第016話 【決闘(前編)】 庭園の鎧とドワーフ、鉄色の戦い
城壁を越えて中庭に入ると、月明かりに照らされて巨大な古城の全貌が見えてくる。
近くで見るとかなり大きい。
だが、街までの交通の便が悪いのと住居にするには大きすぎるので、誰も住み着かなくなったのだろう。
手入れがされず、方々に草や木が茂る荒れた中庭。
それが長年、主がいなかった事を物語っていた。
その中庭に、装飾の石柱に身を隠しながら侵入する三人と幽霊一人の姿があった。
彼らの歩みは城の中に続く正面の大階段を前にして止まる。
階段の中腹に、全身を重装の鎧に身を包んだ大柄な騎士が一人立っていたからだ。
「恐らくアレが街で聞いた、不死身の騎士だな」
『城には吸血鬼に仕えている騎士がいる。槍で突いても平気で全く歯が立たない』
石柱の影に隠れて騎士の様子を見ながら、町長の言葉を思い出してギードが囁く。
(ここからなら狙撃できるが……町長の言うことが正しければ、まずは正体を探るべきか?)
相手は吸血鬼と共に何十年も眠りについていた。
おそらく普通の亜人や獣の類ではなく、妖怪だろう。
正体の分からない妖怪相手に戦いを挑むのは非常に分が悪い事を、ギードは経験から知っていた。
(しかし……メルエの事もあるし、早く行動したいのも山々……さて、どうするか)
「どうする?」
ギードが少し考えてロウとオットーに相談する。
「さっき聖水全部使っちゃったから、この瓶にオシッコ入れたらダメかな?」
「確かに聖水ですけど効果は無いと思いますよ」
「ある意味、大ダメージだとは思うわ……」
「なあ……今、結構シリアスな局面だと思うんだが、みんな空気読んでくれない?」
その時、ガシャリガシャリと音を立てて騎士が階段を降りてきた。
「先ほどの立ち回りを見せて貰ったがなかなか見事だった」
鎧全体から響いてくるような低い声。
「だが……ハスブルグ城所属、一番隊近衛騎士デュラン。
長年、主に仕えてきた名誉にかけて、ここから先は誰一人として通すわけにはいかん!」
二メートル半もあるような巨躯がその身長と同じ位の長さの巨大な両刃の剣を構える。
「こりゃまた、ゴツいのが出て来ちゃったわね……」
その時、銃声が中庭に轟く。
ギードのライフルから発射された銃弾が騎士の兜に眼の隙間から飛び込み、そのまま後ろへ貫き通した。
その衝撃で騎士の首から上が千切り飛ばされて後ろの段差にぶつかり、階段の下まで転がり落ちる。
「急に近づいて来たので」
「ギード先生も結構酷い事しますよね……」
相手は即死。
確かにそう思えたが、なんと騎士は何事も無かったかのように階段を下りてきて兜を拾い上げた。
兜をかぶりなおす騎士。
驚くべき事に兜の中には何も入っていなかった。
それどころか兜を拾う時に見えた鎧の中にも何も入っていない。
「何なのあれ……中に誰もいないわ……」
「ロウ師匠、中に誰もいませんよ!」
「わかったからそんなに強調するんじゃない。危ないだろ」
ギードもロウも内心は驚いて同じ事を考えていたが、オットーとエルザがあまりに興奮していたので色々な意味で冷静になってしまう。
「リビング・アーマー(動く鎧)か、話には聞いた事はあるが」
「オレも見るのは初めてだな」
「話は通じる相手みたいだから一応、会話したほうがいいんじゃないの?」
石柱の影からライフルを肩にかけて出てくるギード。
その後に三人も続き、階段前の妖怪と対峙する。
「先程は失礼した、無礼をお詫びする。
恥ずかしい事だが、少し気が逸っていたようだ……なんせ、誰の仕業か知らんが連れの妹が行方知れずでな」
「ほう、それは気の毒に」
ギードとデュラン、二人の間にビリッと電流が走る。
「貴殿の主である吸血鬼殿に少し陳情した事があって来たのだが、お目通りは願えないか?」
「もう夜なので、明日また出直すがよい」
「明日来たら通してくれるのか?」
「無論、無理じゃな」
ドワーフとリビング・アーマーの間に不穏な空気が流れ始める。
「主君の過ちを正すのも騎士として当たり前の務めだと思うのだが」
「貴様らドワーフが穴を掘るのが当たり前のように、ヴァンパイアが人の血を吸うのも何ら当たり前の話ではないか?」
お互い、話し合いは無理だと理解し、煽り合いになってきた。
「……まあ所詮、吸血鬼は時代の敗北者だからな」
「取り消すがよい……今の言葉……!」
もはや二人の間には何人も立ち入る事が出来ない、一触即発の険悪な雰囲気が立ちこめていた。
無言のままジリジリと時間が経った後、ギードが首を振りながらフーっと大きく息を吐く。
「主君の護衛という長年の忠義なかなかに立派で感じ入るが、貴殿と同じでワシらも引けない理由がある。
そこでデュラン殿……騎士道とやらに則ってこういう解決法はどうだろう」
ギードが手袋を脱いで騎士に投げ付ける。それを受け止めるデュラン。
「ほう……我に決闘を申し込むというのか」
表情がないので読みとれないが、聞こえてくる声は明らかに嬉しそうだった。
「互いに譲れぬなら剣で決めよう。
それに……こっちのほうが好みだろう?」
ギードが腰の剣をチラチラ見せながらデュランを誘う。
「良いだろう。この勝負受けてたとう!」
投げ返された手袋をギードが受け取る。
正式な決闘の流儀に基づき二人の果たし合いが成立する。
「見届け人は必要ないから先に行け」
ギードが三人に首を振って前進を促す。
「じゃあ、先に行くぜ」
「そういう事で後はヨロシク」
「後は頼みます」
「オットー、待て」
ギードが一番後ろを走っていたオットーを呼び止める。
「持っていけ、お守りだ」
自分の首から下げていた小さな革袋を投げ渡す。
そのままロウとオットーとエルザは騎士の横を通り過ぎ、城への階段を上ってゆく。
それを見送った後。
「そういえばまだ名乗ってなかったな……。
ワシは妖怪屋敷の鍛冶方担当、ギードルク・ベゼッセンハイト・ゾーリンゲン。
知り合ってすぐで悪いが、我々に敵対するものは――――皆、滅ぶがいい」
言うが早いか、右手で拳銃を抜き三発連射する。
この銃はダブルアクションになっているので、オットーの銃と違って手動で撃鉄をあげる必要がない。
だが、その三発はデュランの左手で構えた盾で弾かれて火花と散った。
「連射式の単筒か。今の時代には便利なものがあるのだな」
間髪入れずにギードは左手でもう一丁拳銃を抜き構える。
二丁拳銃。
しかもこちらの銃の弾丸は先程馬車の中で銀の銃弾に換装してある。
両手に持った銃が火を噴く。
盾でカバーできない箇所を狙って広域に散らせて撃った銀の銃弾は、足や肩に命中して鎧にいくつか穴を開けた。
だが、まるで意に介さないといった感じで鎧の中に入った銀の銃弾を、足首を外してカラカラとその隙間から出すデュラン。
「弾が当たったら、もっと痛がってもいいんだぞ」
「騎士とは我慢強いものだ」
◆◆◆
正面の門をくぐり、城内に入ったロウとオットーとエルザ。
メルエの居場所を探すべく、大広間を駆け抜けてさらに中の階段をのぼる。
「……あのリビング・アーマー、誰もこの先は通さない的な事を言ってましたが……。
よく考えると僕達、普通に通っていますよね……」
「ああいう脳筋野郎は、五分前に自分が何を言ったか覚えてないのさ。
それに鎧の妖怪なら騎士ごっこが好きに決まってるしな。
ま、今回はギードの煽り勝ちの……作戦勝ちって事か」
「お堅い物同士、気が合うかもしないしね」
横を飛ぶエルザが背後から遠く響いてくる銃声を聞きながら無責任な事を言う。
「あの類の妖怪はギードに任せておけば心配いらんさ。
だが……次に何か出てきたら、お前が相手をしてくれ。
親玉は俺がもらう」
ロウが戦って負けた所をオットーはまだ見たことがない。
戦力的に考えても、吸血鬼にロウがあたるのは正攻法と言える。
その為に露払いをオットーがやる。
確かにその案は、メルエを助け出すのに最も成功する確率の高い作戦だった。
(そう言えば吸血鬼の天敵はワーウルフだと何処かで聞いた事がある)
そんな事をふと思いだし、ロウの作戦に納得するオットー。
「解りました。
……所で、これ適当に走ってる訳じゃないですよね?」
「こっちから女の匂いがするのさ」
「さっすがワーウルフね」
「大勢だな。しかも若くて……恐らく十二歳から十九歳ぐらい。
多分さらった女の子をまとめて閉じこめてるんだろうな」
ロウが走りながら鼻を鳴らして皆を先導する。
「吸血鬼の匂いはしますか?」
「いや……今の所はまだ臭わないな。
恐らくだが、まだ地下かどこかで寝てるんじゃないか?」
通路を抜け、階段を上って大分城の奥まで進む。
「ここだな」
ロウが示した扉を開ける。
すると彼の言った通り、部屋の中には三十人ほどの若い女性の姿が見える。
「……師匠の言った通りですねー」
「これだけ精度が高いと逆に引くんだけど。
ワーウルフってみんなこんな事できるのかしら……?」
危険人物を見るような二人の冷めた視線がロウに降りかかる。
「役に立ってるんだから、そういう目で見るのはやめてよね!」
「皆さん、村の人から頼まれて助けに来ました」
だが、オットーの言葉に誰も反応を示さない。
うつろな目で床を眺めているだけだった。
血を抜かれて逃げられないように催眠をかけられているのだろう。
さらに足と首には枷がはめられていた。
「いい趣味してるぜ」
「……ロウ師匠、メルエがいません!」
辺りを見回してオットーが不安そうに叫ぶ。
確かにこの部屋にいるのは人間の女の子だけで、亜人は一人もいなかった。
「ここにいるのは、もう血を吸われてる女の子だけだからな……他の所にいるのかもしれないぜ」
心配そうなオットーの肩に手を置くエルザ。
ぬか喜びとはまではいかなかったが、落胆は確かにあった。
少年の心中を察してか、師匠も少年の肩に両手で手をあてる。
「えー……と、言う訳でだな。ここは俺にまかせてお前は先に行け!」
「え? でも、さっき親玉の吸血鬼は俺がもらうってロウ師匠が……」
「……女の子が、いっぱいいるからよね?」
エルザの『五分前に自分が何を言ったか覚えてないの……?』という養豚場の豚を見るような視線がロウに刺さる。
「何を言うんだ! 俺はだな……そう。
こういう吸血鬼の城って親玉倒したら倒壊しちゃう事が多いし、誰かが女の子を避難させないとまずいだろ!?
それにお前も一刻も早く妹を探し出したいんじゃないか!? 後、女の子にこういう格好させとくのは絵的にまずいと思うんだ!!」
そう言いながらロウは、女の子を繋いでいる錆びて古くなった鎖をねじ切ってアピールする。
オットーは『師匠は嘘つくときに早口になるからあんまり嘘上手くないな……』と思ったが、メルエの事を考えるとじっとしてはいられない。
「では、僕はメルエを探しに他の部屋をあたってみます」
「メルエを見つけたらすぐ引き返してこいよ! 吸血鬼の野郎とは無理に戦う必要はないんだからな」
解りました、とオットーは暗い廊下を走り出した。
その後ろについてゆくエルザ。
「不安だ……」
少年がぽつりと漏らした言葉が、これから一人で戦わねばならない自分の事だったのか、鎧の妖怪と戦っている先生の事だったのか、それとも今別れた師匠の事だったのかは本人しか解らなかった。