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幽霊でエルフの姉は魂約者  作者: 岩川ヒロヒロ
第一章 幽霊でエルフの姉は魂約者
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第015話 【古城(後編)】 丘の上の攻防、絶対真似しないで!

 吸血鬼の居城に近づくにつれて、石造りの堅牢な城壁が徐々に巨大に見えてくる。

 昔にこの土地一帯を納めていた有力者の城だったのだろう。

 夕日を浴びてオレンジ色に染まった城門が、皆の乗る馬車を出迎えてくれる。


「門をくぐるぜ」


 ロウとギードが馬車のカーテンを閉める。

 外から車内を覗かれる事はなくなったが、これで中からも外の様子は見えなくなった。

 暗くなった馬車の中で静かに息を潜める一同。

 土の道から岩畳で舗装された道に変わり、馬車の車輪から伝わる振動が強くなる。



「待て、止まれ!!」


 外から突然に大声がして、馬車が停車した。

 どうやら入り口で門番をしている人間に止められたようだ。


「新しい娘を連れてきたんだが……」

「またか? さっきも女の子が届いたが」


 と、馬車の御者と門番の会話が聞こえる。


「城の中に怪しい奴を入れるなという城主の命令だ。中を確認させてもらうぞ」


「!!!!!」


 外からの声に、馬車の中の空気が一気に張りつめる。


 ギードがコートの内側から拳銃を抜く。

 先程、銀の銃弾を装填した銃ではない。

 鉛の銃弾――――人間を撃つ為のもう一丁の銃だ。


 それを見てオットーも、腰のホルスターから銃を抜く。


 コンコン、と見張りが外から馬車のドアをノックをした。

 それに合わせてゆっくりと音がしないように撃鉄をあげて、ドアに銃口を向ける。

 外からカチャリと、ドアが開けられようとしたその時。


「やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!!」


 突然に甲高い声で叫んだのはロウだった。


「!?」


 その場にいたロウ以外の全員が予想外の展開に固まった。

 しばらくして、外でドアを開けようとした見張りの足音が徐々に離れていく。


「上手く切り抜けたぜ」


 ニヤ、と笑うロウ。

 だが、外から聞こえてくる物音が慌ただしくなる。

 『こっちだ、早く!』という怒号も聞こえてきた。

 遠くから走って来る足音が数を増して馬車の周りに集まってくる。



「多分これ囲まれてますよね……」

「まだわからんぜ」


 そう言ったものの『あれ……おかしいな?』という様子で首をひねるロウ。

 エルザが馬車の天井を透過し、ヒョコッと頭を出して外の様子をうかがう。


「わっ、凄い! 五十人ぐらいいるわよ」

「ロウ、本当にこれで上手く行くと思った? やる前にちょっとは考えたか!?」


 ギードの銃口がドアから外れてロウの頭につけられる。


「止めてよね、まずは周りの敵をなんとかしようぜ……」


「僕、前に『こんなにも素晴らしい師匠と先生がいるなら負けるはずがない』って締めくくったんですが、あれの『師匠』って所を保留させてもらっていいですかね……」

「オットーまで!?」



 中の内ゲバをよそに、エルザが頭を出したまま報告を続ける。

 もちろん幽霊であるエルザは、外の人間からは姿が見えない。


「鎌やクワ……全員武器を持ってるわ。

 前方の城壁の門は人が沢山バリケードを作っていて……ちょっと馬車では突破出来そうにないわね。

 あと、御者はもうとっくに逃げたわよ」

 

 何故こんな事になったんだと溜息をつくギード。

 その時、ドアの外で気配がする。


「左右、開けられるわ。三、二、一」


 エルザの言葉にロウとギードがタイミングを合わせ、左右のドアを同時に蹴破る。

 開けようとした街の人ごと吹っ飛ばし、二人は外に飛び出す。


 そのまま数名の街の人がロウに襲いかかった。

 しかし、彼の蹴りや拳がそれを次々に打ちのしてゆく。

 囲まれようが、同時に襲われようが意に介さない。


 何人もの村人がロウの足元に転がった。

 しかもまるでこのワーウルフは本気ではない。

 こういう時には実に頼りになる。

 こういう時にしか頼りにならないというのもあるのだが。


 ギードも空に一発威嚇射撃を撃つ。

 が、誰も怯んだ様子はない。

 斬りつけてくる斧をかわしつつ、ギードが街の人達に向けて拳銃を撃った。

 足をかすめるように放たれた鉛の銃弾は肉をえぐってそのまま岩畳を削り、火花を散らす。

 襲ってきた街の人は足を押さえてうずくまるが、他の人には気にかけるそぶりはない。


 ――ぬ! かなり強力な暗示がかけられているな。


「Bプランだ、オットー!」

「了解しました!」


 逃げた御者の変わりにオットーが御者台に乗り込み馬車を動かす。

 巧みな操作で馬車はキャビンを振ってUターン。


「逃げます! 乗って下さい!」


 退路の妨害となる街の人達は、すでにロウが排除している。

 ロウとギードを拾って、馬車は城から逃げるように走り出した。




◆◆◆




「いいぞ。全員追ってきている」


 ロウが馬車にハコ乗りしながら、後方で追いかけてくる街の人達の様子を御者台にいるオットーに伝えてくれる。

 オットー達は行き当たりばったりに逃げているのではない。

 警護している街の人達を、つかず離れずの距離を保って城から引き離す。

 これは事前に打ち合わせた作戦なのだ。


「おそらくこれなら大丈夫。出来る事なら高い場所がいいわね」


 馬車に併走して飛んでいるエルザが雲の流れや周りの森、平原の地形や草花を見回す。

 そして何かを調べるように目を閉じて集中する。


「オットー、あの丘だ。あそこに止めろ」

「解りました」


 ロウの指示にオットーは上手く馬をなだめ、城から少し離れた丘に馬車を停めた。


 向かい風の中、馬車のキャビンの屋根の上に飛び乗ったロウ。

 その横に浮いているエルザ。


 丘の上の馬車からは街の人達が追撃してくるのが眼下に見える。

 その距離、約百メートル。


「さて、変わるかな……?」

「もうすぐで変わるわ」


 ワーウルフのロウが手に持つ革の包みから赤い粉を握って取り出す。


 オットーが街で仕入れたラーふんだ。


 ――狼が……香辛料を……!

 ――狼の香辛料が……!!

 ――狼は香辛料で!!!


 ロウの姿を見て、オットーとエルザとギードが何か言いたげな顔になる。


「お前ら、何を考えているか知らないが言葉には出すんじゃねーぞ……」


 そうしているうちに街の人達はすぐそこまで追いつきつつあった。


「今よ!」


 エルザの叫びと同時に風向きが変わる。

 向かい風が一瞬、追い風に変わった。


 エルフ族の天候や風を読む技能。

 それは幽霊となった今でもエルザの十八番だ。


 今まで街の人達の方からオットー達の方角へ吹いてきた風が逆になる。

 風は、オットー達の方から街の人達の方角へ向かって吹き始めた。


 その追い風に乗せてロウがラー粉を空に舞い散らせる。


 その赤く細かいパウダー状の唐辛子粉は追いかけてきた集団に降り注ぎ、包み込む。

 街の人達は悲鳴を上げて目を押さえて地面に倒れて転げ回り、辺りは阿鼻叫喚になった。

 唐辛子の粉末を眼や鼻の粘膜で受けて平気な生物などいない。


『ラー油を作った後で不用意に眼をこすると酷い事になるからな』


 ロウが以前に忠告してくれた通り、目の前では酷い惨劇が展開されていた。




「上手く行きましたね、ロウ師匠」

「ちょっとしたテロだから真似すんなよ!」


 得意げな顔をするロウ。

 その時、風向きが変わってふわっと粉が舞い散りロウの顔にふりかかる。


 ぐえーっと目を押さえて地面に倒れて転げ回った。


「何やってるんですかロウ師匠……」

「ほっといて行くぞオットー」


 うずくまる街の人達の横を抜けて走り出すギードとオットー。

 聖水で目と鼻を洗いながらもついてくるロウ。


「……しかし、これだけの人間を操れるとはな。

 ワシが戦った事のあるヤツはせいぜい四、五人操るのが精一杯で、操られていた人間もちょっと痛みを与えるとすぐ正気にもどった」


 地面に倒れて呻きながらもオットー達を捜す街の人達。

 どうやら、まだ吸血鬼の支配は解けていないらしい。


「今回の吸血鬼は普通のヤツではないと?」

「吸血鬼にも貴族階級がいたって話は聞いた事があるぜ。

 もっとも、ほとんど昔に討伐されて滅んだはずだが……」


 ロウの言葉にギードが少し予定とは違うな、という表情を見せる。


「城の地下で眠っていたっていう町長の情報と合わせて考えると、案外に今回の相手はそれかもしれんな」

「つまり……いつものより手強いって事ですか?」


「ああ、だからニンニクましましにしとこうぜ」

「そんな雑な対策でいいの!?」


 荷物からニンニクをオットーの服に詰め込みながら、四人は城壁の門を越えて中庭に入る。

 夕日はとうに西の山に沈み、城は夜に包まれていた。


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