第010話 【街中(前編)】 何をして、何をなすのか?
何かと騒々しかった昨日から一晩が経った。
この日は、屋敷から離れた街へ買い出しに行く予定だ。
昼過ぎ、昼食を終えたオットー、メルエ、ギード、ロウの四人は屋敷を後にする。
幸いにも天気は晴れ。
森の中の木漏れ日が、一行の歩く小道を照らしていた。
「しかし、近くの街に行くのにソレは必要ないんじゃねえの?」
ギターケースを抱えて腰に剣を一振り差したギードを見て、ロウがファッションチェックを始める。
「ワシにとっては見知らぬ街だからな、これぐらいの用心はしておくのは当然だ」
腰の直刀を少し抜き、キンと鳴らして鞘に納めるギード。
もちろんこれも彼が打った一本だ。
「護身用に人斬り用の剣を持ってきたからな。百人斬っても大丈夫だ」
「へいへい、今日はそれを使わないように祈っとくぜ」
ロングコートの懐の膨らみを見るに、胸のホルスターにも拳銃が左右二つ入っているのだろう。
「まあ、それほど治安の悪い街ではないので問題はないと思いますが」
そういうオットーも左右の腰に昨日もらったナイフが二本、右腰のホルスターには拳銃が入っている。
それを隠す為に腰にくくりつけた大きな布が腰マントのように風にたなびく。
問題はないと言ったものの、やはりエルフである妹を連れて街に出るのは緊張せざるを得ない。
この国ではエルフは珍しいので、どんなトラブルに巻き込まれるか解らないからだ。
武装した二人とは対照的に、ピクニック気分なのがロウとメルエだ。
メルエの格好は屋敷で作業するための侍女風の服とは違い、今日は私服。
髪と耳を隠す為にリボンのついた大つばの帽子をかぶり、リュックを背負っている。
ロウも服のシルエットは昨日と同じではあるが、昨日爆破された為に靴が違う。
そしてメルエと同じく、耳と髪を隠す為に頭にはツマミ帽。
ワーウルフである事を誇りに思っているロウは別段人に耳や尻尾を見せる事を何とも思わないのだが、マーガレットの命令で人混みに行く時はかぶらされているのだった。
オットーの横で浮いているエルザは相変わらずの露出の多い儀式用の装束。
彼女はこの服装の時に亡くなったので、幽霊になった後もずっとこのままなのである。
屋敷の周りを囲む深い森を抜けると、昨日カニと遭遇した湿地帯が姿を現す。
近くにある街道を南西に一時間ほど歩くと街の入り口が見えてきた。
「いつもながらメドいんだけど、しょうがないわね」
街に入るとエルザは、今まで座っていたオットーの肩の上からしぶしぶ地面に降りて自分の足で歩き始める。
浮いている二つの人魂もポケットにしまい込む。
幽霊であるエルザの姿は魔力を持たない普通の人間には見えない。
だが一部の特別な人間や、魔力を持つ亜人には見えてしまう。
その人達に姿を見られると大抵が驚いて大騒ぎになってしまうので、飛ぶのをやめて普通に振る舞って幽霊である事を悟られないように配慮しているのだ。
もっとも、その緊張感が持つのは少しのあいだだけで、すぐにエルザは浮き始めてしまうのだが。
「へえぇ~。人がいっぱいですー」
「ハハハ、この程度ではいっぱいとは言わないよ。都会はこの百倍は人がいるよ」
人口二千人ほどの街だが、あまり外を出歩き慣れてないエルフの少女にとっては大都市に見えたのだろう。
キョロキョロと物珍しそうに建物や、すれ違う人を眺めていた。
◆◆◆
「ワシは金物屋とスポーツ店に寄るから、ここで別行動だな」
街に入ってすぐ、ギードが個人的な用事の為に皆から別れる事を告げた。
「金物屋はわかるが、スポーツ店?」
「何を買うのよ?」
ロウとエルザが問いかける。
普段屋敷の奥で引きこもっているギードにとって、スポーツなどは無縁の物だと思ったからだ。
「バスケットボールだ」
「バスケットボール!?」
ますますギードとは無縁の物に、今度は全員の言葉が重なった。
彼がコートでドリブルしている所などまるで想像がつかない。
「ワシが要るんじゃない。ドーリスが必要なんだと」
「ああ、なるほど。妹さんのお使いですか」
ギードが妹のドーリスから渡された『買ってきて欲しいリスト』を見せながら言う。
「後は……テニスラケット、虎と兎のぬいぐるみ、忍び装束、松の盆栽」
「何に使うんだよそれ!?」
ギードの妹、ドーリスは作家だ。
おそらく絵を描く為の参考資料なのだろう。
「……私、ドーリスさんの描いてるジャンルが何となく解っちゃったわ」
「ワシは少し店を探して回るから、皆と合流するのは少し後になるだろう」
「ああ、のんびりしてきていいぜ」
「本当にギードさんはドーリスさんに甘いわねぇ……」
皆がギードを見送った後。
「これからどうしますロウ師匠? 先に食料品の買い出しを済ませますか?」
「食料品よりも先に輸入雑貨の店に寄ってくれ。
ここを見ればこの街の流通経路が大体わかるからな。
北の方からの物品も入ってきてるといいんだが……」
『輸入』と書かれた看板を見つけ、店に入っていく四人。
店内には外国の珍しい物が所狭しと並べてある。
メルエにはどれもこれも珍しいのだろう、興味深く見回して目を輝かせていた。
「おっ、ツイてるぜ、お目当ての酒がある」
酒の並んでいる棚を見ていたロウが、酒瓶を手にとってオットーに見せる。
「ボスの飲んでいるお酒ですね。これは外国の物だったのですか?」
「北の方の酒でな。この辺りじゃ結構珍しいんだ。
ウォッカって言うメッチャ強い酒なんだぜ」
「へえー、じゃあこの辺りは結構色んな所と交流があるんですね」
「ああ、まだ結構珍しい物があるかもな」
この街はそんなには大きくないが、港町と中央へ行く道の間にあるのでこのような外来品が多いのだろう。
ロウの説明に田舎者の三人は感心しきりだった。
「おっ! これは!?」
突然ロウが棚の商品を見て驚く。
「おい、みんな見ろよ! カンヅメがあるぜ。これが昨晩言ってたヤツだ!」
一同が珍しげにカンヅメが並べてある棚の前に集まる。
「本当に鉄で囲ってあるんですね。こっちは果物で、こっちは肉の塩漬け。
でもこれ中が見えないから、ラベルが無ければ中身が何かわかりませんね」
コンコンと手にとってノックするオットー。
「これ、どうやって開けるんでしょう?」
「カンヅメを開ける専用の缶切りって道具があってな。
東の方では有名な話なんだが……ある作家が戦時中にあまりにも腹がへったから、指でこじ開けて喰ったって自伝で書いてる」
「完全にそれ妖怪ですよね」
「そうだな、確かに妖怪の伝記を描いてる作家だったような……」
「ねえ、ロウさん。このカンヅメ何か他のと違わない?
なんか膨らんでるというか……」
エルザが棚の一番端に隔離されていた赤いラベルのカンヅメを見つけていぶかしがる。
「おおっ! 珍しい! これもウォッカと同じ北の方のカンヅメでニシンの塩漬けなんだ。
オレも話には聞いていたが見るのは初めてだな。
ほぉ~、本当に膨らんでるなあ」
ロウはパンパンに膨張したカンズメを、珍しげに手にとってしげしげと見つめた。
それをエルザがスゥーッと手を透過させ、興味本位で中身を確かめてみる。
「ちょっとロウさん、これ中身腐っ――――」
「これがいい! これもボスの土産にしよう。
ボスの出身は北の方だからな。故郷のほうの物だから、きっとボスも喜んでくれるぜ!」
邪悪な笑みを見せ、ロウは酒とニシンのカンヅメを二つ購入する為にカウンターへ向かった。
財布を持たされているオットーもその後について行き、ロウの代わりにレジで精算を始める。
すると一人離れていたメルエに店の主らしき年老いた老人が話しかけてきた。
「あんた方、見ない顔だけど旅人かい?」
「はい? ……え~と……」
どんな風に答えればいいのか悩んでたメルエ。
そこへロウが近寄ってきて助け船を出す。
「ああ、旅の者だ。大きな街に行く途中で立ち寄ったんだ」
ロウが即座にいつも通りの、予め用意していた当たり障りの無い適当な返事を店主に返す。
「ほう、中央へ行くのかの? ……他にも連れの人は居るのかい?」
老人は興味深そうにチラチラと三人を見ながらロウに質問を続けてくる。
「いや、オレ達は三人で旅をしている。
……ところで、ここはなかなか品揃えのいい店だな」
あまり嘘が得意ではないロウが、ボロが出る前に話題を変えようとする。
しかし、店主の興味は自分たちに向いたままだ。
値踏みするような視線が気になったエルザが、店主の前でワザと浮いたり禿げた頭をポンポンとしているが、店主に変化はない。
どうやらエルザが見えていて、興味を示しているという風ではないようだ。
「……そのお嬢さんの目の色じゃが。まさかとは思うが……エルフ族かの?」
「うっ!!」
「えっ……!?」
突然図星を刺されたロウは言葉に詰まり、メルエは慌てて帽子で視線を遮る。
店主の興味の原因はメルエにあったらしく、少女の前にしゃがみ込んで珍しげに顔を覗き込んだ。
現在伝えられているエルフ族の特徴は『金髪と尖った耳で美しい容姿』だが、実はもう一つ『瞳の色が黄金色』というものがある。
金髪は人間にも大勢いるし、耳の尖った種族は他にも多いが、ここまで瞳の色がはっきりと黄金色なのはエルフ族だけの特徴なのだ。
だがこれはあまり一般には知られていない事なので、屋敷の皆はそれほどメルエの瞳の色には留意していなかった。
しかし、この老人は輸入品店の店主という事もあって見聞が広かったのだろう。
メルエがエルフ族である事に気づいたのだ。
「もし、よければ耳を見せてくれんかの?」
店主の手が帽子で隠れたメルエの耳にのびた。
と、その時。
「すみません、おじいさん……僕の妹は、この通り人見知りをするので」
レジの精算を終えたオットーが、メルエと店主の間へ少し強引に割り込んだ。
店主の手を止めようとしたロウも、オットーの行動に成り行きを黙って見守る事にする。
「おお……すまなんだ、お嬢ちゃん、つい興奮してしもうてな。
エルフなぞ、この歳まで生きてきても見た事がなかったもんじゃからの」
店主も悪気からの行動ではなかったようで、すぐに手を引っ込めた。
「確かにエルフは他の亜人と比べて珍しいですが……残念ながら妹はエルフではありませんよ」
「そうか? じゃが、そのお嬢ちゃんの黄金色の目は――――」
言いかけた店主の言葉が止まる。
オットーの左目にも黄金色の瞳がある事に気づいたのだ。
「僕たち兄妹はかなり遠方の出身で、ここら辺では珍しい色の目をしていますが……エルフ族ではなく、人間なんです」
オットーは自分の尖っていない耳を強調するために、黒い髪を耳にかける仕草をしながら続けた。
「この通り、兄である僕は片目だけが色が違うだけなのと、髪の色も黒……。
もちろん耳も尖ってないですしね。
けど、妹は両目が黄金色なのと金髪ですし、この通り可愛いからエルフによく間違えられますけど」
店主はオットーの尖っていない普通の耳を見て、その言葉を信じたようだ。
「ふーむ、それにしても綺麗な目じゃのう。これならエルフ族と言い張っても通じるんじゃなかろうか」
そんな話をいくつか交わした後、三人と幽霊一人は輸入品店を後にした。
皆がワイワイと騒がしく次の店に歩みを進める中。
一人、メルエは耳を外から見えないように深く帽子を被り直す。
それはエルフ族という事を隠す為だという事もあったが。
想いを寄せる人に『可愛い』と言われた事で、長い耳が夕日の様に綺麗な赤色に染まっていたからだった。
◆◆◆
「さっきは上手く誤魔化したな。なかなか機転がきくじゃないか、オットー」
歩きながらロウがオットーに先程の一幕の感想を述べる。
エルザもオットーに後ろから抱き付いて、妹のピンチを救った自慢の弟を褒め称える。
「流石はオットー君、我が弟ながら格好いいわ」
「それほどではないですよ。メルエがエルフ族だとバレて良い事なんてありませんしね。
兄として妹の身を守るのは当たり前ですよ」
「しっかし、まさか目の色でエルフとバレるとはなぁ。
今度からはメルエが外に出る時は色眼鏡を準備するか。
ギードの野郎にでも作ってもらってよ」
「…………」
目の色と聞いて、少し考え込んでしまうオットー。
半年前に住んでいたエルフの里に起きた事件。
あの時から自分の左目は何故だか、このような色になってしまった。
だから。
自分の色の変わった左目を鏡で見る度に、大事なものを沢山無くした半年前の事を思い出してしまう。
姉や妹や里の皆と同じ瞳の色になって嬉しいという気持ちもあったが、それ以上に怒りや悲しみを強く呼び起こす負の象徴である自分の瞳。
それは黄金色に輝いてはいたが、鏡に写った自分の瞳を見つめる胸の内は灰色そのものだった。
それが今日、初めて役に立ったのだ。
あまり好ましく思っていなかった自分の瞳が、妹を助けたという事に複雑な気持ちになる。
「悪い事ばっかりじゃねえだろ?」
そんなオットーの心中を察したのか、隣を歩いていたロウが肩を叩く。
「オレが思うにだな……その左目はきっと、吉兆じゃないかと思うんだ」
「吉兆……ですか?」
「ああ、そうだ。お前自身にも目が金ピカになった原因は解らないんだろ?
もちろんオレも、東の方でさえそんな前例は聞いた事ないぜ。
ボスはガラスを使って一時的に瞳の色を変えるワザがあるって話はしていたが、もちろんそんな風でもないしな」
「もちろん私にも解んないわよ」
エルザも横を仰向けに飛びながら口を挟む。
「だからな、原因が解らないなら良い方に考えようぜ。
お前の目はきっと何か意味があって、良い事を成す為に変わったんだってな。
そっちのほうが健康的だろ?」
「……ギード先生なら『原因が解らないなら悪い方に考えろ』って言いますよね」
「だろうなあ。あの野郎はちょっと根暗だからな」
ロウはそう言いながら、肩をすくめて笑った。
それに釣られて皆も笑う。
師匠が自分を励ましてくれたのだと理解したオットー。
出汁に使われた先生には悪いとは思ったが、彼の心は少しだけ晴れたのだった。
◆◆◆
街の中央まで来たところで一同は、噴水のある所で休憩する事にした。
「ロウさん、さっき買った物は私がお持ちしますよ。
皆さんはもっと大きな荷物を運ぶのでしょう?」
何やら機嫌の良いメルエがロウに話しかける。
「いや、コレぐらいの荷物は平気……………………。
おお、すまないな。じゃあメルエ、頼めるか」
一度は遠慮しようとしたロウだが、少しの思案の末にそそくさとメルエの背負っているリュックに紙袋を入れた。
先程の輸入品店で買った物を思い返して『そんなものを入れるなよ』という顔をするエルザだが、メルエの幸せそうな顔を見てやれやれと言いながらつい笑みをこぼす。
「なあ、オットー。ちょっと相談があるんだが」
手ぶらになり身軽になったロウが神妙な顔をオットーに向ける。
「一番探すのに時間喰いそうだったボスの酒が見つかったし……。
オレ、ちょっと用事すませてきていいか?」
「カジノなら、この街ありませんよ」
「ちげーよ! ナンパだよ!」
「よけい悪いわよ!」
オットーは黙って聞いていたが、エルザが代わりに文句を言った。
「……いや、オレとしてはだな。この街の美人計数というか……なんというかだな。
総人口における性別の年齢比率を調べておくのも重要だと思うんだ。
若者がいないと過疎化しちゃうだろ? 一年後には限界集落になってたりすると買い物に困る」
「……わかりましたからどうぞ」
変な理屈をこねだしたロウ。
それを見て、彼が今日買い出しについて来た本当の理由を悟る三人。
「お前達もせっかくだから兄妹で色々と見て、デートしてくるといい。
二時間後ぐらいに食料品店の辺りで合流しようぜ」
「あんまり時間がかかるとギード先生を待たせちゃいますよ」
「わかってるって。
じゃあメルエのボディーガードを頼んだぜ、お兄ちゃん」
久しぶりに羽根を伸ばすか、と尻尾を左右に振って上機嫌と言う感じで去っていくロウ。
「……じゃあ、とりあえず何処か行こうか」
「ハイ。私、にい様とこうやって知らない街を歩くの初めてです」
嬉しそうに笑うメルエ。
しかし、二人ともそのまま動かない。
動かないのではなく、動けないのだ。
よく考えると、デートと言われても二人には経験がない。
何をしていいか解らないので次の目的地を決められないのだ。
「いやあ、二人とも初々しくていいわねぇ。
しかしオットー君、こう言うときは男性にリードして貰いたいものなんだけどね?」
見かねたエルザが二人の肩を叩く。
しかし、もちろんエルザもデートなどした事などないので次の予定を決められるハズもない。
「にい様、とりあえず観覧車に乗ればよいと聞いた事があります」
「待ってメルエ、それは一番最後よ!」
果たして三人は、このデートで何をして何をなすのか。