第014話 【古城(前編)】 馬車の中での古典的な作戦会議
城へと続く道を行く馬車の中、ゴトゴトと揺れる車内で四人は座っていた。
オットーの隣にロウが座り、その向かいにギード。
その隣にはギターケースとライフルを並べている。
ギターケースに場所を取られた幽霊のエルザは、ヒジをついて狭そうにオットーとロウの頭の上に横になる。
頭に足を乗せられたロウが不満そうな顔をするが、エルザはお構いなしだ。
あの後、街の人の協力を得られた事もあり、吸血鬼のいる場所の情報とそこへ向かうのに馬車を手配してもらえた。
「窓は全部開けておけ。このまま谷底に馬車ごと突っ込まれたらたまらんからな」
ギードが馬の手綱を引く御者を窓越しにチラッと見て、まだ街の人間は信用できないといった顔でオットーに囁く。
「しっかし、さっきはよく感情的にならずに上手く乗り切ったな。
メルエをさらわれて、お前が一番焦っていただろうに」
隣に座ったロウが『やるじゃん』と、ヒジで弟子をつつく。
「ワシも引っ越してきてすぐ、隣街の人間を撃つのは少し気が引けたが……最後は何人か撃って実力行使で聞き出すしかないと思っていた」
「ハイ、僕もあれでダメなら……町長さんのヒザとヒジと肩を撃つつもりでした」
「ハハハこやつめ」
「オイオイオイ」
「死ぬわ村長さん」
笑う一同だったが、内心ではオットーの本気を感じ取っていたのであった。
「ところで、ギード先生。
先程、吸血鬼と戦った事があるって言ってましたが……どんな感じの相手なんですか?」
「そうだな、オットーはまだ見た事なかったな。
ええと、一年位前……ロウと一緒に戦って、同時に三匹倒したのが一番最近か」
「あの時はかなり苦戦したが……まあ、楽勝だったな」
「……どういう事ですかロウ師匠?」
ロウの含みのある言い方に、矛盾を感じて質問をする。
「質問を質問で返すようだが、オットー。お前、吸血鬼の特徴を言えるか?」
「ええと……まず血を吸いますよね。そして太陽の光に弱い。
ニンニクと十字架と聖水が苦手で海や川を渡れない。
催眠術を使い、鏡に写らないって話も聞きます」
「その通り。
吸血鬼は手頃な弱点が多いから、いくらでも対策が取れるのよ。
こう、誰でも弱点がパッと思い出せるっていうのも一つの弱点でもあるな」
「なるほど……勉強になります」
ロウがオットーに『もう飽きたよ』という風に説明してくれる。
「ヤツらは人間にとって害悪にしかならないからなあ……悪さをしすぎて専門の対抗機関が作られてるぐらいだしな。
『ashes to ashes, dust to dust(灰は灰に、塵は塵に)』
有名な殺し文句だろ?」
「ワシらが前に戦った時は夜だったからな。
三匹もいて身体能力も結構高かったから苦戦したが、朝日が出るまで逃げてヤツらが巣に帰った所を……館ごと爆破して一網打尽にした」
「つまり……夜に無対策で戦えば苦戦するけど、弱点突けば楽勝なんだアイツらは」
「町長の話が正しければ、日が沈む前には吸血鬼のいる古城に到着できるとは思うが……。
それでも夕刻の日が沈む直前、あまり日光には期待しないほうがいいな」
ギードの言葉に全員が窓の外の夕日を見ながら町長の言葉を思い出す。
オットーの説得が効いたのか、それとも亜人二人の知名度が悪い方に高かった事が幸いしたのか解らないが、出発前に町長や詳しい街の人に話を聞く事ができた。
それによると街から馬車で一時間ほどの所にある古城の地下で眠っていた吸血鬼が、半月程前に突然目覚めたのだという。
そして血を吸うために若い女を城にさらうようになり、気づいた時にはもう手遅れだった。
さらわれた人を救う為に自警団を何人か送ったのだが、誰も帰って来ない。
ある日、吸血鬼から『十二歳から十九歳の女の子を差し出せば、それと引き替えに一人返す。血を吸うだけで命まで取る気はないが、領主や騎士団に陳情すればこちらの気が変わる事もある』という旨の書状が届く。
確かに血を吸われて生気が抜けた状態ではあったが入れ替えに女の子は無事に返って来た。
そこで身を切られるようではあったが、苦渋の決断として女の子を定期的に城に送る事になったが。
やがて、もう血を吸われていない女の子がいなくなる。
二進も三進もいかなくなり、とうとう領主に密書を送った。
今、討伐隊を編成しているので少し待てという返事を貰ったが、時間稼ぎの為の女の子はもういない。
そこで皆で、相談して――――
「旅人の女の子を狙ったってワケか」
ロウが『気持ちは解らないではないがなあ……』と溜息をもらす。
「僕達には良い迷惑ですけどね。
メルエも無事で居てくれればいいんですが……」
「恐らくだが、メルエはまだ大丈夫だ」
オットーの心配そうな言葉をギードがうち消すように言う。
「これは経験則だが……吸血鬼は日が沈んでから目覚める。
そして大抵、月が一番綺麗に出ている時間に食欲が最も増す。
ロウ、今夜の月の状況は?」
「今夜は月齢十三の小望月、月が一番高い所に来るのは――――後、五時間後位かな」
「さっすがワーウルフ、月の状況には詳しいのねえ」
「つまり、あと五時間以内にメルエを助け出して……ついでにその迷惑な吸血鬼をぶちのめせばいいって訳だ。余裕だろ?」
ロウがオットーの不安をぬぐい去るように肩を叩く。
その反動でオットーの頭の上の縦に二つ乗っているエルザの胸がたわんと揺れる。
ワーウルフの視線がそっちへ流れるがドワーフが咳をして話を戻す。
「そうだ、オットー。今どれぐらい銀の銃弾持っている?」
「こんな事になるなんて想定してなかったものですから……お守りに持たせて貰っている六発しかありません」
「ワシはいつも二十四発持ち歩いているから、とりあえず……そうだな、十二発を渡しておく。
今はまだいいが、城の中に入ったら銃の中身を鉛玉からこれに変えておけ」
ギードが自分の隣に置いたギターケースの中からいくつか銀の銃弾をみつくろって手渡す。
「亜人は妖怪には及ばないが、多少なりとも魔力があるというのは以前説明したな?」
「ハイ、人間と亜人の一番明確な違いですね」
「文明の発達と共に大分退化したから、今となっては亜人の魔力なんて多少変な物が見えたり妖気を感じたりする程度だが……」
説明しながらギードも自分の拳銃を取り出してリボルバーの弾倉を開き、鉛の銃弾を抜き取る。
鉛の銃弾と言っても貫通力と強度を上げる為に表面部分を金属でコーティングしたギード特製の鉛玉だ。
「吸血鬼は亜人の中でも魔力が高い方でな。
だから催眠術とか怪しげな術が使えるのだが……魔力が高い、というのが逆に弱点でもある」
ギードは自慢そうに銀の銃弾を見せながら鉛の銃弾の代わりに装填していく。
「この銀という金属は魔力と反応するからな。それも高ければ高いほど効果的だ。
心臓に撃ち込んでやれば大抵のクソ妖怪や吸血鬼でも倒す事ができるだろう」
「心臓に銃弾撃ち込めば銀じゃなくても大抵は倒れるんじゃないかしら……」
「ちなみにこの銀の銃弾は由緒正しい聖ソフィア大聖堂の銀のマリア像を錫潰して作ったものだ」
「神聖な力が込められてそうですね」
「オレが神父とのポーカーで勝った時に戦利品としてもらってきた像だったっけか?」
「なんか一気に御利益が下がった気がするわ……」
「ま、他にも色々と対策アイテムは色々と揃えてきたしな」
出発の前に食料品店で買い込んできたニンニクや大豆、教会でわけて貰った聖水とブロンズの十字架。
建築中の家の大工に頼んで白木の木材を杭に削ってもらったりもした。
「さて、目当ての城が見えてきたな」
森を抜けると小高い崖の上に建つ城が姿を現した。
夕日に照らされた城の影が山の中腹までのびている事から、相当大きい城だと解る。
だが、外壁を越えて中庭から延びた木々や壁面を覆うツタが長い年月手入れされていない建物である事を物語っていた。
森の出口で馬車を止めてもらって全員が外に出る。
「あそこで間違いなさそうだ」
ギードがライフルのスコープを望遠鏡代わりに城をのぞくと、入り口にメルエをさらった馬車が停まっていた。
銃でつけた車輪の傷も確認できる。
城門までは起伏のある草原になってはいるが、完全に身を隠せるような場所はない。
見張りをしている人間に気づかれずに侵入するのは無理だろう。
「どうします?」
「このまま馬車で行こうぜ。城壁を越えればこっちのもんだ」
ロウのストレートな意見に全員が納得し、馬車に乗り込んで一路城を目指す。
「……ロウ師匠。先程の人間と吸血鬼の話なんですが」
オットーが少し沈んだ顔で切り出す。
「やはり、人間と亜人は共存――――」
出来ないのでしょうか、と続こうとする言葉を遮るようにロウがオットーの胸をトンと軽く叩いた。
「そんな事はないぜ。
少なくともワーウルフも、ドワーフも、エルフも、人間も今こうやって上手くやれてるじゃないか。
違うか?」
「ロウの言う通りだ。
それに、今回の件については種族の違いは問題ではない。
自分の妹……家族に害をなすような輩は亜人や人間、妖怪や霊魂の類だったとしても何ら違いはない。
全て平等に滅ぶべきだ」
「……はい、そうですね。
すみません変な事を言ってしまって。今はメルエを助け出す事だけ考えます」
城へ向かう馬車を照らす夕日は今にも西の山に沈みそうだ。
これから吸血鬼の支配する夜を迎える事になる。
きっと苦戦は免れないだろう。
だが、こんなにも素晴らしい師匠と先生がいるなら負けるはずがない。
そして今、二人と共に同じ方向を向いて戦う事ができる。
オットーはそれが何より誇らしかった。