君が見ていたもの
徒然シリーズ第四弾。作者が初めて書いたホラーです。
今月のお題は「幽霊」、「サーファー」、「里帰り」の3つです。
……彼女がいなくなってからもう数年がたつ。
数年前のあの日、彼女がサーフィンをしに行くと言って家を出て行って2度と戻ってくる事は無かった。サーフィンを楽しむ途中で潮に流されて海へ流されてしまったとその日の夜に家に来た警察官から聞いた。遺体はまだ見つかっていない。だが、生存は絶望的だろう。なんせあれから警察からも何処からも連絡の1つも無い。それはつまりそういうことだろう?
なぜあの時俺は一緒に海に付いていかなかったのだろうか、もし俺も一緒に付いて行っていれば、助けることが出来たんじゃないか?
あれ以来俺はそう思う事でいつも一緒に行けばよかったとずっと後悔している…。きっと彼女は俺の事を恨んでいるに違いない。
そう思いながら日々を過ごしていた俺はこの間急に届いた母親からの帰ってこいとのメールに従って久し振りに故郷に帰ることにした。
「あんた、まだあの子のこと考えてるのかい?」
家に帰って居間に腰を下ろしてすぐに母はそういってきた。
「ああ、母さんには女々しいって言われるかもしれないけど、今でも俺はあいつの事を思い続けている。それはいくら母さんでも譲るつもりはない。」
「そうかい……。だったらいいんだ。あんたがそういう気質の子で良かったよ。でもあんたがそのまま結婚しないんじゃないかと私はちょっと心配だけどね?」
「どう言う事だ?なんかあったのか?」
「別にあの子の遺体が上がったりすればあんたも変わるのかねと思ったんだけどそうじゃなくてよかったと思ったんだよ。」
「ちょっと待ってくれ!あいつの遺体が上がった?そんなの俺聞いてないぞ!?」
「ちょっとあんた知らなかったのかい!?あの子が行方不明になってから数か月後にどこの港か忘れたけど遺体がそこに流れ着いていたんだよ。………ってあんた聞いてんのかい!」
俺は呆然としていた。そんな手紙がポストに入っていたことはなかったし、電話もかかってこなかった。どこかで連絡ミスがあったのか?それにしてもおかしすぎる。いくらなんでも数日ならともかく数年だぞ。まるで誰かが俺に知らせないようにしているかのようだ。
「悪い母さん。そこまで知っているなら墓の場所も知ってるだろ。教えてくれ。」
「墓参りにでも行くつもりかい?」
「ああ。さすがに結婚目前だった彼氏がいつまでも墓参りに行かないのは不謹慎すぎるだろ。」
そう、これは俺がけじめをつけるためでもあった。これまで後悔し続けて動けずにいた俺と縁を切るためにはそうすることが必要だと思ったからだった。
「じゃあ、後で紙にでも書いてテーブルの上にでも置いておくよ。」
「助かる。ありがとう。」
俺はそのまま2階にある自分の部屋に上がって日頃の疲れからか眠ってしまった。
夢を見た……。
潮に流されていて陸地がどんどん離れている。波が荒れたせいで頼みの綱のボードが流されてしまった。もう体が言う事を聞かない。……ああ、沈んでく……。もう私は助からないんだろうな…。御免ね、帰れなくて…。約束は守れないや……。
そんな声がどこかから聞こえたところで目が覚めた。瞳は涙でなぜか濡れていた。
最後の声はどこかで聞いたような声だったな……。そう思いながら下に降りると居間のテーブルの上に手紙があった。内容は彼女の家のお墓がある墓地までの地図と彼女の実家から俺に連絡は出したと話を聞いていたから連絡しなかったという事と、ちょっと買い物に行ってくるから家を空けるという事が書いてあった。
俺は母に感謝しながら地図を見ると、今から出ても夜までに帰れる距離だった。母に行ってくるとの置手紙を置いて、俺は家を出てバイクにまたがった。
1時間ほどバイクに乗って俺は彼女の墓がある墓地にたどり着いた。彼女の家のお墓はその墓地の海に近いところにあるそうだ。
来る途中で買った花を右手に持って、ヘルメットを左わきに抱えて俺は彼女の家のお墓に向けて歩いて行った。
「来るのが遅くなってごめんな。遺体が見つかったなんて俺知らなくってさ、お前がまだ生きてるんじゃないかと思ってここに来ようとも思わなかったんだ。俺は元気にやってるよ。だからお前も俺の事を気にせず、天で待っていてくれよ。」
そう言って俺が立ち上がろうと思った瞬間、周囲が急に暗くなった。
そして後ろからひんやりとした手が首筋にあたった。その間俺は全く動くことが出来なかった。そしてそのひんやりとした手が俺の首を絞めた瞬間、大量の記憶が俺に流れ込んできた。
「うがぁーーーーー!」
その情報の多さに俺は頭の中を鉄棒でこねくり回されているような感覚に襲われて余りの激痛に叫んだ。そして俺は気を失った。
海の中でたゆたうような感覚のなかで漂うような気がした後、俺は目覚めた。そして気づいた。あの夢は彼女がみた最後の景色だったんだと。
ふと何かに導かれるように上を見た。そこには笑顔で狂気に染まった目でこちらを見つめる彼女がいた………。
そして彼女の口が何かを紡ぐように動くのを見たところで俺は再び意識を失った。
「お~い、そこのお兄さん。こんなところで寝ていると風邪をひいちまうよ~。」
俺は見知らぬおじいさんに揺さぶられて目が覚めた。気絶する前のことがあったもんだから一瞬身構えてしまい、変な目で見られてしまったが事情を説明して勘弁してもらった。おじいさんに起こされた後に時計を確認したのだが、俺が意識を失ってからそれほど時間がたっていないようだ。まだ陽も高い。
俺はおじいさんに礼を言ってここから立ち去ることにした。
実家に帰ってから俺は夕飯を食べる前に、一人風呂に入っていた。シャワーで首筋に残るあの冷たさの記憶を早く洗い流したいからこその行動だった。
それにあれから冷や汗が全然止まらなかったから体中がベトベトで、それを洗い流したいというのもあった。
シャワーを浴びている途中にふと思いだした。彼女と最初に出会ったのはそういえば今と同様のシチュエーションだったことに。あの時はもちろんこんなマイナスな感情を抱えたまま俺はシャワーを浴びていたわけじゃないし、彼女も多分俺がシャワーを浴びているとは思ってもみなかったんだろう。
だが、今の俺は過去にとらわれずに明日に向かって生きることに決めたばかりじゃないか。
そう思って俺はシャワーの元栓をしめた。すると……、
「ねぇ、こっち向いて…。」
そんな彼女の声が後ろから聞こえた気がした。俺はまた冷や汗が止まらなくなった。だが、この浴室の出口は俺の背後にしかないのだから後ろを振り向かなければ風呂から出られない。俺は意を決して後ろを振り向いた。そこには……、
彼女の妹が居た。俺と彼女が初めて会った時と同様にウェットスーツを着た状態で。
「(何だ、脅かすなよ…。)どうした?」
「ねぇ、聞こえない?お姉ちゃんの声が。」
「急に何を?どうしたんだ一体?」
「ねぇ、声あの人に届いてないんだって、お姉ちゃん。」
「何を言ってるんだ。君のお姉さんはもうすでに…」
俺が事実をもう一度言おうとした瞬間俺の首元にひんやりとした感触が当たった。
俺は気付かなくていいことに気付いてしまうそんな性格だった。
だからこそ気付いてしまったのだろう。風呂場に立ち込めていた湯気がまるで人の姿をかたどるかのように俺のすぐそばへと動き始めていたことに。
だんだんその影ははっきりとした形を取り始め、そして彼女の姿になったところで、
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!」
俺は反射的にうちの檀家の寺のお経を唱えていた。すると、影は苦しむかのように揺れた後、姿を消した。
それと同時に彼女の妹もその場に倒れてしまった。
俺は慌てて彼女の妹を抱えて居間に向かった。すると母さんが俺の姿を見て驚いた。
「ちょっ!あんたいったい何をしたの!あの子だけじゃなく妹にまで手を出したの!!」
「してない。してない。なんか俺が風呂に入ってたら勝手に入ってきてその場で倒れたんだ。仏様に誓って何もしてない。それに彼女とは関係を結んだことはない。手を出してなんかないんだ。」
俺がそう言うと、母さんはまだ疑っているようだが、なんとか納得してくれた。
俺はもう飯を食うつもりにはなれず、夕飯が要らない旨を伝えてそのまま自分の部屋で寝てしまった。
何か物音が聞こえた気がして目が覚めた。時計を見ると、今は夜中の2時だった。泥棒が入ってきたのかと思って部屋から出ようと思い立ち上がろうとした瞬間、
「「ねぇ、聞こえてる?会いに来たよ。」」
二つの声が俺の部屋に響き渡った。
俺が声のした方を向くと、なぜかバスローブを着た彼女の妹に覆いかぶさるかのように彼女の幽霊が居た。
「「結局一度も私たち関係を持ったことなかったよね。だから私それが未練で死んでも死にきれないんだ。」」
何を言い出すかと思ったらいきなりとんでもないことを口走りだした。あまりにもありえない発言と状況のコンボに俺が呆れて物も言えなくなっていると、
「「だから、この子の体を使って関係を持ちに来たんだ♪」」
とんでもない爆弾発言をしてきやがった。
結局彼女の望みは果たされることはなかった。なんせ、俺が全力で拒否し続けた上に、偶然俺の部屋に置いていた埴輪とお札が原因で彼女の妹に取りついた彼女が俺のベッドまでたどり着くことはなかったのだから。
彼女の怨嗟の声を聴きながら俺は耳栓をして寝た。
朝になってからあの墓場で、彼女の幽霊が何を言ってたのかがやっとわかった。
「「やっと一緒になれるね。」か…。」
部屋を見た。彼女の妹は部屋にはいなかった。当たり前だ。朝までここにいたらマジで困る。俺が母さんに殺されちまって幽霊になっちまう。
その日の午前中の内に俺は実家の檀家寺に行って、除霊してもらった。するとそれまで感じていた肩の重みや苦しさがすべてなくなった。
俺はそのまま住職に礼を言い、バイクで今一人暮らしをしている家に帰った。
今までの彼女との素晴らしい思い出を胸にしまったまま、俺はこれからも生きていく。きっと彼女もそれを本当は望んでいるに違いないと信じたいから。
「ただいま~っと。…まぁ、誰もいないんだけどな。」
一人で暮らす日常。寂しくないかと言えば寂しいさ。けど、また出てこられると困るからな。ここは自分をしっかり持とう。そう思って俺は部屋の鍵を開けた。
「………………所でよ~、お前何でここに居んだよ‼Σ( ̄□ ̄;)」
「「今日こそはさせてもらうよ~‼(*≧∀≦*)」」
やっと辿り着いた我が家、そこには彼女の幽霊が俺の部屋の中央でちゃっかりとお茶を飲んでいた…。しかも彼女の妹の体を乗っ取った状態でだ。
前言撤回、俺の彼女に憑き纏われる日々はまだまだ続きそうだ…。
そんな怖くないホラーになっちまいました…(苦笑)
感想、メッセージ共に待ってます。
…………どうかホラーガチ勢に怒られませんように…。