第017話 【決闘(後編)】 剣よ切り裂け、妖怪の正体
城の裏手に、高く積み上げられている木箱がある。
吸血鬼に操られて仕える事になった人々が、城で生活する為に持ち込んだ食料品を入れていた木箱だ。
その陰にギードは身を隠していた。
敵対しているリビング・アーマーの姿は、ギードの位置からは見えない。
しかし、遠くからガシャガシャと足音の金属音が近づいてくる。
(あの類の妖怪は本体の核を砕けば倒せるが……さて何処にあるか?)
考えながらも拳銃の弾倉を開き、空になった薬莢を捨てる。
新たな銃弾をクイックローダーを使って装填し、ジャキッと弾倉を戻す。
その時、ギードはある事に気づく。
先程まで聞こえていた足音が聞こえないのだ。
嫌な悪寒がして、その場から飛び退くギード。
その瞬間、金属製の大鍋がギードの隠れていた木箱をうち破った。
デュランが遠くから大鍋を投げたのだ。
とっさに身を引いていなければ直撃を受けていた。
その時、走って接近してきたデュランの大剣が他の空箱を突き破る。
かがんで避けていなければ、箱もろとも首を吹っ飛ばされていただろう。
体勢を立て直し退きつつ射撃。
銀の銃弾は背中や頭に命中し、いくつか鎧に穴が空く。
しかし先程と同じく、全く手応えはなかった。
(鎧の動きから考えると……間違いなく鎧の中に核を持つ自立型。
外にある核が遠距離から鎧を操っているタイプの妖怪ではない)
例えば屋根や外壁に核を設置しているとすれば、必ず中庭のどこかに死角が存在する。
だが、この騎士は正確にギードを追跡し、臨機応変に攻撃してきた。
(前にドリスから借りた書物によると、リビング・アーマーは鎧の中に血で描かれた魔法陣があるという仕組みだったが……あの話では鎧のどの場所に魔法陣があったかな)
戦いながら記憶を頼りに銃弾を浴びせるが、まるで効いている感じではない。
(いや、そもそも同じ場所にあるとは限らないか。
ならば一番可能性が高い場所。
土人形は額の文字が弱点と聞いた事がある。
それと、人型である事から心臓……右胸の辺りにある公算は高い。
待てよ…………身体の中心線上に設置したほうが、左右対称で操作しやすいのではないか?)
様々な考えがギードの脳内で駆けめぐる。
迷いがある分、どうしても動きに精彩を欠いてしまう。
その反面、ただ目の前の敵を斬ればいいというだけのデュランに分がある。
しかもここは文字通り相手の庭なのだ。
拳銃を撃ちつつ後退するギード。
その時、背中に何かがあたった。
――石柱!?
本来、庭園を飾るべき石柱が何故こんな城の敷地の片隅にぽつんと一本だけ立っているのか。
昔この庭を造園した庭師が、間違えて多く発注した石柱を処分の為に隅に何となく置いた、というのが真実なのだが勿論そんな事はギードには知るべきもない事だった。
だが、デュランは勿論それを知っていて、ここへ巧妙に誘導したのだ。
「地の利を得たぞ」
予想も付かなかった障害物に退路を断たれたギードの隙をついて、デュランが剣ではなく盾を構えて突進してくる。
とっさにギードもライフルを構えるが一瞬遅く、突進してきた盾と石柱に挟まれた。
身体を通して石柱にヒビが入る程の衝撃がギードを襲う。
たまらず、口の端から血がほとばしり空中に舞い散る。
「ぬ……!!!」
石柱と盾にサンドイッチされながらも、兜の隙間にライフルをねじ込みそのまま撃つ。
額を銃弾が貫きそのまま兜をもぎ飛ばす。
さらに地面に転がりながらギターケースから散弾銃を取り出し、デュランの左足元に滑り込んで斜め下から撃つ。
細かい穴が鎧の左半身に広域にかけて開く。
「どうだ!?」
返事はこれだと言わんばかりに、地面に寝転がったギードをデュランが踏みつけてくる。
それを間一髪かわして起きあがりながら、ハンドグリップを往復させて次弾を装填しつつ、今度は右半身に向けて撃つ。
しかしこれは左手の盾で防がれる。
――今、右半身を盾でかばった!?
「散弾ではなあ!」
一瞬の思考の隙を突いて、デュランの横切りがギードを捕らえる。
散弾銃を手放し、腰の剣を鞘から半分ほど抜いてデュランの大剣を受ける。
「ッ!?」
受けきれないと判断したギード。
自ら後ろに跳んで相手の剣圧を殺す。
だが恐るべき力で、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
城壁にしたたかに打ちつけられ、地面に倒れ込んだ。
勝利を確信し、悠然と剣を構えるデュラン。
しかし、ギードは頭を振りつつ、立ち上がろうと身体を起こした。
「ほう……ドワーフ族とは、なかなかにタフだな」
「中身の無いヤツの太刀など、蚊ほどにも効かん」
(今までの相手の攻撃パターンと、右半身をかばう盾の動き。
それと先程、剣を合わせた時の違和感を合わせて考えると、核は恐らく……)
意識を繋ぎ止めて何とか立ち上がろうとするが、ヒザが笑っている。
ドワーフ族はワーウルフ族などと違い、運動神経や身体機能は人間とは変わらない。
受けたダメージに、体は戦闘の継続不能を訴えていた。
しかし。
ギターケースを捨て、拳銃が二丁納められているホルスターも外す。
少しでも身体を軽くする為だ。
そして、鞘に入った剣を杖にしてなんとか立ち上がったギード。
「見上げたガッツだ。
……見たところ、この土地の者では無いようだが。
そこまで街の人間に肩入れする理由は何だ? 金ではあるまい?」
「ワシは本音を言えば、街の連中の事などどうでもいい。
むしろ、人間どもは滅んでもらった方がよいとさえ思っている。
…………だが」
「だが?」
「ワシにも妹がいるからな。
だから……妹を奪われた、兄の辛さは解るつもりだ」
剣を静かに鞘から抜く。
その直刀の刃は月の光を受け、美しく輝いた。
「お前達は、妹をさらった。
ワシは、それが、許せん!」
そのまま両手で持ち、まずは正眼に構えた後に切っ先を右後方の下段に持ってくる。
剣の長さを悟られない為の構え、脇構え。
「おもしろい、受けて立とうぞ」
それを見たデュランも剣を上段、盾を持ったまま片手で八相に構えた。
お互いが、この一刀を最後だと決めたのだ。
「我が剣、我が魂は、我が主の為に!」
「……昔の決闘ではこういう時に、何か口上述べるのが作法なのか?」
「うむ」
「どうしても?」
「どうしても」
「では、そうだな……いいぜ、まずはそのふざけた幻想をぶち壊――――」
「パクるでないぞ」
「なんで知ってるんだ……最近まで寝てたんじゃないのか……?」
ギードは気を取り直し、言いづらそうに目の前の騎士に『笑うなよ』と前置きをする。
「それでは……。
我が全ては愛する妹、ドーリスト・ベゼッセンハイト・ゾーリンゲンの為に!」
目の前の騎士は顔もないのに笑った。
ギードも『だから言いたくなかったのにな……』と、苦笑する。
先程まで銃声が轟いていた庭園に夜の静けさが戻ってくる。
しばらくの時間が経って。
ギードが右後方の地面に切っ先を構えたまま走り出す。
――このまま斬り上げる。
ドワーフの意思と。
――このまま斬り上げて来るので、盾で防いで斬り下ろす。
リビング・アーマーの意思が交錯する。
「鋭ッ!」
最初にしかけたのはデュラン。
盾を構える一方、剣を右上段からの袈裟懸けで斜めに振り下ろす。
狙いはギードの頭だ。
「応ッ!」
後に動いたのはギード。
右下段からの斬り上げではなく――――そこから剣をはね上げて、構えを変更する。
デュランと同じく、右上段からの袈裟懸けにして斜めに振り下ろす。
二人の剣が同じ軌道を描き空中で打ち合った。
ギードが狙ったのは盾でも右半身でもなく大剣。
聞いた事の無いような歪な金属音が響き、ギードの剣がデュランの大剣の刀身に喰い込んだ。
そのままギードはバターのように大剣を裂きつつ、突き進む。
鍛冶錬鉄を得意とする亜人、ドワーフの造った剣の切れ味はそこらの剣の比ではない。
それに加え、カウンターで相手の力を利用して武器の弱い所を分析して突く。
ドワーフ族の天才、ギードの腕前がなせる技だった。
このままギードの剣がデュランの大剣を唐竹割りに真っ二つにしようと鍔に迫る。
次の瞬間、夜の風を裂いて金属の折れる音が響く。
負荷に耐えきれずにギードの剣がへし折れた。
折れた剣先は、デュランの刀身の中ごろまで斬り進んではいたが、そこで力つきて止まっている。
一瞬の火花が散るような刹那の間に勝敗は決したのだ。
「何故……わかった……?」
デュランの刀身に装飾として描かれていた目が開く。
折れて刺さったままのギードの剣を伝って、錆色の血が地面に落ちる。
「ワシが石柱を背にした時に、貴殿は剣ではなく盾で攻撃してきただろう。
それに、縦に斬りつけるような太刀筋は一度としてなかった。
石柱や岩畳を斬って剣が痛むのを避けたのだ」
「ぬ……これは……うかつだったな……」
ガシャリと鎧がヒザをつく。
「ワシはドワーフだからな。
剣を合わせれば相手の使う剣の材料はあらかた解るつもりだ。
例えそれが剣の妖怪、インテリジェンス・ソードでも」
ギードは鞘から半分抜いた剣でデュランの大剣を受けた時、違和感を感じた。
そして大剣を持った右半身を盾でかばった時の動きから、この結論に達したのだ。
「成る程……あの一度で見切られていたという訳か」
「気を落とさなくてもいい……ただ単に相性が悪かっただけだ」
ガシャガシャと崩れていく鎧。
「我が主君よ……務めを全うできず面目ない。
それとも、やはり……妖怪は騎士になれなかったか」
「……ワシは貴殿の騎士道精神は嫌いではなかった。
今の腐った人間の騎士連中と比べるならば、よほど騎士らしいと思う」
何かを思い出しながら、自分の折れた剣を鞘に納めるギード。
「しばらく寝ている間に……世知辛い世の中に……なってしまったようだな……」
前のめりに騎士が倒れる。
「安らかに眠れ、ハスブルグ城所属、一番隊近衛騎士デュラン。
墓は必要か?」
「いや……このままでいい……剣に墓はいらぬ。
さらばだ……。
妖怪屋敷の鍛冶方担当、ギードルク・ベゼッセンハイト・ゾーリンゲン…………」
剣の目が閉じ、鎧も動かぬただの鎧になった。
いつの間にか出ていた月が残った一人を照らしている。
ギードは鎧を雨のあたらない所に集め、大剣を立て掛けて兜を乗せた。
それから、城内に入った三人を追いかけるべく階段を登り始めた。
◆◆◆
ギードが階段の中腹に来た時、城門から荷馬車が三台入城してきた。
荷台から武装した人間が降りてくる。その数、およそ二十人。
その時、階段の上から放たれたライフルの銃弾が岩畳に着弾して火花を散らす。
「全員動くな」
「待ってくれ、俺達は敵じゃない!」
ギードの威嚇射撃に荷馬車を運転していたリーダー格の男が両手を挙げて敵意が無い事を示した。
「あんた達が城へ向かった後、有志を集めたんだ。
俺達の街の問題を旅の人に任せるなんて、やっぱり間違っているよ!
……俺達も戦わせてくれ!」
ギード達が馬車で出発した後、住人皆で話し合ったのだろう。
慎重で事なかれ主義の年輩の制止を振り切って出てきたと見えて全員が若者。
数は少ないが、それでも心強い援軍だ。
しかし、ギードの心中は逆だった。
(コイツら人間を信用していいものか……?
街のヤツらの考えが変わって、ワシらを止めるために差し向けられた連中だとしたら背後から刺されかねないからな)
「昨日城へ行ったのは俺の妹なんだ!」
リーダー格の青年の叫びに次々と声が挙がる。
彼らは恋人や姉妹を連れ去られていたからこそ、このような行動に出たのだ。
(妹、か……)
ギードは一度目を閉じてから。
「……解った、一緒に来てもらおうか」
そう言ったギードの口元が一瞬緩んだ気がしたが夜の闇は深く、気づいた者は誰もいなかった。
「ところで、騎士はどうした?」
リーダー格の青年が辺りを見回す。庭園が静かな事に疑問を抱いてギードに尋ねた。
「その騎士なら倒した」
ギードのぶっきらぼうな返答に皆から感嘆の声が挙がる。
「それじゃあ、城門で警護していた人達は何処に……?」
「警護していた連中は唐辛子粉をかぶってそこらに転がってるハズだが見なかったか?」
「いや、俺達はここに来るまで誰にも会わなかった」
彼らは城門を警護する連中と最悪一戦交える気で武装して来たのだが、すんなり城に入れて拍子抜けした様子だった。
「ひょっとしたら、丘の向こうの川に目を洗いに行ったんじゃないですか?」
そんな意見が若者の中から出る。
(川、か。確かオットーの報告にあったな)
ギードが昨夜の食事の時の事を思い出す。
「来たぞ! 五十人ぐらいいる!」
城門から外を伺っていた若者が大声で皆に知らせる。
丘の向こうに吸血鬼に血を吸われた人間独特の赤い目が無数に光っていた。
「荷馬車で城門にバリケードを作るんだ! 誰も入れるな!」
リーダー格の青年が皆に指示を出して簡易な壁を作り始める。
「誰か、城の中の構造に詳しいヤツはいないか?
親玉を倒せば外の連中も正気に戻るハズだ!」
ギードの要請にリーダー格の青年が二人の若者をギードに付けてくれる。
その二人の道案内を先頭に階段を再び登り始めた。
だがそこで足が止まる。
「あんたの妹の名前は?」
ギードがリーダー格の青年に階段の上から聞いた。
「ルリだ。……それが何か?」
「兄貴が助けに来てると伝えてやろうと思ってな」
そう言うと、ギードは城に向かって階段を駆け上がり始めた。
◆◆◆
「うひょー! 逃げないと捕まっちゃうぞおー」
城の中腹、女の子の閉じこめられていた部屋でセクハラまがいの事をやっている人影があった。
「なんと第一章にしてハーレム達成! なんという大偉業!! ゲーッヘッヘ」
カキン、と背後から小さな金属音。
「ハッ! 殺気!」
ゴッ……とロウの後頭部に押し当てられる銀の銃弾が装填された拳銃。
「これは吸血鬼に操られているんだよな……?」
「あっ、ハイ、そうです。でもたった今、オレは正気に戻りました」
城の中に詳しい二人の若者の道案内で追いついてきたギードが見たものはロウのとても絵にしてお出し出来ないような光景だった。
「あの、こちらの方はお連れの人ですか……?」
若者がブラジャーを頭にかぶったロウを見て、不安そうな顔でギードに尋ねてくる。
「いや……よく見ると初めて見る顔だ。ハーブか何かやつておられる人かも知れない」
「おい、ギード! 緊急時にそういう冗談はよせ!」
「その緊急時に、お前は一体何をやっているんだこのドアホ!」
「まあ、待ちなよ。周りの女の子を見てみな。
拘束は解いたが、全員正気を失ってる。そこでショック療法で治せないかと思ってな」
「前の真面目な局面から突然こんな場面を見せられたら、ワシがショックで心停止するだろ……。
なんなのシリアスの破壊者なのお前?」
周りの女の子を見渡し、目のやり場に困るといった仕草をみせるギード。
「オットーはどうした?」
「先に行かせた」
「なん……だと……」
信じられない事をするなという顔をするギード。
「大丈夫だって、エルザもついているしな。
お前だってこうなるかもしれないからアレをオットーに渡したんだろ?」
「こんなバカな展開は予想してなかったがな」
「心配ねえって。
俺らの弟子は……そんなにヤワじゃないぜ」
その時二人は互いに軽口を叩きながらも、廊下からの違和感を察知して部屋の入り口に素早く張り付いた。
「何か来るな」
「……それも、かなりの数だぜ」
入り口から廊下をのぞき見ると暗い廊下の向こうから何かがやってくる気配がする。
「おい、そこの二人。女達を連れて皆の所まで行け!
吸血鬼を倒したら外の連中の催眠も解けるから、そのまま全員で街まで逃げろ。
わかったな?」
ギードが銃を構えて道案内してくれた二人の若者に逃げるように伝える。
その気迫に押され、言う通り若者は部屋から女性達を連れ出して城の外へ戻り始めた。
その背中を見送った後、暗い廊下の先を見返ると。
闇の向こうから無数の巨大なコウモリが羽音をたて、迫りつつあった。
すかさず拳銃を発砲し、銀の銃弾を撃ち込むギード。
遠く先で撃たれたコウモリは霧となって虚空に消えた。
「ただのコウモリではないな。霧のコウモリ……妖怪の類か!?」
「言い忘れてたんだけどさ。
吸血鬼の貴族って霧になったり、コウモリを使役したりもできるらしいぜ」
「……そういう重要な事はもっと早く言っておけよな」
ワーウルフとドワーフ、二人は軽口を叩きながらも襲ってくる羽音に向かって歩き出した。