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キスで明日に導いて ~彼女と彼女、永遠の一日の呪い~

作者: 光華

初投稿の小説です。いろいろ不出来な点もあると思いますがよろしくお願いします。

 永遠の一日の呪い・・・・・・ ある日小悪魔が貴方の枕元にやって来てこう告げるの。

「お前には今日と言う日を永遠に繰り返し過ごしてもらおう。夜が明けても明日は来ない。

 また今日が繰り返されるそんな呪いを・・・・・・ え? 呪いを解く方法?

 あるよ。なに、簡単なことだ。」


『私の決めた相手とキスをしてもらおう』



 華ノ木女子高等学校への通学路を歩む梅原 瑠璃の今日と言う日に特別は存在しない。彼女の瞳に映るのはいつもと変わらない黒いアスファルトとその先に佇む特徴も無い白い校舎。彼女と同じく登校する女学生たちの中身の無い会話も、道の両端に植えられた街路樹の澄んだ新緑の香りも、快晴と呼ぶには雲が多いが晴れている空模様も何一つ代わりが無い。でも、これでいいと彼女は肩口まで伸ばした髪を揺らしながら足を進める。学舎が近寄るにつれて学生の密度も増してきた。校舎を囲む新雪のように白い塀と重厚感を漂わせる漆黒の校門が大きくなる。いつも通りならその傍らにあの人が待っているはずだ。瑠璃は校門の隅に目を配る―― いた。他の学生など霞んで見える光を放つ姿。思わず目を見開いてしまう。校舎も塀も校門も彼女のために作られたセットなのではないかと思えるほどの美女。彼女、桜田 都の方が先に瑠璃の存在に気づいていたようで彼女が先に口を開く。

「おはよう。瑠璃」

「おはよう。都ちゃん」

 挨拶を返すと瑠璃は小走りで都の方に駆け寄った。そんな様子を見て都が笑みを浮かべる。

「どうしたの。瑠璃。なんだか嬉しそうね」

「そんなことないよ。それより早く教室に行こ。都ちゃん」

「そうね」と頷く都の手を、母を急かす子供のように引き瑠璃は校舎へと向かう。

 これが決して変わって欲しくない私の・・・・・・ 桜田 都に恋する瑠璃の大切な日常。



「やっとお昼休みだよ」

 力尽きたように自分の机に突っ伏する瑠璃。彼女は思う。お昼前に数学の授業があるのは彼女にとって拷問だと。首をひねり左頬を机の上にのせる。

「お疲れのようね」

 凛としているが羽毛のような柔らかさを感じる声が瑠璃の耳に聞こえる。同時に、彼女の目の前に涼しげな印象を与えるパステルブルーのお弁当包みが優しく置かれる。お弁当の持ち主は顔を見なくてもわかる。

「もうクタクタだよ。都ちゃん」

「瑠璃の苦手な数学だったものね。頭の中の栄養、すべて使いきっちゃったかしら?」

「そうかも・・・・・・」

 瑠璃は都の問いに答えながら机の下にある自分の鞄の中のお弁当箱を探す。布製の包みのざらざらした感触を見つけたので、突っ伏していた体を起こすのと同時にそれを机の上に持ち上げ置く。机を挟んだ瑠璃の目の前には都の姿がある。その姿を確認すると都が口を開く。

「さぁ、お弁当頂きましょうか」

「うん、そうしよう」

 瑠璃はそう応えるとピンクの花柄の少し幼稚なお弁当包みを広げた。

「いただきます」

 二人は食事の挨拶を済ませると昼食を始めた。その間も他愛もない会話が行われる。

「瑠璃のお弁当は美味しそうね。いつも自分で作っているのでしょう?」

「うん、でも都ちゃんのと比べると凄く地味だけどね」

卵焼きやウインナーなど一般的な中身の瑠璃に対して都の漆塗りの箱のなかはまるで懐石料理のように華やかである。都の実家は高級料亭であり板前が彼女のお弁当を作っているのでその出来映えに毎回感心してしまう。

「そんなこと無いわ。瑠璃のお弁当は魅力的よ。つい手を出してしまうぐらい」

「あ、都ちゃん! 卵焼きとらないでよ!」

 都は軽やかに瑠璃の卵焼きを頬張る。おかずを一品盗られたが都に食べてもらえるのなら不満は感じない。

「うん、おいしいわ。お嫁にもらって毎日食べたいくらい」

 笑みを絶やさずに放たれる都の言葉。その言葉はいつも瑠璃の鼓動を早くさせる。「あ、ありがとう」と顔を赤らめながら返す瑠璃。ふと、都からはお返しをもらっていないことに気がつく。

「都ちゃんはなにをくれるの?」

「私?」

 とぼけた顔を見せる都。彼女は意外と大食漢であるのでできることなら渡したくないのだろうが。顎に左手を当て考える仕草を見せる都はハッと何かを思いつき両手をパッと合わせる。

「そうだわ。このまえ面白い噂話を聞いたから教えてあげるわね」

 いや、それは・・・・・・ と瑠璃は苦笑いを見せる。食べ物の交換相手がお話というのは釣り合っているのか疑問に思う。

「噂話って・・・・・・ また、お呪いとかそういう話?」

「ええ」

 都は笑顔で頷く。彼女はそういった話が大好きなのだ。お気に召さない?っと都が首をかしげ瑠璃を見つめる。都としゃべれるだけでも満足なのでそんなことはない。

「じゃあ、お話聞かせて」

「ええ」

 都は普段の大人びた雰囲気から一転子供のようにうれしそうな顔を見せる。

「瑠璃は『永遠の一日の呪い』ってご存知?」

「呪い? なにそれ?」

「夜、小悪魔がやってきてこう告げるの。『お前には明日が来ない、今日という日を永遠に繰り返してもらう』と」

「へぇ、なんだか地味な呪いだね」

瑠璃の問いにムッとした顔を見せる都。

「真剣に考えてみて。永遠という時間・・・・・・ 変わらない日を繰り返す恐怖を」

「うーん。確かに怖いかも」

「はじめのうちはいいかもしれない。けれどいつか思い始めるわ。明日を迎えたい。時を進めたいと」

「そうかもしれないね。呪いを解く方法は無いの?」

 瑠璃の問いに待ってましたと言わんばかりの表情を見せる都。

「あるわよ。とてもユニークな方法が」

 唇に手を当てる都。その仕草はとても色気がある。

「キスをするの。小悪魔が定めた相手と」

「キ、キス?」

 蛙になる呪いや白雪姫を起こすのもキスだというが呪いを解くのはキスが常套手段なのだろうか?

「仮に瑠璃が呪いにかけられたら誰とキスすることになるのかしら?」

「私が?」

 瑠璃は思わず都の姿を想像する。呪いをかけられたら都とキスができる。そうなら呪いにかかってもいいかななんて思える。完熟したトマトのように赤くなった顔で妄想している瑠璃に都が声をかける。

「あら、誰を想像しているのかしら?」

「ふえ?!」

 クスクスと笑う都。

「さぁ、早くお弁当を食べてしまいましょう」

この日の昼食は少し特別だったかもしれない。都とのキスを想像した後はおかずの味など分からなかった・・・・・・



 今日、一日が終了し自室のベッドに入る瑠璃。昼食後も特に事件は無かった。ふと壁にかけられたコルクボードに張られた都との写真の数々が目に映る。毎日学校で一緒に行動しているがそれでもこの写真を見るのは飽きない。ふと、彼女から聞いた呪いの話を思い出す。まさかね、と思いながらも布団のなかでつい想像してしまう。仮に呪いにかかったとして都との一日を永遠に繰り返すのは苦痛だろうか?不変を望む自分にぴったりな呪いじゃないだろうか?そんなことを考えていると瑠璃は眠りへと落ちていた。


 ・・・・・・ おい、おい、起きろ! 起きろ! 梅原 瑠璃!

 ?

 突然耳元から声が聞こえる。寝ぼけた目を開くと部屋の白い天井が目に入る。どこから聞こえた声だろう。ふと首を傾ける。すると目の前に猫ほどの大きさの黒いものが見える。なに? と目を擦ると目のピントが合い、その姿がくっきりと映し出される。小さな女の子のようだが瑠璃の目の前に仁王立ちしている。漆黒のショートヘアに黒を基調としたローブ、吸血鬼のように尖った八重歯・・・・・・ 一番の特徴は背中から見える黒い翼とコンセントのようなもの、尻尾だろう。まさかとは思うが・・・・・・

「あ、あなた誰!?」

 瑠璃は飛び起きると壁にもたれかかりベット上にいる女の子と距離をとる。慌てふためく瑠璃に対し彼女は落ち着いた様子でこちらを見つめている。

「まぁ、落ち着け。お前私に心当たりがないか?」

「こ、心当たり?」

 昼食時の都との会話がふと頭をよぎる。それに人なのに猫ほどの大きさしかなく、翼も尻尾も生えている。

「ま、まさかとは思うけど・・・・・・ 小悪魔?」

「正解!」

 ビシっとこちらを指差す。彼女が本当に小悪魔だとしたらここに来た理由が分かる。一応彼女に尋ねる。

「な、なんの用で私の元に来たの?」

 小悪魔はやれやれといったように手を振る。

「私が小悪魔と分かったらここに来た理由などひとつしかないだろう?」

「永遠の一日の呪い・・・・・」

 その言葉を発した途端小悪魔がまってましたといわんばかりの表情で瑠璃の顔を指す。「その通り」と歯切れよく言うと彼女は腕を組み瑠璃に言葉を投げかける。

「お前には今日、この日を永遠に過ごしてもらおう。異論は認めない」

「そんな勝手にきめないで!」

 瑠璃は小悪魔のほうに詰め寄る。

「今日の、いやもう日付が変わっているから昨日の昼か。話を聞いた夜に私が訪れるといっていただろう?」

 身勝手な小悪魔はことあるごとにこちらのほうを指す。犬のように尻尾も揺れているし非常に愉快なのだろう。あんな話をするなんて都ちゃんの馬鹿、とコルクボードの都に向かい不満をぶつける。そんなことしても意味は無いが。

そんな瑠璃を横目に見ながら子悪魔が口を開く。

「それにしてもお前、一つ気になることが無いか?」

「気になること?」

 小悪魔という存在全てが気になるが彼女の聞きたい答えはそういうことではないのだろう。おそらく呪いに関することだと思うが。次の瞬間瑠璃はハッと息を呑んだ。呪いのことだとするとあのこと以外ないだろう。

「もしかして、呪いを解く方法?」

「正解だ」

 何度目だろうか? 小悪魔に指を向けられるのは。よほど自分の指に自身でもあるのだろうか。

「呪いを解くためには私の決めた相手と口付けを交わす必要がある。そのことは理解しているな」

「ええ」

「誰か知りたくないか?」

 彼女はそう告げると瑠璃のほうに目を配る。ふと小悪魔の指に目がいく。彼女の指は珍しくこちらにむかず一枚のカードのようなものを握っていた。もしかしてと思いコルクボードのほうに目を向ける。案の定そこから一枚の写真がなくなっている。その写真の正体が分かったとき、瑠璃の背中は凍りついたかのように緊張した。

「もしかして、キスの相手は・・・・・・」

「ご名答」

 小悪魔は瑠璃の言葉をさえぎると写真をこちらに向ける。その写真は都の姿のみが映っているものであった。

「桜田 都、彼女の唇を奪っていただこう! どうだ? 想い人を相手に選んでやるとは気前のいい奴だろ! 私は!」

 小悪魔は高らかに告げる。その瞬間瑠璃の頭から沸騰したケトルのように蒸気が噴出した。頭に全ての血液が集中し、意識が遠のいていく。小悪魔があわただしくこちらに「おい!」と声をかけているのは覚えているが瑠璃はそのまま気を失い夜は明けていくのであった・・・・・・



「瑠璃、早く起きなさい」

 下の階から母親の声が聞こえる。いつも自分のお弁当を作るために早起きな瑠璃にとって母親の声で起こされるのはとても珍しい。それだにいつもと違う目覚め方にストレスを感じる。目を開けると天井ではなく壁にかけたコルクボードが目に映る。どうやら壁にもたれかかって意識を失っていたらしい。それと同時に夜の記憶がよみがえる。ベットから飛び起きるとあたりを見渡す。小悪魔の姿は見当たらない。どうやら昨日のことは夢だったようだ。ほっと息を吐き目を瞑る。そういえば先ほど時計が見えたとき7時半を過ぎていた。今からお弁当を作る時間も無い。今日は購買かな・・・・・・

「よう、慌しいお目覚めだな」

 目の前から突然聞こえる声に驚きより先に血の気が引くのを感じる。目に映る小悪魔は非常に落ち着いた様子でうつ伏せで頬杖をつきながら目の前に浮いている。同時に夜起こったことは夢でないことを自覚する。

「き、昨日の小悪魔!」

 小悪魔に向かい人差し指を突きつける。

「人を指差すとは失礼な奴め」

 どの口が言う。やれやれというように手のひらを揺らす小悪魔。

「それに昨日ではない。日付も変わっていたし今日のことだ」

「そんなことはどうでもいいわよ!」

 瑠璃は声を荒げる。小悪魔の体を掴むと精一杯の力で揺さぶる。小悪魔からすれば大地震以上にゆれているはずだが涼しげな顔で瑠璃に口を開く。

「人を揺するな。無礼者」

「あ、ごめんなさい・・・・・・」

  小悪魔から手を離す。なんだかこの状況に順応している自分が怖い。小悪魔は瑠璃に揺すられ着崩れたローブを整えながら口を開く。

「早く学校に行く支度をしたらどうだ」

 小悪魔は時計を指す。時刻は8時前を指している。

「あ!」

 瑠璃は慌てて学校の支度を始める。小悪魔に聞きそびれた。呪いの事、そして都とキスをしないといけないことを・・・・・・



 通学路。周りの環境に変化は何も無い。目に映る他の学生たちも通り過ぎる車の排気ガスの匂いも何も代わりは無い。街路樹につかまり鳴いているムクドリの声がなんとも平和な空気を醸し出す。ただ一つ、瑠璃の隣を何食わぬ顔で浮かんでいる鳥とは全く似つかないこの小悪魔だけが明らかな違和感を放っている。マイペースな彼女はかまってほしいのか瑠璃の頬を指でつつく。

「おい、梅原 瑠璃。私を無視するな」

「・・・・・・」

 彼女の存在は瑠璃以外には見えないらしい。だからといい彼女に構い激しく独り言を話していると思われるのも嫌なので必要最低限の会話のみを交わす。

「お前の呪いは今日から始まっているのだぞ」

「私はまだ信じていないよ」

「ほぉ」

 小悪魔は不満げにこちらを見つめる。

「私の姿を見てもまだ信じていないとわな。まぁ、時が過ぎれば分かることだが」

 不敵な笑みを浮かべる小悪魔。「フン」っと不満をあらわにする瑠璃を他所に小悪魔は前方を指す。

「ほら、待ち人が見えてきたぞ」

 その声にふと顔を上げる。小悪魔を意識をしないよう心がけていたが意識していたことを自覚する。漆黒の校門に純白の塀がいつの間にか大きくなっている。その傍らを涼しげに佇む都の姿が見えた。瑠璃に気がついた都は微笑むとゆっくりと手を振る。

「おはよう。瑠璃」

「あ、おはよう。都ちゃん」

 いつもと同じ挨拶をする都に対し、瑠璃は歯切れが悪い。まだ呪いを信じたわけではないが仮に本当だとすれば・・・・・・

「あら、瑠璃、顔が赤いわね? 何かあったのかしら?」

 都は瑠璃の頬に手を伸ばす。都にとってはいつものスキンシップ。だが瑠璃の鼓動は元気寸前に跳ね上がる。思わず手を振りほどくと「な、なんでもないよ!」と俯きながら言葉を返す。

「ふふ、今日の瑠璃は変な子ね、さぁ、教室に向かいましょう」

 都は微笑を絶やさず瑠璃の手を掴むと校舎へと足を進める。引かれるがままに歩く瑠璃に並び小悪魔はそっと耳打ちする。

「美しい娘だな。私の心意気しっかりと受け止めろよ」

 うるさい、と小声でつぶやく瑠璃。キスなんて意識しなくてもいい。まだ信じたわけじゃないんだから・・・・・・



「都ちゃん、今日私お弁当忘れちゃったから購買でパンでも買ってくるね」

「あら、そう? それは残念ね。行ってらっしゃい」

 都は手を振る。お弁当を広げている様子を見る限り瑠璃がパンを買ってくるのを待つつもりは無いらしい。マイペースというか食い気が強いところが普段の大人らしい雰囲気の都にギャップを感じさせる。残念というのも瑠璃のおかずをつまめないという意味も込められているのだろう。

「あはは・・・・・・ それじゃ行ってくるね」

 瑠璃はくるっと振り返ると教室を出る。廊下に出るとその後をすべるように付いて来る者がいる。小悪魔だ。

「おい、お前今日動かないつもりか?」

 瑠璃を急かす様に尋ねる小悪魔。

「・・・・・・ 動くってなんのこと?」

 とぼけるなと睨みを利かす小悪魔。瑠璃だってそれが何を指すかは分かっている。

「キ、キスのことならするつもりなんて無いわよ。まだ呪いが本当だと限らないし」

「疑り深い奴だな。お前は」

 小悪魔は自分の黒いショートへをいじりながら瑠璃の横を浮遊する。呆れたという仕草だろう。そんな様子を横目に見ながら瑠璃は口を開く。

「第一に私あなたのことあまり知らないし。なんの意味があってこんな呪いをかけるのか意味も分からないし」

「なるほど、確かにそれもそうだな」

 小悪魔は頷くと瑠璃の前にすっと出る。クルクルとターンをかますと話し始める。

「まず、何から語るべきか。よし、私について話そうか。私は小悪魔。特に名は無い。名というのはなんだか札が貼られているようで持とうと思えないのだな。そもそも私の生まれは魔界貴族の・・・・・・ おや、自分か聞いておいて興味が無いようだな」

「あ、いや・・・・・・ そんなこと」

 心を見透かされているみたいだ。いや、小悪魔ならこちらの心を読むことぐらいたやすいのかもしれないが。小悪魔は瑠璃の目の前に立つとウインクする。

「では呪いについて話すとしようか?」

「うん、そっちをお願い」

 瑠璃は頷く。それにしてこの子悪魔。気前は良いようだ。

「それでは話してやろう、なぜこのような呪いをかけるのかな」

 小悪魔は先ほどまでの軽い雰囲気を消し去ると人が変わったように真剣な顔を見せる。

「この呪いのことだが・・・・・・」

「・・・・・・」

 小悪魔の迫力に固唾をのむ瑠璃。小悪魔一拍置くと空気はますます張り詰める。

「私も良く分からん」

「・・・・・・は?」

 小悪魔の言葉に耳を疑う。思わず大きな声で小悪魔を問い詰める。

「知らないって自分の呪いなんでしょ!?」

「声が大きいぞ」

 小悪魔は瑠璃の口に指を当てる。慌てて周囲を見渡す。気に留めている人もいないのでホッと一息つく。「こっちなら人がいないわ」と瑠璃は廊下の突き当たりに向かう。移動を終えると瑠璃が落ち着いたのを見計らい小悪魔は再び語りだす。

「よし、落ち着いたな。では冷静になって考えてみろ。こんな呪い私自身に得が無いだろ? 何のためにお前と永遠を過ごすかもしれない、そんな状況を作る?」

「確かに・・・・・・ じゃあ、何で呪いをかけたの?」

 小悪魔は廊下の窓から校庭を見つめる。その後首をかしげる。

「それは分からないな。ただ一つ、私が目覚めたときには既にお前の目の前にいた。そして何故か私とお前は呪いで結ばれていた。厄介なことにな。さらに言えばこの呪いは強力だから正規の手順でなければ解けないしな」

「つまり良く分からないけど私を呪っていたのね・・・・・・ じゃあ、その、キ、キスの相手は?」

 顔を赤らめながら瑠璃は尋ねる。その様子に小悪魔はにやけながら応える。

「気になるか? まぁ、それについては私が決めたことだしな」

「あなたが決めたの!?」

 瑠璃は大声を上げる。それに対し小悪魔心底楽しそうな顔をする。

「そうだぞ。私の魔術でお前の友好関係を調べさせてもらった上でおもしろ・・・・・・ いや、呪いを解く期待値を計算して最適な相手を選んでやったのだ。感謝してほしいものだな」

「あ、そう・・・・・・」

 瑠璃は小悪魔の問いに苦笑する。絶対に面白さを重視して選んだはずだ。出なければ家族とかもっと狙いやすい相手がいたはずである。

「お前は疑っているようだが桜田 都とは大分友好が深いようだからな。あながち不可能でないと思ってな」

「え、いや、その仲はいいけど都ちゃんとはそんな・・・・・・」

 やれやれというように顔を赤らめる瑠璃を眺める小悪魔。きっとこんな顔をしているから楽しまれるのだろう。

「そういえば昼食は買わなくていいのか?」

「あ!?」

 ふと腕時計を見る。昼休みは後10分で終了してしまう。早く購買に行かなければ・・・・・・・



「瑠璃、今日はなんだか落ち着きが無かったわね」

「そ、そうかな?」

 放課後、校門の前で都は瑠璃に声をかける。確かに落ち着きは無かった。呪いも気になるし、小悪魔はちょっかいをかけてくるし、都を見るたびにキスが脳裏をよぎり鼓動が高まるし・・・・・・ きっとその姿不審に見えたのではないだろうか?

「私の顔を見るたび慌てていたし何か言いたいことがあるのかしら?」

 顎に指をあてて微笑む都。軽い冗談で言ったつもりかもしれないが瑠璃の鼓動を高めさせるのには十分である。

「え!? そんなことないよ!!」

 瑠璃は戸惑い身振り手振りを震わせながら答える。その間中小悪魔がまとわりついてきたが無意識のうちに何もいないかのように無視できた。「あら、そう?」と瑠璃のほうを見つめる都。

「それじゃあ、また明日会いましょう」

 都は再び微笑むと瑠璃と別れを告げる。その様を見つめる小悪魔。また明日、と手を振る瑠璃の背後に回りこみ声をかける。

「チャンスだったのに残念だったな。いや、まだ信じてないのか。でも後々思うぞ。このチャンス逃すべきでなかったと」

「うるさい」

 それだけ言うと瑠璃は帰路を歩み始めた。やたらと赤く輝く夕日は何を暗示しているのだろうか?


 夜になりいつもより早めにベットに入る瑠璃。早く寝て目が覚めれば明日を迎えているはず・・・・・・ しかしこういう時に限り眠りという穴に落ちにくい。はっきりとした意識の中、呑気に自分の上空を浮ぶ小悪魔がいる状況で眠れるはずもない。

「ちょっと早く寝かせてよ!」

 おもわず声を上げる瑠璃。対する小悪魔はマイペースに答える。

「なにもお前が眠る邪魔はしていないだろう? それにしてもお前、桜田 都の前とでは随分と態度が違うな」

「関係ないでしょ」

「いや、どうやらお前とは長い付き合いになるみたいだから友好関係はきちんとしておかないとな」

「どういう意味よ」

 ムッとする瑠璃に対し小悪魔は気楽に体勢を崩している。

「まぁ、夜が明ければ分かるさ。」

 小悪魔は浮んでいる上体から窓に向かう。どうやら外に出て行くようだ。うるさいのがいなくなれば安らかに眠れる。小悪魔は窓のほうからくるりとベットに体を向ける。

「それでは、素晴らしい今日を再び」

「なにそれ」

 そうとだけ告げると小悪魔は部屋から姿を消した。これで静かに眠れる・・・・・・ わけもなくただ時間だけが過ぎていった。



 眠れない夜はますますふける。ふと時計に目を向ける。11時59分。今日が終わるはずである。アナログ時計でもないがチク、チクと秒針の音が聞こえる気がする。日付が変わる瞬間がやってくる・・・・・・ いつもなら気づくこともなく過ぎ去るはず。その瞬間が来たーー

「!?」

 突如瑠璃は違和感を覚えた。目の前の光景が歪む・・・・・・ 不思議な感覚が瑠璃を包む。急に目の前が真っ白になる。光が過ぎ去る。すると夜が明け窓から朝日が差し込んでいる。日が低いところを見るとまだ早い時刻のようだ。瑠璃がベット上にいることに変化はなかった。小悪魔も見当たらない。やはり呪いなどなかったのだ。意気揚々と朝日を浴びようと窓を開けようとする瑠璃。やはり朝の新鮮な空気は格別の味がある・・・・・・

「ご機嫌のようだな」

 どこからか聞こえてきた声に背筋が凍りつく。小悪魔を探すために窓からみを乗り出す。しかし、小悪魔の姿はどこにも見当たらない。

「ここだ」

 背後から声が聞こえる。恐る恐る振り向くと案の上小悪魔の姿があった。陽気にピースサインを繰り出す姿が非常に忌々しい。

「なにか用?」

 諦めの境地に達した瑠璃は小悪魔に落ち着いた様子で小悪魔に問う。小悪魔は笑みを絶やさず瑠璃に新聞紙を突きつける。

「新聞が何か?」

「これは今さっきポストに入れられた新聞だ。日付を確認してみろ」

 瑠璃は目を凝らし新聞の日付を確認する。嫌な予感はしていた。もう予想はついている・・・・・・ 昨日の日付だ。気持ちここに有らずと新聞を見つめる瑠璃の肩を異常にフレンドリーなたたき方をする小悪魔。二人の顔を遮る新聞を取り払うと満面の笑みで小悪魔は口を開いた。

「しばらく・・・・・・ もしかした永遠によろしくな。相棒」

 望まなくして始まった共同生活。自分に得がないと語っていた小悪魔であったがこのゲームを楽しんでいるような笑顔は本当にそうなのだろうか? 疑問だけが残る朝となった・・・・・・



「さて、呪いは本物だと分かったわけだがこれからどうする?」

「・・・・・・」

 小悪魔と並びながら通学路を歩く瑠璃は平常を取り繕おうと必死だった。こんな日でも呑気な泣き声をあげるムクドリが忌々しい。そして私の隣をぷかぷかと浮ぶ呪いの原因はさらに腹立たしい。

「行動しないと今日という日は何も変わらないぞ」

「うるさい」

 瑠璃は歩む速度を上げる。朝呪いが本物だと分かった後瑠璃は気を失っていた。起きたときには遅刻するわけではないが多少急がなければならない時間だった。

「頭を使えよ? 口付けするためにな」

「う、うるさいわね! 本当に!」

 悪戯な笑みを浮かべる小悪魔。咄嗟に大声をあげる瑠璃に対し小悪魔がやれやれと手を振る。ハッと周りを見回す瑠璃。なに? と彼女を見つめる周囲の視線が痛い。周りから見れば一人で声を荒げる彼女は相当滑稽だろう。慌てて顔を隠すため地面を見つめる瑠璃。穴があったら入りたい、という言葉の意味が良く分かる。こんな姿を都に見せるわけには行かない・・・・・・

「今日も元気ね。瑠璃」

「え! あ! おはよう、都ちゃん」

 都の姿だーー 物事のタイミングというものはいつも悪い方に転がりやすいのではないか? いや、目の前には校門が見えるのでこの瞬間に声をかけられるのはいつものことだが・・・・・・

「あら、瑠璃顔が赤いわね? どうかしたの?」

「な、なんでもないよ! さ、教室に行こう。都ちゃん」

 咄嗟に都の手を引く瑠璃。教室へと駆ける瑠璃と都を尻目に見る小悪魔。先は長いな、とその様子を静かに見つめていた。



 同じ日を繰り返す。その感覚はとても不思議で新鮮なものであった。授業で先生が話す内容、休み時間の他生徒の行動、人だけでない何気なく聞こえる音にも匂いも全てに既視感を覚える。いや、正確に言えば全て実際に体験したことなので既視感ではないのだが・・・・・・ それだけに全ての行動が洗練される。苦手な数学においても答えの導出方はともかく答えにはなんとなく覚えがある。数学で指名されても落ち着いたようすで記憶を思い出しながら問題を解く瑠璃はクラス全員に不思議に映ったであろうが・・・・・

 同時に一つのことを理解する。この日常を繰り返すだけでは呪いは一生解けないだろう。それ程に都とキスできる機会は存在しない。おそらく微粒子並みに。

「じゃあね、瑠璃」

「うん、またあ・・・・・・ 明日?」

 放課後校門で瑠璃の奇妙な挨拶とともに都と別れる。そんな瑠璃を夕日がしつこく照らしている。オレンジ色の光を背に佇む瑠璃の背後に小悪魔が近づく。

「さて、帰ったら作戦会議をしないとな?」

 しぶしぶうなづく瑠璃。この日一日を繰り返して分かったことがあった。同じ日を繰り返すのは意外と疲れるということに。

 自宅へ帰るとすぐに自室へと篭りベットに腰をかける瑠璃。小悪魔はそれに向かい合う。その手には壁から取り外した都の写真が握られていた。それを瑠璃へと突きつける小悪魔は意気揚々と話し始めた。

「よし、では梅原瑠璃による桜田都の唇奪取計画会議を始めようか」

「はいはい・・・・・・」

 明らかにこの様子を楽しんでいる小悪魔。やはりこいつの趣味で私は呪われたのでないのか、と疑ってしまう。

「まず、今日一日を再び過ごしてみて、何かいい方法は浮んだかね?」

 司会者気取りの小悪魔は力強く瑠璃を力強く指差す。なんとなく彼女の期待している答えは分かる。なにも無い、と答えてほしいのだろう。小悪魔の思い通りにことが進むのも腹立たしいので瑠璃は小悪魔を力強く見つめると口を開いた。

「あるわよ。私だって今日一日を何も考えず過ごした分けじゃないんだから」

「ほう・・・・・・ 詳しく聞きたいな」

 小悪魔は興味深そうに瑠璃を見つめる。

「まず、今日を振り返って都ちゃんが移動する機会を覚えておいたの。まず、2時限目の体育。バスケットの授業で体育館へと移動するわ。授業終わりの当然移動するわね。そして昼休み。昼食は都ちゃん早く食べたいから移動しないけど終われば外にでも誘える。そして午後も科学の授業で理科室に移動するからチャンスね」

 台本でもあるかのように流暢に話す瑠璃。しかし、小悪魔は疑問の表情を浮かべる。

「移動する瞬間。それを狙いたいということは分かった。しかし、具体的な方法はなに一つ出ていないが」

「人の話を遮らないで。作戦としては何とかして都ちゃんを転ばせるの。私の方にね。その瞬間事故を装ってその・・・・・・ キスをするの」

「は?」

 呆れを通り越した表情の小悪魔。自信満々に語っていた瑠璃の顔を見つめる。

「どこが具体的だ。まず転ばせる手段は何だ? なぜ事故を装う? 回りくどいし実現も困難だし良いところは一つもないな」

「なによ! 仕方ないじゃない! これが最善の方法だと思ったんだもん! それに転ばせるぐらいあんたの力があればできるでしょ?」

 ベットから身を乗り出し飛び掛るかのような勢いで小悪魔に向かう瑠璃。小悪魔はふわりと浮きながら瑠璃と距離をとると細い指を突きつける。

「お前は何も分かっていないな。まず、私の力はこの呪いに勝手に使われているせいでほとんど自由が利かないのだ。浮く、物に触るこの程度でもかなりの労力を有しているのだぞ」

「あ、そう」

 態度が大きいからかつい能力まで大きいものと思っていたがそうではないらしい。そうだとするとこの無駄な自信はどこから溢れているのだろうか?

「それに事故で済まそうという気持ちが駄目だな。貞操感覚の無い若者ならともかくお前たちはそういうことに関して真面目そうだからな。きっと後々後悔するぞ?」

「色々と意味不明だけど・・・・・・ とりあえず私たちのことは関係ないでしょ? それにあんたには何か考えがあるの?」

 瑠璃は小悪魔に尋る。待っていたと言わんばかりに胸に手を当てる小悪魔は高らかに語り始める。

「あるぞ。素晴らしい作戦がな」

 小悪魔の自身に満ち溢れた瞳は大理石のように黒く輝く。なけなしの期待を持ち小悪魔を見つめる瑠璃。その期待はすぐに泡と消える。

「好きです。キスしてください。とでも言っておけ。私のお墨付きだ。必ず成功する」

 頭を抱える瑠璃。これは体験したことでもないが予想はできていた。この小悪魔確実に楽しんでいる。

「あんたね、考えが直球過ぎるのよ! そんなことして上手くいくと思っているの!?」

 ベットを握りこぶしで強く叩く。小悪魔は瑠璃を先ほどよりも冷ややかな目で見ているがお構いなく瑠璃は口を開く。

「あんたは他人事かと知れないけどこっちは大切な友人関係かかってるんだからね!ただでさえ都ちゃんが私の親友でいてくれるのが不思議なんだからその関係にヒビを入れるようなことしないからね!」

 息を荒げながら言い放つ瑠璃とは対照的な温度の小悪魔。瑠璃を指差すといつもより真剣なトーンで言う。

「お前、桜田都から自分の評価を聞くのが怖いだけだろ? いいじゃないか? 一度聞いてみて駄目だったとしてまたリセットできるのだしな」

「そういうことじゃない! もういい! 明日は私の考えた作戦で行くから、お休み!」

 瑠璃は怒鳴るように言い放つとすばやく布団の中に潜り込んだ。布団に入った瑠璃を傍観する小悪魔はやれやれと手を振った。

「それでは、素晴らしい今日を再び」

 ベットの中で消えいく意識の中再び時空が歪む感覚だけが瑠璃に伝わった・・・・・・



「さてと、作戦を始めるわよ。小悪魔」

「へい、へい」

 夜が明け3日目が始まった。そして今は一時限目の終了時間。前回とは違いやる気を見せる瑠璃に対しアンニュイな小悪魔。授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。いつもならただのビックベンの鐘の音を模しただけの音だが今は違う。これは戦闘開始を告げる合図だ。不変の笑顔を浮かべながら瑠璃のそばへ向かい声をかける都。瑠璃の覚悟など彼女に知る由も無い。

「さぁ、瑠璃、一緒に行きま」

「ごめん! 都ちゃん! 先行くね!」

 心の中で都に謝罪する瑠璃。せっかく誘ってくれる好意を無下にするだけでも心が痛いのに今から罠に嵌めようというのだから余計に心が痛くなる。あら? と瑠璃の様子を見届ける都、一方教室を駆け出す瑠璃は廊下の突き当たりに身を隠す。その手には瑠璃の趣味であるビーズ細工に使用する真っ赤なビーズが握られている。作戦は単純だった。突き当たりに都が差し掛かった瞬間ビーズを都の足元に転がす。それを踏み転びそうになった都の下に瑠璃が駆け寄り都を支えようとする。その際偶然唇が重なり・・・・・・ 大丈夫。夢のなかで何度もシミュレーションを重ねた。後は実行するだけだ。都の接近は小悪魔に教えてもらう。この程度ならして協力してくれるだろう。

「きたぞ」

 小悪魔が伝える。壁を背にしてスパイのように覗き込む。瑠璃に置いて行かれた都は他のクラスメイト二人と横並びに歩いている。幸いなことに都は一番左、瑠璃に最も近い位置を歩いていた。瑠璃は汗ばむ手に持つビーズを見つめる。これはただの原材料にガラスを用いた玉ではないのだ。この一球に全てをかける-- 震える手は希望の赤い光を放つ。予想以上に事は上手くいく。見事にビーズは都の足元へと転がった。都もそれに気がついていない。都がビーズを踏む。よし! 後は体勢を・・・・・・崩さない。それどころかあまりにもまぶしい笑顔でルビーのように輝くビーズを思いっきり踏み潰した。あっけにとられる瑠璃に対し当然の結果だと呆れる小悪魔。

「当たり前だろ」

 見てられない、とばかりに忠告する小悪魔に対し瑠璃は反抗的な目を見せる。

「つ、次はバスケの授業で仕掛けるわよ」

 意気込む瑠璃に対し冷めた瞳の小悪魔は勝手にしろと物語っていた・・・・・・



「瑠璃、さっきは慌てて飛び出していったけどどうしたの?」

「な、なんでもないよ、あはははは・・・・・・」

 体育の授業中、ペアでストレッチをする瑠璃と都。体育館の隅で開脚するをする瑠璃の背中を押す都は瑠璃に尋ねる。

「あら、そう? あんなに慌ててたのに?」

「えっと、うん、何でもないよ?」

 そう、っと頷く都。乗り切れた・・・・・・ 滝のように流れ出る冷や汗がひくのを感じる。瑠璃がホッと安堵の息を吐く瞬間を都は見逃していなかった。

「えい」

「!?」

 瑠璃を押す力を強める都。蛇は獲物を絞め殺すとき息を吐くタイミングで力を加えるというが都の押し方はまさにそれだった。

「隠し事をする悪い子にはもっと力を加えようかしら?」

「い、痛いよ都ちゃん!」

 瑠璃から都の顔を覗くことはできないが確実に嗜虐的な笑顔を浮かべているだろう。その様子を見ていた子悪魔は瑠璃の前方に回りこみ瑠璃の顔を覗きこむ。

「・・・・・・ 嬉しそうだな、お前」

 小悪魔の引きつった笑顔が映る。いや、そんな顔してないで助けてよ。機転の利かない瑠璃にとって今の状況はちょっとしたピンチである。しかし、小悪魔当てにはならない。

「そこ、いつまでもじゃれてないできちんとストレッチすること」

 体育教師が声をかける。それと同時に都は軽く返事をすると力を抜く。助かったと息を吐く瑠璃。瑠璃と都は立ち上がると教師の元へ集合する。その時都は微笑むと瑠璃の肩に軽く触れる。

「今日の試合、楽しみにね。瑠璃」

「うん、お手柔らかにね」

 都は優しく微笑む。しかし、その目は瑠璃をからかう気で一杯だ・・・・・・ だが、瑠璃とて今日のバスケに手加減はできない。バスケほど接触の多い競技なら上手くいかもしれない・・・・・・

 生徒一同が体育館の壁にかけられた黒板に集まる。今からバスケットのチームを分けるところだ。かれこれ3回目なので瑠璃はどのようなチームが組まれるのかが手に取るようにわかる。そして、都とは別チームになり対戦することも分かっていた。瑠璃は都のいるチームと試合するためにバスケットコートのセンターサークルへと向かう。チームの端に並ぶ瑠璃のさらに隣に小悪魔が並び瑠璃に声をかける。

「お前本当にここで決められると思っているのか?」

「うるさいな、あっち行ってて」

 瑠璃はからかう小悪魔を追い払う。

「へいへい、精精頑張ってな」

 小悪魔は明らかに期待していないといった態度で瑠璃に踵を返すとコートの外へ出て行った。

『お願いします』

 両チーム合計10人が挨拶をするとそれぞれが自分のマークマンに近寄る。瑠璃は都に近づくと声をかける。

「よろしくね、都ちゃん」

「ええ、よろしく、瑠璃」

 都にとって瑠璃から近づいてくるのは以外だった。まず瑠璃は都に比べて20センチ近く身長が低い。加えて都の運動神経の良さを理解しているはずだった。対する瑠璃は自他共に認める鈍臭さを持っているからである。しかし、授業程度のことなので中が良い相手をマークしようというのも不自然なことではないが・・・・・・

 試合が始まる。ボールはすぐに都へと集まる。それは瑠璃にとっては絶好のチャンスだ。つい夢中でボールを追いかけて都に接触。そして体勢を崩し二人は倒れる。その時偶然唇が重なり・・・・・・ 思わず血液が煮えたぎるように熱くなる。まだそれ程動いてもいないの鼓動が高まるのを感じる。脳内のシミュレーションは完璧だ。後は実行に移すだけ・・・・・・ だった。試合の様子をのんびりと浮びながら見ていた子悪魔に映るのは瑠璃のあまりにも無様な姿だった。都に触れようにも触れることすら儘ならない。コート上をひらひらと蝶のように舞う都とに対し瑠璃は地面で羽をばたつかせる蛾だった。瑠璃が都に触れようとしたときはもうそこに都の姿は無い。空を切った瑠璃のディフェンスは誰にも見えない人を巻き添えに転ぶ。瑠璃の唇に伝わるのは古びた皮製のボールか冷たい木製のコートの感覚だけだった。その後もなにも起こらずに結局試合終了のホイッスルの音だけが響く。へなへなと立っているのもやっとの瑠璃を都は背後から腕で包み支えると優しく声をかける。

「お疲れ様。ばたばたしてて可愛かったわよ」

「ははは・・・・・・」

 背中に伝わるのは汗まみれの自分の感覚のみで汗一つろくにかいていない都の姿が今だけは忌々しい。試合後コートの隅で一人休む瑠璃に小悪魔が近寄ってくるのが見えた。

「さて、体育の授業は諦めようか? 試合終了としよう」

 あまりにも無様な姿をさらした瑠璃はただ頷くことしかできなかった。



 結局この日の作戦は全て失敗と終わった。日が落ち薄暗くなった帰路を歩む瑠璃とその隣を浮ぶ小悪魔。瑠璃の顔色が薄暗い空なら小悪魔の表情は明るく道を照らす街灯のようだ。深いため息をつく瑠璃の肩を小悪魔が力強く叩く。

「まぁ、今日でよく分かったはずだ。口づけを事故で狙って起こすなどまず不可能であるということを」

 さらに明るいトーンで瑠璃に語る。

「これに懲りたら事故など諦めることだ。私の言うように真っ直ぐぶつかる事だ」

 小悪魔の言葉聞くなり息を荒げる瑠璃。

「それだけは絶対に無理!!」

 瑠璃は小悪魔を睨みつける。その目の強さに能天気な小悪魔も刹那真剣な眼差しを返す。

「何故、お前はそこまで私の作戦を拒否する」

「・・・・・・ そんなことどうでもいいでしょ?」

 ばつの悪そうに下を向き小悪魔との視線を切る瑠璃。ふと静寂な時間が訪れる。その時を打ち破るように瑠璃は顔を上げた。

「世の中試行錯誤よ! 失敗は成功の母! 時間は無限にあるんだもの! いつかは成功するわよ!」

 自信に溢れる瑠璃の目は多少幼い外見以上に子供のように映る。勝手にしろと小悪魔瑠璃を残し闇夜へと去っていった。



 3日目は結局何もできず終了した。それ以降の日も都の唇が瑠璃に接近することは無かった。ある日は転がすビーズの大きさを倍にしてみた。都はビーズに気づくがそれが転倒を引き起こすことは無かった。バスケットの時にさらにアグレッシブに責めてみた。ますます、死に掛けの蛾の地面での羽ばたきが大きなった。ある日は小悪魔に協力してもらい都の足を引っ張ってもらった。都は体勢を崩したが瑠璃のサポートもなしに体勢を立て直していた。さらに転び方によっては都に危険があると都を転ばせる考えはやめた。昼食を多く与えて都の眠気を誘ってみた。ただ単に沢山お弁当を食べられただけだった。普段どおりの接し方をしている方がまだ接近の機会が多かった。

 正直手詰まりだった。トライ&エラーというのも限界があった。ただ変わらない日を繰り返す・・・・・・ その技術だけが洗練されていくのが非常に虚しかった。そして今日も何気ない一日が終わろうとしている。自室のベットに腰をかける瑠璃と向き合う小悪魔の顔に明るさは無かった。なんとなく桜色から藍色に変更したシーツが今の精神にあっていた。

「さて、私としては連日の似たような光景に飽き飽きしているわけだが・・・・・・ まだ試行錯誤とやらをするつもりか?」

「・・・・・・」

 ひらひら舞う小悪魔に対し頭を抱える瑠璃。別に作戦を考えているわけではなかった。瑠璃から無機質な音声が発せられる。

「もう呪いを解くなんて考えなくていいのかなって思ってね」

「・・・・・・ どういう意味だ?」

 神妙な面持ちの小悪魔が瑠璃に問う。瑠璃は淡々と答える。

「これはね・・・・・・ 呪いなんかじゃなくてきっと私の願望なんだよ。私は都ちゃんとずっと過ごしたいと思っている。キスさえしなければこの日々は永遠に続くんでしょ? それなら私は喜んでこの日々を受け入れるべきなんだよ」

 眉を歪める小悪魔。彼女は静かに瑠璃に告げる。

「お前がそう思いたいなら思えばいい。お前と永遠の時を過ごすことになろうが私は構わん。だが一つだけ試してほしいことがある」

 顔を上げ小悪魔を見つめる瑠璃。その表情にいつもの軽々しさは無い。

「なに?」

「桜田 都に自分の気持ちを伝えてみろ。結果など考えなくていい」

「・・・・・・ 呆れた」

 瑠璃は再び顔を下ろす。しかしすぐ顔を上げなすと子悪魔に言い放つ。

「そんなことして何の意味があるの!? 私が都ちゃんに好きですって伝えたってさぁ・・・・・・ 都ちゃんは困るだけだよ・・・・・・ 」

「なぜ、そう言いきれる?」

「なぜって私と都ちゃんはただの友達同士だよ? 確かに私は都ちゃんが好き。愛してるといっていいわ。けどそれは私だけで都ちゃんは私のことをそんな目で見てるわけ無いでしょ! それなら私は何も変わらなくていいの!」

 一息もつかず言い切った為か呼吸が荒くなる。それ程に必死だった。瑠璃は自分の口から発せられた言葉が悲しかった。冷たい雫が頬を伝わる。涙を拭おうと手を伸ばす。しかし先に涙に触れたのは瑠璃ではなく小悪魔だった。

「お前は勘違いをしている。不変な日々とは進まないことではない。気持ちを伝える、行動をする、そういった行動の一つ一つが変わらない日々を作り出すのだ。お前とて分かっているはずだ。この一日を繰り返すことがお前の本当の望みではないことを」

「それがどうしたのよ」

「前に進むのが怖いのか? この一日は繰り返す。たとえ何かが起きても一日が終われば無かったことになる。だがお前は桜田 都の気持ちを確かめることは一度もしなかった。それは奴の本心に触れるのが怖いからだ。違うか?」

「そうよ! 怖いわよ! 都ちゃんが私をどう思っているのかなんて怖くて、怖くて・・・・・・ おかしいよね、はじめは友達ってだけで満足だった。都ちゃんとさ、不釣合いだとは自覚してたけど側にいられる。それが幸せだった。それなのに今じゃ怖いの。きっと私は都ちゃんの一番じゃない。そう分かってしまうことが!」

 顔を覆い涙を隠す瑠璃。小悪魔はそっと瑠璃の頭に触れる。その手の感触は何故か安心感を覚える。

「お前が奴の一番かどうかなど私の知ったことではない。しかしいつかは立ち向かわなければならない日が来る。なら今をその時にしようと思わないか?」

「・・・・・・ 思わないわ。お休みなさい」

 小悪魔の手を振り払い布団を被る瑠璃。小悪魔は何も言わずその様子をみつめていた・・・・・・



「瑠璃、どうかしたの? 元気が無いわね」

「なんでもないよ・・・・・ あはは・・・・・・」

 もう何回目か分からない昼休み。教室で席をはさみ向かい合う瑠璃と都に漂う空気はいつものものとは異なっていた。

「駄目よ、瑠璃。悩み事は吐き出さないと駄目。そうじゃないと私の大好きな瑠璃の笑顔が見られないじゃない」

「え!? あの、都ちゃん?」

 瑠璃の顔が夕日に照らされたように赤く染まる。いつもそうだ。都の発言は瑠璃をからかっているようで、そうだと分かっていながら心拍数は上昇して・・・・・・ でも、瑠璃を見つめる目は真剣そのものであって。もう、瑠璃には理解ができなかった。

「瑠璃、今から少し時間ある? 付き合って欲しい、秘密の場所があるのよ」

「え、うん、いいよ」

 このパターンは初めてだった。秘密の場所とはどこだろうか?都といつも行動を共にする瑠璃に彼女が知っていて自分が知らない場所など心当たりが無い。

「着いてきて」

 都は瑠璃の手を引くと軽やかな足取りで教室を後にする。ただ瑠璃はそれに引きづられついていくのであった。


「ここよ」

 着いた所は校舎裏のこじんまりとした空間だった。学校の塀と校舎に囲まれた空間は日の光が校舎に隠れいかにも人が寄らなさそうな雰囲気を放っていた。

「ここはどこ? 都ちゃん?」

「見ての通り校舎裏よ、人が寄り付かないことで有名ね」

 瑠璃を引く手を離し振り返ると微笑む。わざわざこの場所を紹介したのは何故だろう?

「なぜこの場所に連れてきたか・・・・・・ 分かる?」

「全然」

「ふふ、それはね・・・・・・」

 ふわりとした感触が瑠璃を包む。目の前には紺色の制服と白色のタイが見える。鼻腔を優しいムスクの香りが抜ける。都の腕に抱きしめられた瑠璃は驚きはしたがその甘い感覚に身をゆだねる。

「都ちゃん・・・・・・」

「瑠璃、ずっと私のほうを見て溜息をついていたわ。きっと私になにか原因でもあるんでしょう? ここでなら誰にも聞かれてない。何でもいえると思ってね」

 優しく語る都に瑠璃の鼓動はますます早くなる。この鼓動は恐らく都にも伝わっているだろう。思えば都はいつでも瑠璃を一番に思って行動している気がする。それは自惚れかも知れないが・・・・・・ 

「あのね、都ちゃん・・・・・・ 前話してくれた呪いの話があるでしょ?」

「ああ、永遠の一日の呪いのことね」

「そう、それでね・・・・・・ もし私が呪いにかけられているとしたらどうすればいいと思う?」

 瑠璃は何を口走っているのだろうか? 嘘はついていない。だがそれがどうした。おかしなことを口走っていることについては何も変わらないのだから。しかし、そんな話を笑うこともなく都は聞いていた。

「そうね、やはり小悪魔の定めた相手とキスするべきかしら。きっとどんな方法でも構わないと思うわ。ただね、一つだけ許せないことがあるの」

 瑠璃を抱く強さを強める都。今は不思議とそれが心地よい。

「瑠璃が誰かとキスをするということが・・・・・・ なんだかそれは許せないことだと思うわ」

「み、都ちゃん・・・・・・」

 期待をしているのだろうか? 普段なら決して言わないような言葉が 口から紡ぎだされる。

「か、仮にキスの相手がみ、都ちゃんだったら?」

「私だったら?」

 瑠璃を抱く腕を緩め顎に手を当てる都。決して笑顔を崩さない都の態度には余裕すら見られた。

「喜んでキスするわ。瑠璃の呪いが解けるなら安いものじゃない」

「そう・・・・・・」

 悪戯な笑顔を見せる都。きっと何か企んでいるに違いない。

「それじゃあ、今から予行演習をしましょうか。うん、それがいいわ」

「え!?」

 都の片腕に抱かれている瑠璃は固まってしまう。都の顔を見つめる。いつものおふざけの延長戦だろう。しかしその瞳は瑠璃を一点に見つめていてその視線は針のように突き刺さった。都の顔が距離を詰める。本当にキスをする気だろうか? だがこれはチャンスではないのだろうか? このまま終われば冗談で済むし都との関係も崩れない。おもわず目を瞑る。目の前は闇に包まれなにも見えないが気配が接近するのを感じる。もう少し・・・・・・ ふと唇に何かが触れるのを感じた。このような終わり方だとは思わなかった。今思えば子悪魔も悪い奴ではなかった。意外とお節介だったし私を気にかけてくれていたし。ふと目を開ける。目の前に映るのは都の細くてきれいな指。思わず見惚れそうになる。綺麗な指・・・・・・ 指? これは口付けではなかった。

「み、都ちゃん!?」

「ふふ、本当にかわいいわね。瑠璃は」

 都の微笑が瑠璃の目に映る。都は結局瑠璃をからかっていたのだった。だが残念だと思う気持ちよりも安堵する気持ちのほうが大きかった。なぜだろうか?

「本当のキスは大切なときにとっておきましょう? 私たちにとって大切なね」

 意味は分からなかった。だが分かる気はした。

「さぁ、瑠璃。教室に戻りましょう」

「うん、都ちゃん」

 教室へ足を進める瑠璃と都。その足取りは先ほどまでとは違い落ち着いていた。



「昼は随分と青春していたなぁ? お前たち」

夜の自室。ベットに座り壁にもたれかかる瑠璃の目の前に現れた小悪魔は笑みを浮べ近寄る。その目は瑠璃をどうからかおうか楽しんでいた。きっと普段なら憎まれ口を叩き満足していたところだろう。しかしこの日は違った。瑠璃の目には迷いが無かった。小悪魔はそれに気がつくとからかうのとは異なる笑みを浮かべる。それは待ちわびたという笑みだろう。それははっきりと瑠璃の目にも映っていた。

「小悪魔、私、都ちゃんに気持ちを伝えるわ」

「えらい気の変わりようだな。何故急にそうなったかは知らんがいい心がけだ。理由を訊きたいな」

 小悪魔は微笑を浮かべる。瑠璃は小悪魔に向かい口を開く。

「全力でぶつかればきっと都ちゃんは応えてくれる。結果がどうなるかは分からないけどきっと私の事を精一杯考えてくれると思う。振られたとしたら悲しいけどそれでも都ちゃんは私のこと大切に思ってくるはずだもの。なら私もどれだけ都ちゃんのことを考えているかぶつけてあげないときっと卑怯だと思うの」

「あいつはお前に直球でぶつかってるからな。まぁ、お前がぶつかる覚悟をしたなら私からお前に言うことはないよ。精々頑張りな」

「うん、ありがとう」

 凛とした顔で応える瑠璃に既に迷いは無かった。そのまま小悪魔を見つめると瑠璃は小悪魔に一つ尋ねる。

「一つ、小悪魔に聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「うん? いいぞ、今は機嫌がいいからな」

「ありがとう。じゃあ聞くわね。なぜ始めから気持ちを伝えることに拘っていたの? 私にはできなかったけどキスさせるだけ、それならあなただったらもっと簡単確実にできる方法があったんじゃないの?」

 小悪魔の顔から笑みが消える。しかしすぐにふと笑みを浮かべると瑠璃を指差した。

「電気を消せ。これを語るには月明かりだけで語りたい気分だ」

「え、ええ・・・・・・」

 瑠璃はベットから立ち上がると言われたとおりに部屋の照明のスイッチを切る。振り返り小悪魔を見つめる。小悪魔は窓に腰を掛けると月光を体に浴びながら月を眺めていた。ふと流し目で瑠璃を見つめる。ほのかな月明かりで照らされた彼女は小柄で幼い容姿をながらもどこか異様な憂いさを放っていた。

「まず、どこから語るべきか・・・・・・ お前の前にこの呪いで付き合った奴について話そうか」

「私より前の人もいたのね。ええ、お願いするわ・・・・・・」

 月明かりに照らされた子悪魔は妖艶だった。その雰囲気におもわず飲み込まれてしまう。

「今から100年も昔のことだ。その時この呪いの標的となったのはお前と同じ年頃の小娘だった。あ、勘違いするなよ? そいつの好きな相手は男だったからな?」

「悪かったわね! 同じ女が好きで!」

「まぁ、私としてもこんな呪いはめんどくさいしちょっとでも楽しむために好きな相手を口付けの相手に選んでいるわけだ」

「ちょっと待って! やっぱり面白さ基準で選んでたの!?」

 思わずベットを叩く瑠璃。やはり気前がよくてもこいつは小悪魔だ。

「話の腰を折るな! 全く・・・・・・」

 再び真剣な顔をする子悪魔。

「その時の小娘と相手の男は既に付き合っていてな。すぐ終わると思っていたのだ。しかし小娘は非常にシャイな奴でな。一向に唇が接近する気配は無い。正直私は気が立っていた。なにをやっている? やる気はあるのか? そんな言葉ばかり投げかけていた気がする」

 厳しい言葉の反面子悪魔の表情は柔らかい。想い出は美しい。そんな言葉が良く似合っていた。

「また、小娘はよく泣く奴でな。私にことあるごとに泣きついていた。その度に思った。この呪い長くなるなってな。その度嫌々だが小娘を慰めたよ。お前ならできる。自信をもてってな。」

 輝きを増す月を小悪魔は見つめる。

「同じ日を繰り返す・・・・・・ そんな事を100回は超えた日のことだった。私はいつのまにか小娘と過ごす日が楽しみになっていた。よく笑い、泣き、しゃべる。そんなあいつと暮らす日は毎日が同じ日だけど同じではなかった。新鮮だった」

 憂いさを増す月夜。さらに小悪魔は語る。

「しかし終わりというのは突然やってくるものでな。その日も何も変わりは無かった。だが突然いい雰囲気になり小娘と相手との距離は突然縮まった。その瞬間私は思ったよ。いろいろな事を。その中で一番考えたのは私のことは彼女の記憶に残っただろうか? 私を忘れはしないだろうか? だが突然すぎた。この呪いは突然解かれると私はそれに逆らえず忽然とその場から消えた」

 瑠璃を指差す小悪魔の目はこちらを一点に見つめている。

「だからお前にも覚えておいて欲しくてな。 お前たちは口付けで時を進められる。だが、それは同時に私との別れであるということを。だからこの時を私と過ごしたことを記憶に残して欲しい。その為にも気持ちを伝える、それで私を記憶して欲しかった、それだけだ」

「小悪魔・・・・・・ ありがとう」

 瑠璃から視線をはずすと照れくさそうな顔を見せる小悪魔を見つめながら瑠璃は布団を被った。目が覚めた次の今日はきっと何かが起こる。それだけを思って・・・・・・



「いってきます!」

「いってらっしゃい。朝からすごい気合ね・・・・・・」

 決意を固めた日の朝。玄関先で瑠璃を見送る母親に力をこめ過ぎた挨拶を送る瑠璃。その姿を物陰から覗く小悪魔は笑みを浮かべていた。あいつ気合の入りすぎだが大丈夫か?そんな声が聞こえてくるかのようだ。


 しかしこの勢いは学校につくなりすぐやむことになる。校門の前に待っていた都に対し石のように固まってしまう。

「おはよう、瑠璃」

「お、おはよう、み、都ちゃん!」

「なんだか今日は意志のように固いわね?」

「ははは、そ、そんなことないよ・・・・・」

 気持ちを伝える決心はした。しかしいざ本人を目の前にしてはやはり恐怖感にも似た感情が瑠璃を支配してしまう。そんな瑠璃を遠目に見つめる小悪魔。その目には頑張ってくれよと期待をこめた眼差しが送られていた・・・・・・


 夕暮れに染まる校舎裏、気持ちを伝えるならこの時しかない。瑠璃はそう考えていた。人も少なくムードだって悪くないはず。ここでならこの気持ち真っ直ぐ伝えられるような気がする。

「よくこんな人気の無いところを知っていたわね。ところでなんのご用件かしら? 瑠璃?」

「えっと・・・・・」

 校舎の影、ふたり向かい合う瑠璃と都。放課後のこの場所はちょうど日が差す位置に来ているおかげかそれ程薄暗くない。オレンジ色の夕日が二人の姿を染める。しかし夕日以上に赤く高揚した顔は染められていなかった。

「ゆっくりでいいのよ。今日の瑠璃意志みたいに固まってるんだもの。なにを緊張しているのかしら?」

 ふわりと笑う都、傍から見る小悪魔には映る都の姿は全て知った上でからかっているようにしか見えない。ならもう緊張する必要は無いだろうと思う小悪魔だがその想いは瑠璃には届かない。油の切れ掛かったロボットのような瑠璃の背後に小悪魔が忍び寄る。

「おい!」

「な、なに!?」

 突如子悪魔に声をかけられ大声を上げる瑠璃。

「あら、どうしたの瑠璃?」

「な、なんでもないよ、ははは・・・・・・」

 慌てて取り繕う瑠璃。小悪魔め、そう視線を送る瑠璃に対し小悪魔は淡々と語る。

「お前なら上手く行く。私から言えるのはそれぐらいだ。頑張れよ」

 それだけ残すと小悪魔はふわふわと空に舞い上がり消えていく。

「ありがとう・・・・・・」

 瑠璃はそうつぶやくと都を一点突き抜けるような視線を送る。その視線を受け取った都も瑠璃を見つめ返した。

「さて、聞きましょうか・・・・・・ 瑠璃、どういったご用件かしら?」

 もう、迷いは無かった。真っ直ぐぶつかるだけだった。一陣の風が二人の間を通り過ぎた。その後ふと訪れた静寂・・・・・・ 破るのは瑠璃の声。

「み、都ちゃんはいつでも私に優しいよね。思えば中学で初めて出会ったときからいつも私と行動してくれたよね・・・・・・ これといった特徴の無い私を」

「特徴が無い、は聞き捨てならないわね」

 ムッとした顔で瑠璃の語りに口を挟む都。

「私にとって瑠璃はなんていうか、ついからかいたくもなるし守りたくもなる、そんな魅力的な子よ?」

 都の言葉に顔を赤らめる瑠璃。だがこれでは駄目だ。きっとドキドキとした雰囲気のまま終わってしまう。

「あ、ありがとう都ちゃん。私都ちゃんのそういうところにいつも救われてると思う。だからね、聞いて欲しいの・・・・・・」

 一呼吸置く。空気が張り詰める。もうこの空気は一度破られたら後はあふれ出すだけだった。


「私、梅原瑠璃は都ちゃんのことが大好きです。だから・・・・・・!?」


 何がおこったか分からなかった。目を硬く閉じ必死に言葉を発していた瑠璃にとっては今自分に何が起こっているか全くわからなかった。唇に温かくそれでいて柔らかい感触が伝わっていた。鼻腔をくすぐるムスクの清涼感のある香り・・・・・・ ふと目を開く。目の前には都の顔がある。だがここまで接近したことは今まで無かった。脳を突き抜ける刺激が和らぎ自分の状況がぼんやりと見えてくる。

 都の唇が瑠璃の唇を塞いでいた・・・・・・ 

 瑠璃を力強く抱きしめるその腕は解かれる様子を露ほども感じない。腕は瑠璃を解くことは無かったが都は唇を離すと微笑みながら瑠璃を見つめた。

「よく言えました」

 まだ呆然としていて頭がしっかり働かない。全てを知っていたかと思うような都の表情はいったいなんなのだろう?

「よ、よく言えましたって・・・・・・どういうこと?」

 瑠璃はなけなしの余裕で都を問い詰める。だが、都の笑顔は崩れない。

「ふふ、言葉の通りよ? ずっと私に告白しようって考えてたんでしょ? だからよく言えましたって言ったの」

 全ては見透かされていたのだ。しかしそんなことはどうでも良かった。それより驚いたのは都の行動だった。

「な! なんで都ちゃん、急にキ、キスを・・・・・・」

 都は笑みを浮かべた。それもいつもの笑みではない。妖艶さをまとったその笑みはネズミを睨む蛇のようだ。

「『永遠の一日の呪い』、瑠璃がかかっているのは知っているのよ、私」

「え!? どうして!?」

 そんなわけはない・・・・・・ と普通なら言うはずだった。だが都の瞳は嘘をついているようには見えない。

「簡単なことよ。この呪いかけたの、私だもの」

「え!? どういうこと!?」

 瑠璃は都をじっと見つめる。優しく微笑む都は続ける。

「私がね、そこの小悪魔さんと契約して瑠璃に呪いをかけたの」

「都ちゃん・・・・・・ 見えてたの? 小悪魔のこと!?」

「ええ、ばっちりと」

 後ろで手を振る小悪魔が目に入った。さわやかな笑顔が無性に腹立たしい。

「でも、何でこんな事をしたの? 都ちゃん?」

「それわね・・・・・・」

 都の目が開かれる。長いまつ毛の下にあるすんだ黒色の瞳が瑠璃を見つめる。

「私の我侭かな。私ね、瑠璃の事ずっと好きだった。ずっと特別な関係になりたいと思っていたの。今すぐにでも私からいっても良かったのよ? でも、瑠璃きっと怖がりだからね・・・・・・ 逃げると思ったの」

「に、逃げるなんて、そんなこと・・・・・・」

「いえ、瑠璃自分を過小評価しているんだもの。きっと逃げる。なら瑠璃からくるしかない、そんな状況が作れないかなって思って。その時偶然この小悪魔さんと出会ったの」

 都が小悪魔に目を配る。すると小悪魔は顔を上げ笑みを浮かべた。

「私と出会ってここまで驚かない人間なんて始めてだったさ」

「ふふ、ありがとう」

 都は小悪魔に対し優しく微笑む。小悪魔が瑠璃の元へ近寄る。そして口を開いた。

「それで私は桜田 都と契約したわけだ。呪いの契約上お前にこの事を伝える事はできなかったがな。始めから全て仕組まれていたのさ」

 瑠璃を見つめながら語る小悪魔。その目は悪戯ながらにも優しい。

「さて、ここでお前、梅原 瑠璃に問おう。この口付けお前は後悔しているか?」

 瑠璃は小悪魔をじっと見つめる。その目は澄んでいた。

「後悔なんかしてないよ。私も都ちゃんとずっとキスしたかった!」

「私もよ、瑠璃」

 瑠璃を抱きしめる都。瑠璃も都を抱きしめる。もう二人の間に言葉は必要ないのかもしれない。言葉を交わす必要のある小悪魔に瑠璃は声をかける。

「小悪魔もありがとう。ばいばい」

 そうだった。瑠璃は自分の言葉で思い出した。都と私のゴールは小悪魔との別れなんだ・・・・・・ そう思うと涙が余計に溢れてくる。しかし、そんな瑠璃をよそ目に笑い声が聞こえた。それも二人分。驚いて顔を見上げると都が口を開いた。

「ふふ、小悪魔さんとはねこの呪いだけじゃなくてもう一個呪いをかけてもらたの。だから、別れる必要は無いのよ」

「え?」

 小悪魔を見つめる。余裕の表情を浮かべている。確かに消える様子は少しも見られない。小悪魔は意気揚々と口を開いた。

「そういうことだ。だからお前たちと別れる必要は無い。なんたって次の呪いは一生かかる呪い。貴様らが別れられない呪いだからな!」

 高笑いする小悪魔。瑠璃は思わず全身の力が抜けるのを感じる。ふと小悪魔は笑いを止めると瑠璃と都二人を見つめた。

「まぁ、それだけ伝えれば十分だろう。じゃあ私はお暇させてもらおう。後は二人で楽しむ事だな!」

 小悪魔は二人を指差すとふわりと空へ舞い上がり消えていった。残された瑠璃と都は互いに見つめあう。

「さて、瑠璃。小悪魔さんとも別れなくていいんだから安心したでしょ?」

 思い返してみる。小悪魔は悪い奴じゃなかった。確かに人の人生で遊んでいる節は会ったが、お節介で瑠璃の事を良く考えていてくれた。正直、別れたくなかった。

「うん、ありがとう。都ちゃん・・・・・・」

 涙が溢れる。都、小悪魔両者との決着が瑠璃の目に安堵の涙を流させていた。都が瑠璃の涙を指で掬う。優しい笑顔で瑠璃に微笑む。

「瑠璃、泣いてばっかりいないで。いつもの笑顔を私に見せて」

「・・・・・・うん!」

 瑠璃は都に満面の笑みを返した。それは瑠璃と都が出会った時間の中でも最高の笑顔。夕日が二人を優しく照らす。都の腕の力が強くなるのを感じた。

「さてと、瑠璃」

「? どうしたの、都ちゃん?」

 やけに明るい都の声が気になった瑠璃。目の前の都の様子はやたらと妖艶な空気を放っている・・・・・・ ふと、都は瑠璃から腕を解くと瑠璃の頬に両手を添えた。

「私もね、この日をずっと繰り返していたの。だからね、我慢の限界だったわ」

「え?」

「いっそ、私から行こうかと・・・・・・ でも、何度も思いとどまったの」

「う、うん・・・・・・ でも今キスはしたよね」

 さらに怪しく都の目が光る。

「それもそうだけど・・・・・・ まだ足りないのよ? 瑠璃」

「え?」

「だから、もっと先へ進みましょう?」

「ちょっと! 都ちゃん!?」

 都は瑠璃に再びキスをする。このキスはしばらくの間終わりそうも無い。それは都という獣が解き放たれた瞬間であった。


 キスによって動き出した二人の未来。二人がこれからどんな世界を描くのか? それは二人の唇だけが知っているのかもしれない。



百合小説が書きたい。という想いで書きました。作品が長引くにつれて表現の難しさというものを実感しました。これからも不定期ですが作品を投稿したいと思いますのでよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくいい百合でドキドキしました(*´-`) 素敵な作品ありがとうございました!
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