第002話 【戦闘(後編)】 みんな、○○は持ったか!
「結構ピンチじゃない? この状況」
茂みの中で息を殺している三人。
その周りではガサガサと、巨大カニが捕らえ損なったエサを捜している。
「傷は大丈夫か?」
「問題ありません、少し切っただけです」
「本当? やせ我慢してるんじゃないの?」
ロウの質問にオットーが端的に答えて健全をアピールしたが、エルザが本当に心配そうに後ろからオットーの傷口を痛々しそうに見て、その場でオロオロとしていたので。
「ちょっと肩を見せてみな…………これぐらいなら止血すれば大丈夫か」
ロウがオットーの怪我を看て、傷口に布を巻いてくれる。
___しかし、何故こんな事になったのだろうか。
応急措置を受けながらオットーは事の始まりを思い出す。
そう、時をさかのぼる事、一時間前。
◆◆◆
この地域に引っ越してきたばかりなので、三人は周辺の警戒と地形の把握のために散策に出ていた。
「あっ、こんな所にカニがいますよ」
「あら本当だわ」
屋敷に帰る途中、オットーとエルザが湿地帯で甲羅の大きさが十センチほどのカニを見つけて騒いでいた。
ロウがオットーの足元を覗き込むとハサミを構えるカニと目が合う。
「おっ、これは食えるカニだな。
この種類のは高級食材にもなるぐらい美味いんだぜ」
そう言いながらロウは手近にあった木の枝を使って、オットーに捕まえ方を教え始めた。
カニの目の前に木の枝をかざして注意を引くように近づけていくと。
素早く左右のハサミで木の枝を挟み込んだ。
そのままゆっくりと持ち上げると、カニは木の枝を離す事無くプランと吊り上がった。
「……と、こうやれば後ろから甲羅を掴めるって訳だ」
捕まえたカニの手足を草のツルで縛るロウ。
「勉強になります」
「後何匹かいれば、これが晩飯の一品になるんだがな……」
しばったカニをプラプラさせながらロウが辺りを見渡す。
「いましたよ! もう一匹!」
「でかした!」
三人で白熱して辺りを探した結果、半時ほどで四匹のカニを捕まえた。
「こりゃいい土産になったな。
欲を言えば、もうちょっと大きいと食い出があるんだがな」
その時、ロウの背後にある沼のような大きな水たまりがボコボコと湧いたかと思うと、巨大なカニが姿を現した。
「お……おおっ!?」
◆◆◆
そして今に至る。
そう、今思い返しても、本当に大した理由もなく窮地に陥っていた。
「もうちょっと大きいのがいいとは言ったが、デカすぎだよな」
今更ながら呆れたロウが不満を漏らす。
「すみませんロウ師匠、まるで有効打になりませんでした……」
先程の攻撃が何も効かなかった事に、結構ショックを受けているオットー。
それを励ますようにロウが怪我に巻いた布をきつく縛る。
「いいか、オットー。誰にだって苦手なもの……そう、相性ってヤツがある。
今回はお前と、あのカニの相性が悪かっただけだ」
「はあ、カニとの相性ですか」
「オレの知り合いの亜人に、台所から逃げたカニを捕まえようと悪戦苦闘して指を挟まれ入院したヤツがいる。
そいつの種族はカニとの相性が決定的に悪く、天敵だったって訳だ」
そんな訳の分からない種族が本当にいるのかとオットーは思ったが、ここは黙ってロウの話を聞きながら拳銃に銃弾を装填する。
「――――って事はよ、カニの天敵はなんだと思うオットー?」
「天敵ですか? カニは普段捕食する側ですから……ええと。
カニクイアザラシ、とかですか」
「ところが、カニクイアザラシは名前に反してカニを喰わねーのよ」
「えっ!? じゃあどうしてそんな名前に?」
「オレに言うなよ、名付けたヤツに聞きな。……カニを捕って喰うのはラッコとかだな」
「ラッコ?」
「ああ、水辺に住む動物で、腹の上に乗せた石でカニとか貝を叩いてから喰うんだ」
「珍しい習性の動物ですね」
「ちょっと、話が脱線してるわよ!」
エルザに指摘されて「ゴホン………」とロウが咳払いして話を戻す。
「オットー、さっきの攻め方だが……。
カニの背後から甲羅を攻めるのは正攻法だし悪くないぜ。
一番硬い鎧で守ってるって事は、そこが一番の弱点って事でもあるからな」
「ですが刃も弾も通じませんでした……。もう一度やってみますか?」
「ちょっと……これ以上、弟に危険な事させないでよ!?」
エルザがロウに大声で抗議する。
エルフであるエルザが、人間であるオットーを弟と呼ぶのは何か深い理由がありそうだが、今はそんな事を言っている場合ではない。
目の前のカニを倒さなくては、ロウの知り合いと同じく病院送りにされてしまう。
「じゃあ攻守交代と行くか。
オットー、今度はお前が正面でアイツの注意を引いてくれ。
そうだな……五秒完全に動きを止めてくれれば、オレが倒す。できるか?」
「それも結構、危ない事じゃないの?」
「……やってみます」
心配そうなエルザを意に介さず、オットーは朽ちた丸太に木のツタを巻き付けながら頷いた。
その時、やぶを裂いて巨大なハサミが現れる。
「さあ、リベンジマッチ開始だ! 頼むぜオットー!」
ロウは木を蹴って跳躍し、巨大カニの後ろ側へ回り込む。
それを捕らえようとして開いた右のハサミに、オットーは抱え込んだ丸太をねじ込んだ。
その瞬間、ハサミが丸太をガッチリと挟み込む。
基本的にカニのハサミは内側に何か触れたら反射的に閉じるようになっている。
「これ……なら!」
さらに丸太に巻き付けていたツタを力一杯引っ張った。
ハサミに何か挟んだ状態で引くと甲殻類は必ず引っ張り返してくる。
捕獲したエサを逃がさない為の本能的行動なのだ。
――さっき、ロウ師匠が教えてくれた通りだ!
ギリギリと力を込め、ツタを引くオットーとそれを逃がすまいと引っ張り返す巨大カニの間で熾烈な綱引きが起こる。
だが、朽ちた丸太はハサミの力に耐えきれず、ベキベキと両断された。
こんな力で挟まれたら、小柄なオットーの身体ならば丸太と同じ運命を辿ってしまうだろう。
持っていたツタを離して拳銃を抜き、迫ってくる巨大カニの腹に向かって発砲する。
甲羅と違って弾かれなかった為に多少効いている感じはするが、六発撃ち込んだ所で弾が尽きた。
ナイフを抜いて構えるが、その巨大なシルエットはオットーに覆い被さらんと間近まで迫っている。
「ロウ師匠! 五秒は稼ぎましたよ!」
いつの間にか巨大カニの背後に、ロウが静かに拳法のような構えをとって立っていた。
その瞬間、太陽が山の向こうに消えて周囲が夜に覆われる。
何時の間にか出ていた月が沈んだ夕日の変わりにロウを照らす。
「フンッ!」
右足から一歩踏み込み、震脚。
大地を揺らす衝撃が瞬時に辺りの湿地に伝わり、近場の水たまりがバシャッと震えて水滴が宙に舞う。
「ハッ!!」
それと同時に腰を落とし、上半身をひねりながら右腕で拳を繰り出す。
右拳は甲羅を打ち、当たった瞬間。
封をした紙袋を叩いた時のような乾いた破裂音が辺り一帯に響く。
その衝撃でロウの帽子が宙に舞い、青い銀髪から出ている獣の耳が露わになる。
そして服の隙間から出ている狼のような尻尾。
ワーウルフの亜人、ロウ。
その一打で巨大カニは前のめりに力無く倒れ、それっきり動かなくなってしまった。
エルザが物陰から出てきて巨大カニに近づく。
「やったの!?」
しばしの沈黙の後。
「おお……凄い、本当にやってます! 流石ですロウ師匠!」
「カニは大抵甲羅のこの部分の裏にミソがあるからな。ここが急所なワケよ。」
そう言いながら、コンコンと甲羅をノックする。
「でも……ロウ師匠、どうやってその急所を攻撃したんですか?
甲羅を割ったのかと思いましたが……割れていませんし」
甲羅にはオットーがつけた弾痕と斬りつけた痕しか残っておらず、他に目立った外傷はない。
何も知らない人に見せたなら、オットーが腹側に撃ち込んだ銃弾で倒したと言っても信じてもらえるだろう。
「ああ、まだ教えてなかったが……外の硬い鎧を通して内部の柔らかい所に衝撃を伝える技があるんだ。
通打とか暗勁とか通背拳とか言われる奥義がな」
「へー、東の武術は便利な技があるのねえ」
「……勉強になります」
「さっきのラッコの話に習って言うと『カニは切るよりも叩いて倒せ』って感じか」
――こんなサイズのカニを叩いて倒せるのはロウ師匠だけですよ。
言いかけたオットーだが、ひょっとしてこのカニと同じサイズのラッコもいるかもしれないと思い直して言うのをやめる。
「ま、いったん屋敷に帰ろうぜ。
今夜はカニ料理になりそうだしな」
ワーウルフの青年は帽子を拾って頭にかぶり直し、長く伸びた犬歯を見せて屈託無く笑った。