜落して行った。
トカゲが容赦なく今度は青年に斧を振りおろす。青年は軽やかな動きでかわし斧は床を砕き無残となった部屋にクレーターを作るだけに終わる。
そのクレーターができた原因がさらなる因果を及ぼした。
床がひび割れクモの巣状に広がり大きな穴を作る。二人はそのまま階下に転落し見えなくなった。
下では悲鳴を上げる下の人の声。
「雪!」
混乱と硬直に支配された体を誰かがゆすり起こした。
後ろを振り返ると幼馴染の姉であるアリサが私の肩をゆすっていた。
「今すぐここから逃げて警察に行きましょう! ここは危険です!」
「ダメ、まだ彼が‥‥」
私は幼馴染の面影がある彼が気になってそんなことを口走ってしまう。
だけど、幼馴染の姉が頑固としてそれはだめだと首を振った。
「雪、彼も結局は危険人物です! それにさっきの警察官を見たでしょう! 下手したらあなたが殺されていたかもしれません! それにあの二人組例のニュースで報道されてた指名手配犯です!」
私も知っていることだった。数日前に秋葉原でおこったテロ事件。奇妙な爆発を引き起こし秋葉原の駅を中心に甚大な被害をこうむらせた二人組。死傷者数は100を超えた事件。
現在も犯人は逃亡中であると報道されていたのは私の記憶にもあった。
「っ! わかった。だけど、待って」
私は無残になった部屋の片隅に吹き飛んだ机まで慎重に移動して手に取る。
「雪! あぶないですよ! 何してるんですか!」
「あった」
机とその近くにはボールペンとぼろぼろになったメモ用紙の束。
メモ用紙の綺麗なままの奴を一枚だけ抜き取ってボールペンに描きこむ私の携帯の番号。
もし、彼が幼馴染であろうがなかろうがこの世界の連絡手段くらいは自力で分かるはずだろう。
重心が傾かないように机を置きその上にメモを置いて、メモが何か風などで吹き飛ばないように手じかにあった木材で押しとどめる。
「行きますよ、早く!」
「せかさないで。大丈夫だから」
私はアリサ姉と違ってこんな状況でも非常に落ち着いていた。なんでだろうか。
それは彼を信用しきってるからか。
わからない。
なんだか、笑みがこぼれてきた。
「うふふっ」
「ちょっと、雪笑い事じゃないんですよ!」
「わかってる。今行く」
そうして、私はアリサ姉のもとに歩み寄ってすぐさま部屋から逃げ出した。階下では激しい騒音と悲鳴が果てしなく聞こえてきていた。