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幽霊でエルフの姉は魂約者  作者: 岩川ヒロヒロ
第一章 幽霊でエルフの姉は魂約者
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第011話 【街中(後編)】 両手に花だけど一人はもう死んでる

 正直オットーは今の状態に困り果てていた。

 理由は簡単で、デートとは何をすれば正しいのか解らないのである。


(デート……か、確かロウ師匠が以前……)


 隣を歩くメルエを見ながらオットーは以前、ロウに教わった事を思い出しながらそれを参考に今後の予定を考える事にした。


 ――――デートの心得。


~初級~


1、他愛無い会話から相手の趣味嗜好を聞き出し、何をすれば最も喜ぶかの最善手を導き出すこと。


2、自分の趣味の物に強引に引っ張って行くのも戦法の一つだが、相手の表情や雰囲気で本当に大丈夫かどうか慎重に判断する。

 特に劇場の演目や音楽の種類は男と女では好みが違うので注意が必要。


3、あまり有効な案が無ければ適当な店に入る。重要なのは相手を退屈にさせない事。


4、スキンシップが重要。

 初対面で肩を抱く等はやり過ぎだが、お互いの信用がある程度確立しているのであるなら手を繋ぐ等の行動で好意を示し、お互いの心の距離を縮めよう。


~中級~


5、髪を触らせてくれる娘は98%ぐらいの確率でかなり好感度が高い《ロウ調べ》。

 ただし、未成人はNG。


6、自分の部屋に上げる事が出来れば、自作の小型プラネタリウムがあれば電気を消せる。

 また、座布団やイスを撤去しておけばベッドに座らせる事ができる。

 細かい事だが、こまめな気遣いの積み重ねが勝利への道を作る。



 ここから先の事はオットーにはまだ早いのでロウは教えてはいなかったが、それでも経験のない彼にとっては有り難い教示だった。


 歩幅の違いのせいで自分の少し後ろを歩くメルエの右手を、オットーは左手で優しく握った。

 メルエが照れて、頬を少し紅く染める。


 「少し歩きながら何か面白い物でもないか、探そうか?」

 「……はい、にい様」


 自然と二人で笑みを浮かべながら、メルエの歩く速度に合わせてゆっくりと歩き出す。

 もちろん馬車の走っている車道側を男性であるオットーが歩く。

 車輪で跳ねた石や暴れ馬など、万が一の事故が起きた時に女性を守る為だ。


 それをメルエの後ろで見ていたエルザは、オットーの空いている方の右腕に抱き付いて『うんうん、デートっぽいわ』と上機嫌である。

 エルザの抱き付き方だと、エルザの豊満な胸の谷間にオットーの腕が挟まれる。

 誰もが羨ましがりそうな光景ではあったが、いかんせん彼女は幽霊である為に普通の人には見えない。

 エルザがこのような大胆なスキンシップをとるのは幼い頃から割とよくある事なので、抱きつかれているオットーも意識しては居ないようだ。



 暫く三人で何のあてもなく歩いていると、オットーがある店の前で急に立ち止まる。


「おっ、こんな所に乾物屋がある。……ちょっとだけ寄ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

「我が弟はデートで乾物屋に行こうだなんて、何を考えてんのかしら」


 エルザがべしべしとオットーの頭をはたくが、本人はお構いなしで入ってゆく。

 そこは古びた感じの乾物屋で、間違えても女の子連れで入る様な雰囲気のお店ではない。

 しかもかなり専門のお店らしく、置いてある商品のロットも一般的な家庭用の50~150g位のお手頃なサイズではなく全て500g以上。

 いわゆる業者用である。


「あっ!! これがあるのか」


 オットーが袋に入った赤い粉を見つけて驚く。

 昨日にラー油を作った時に切らした唐辛子の粉、ラーふんだ。

 何やら色々と種類が有る内の一つを手に取って珍しく興奮気味になる。


「これがそんなに珍しいものなんですか? ただの唐辛子の粉のようですけど?」


 メルエとエルザが、喜ぶオットーに質問する。


「普段食卓の上にある唐辛子、一味や七味は粉末の粒が結構大きいんだ。

 対してこのような細かいパウダー状の物なら麺に練りこんだり、他の料理の隠し味みたいな使い方もできて色々と便利な使い方が出来る。

 でも、細かいのはなかなか売って無いんだよ」


 別の粗びき唐辛子粉と比較しながら熱心に語りだすオットー。


「無いなら自分で唐辛子をすって作らないといけないんだけど……コレが結構キツイ作業なんだよな。

 普通、唐辛子は繊維が堅過ぎるから、すり鉢じゃ上手く潰せない。

 そこで粉挽き機を使って潰すんだけど、粉挽き機の中に残った辛み成分は洗ってもなかなか落ちないから、次に別の物に使うときに気をつけなくちゃいけないんだ。

 だから特別な技術と専用の用具が必要なんだよ」


 珍しくオットーが饒舌に話しているので二人ともただ、温かい目をして相槌をついていた。


「ん~……これが有るなら他に唐辛子の種だけのはないかな?

 ロウ師匠から聞いたんだけど、あれが有ると透明なラー油が作れるらしいんだよ。

 本当は唐辛子は種の方が辛いらしくて、その種だけで作る透明なラー油は見た目とは裏腹に凄く辛いらしいんだって。

 必要な分を手作業で種だけ取り除くのは時間がかかり過ぎて実際に作るのは難しいんだけど、もし置いて有るなら是非買っておきたいな」

 

 オットーはラー粉の棚を色々物色するのに没頭していたが、どうやら他には珍しい物を発見出来なかったようで少し残念な様子だった。

 が、直ぐに気持ちを切り替えて手にした唐辛子粉の粗びきとパウダー状の二種類を購入するため上機嫌で会計に向かう。

 

 昔からよく知るはずの普段口数の少ないオットーのあまりの変化に、残されたエルフの姉妹は複雑な顔をするしかなかった。 


「あの子、料理の話になると早口になるのはちょっと……ねぇ?」

「何か打ち込める事が出来たのは良いことですよ、ねえ様…………」



 

 その後、思わぬ収穫で必要以上にテンションの上がった事を自覚したオットーは、少し頭を冷やそうと店の近くに有った公園に寄る事をメルエに提案した。


 公園で休む事にした三人は暫く適当に露店などを見た後で、端に有ったベンチに座って荷物を下ろして一息つく。

 二人が休憩しているので暇そうなエルザ。

 彼女は浮いているので疲れなどとは無縁なのだ。

 辺りを見回したエルザが、少し離れた場所で街の人がやっていた賭チェスを発見。

 観戦の為にそちらへ飛んでいってしまった。


 エルザが二人から離れると、オットーは先程露店で買ったリンゴをいくつか紙袋から取り出す。


 「メルエ、そろそろ喉が乾かないか?」 


 昨日貰ったばかりの銀色のナイフを腰から抜いて、隣にいるメルエの為にリンゴを剥き始めた。

 剥いた皮が薄く長く手元から伸びて、ヒザの上に落ちる。


「おお……凄いです、にい様」

「包丁はロウ師匠に毎日しごかれているしね。……ほら、ウサギだ」


 慣れた手つきで少し皮を残してリンゴをウサギに見立てる。


「ありがとう、にい様。ずいぶんと上手くなりましたね」

「まあ……ギード先生がくれた、このナイフの切れ味がいいというのもあるけど」


 ナイフの刃の部分を後ろから右手で包むように持って、左手でリンゴを優しく持つ。

 なるべく両手の手首を近付けて、刃の当たっている部分を右手の親指で押さえて、残りの皮も剥いてゆく。


(普通に街で売ってるような刃物と比べて、硬度と切れ味が全然違うんだよな。

 それに不思議なのは全然錆びない事だ。これは一体何の金属で作られてるんだろう?)


 オットーが不思議に思いながらも、手を動かして細工包丁を入れる。


「ほら、キングギドラだ」

「にい様、凄いけど一体どうやったのコレ!?」


  


 リンゴを食べながら、二人はとりとめない会話を交わす。

 その姿は誰から見ても仲の良い兄姉にしか見えなかった。

 

「にい様、前から疑問だったのですが。

 どうしてロウさんは『ロウ師匠』と呼んでいるのに、ギードさんは『ギード先生』なんですか?」


 先程、オットーの口から二人の名前が出てきた事でメルエが尋ねる。

 確かにオットーもギードに師事しているので『ギード師匠』でもいいハズだ。


「ああ、僕も最初は『ギード師匠』って呼んでいたんだけどね。

 ギード先生が『ワシはまだ弟子を持てるような技量ではない』って言うものだから『先生』って呼んでるんだ」


「生真面目なギードさんらしいですね。

 私もマーガレットさんを『ボス』って呼んだら『私をボスと呼ぶな』って言われた事があります」


 『マーガレット』という名前は悪い意味で有名なので、他の人に聞かれると好ましくないという意識から小声になるメルエ。

 それに合わせて声をひそめるオットー。


「あの屋敷でマーガレットさんを『ボス』と呼んでいるのはロウ師匠とギード先生……それと、僕かな。

 僕たちは外敵や侵入者がいたら、ボスの指揮下で敵と戦わなくちゃいけないんだ。

 だから、ボスはメルエやドリスさんにそんな荒事をして欲しくないからこそ、そう呼ばせてくれないんだと思うよ」


 ――僕も、妹に銃を撃って欲しくはないしね。


 とはいえ、外敵が侵入してくるような緊急事態はオットー達がこの屋敷に来てから一度もなかった。

 そうならない為に各地を転々として身を隠しているのだから、当然とはいえば当然なのだが。

 


「呼び方と言えば、メルエ」

「何ですか、にい様」


 今度はオットーがメルエに尋ねる。


「この半年、色々とあって言う機会がなかったけど……」


 少しまじめな顔をして兄が妹に身体を向ける。


「僕は半年前まで、メルエの本当の兄と思っていたけど実際は違った。

 だから……『にい様』じゃなくて他の呼び方でもいいんだよ」


「何を言い出すんですか! にい様は私にとっては血が繋がっていなくても、種族が違っていても……今までどおりずっと『にい様』です!」


「そ、そうか?」


 思っていた以上に強い口調で反論されて驚くと同時に嬉しく思うオットー。


「にい様ご自身はどうなのです?

 自分が本当の姉弟ではないと知って、エルザねえ様が他人になったと思っているのですか?」


 妹にそう指摘されてハッとなる。


「エルザ姉さん。……エルザ姉さん、姉さん……」


 賭チェスを観戦しているエルザの方を遠い目で見て、確かめるように何度も姉の名をつぶやく。


「そうだな、僕にとってエルザ姉さんは……エルザ姉さんだ。

 半年前と何も変わらず、あの人は僕の姉さんだ。

 ごめん、メルエ。変な事を言ってしまって」


「『にい様』がイヤならば、『お兄様』にしましょうか?」

「やめろ、それは流石にヤバイ」


「呼んだ~?」


 エルザがオットーに呼ばれたと思って、フヨフヨと近づいてきた。


「エルザ姉さんは、ずっと僕の姉さんだな」

「何をそんな当たり前の事を言ってるのよ」


 兄と姉のそんな姿を見て、妹の表情が少し暗くなる。

 姉が幽霊になった後も、兄の姉への想いは変わらなかった。

 きっと幽霊になった姉も、兄への想いは変わってはいないのだろう。

 多分、この二人の間には自分が入り込む隙間はない。

 かすかに痛む心の内の痛みを隠すように、少女は自分の胸に手をあてた。


 先程オットーがメルエの手を握ったのも『デートをしているから』ではなく『はぐれて迷子にさせないため』である。

 兄として、保護者としての使命感にも似た感覚であって、姉妹が考えている『初めてのデート』との距離は果てしなく遠い。 



 ふと、メルエの前を一組の青年と娘が通り掛かった。

 幸せそうに手を繋いだ、誰が見てもデート中のカップルと解る二人。

 自分と兄もいずれ、あのような関係になる事があるのだろうか。

 そんな事を考えていたら。


「…………いいなあ」


 つい無意識のうちに言葉が出てしまう。

 とっさに胸から手を離し、口に当てるがオットーには聞かれてしまったようだ。


 オットーはメルエの視線の先にいるカップルを見て、メルエの心中を察したように妹の肩を軽く叩く。

 それは先程、ロウが自分を励ましてくれたのと同じように。


「心配いらないよ、メルエ。きっと時間が経てばあんな感じになるさ」

「えっ!?」


 思いもよらなかったオットーの言葉にメルエが驚く。

 その妹の胸に、兄はリンゴを押しつけて言った。


「メルエもエルザ姉さんぐらいの歳になれば、胸もコレぐらいの大きさになるさ」

「ええっ!?」


 確かにメルエの胸は年相応という感じで慎ましい大きさである。

 他の大人の女性のバストサイズと比べて気にする年頃ではあったが。


「セクハラ撲滅パンチ!!」

「ぐえっ」

 

 リンゴでオットーを殴りつけるエルザ。

 

「!?!?」


 殴られたのを不思議がるオットー。何故殴られたのかを解っていない様子だ。


「私は別にあのカップルの女性の胸の大きさを羨ましがっていた訳ではないです!」

「でも今……あれ?」

「ハァー、我が弟はロウさんから悪い影響を受けすぎているんじゃないかしら」


 オットーがロウのように女心を読めるようになるのは、まだ先の事のようだ。





◆◆◆





 ひとしきり街を回った後にエルザがある店に気づき、機嫌良くメルエを呼んだ。


 「メルエ、これこれ」

 「……あ、この店は」


 ウィンドウに張り付いたメルエの表情がぱっと輝く。

 『女性用小物店』と看板に書かれた店だ。


 「いいよ、メルエ。ちょっと寄っていこうか」

 「ハイ!」


 オットーはメルエの後について店に入ろうとするが、それに気づいた姉妹二人に『ちょっと待った』と止められる。


「にい様、こういうお店は女性専用で男性は立ち入り禁止なのです!」

「えっ、そうなのか……勉強ニナリマス」


 それならと、オットーは自分の財布をメルエに差し出す。

 メルエは可愛らしい柄の財布をオットーに見せながらその申し出をやんわりと断った。

 彼女はマーガレットからお小遣いを貰っていたのだが、使う機会がないのでずっと貯めていたのだ。


 店内に入っていくメルエとそれについて行くエルザ。

 店外には男のオットーが、一人ポツンと残された。




◆◆◆




「ねえ、メルエ、これなんかどう?」


「これは……爪に塗る、マニキュアというお化粧道具ですね。

 ドリスさんが前に塗ってくれた事があります。

 けど、ちょっと色が派手じゃないですか?」


 店内でエルフの姉妹は、赤くてキラキラ光るラメが入った小瓶を眺めながらつぶやく。


「いい? 女性は普段なら地味でもいいけれど……好きな人がいるのなら、攻めまくらないと他の女性にとられてしまうわ。

 それにね、これぐらい派手じゃないと我が弟は鈍感だから気づかないわよ」


「………………え!? ね、ねえ様、私はそんな!!!」


 姉に図星をさされ、つい声が大きくなってしまうメルエ。

 幽霊であるエルザの声は店員や他の客には聞こえないし、もちろん姿も見えない。

 なので他の人から見れば、メルエが一人で突然声を上げたように見えた。

 その状況と、姉に兄の事を言われて恥ずかしくなり小さくなってしまう。


「こっちの香水もいいわねー。私は幽霊だから、匂いなんてわかんないけど!」


 そんな妹をよそに、次々にメルエの買い物カゴに品物を入れていくエルザ。


「ちょっと、ねえ様買いすぎじゃないですか」


「いいの、いいの。次にいつ来るかわかんないし。

 いつまでもドリスさんにお化粧道具化してもらう訳にもいかないでしょう?

 それに……私はもう、お化粧もできないしね。その分メルエにがんばってもらわなきゃ」


 エルザが少し寂しそうな顔で言うと、メルエもそれ以上は何も言えずに納得する。


「でもちょっとこれ無駄使いしすぎじゃないですか?」


 妹は仕方がないと、カゴをかかえて一端精算をすませる。

 買った化粧品をバッグに入れて姉の所に戻ってくると。


「じゃあ次は洋服ね!」

「まだ買うんですか!?」


「いいの、いいの。次にいつ来るかわかんないし

 いつまでもドーリスさんに服作ってもらう訳にもいかないでしょう?

 それに……私はもうお洒落もできないしね。その分メルエにがんばってもらわなきゃ」


「コレ、さっきと同じセリフですよ!!」

「とにかく、女の子はもっと着飾らなきゃ!」


 エルザはウキウキとたくさんの服をメルエに持たせ、店の奥の試着室へ連れ込んだ。


「これもいいけど、これも素敵ねぇ。

 いやー、もう全部買っちゃいますかー」

「ねえ様、そんなお金一体何処にあるんですか!」


「外にお財布くんがいるから足りなくなったら彼を呼びましょう」

「ヒドいです」





◆◆◆





「……暇だ」


 その頃、一人で外にいるオットーはこれから自分の身に起こる運命も知らず、呑気に流れる雲を眺めたり蟻の巣を観察していた。




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