第013話 【敵影(後編)】 敵の敵は味方、では敵の味方は?
「メルエッッ!!」
女性用品店の裏口からオットーも飛び出て来る。
銃声を聞いて、店内のどこにもメルエがいない事に気づいたのだ。
「ギード先生!?」
道の両端を人垣に塞がれ、その中心には壁を背にして剣とライフルを構えるギードの姿。
そして倒れている数人の人間。
辺りの異常な状況からオットーはすぐに非常事態であると悟った。
「メルエが馬車でさらわれた。南西の方。で、こいつらは多分グルだ」
ギードが要点だけをオットーに口早に伝える。
――メルエがさらわれた。
――敵。
ギードの言葉が聞こえた途端に、彼の頭の中に火が灯る。
火は炎となり半年前に起きた惨劇を呼び覚ます。
脳裏に焼き付いた、燃えさかる村と耳の奥にこびりついた悲鳴。
そして、炎の中で失われた自分の最愛の姉。
灯った炎は憎悪に引火し思考を瞬時に焦がし尽くしていく。
――敵ならば。
頭がそう理解する前にオットーの身体は銃を抜いていた。
銃声。
ギードのライフルから放たれた銃弾が二軒隣の教会の鐘を撃った。
けたたましい鐘の音がしばらく鳴り響き、ハッと我に返るオットー。
「出来るだけ殺すな!」
ギードの怒号が飛んで、ふっと冷静さを取り戻す。
よく見れば倒れている街の人も死んではいないようだ。
――きっと酷い顔をしていたんだろうな。
オットーは心の中でギードに礼を言って、横に並んで銃を構える。
取り囲む群衆も銃と剣を持っている相手から明確に『殺す』という言葉を聞いて動きが止まった。
「……お前らが今、さらったのはコイツの妹だ。
コイツの姉妹は一度さらわれてるからな、これで二度目だ。
あの時はかなり苦労して、妹だけは取り戻す事が出来たが――――」
ギードがジャキっとライフルのボルトハンドルを引いて次弾を装填する。
「これでも、お前らがコイツに何も思うところがないというのならば……。
そんな心の無い人間共には遠慮なく滅んでもらうとするか」
ギードの言葉に群衆の何人かが良心の呵責を感じたのだろう、視線がオットーに流れてそのまま泳いだ。
よく見れば群衆の大半はごく普通の住人と見える人がほとんどで、野党や強盗団といった荒々しい感じではない。
武器さえ持っているものの、腰が引けて積極的に襲いかかって来る気配もなかった。
表情からしてもむしろ躊躇いがちで、仕方なくやっているという様子でさえある。
その時、群衆の背後から悲鳴があがり、吹っ飛ばされた数人の男性が遠くに見えた。
どよめきと共に人垣が割れて道が出来る。
その間を、見知った顔が悠々と歩いて来た。
「楽しそうな事してんじゃん、オレも混ぜてくれよ」
「ロウ師匠!」
「遅いぞ。何をやっていたんだ」
「いやー、銃声には気づいたんだけど、何処から聞こえたかわからなくてさー。
鐘が鳴ってくれたから正確な場所が解って助かったぜ」
ロウが教会の鐘を指さしながら笑う。
「……で、なんでこんな事になってんの? 見た感じ、メルエがいないようだけど?」
状況を理解しつつ帽子を取ると狼のような耳がピンとはねる。
毛が逆立ち、細くなった瞳孔からワーウルフが臨戦態勢に入った事がわかる。
「メルエが馬車でさらわれた」
「どっちの方角だ」
瞬時に追跡に入ろうとするロウ。
「馬車を追いかけるより、この人達に馬車の行き先を聞いた方が早いだろうな。
……見ろ」
ギードがロウを制止しながら先ほど襲ってきた、壁にもたれかかって倒れている男の首をライフルで指し示す。
男の首筋には小さな二つの赤い穴が空いていた。
「ああ! ……なるほど、そう言う事か! またアイツらの仕業って訳ね」
ロウがポンと手をうち、声を出す。
「本当にアイツらは人の害になる事しかねーのな……お陰で亜人が白い目で見られるからスゲー迷惑だぜ!」
ギードは『お前がそれを言うのか?』と、思ったが今は黙っていた。
「この中で誰か話が出来るヤツ……責任者かまとめ役はいねーのか?
全員噛まれてる訳じゃないんだろ?」
ロウが群衆を見回して呼びかける。
すると一瞬、数人の顔がある方向を向く。
空を飛んでいるエルザからは、その動きがよく見えた。
そちらの方向へ建物を透過しつつ飛んで探索する。
もちろん、幽霊なのでエルザの姿は普通の人間からは見えてはない。
「村長、どうします? あの亜人達……こちらの事情に何か気づいているのでは?」
建物の影でそんな会話を交わす数人をエルザが発見する。
「あー、多分この人達ね」
エルザはひらりと戻って、ロウに報告する。
「ロウさんから右後方の路地、樽の後ろの青い帽子の老人がそれっぽい感じだわ」
「オレの右後ろの路地にいる爺さん、アンタがまとめ役じゃないのか?
青い帽子のあんただよ」
後ろを見ずに大声でそう指摘する。
路地は完全に死角になっており、老人の姿はロウからは見えない。
後方からざわめきが起こる。
――確かにそれっぽいな。
「面倒だから何匹か撃って数を減らすか……。
誰でもいいから最後残った一人が事情を説明してくれれば、それで事が足りるからな」
ギードが、カマをかけるように群衆にライフルを向ける。
「だな、もうメドいから殺っちまうか。
東の方の言葉で『敵の敵は味方』というのがあってな。
その理屈で行くと……敵の味方をするのならアンタ達は、オレ達の敵でいいって事だよな?」
ロウが近くに立っていた金属製の標識を片手で無造作に地面から引き抜いた。
もちろん数人がかりでも抜けるようなものではない。
その標識を頭上で回して付いていた土を払い落とし、槍のように脇に挟んで構える。
「ちょっと……余計面倒になる事しないでよね!?」
エルザが二人の思惑を理解出来ずに慌てる。
「お待ちくだされ……」
人混みの中から帽子の老人が従者を連れて出てくる。
『町長、町長……』と心配する声が群衆のあちらこちらから出る。
「妹を何処へ連れていったのですか?」
オットーがたまらずに、出てきた老人に詰め寄って単刀直入に聞いた。
「あんた方には本当に申し訳ないと思っておるが……」
が、村長と思わしき人物からの具体的な返答はない。
数秒の沈黙が流れる。
「無駄さ、オットー。
この人達はアイツらに不利な行動はとれないように脅されてんのよ」
沈黙を破ったのはロウだった。
「だから代わりにオレが説明してやろう。
まず、アイツらは人間の血を吸って弱った所に術をかけて意識を奪う。
それから意識を奪った人間を人質にして家族を脅迫するだろ? それを何度かくり返せば、街一個分の餌場の完成って訳さ。
……アイツら、吸血鬼のいつもの手だ」
ロウが大げさに手を広げてオットーを含めたその場にいる全員に聞こえるように大声で演説をする。
ギードも皆を見回しながら苛ついた声で続ける。
「吸血鬼に年頃の娘を全員差し出して、底が着いたから旅人の娘までさらって献上してるんだよな。
いつものパターンだ」
珍しく感情的になったギードの叱責と汚い物を見るかのような視線。
図星だったのだろう、群衆の誰もが目をそらして地面を見つめる。
「返事がないのが答えという訳だな――――人間共」
吐き捨てるように言った後、しまったという顔で不機嫌になるギード。
街の人にも仕方のない事情があるのは彼も解ってはいる。
責めるような言葉を吐くつもりはなかったが、妹をさらわれたオットーの心情を思うと上手く言葉にはならなかった。
だが、群衆も自分の街だけでなく無関係の旅人に迷惑をかけた負い目はあるのだろう。
皆、水を打ったように静まり返ってしまった。
「あ~あ、何時の間にこんな世紀末タウンになったんだよここは。
一ヶ月前に下見に来た時は、こんな殺伐としてなかったのにな……。
さっき、ナンパに行った時に女の子が誰もいないから、何かおかしいと思ってたんだが」
「……ん? 今、ナンパって言ったよな? 買い出しの途中で……しかもオットーとメルエを放っておいてナンパだと?」
「しっかし、こんな田舎ならまだ吸血鬼なんているんだなあ!! 中央じゃほとんど追い出されたから、しばらく見てなかったが――――ええと、今まで何匹ぐらい戦ったっけ?」
ギードの銃口が群衆から自分の方に向きそうだったので、ロウ慌てて話を誤魔化す。
「……五匹だ。今回の吸血鬼を叩きつぶせば……六匹目になるか。
しかし、本当にヤツらはどこの地方へ行っても代わり映えしないのだな……手口も前と全く同じだしの」
ギードがめんどくさそうに答えると、群衆から動揺と期待の混じったどよめきが起こる。
街の人からすれば、目の前の三人は今自分たちを苦しめている吸血鬼を倒した事があるというのだ。
三人を見る目が敵意から興味へと多少なりとも変わる。
だが、それがまずかった。
「おい、あのワーウルフ族……賞金首のヤツじゃないか……!?」
突然、群衆の一人がロウを指さして驚きの声を上げる。
それを封切りに次々とあちらこちらからも話し声が聞こえてくる。
「アイツ、酒場の手配書で見た事あるぞ……悪名高き妖怪屋敷のワーウルフ……」
「俺も聞いた事がある……『ジェヴォーダンの獣』、蒼銀のロウ……」
「いくつもの通り名を持つ、懸賞金の万年上位ランカーだよな? なんでこんな田舎に?」
それを聞いたロウはいそいそと帽子をかぶりなおして狼の耳を隠す。
「何の事かコレガ、ワカラナイ」
「どう考えても、もう手遅れじゃないのロウさん!?」
「いやーこんな田舎まで知られてるって、オレって有名になったなあ」
「引っ越しして三日で正体がバレたと聞いたらボスが怒り狂うぞ」
感慨深そうに言うロウと、憂鬱そうな顔で溜息をつくギード。
街の人の言うとおり、彼ら一同はお尋ね者なのだ。
正体がバレたら、またもや引っ越しをしなければならない。
ギードの溜息はもっともな事だった。
「じゃあ、あっちの赤毛のドワーフ族はまさか……」
「『地獄の火竜』、朱災のギードルク……!?」
「本気かよ、指名手配されてる殺し屋じゃねぇか」
「ウワサじゃ、いくつもの城や屋敷を丸焼きにしたっていうぜ」
「話によると大勢の人間を串に刺して生きたまま焼いて城壁に飾ったとか……」
「ポンペイの火山の噴火も、この悪魔の仕業って聞いた」
群衆のひそひそ話を聞いてギードが悶絶する。
――そうだよな、妖怪屋敷の青いワーウルフと赤いドワーフって言えば有名だしな。
「セットでいれば、すぐバレちゃうわよねぇ」
昨晩、マーガレットが『二人を屋敷から出すと、ろくな事がない』と言っていたのを思い出す姉弟。
群衆のざわめきがどよめきに変わった。
二人の悪評のお陰で、関わってはいけない人物の身内に手を出してしまったという後悔の空気が群衆の間に流れはじめる。
目の前にいる亜人二人は村人にとっては、目玉が飛び出る程の懸賞金を中央からかけられるような極悪人なのだ。
報復を恐れて逃げ出す者さえいた。
――空気が変わった。
「皆さん、僕は人間ですが……これを見て下さい!」
オットーが内ポケットから出した銃弾を高く掲げながら周りの人の注意を促す。
「これは銀で造ったもので、妖怪や一部の亜人に高い効果のある銃弾です。
どういう事かと言いますと、我々はこの手の相手とは何度も戦った事があるのです。
皆さんにもご都合があるとは思いますが……詳しい事情をお話戴ければ、お力になれるかもしれません」
群衆を安心させるように出来るだけ優しい声と笑顔を作り話かける。
「それに……皆さんは凶悪犯である我々に脅されて『しかたなく』協力させられたのですから、悪いのは我々であって皆さんに責はありません」
街の人の立場になり、落とし所を考えながら説得を試みる。
「我々の今後の行動――――僕の妹を助け出すというのも皆さんには関係はありませんしね。
その結果として街の脅威となっている吸血鬼を打ち倒し、皆さんのご家族を助けられるかもしれませんが……」
信用してもらう為に、構えていた銃をホルスターにしまう。
「僕はただ、妹を……家族を無事に取り戻したいだけなのです」
『家族』という部分を強調し、オットーは深々と深刻な顔つきで頭を下げた。
「そもそも……こんなやり方では、今回は大丈夫でも、近い内に破堤するのではないでしょうか。
誘拐できるような旅の少女なんて、毎回都合良くいる訳ないと思いますが……?」
「…………それはじゃな。
領主様に、吸血鬼の事は密かに通達してある。
討伐隊の来るまでの間、時間稼ぎをするつもりなのじゃ」
人間であるオットーを信用してくれたのか、町長が話し始めた。
しかし、その内容を聞いて顔色が変わったのがロウとギードだ。
――討伐隊が来るのは、ちとマズいな。
お尋ね者の二人を見て、討伐隊が何も思わない訳はない。
当然、マーガレットにも追っ手がかかるだろう。
「……そ、そうだ、領主様の兵隊が来るなら、コイツらの事も――――」
街の人が数人、通報しようと駆け出す。
「ちょっと待てーい!」
そこへ、ロウがバス停を投げ付けた。
横向きに飛んだそれは、背を向けた街の人を数人なぎ倒した。
「ああっ、何を!?」
村長に歩み寄って肩を掴むロウ。
「いいか、ジーさん! オレらはその……ナントカとかって言う賞金首じゃねーんだ。
通報とかマジやめてくれる!? 人違いだから!」
「じゃ、じゃが……青毛のワーウルフは珍しいと手配書に……」
「俺のはコバルトブルーだから青色じゃないだろ……? そうだろ? そうだよな?」
「おお……力強いわこの人。この状況から、まだ知らばっくれる気よ」
村長の首を絞め始めたロウを止めながらも、感心するエルザ。
「……わかった、こうしよう。
その吸血鬼はオレ達が倒してやるよ。
だから、討伐隊が来る必要はないよな? ……………………オレがボスに怒られちゃうし」
「……ハァ、まぁ……そうなるか」
ギードがキンと、溜息をついて剣を鞘に納めた。
ロウの言う通り、この街に迷惑をかけている吸血鬼を退治してやるという意味だ。
「……あんたらが、本当に?」
「出来るのか?」
「しかし、前も退治したって……」
回りの群衆から、期待と疑惑の混じったざわめきが聞こえ始める。
「けどな! もちろんタダじゃねーぞ!」
「お金で良ければ……」
「連れを誘拐した迷惑賃もかねて山ほど貰うからな! そして女も山ほどだ! いや全員もらっていく!」
「ちょっと、ロウさん、それ元よりも悪化してるわよ……」
群衆から向けられる視線の中。
ギードとオットーは無理とわかりつつも、他人のフリをし始めた。