8 二週目 魔術 シャルル 前編
アリエス学園 魔術棟
アリエス学園の学舎は四棟に分かれる。一棟目は、入学式等がひらかれる大講堂や食堂、購買がある生活棟、二棟目は、ホームルームクラスがある学問棟、三棟目はトレーニングルームがある剣術棟、そして四棟目が研究室と実験室がある魔術棟である。
魔術を担当する教師たちのほとんどが魔術研究者であり、日々自身の研究に没頭している。
彼らは、高出力低燃費を目指した魔法研究、魔力がない人間でも魔法を発動させることができる魔法道具開発、その他王宮からの要請で行われる研究等、様々な研究開発を行っている。
魔術の授業は他の授業と異なり、特定の教師の下で学ぶことが推奨されている。尤も、他の授業と同じ様に自主学習が主であるため、授業では、生徒自身が魔術に関する課題を見つけ、取り組む形である。そのサポートとして教師が必要なのである。
中には、生徒を研究の助手代わりにする教師もいる。だが、高度な研究に間近で触れることができることから、率先して助手になりたがる生徒も稀にいる。
原則、一度師事した教師・研究室を変えることはできない。最初に教えを受けたら卒業までその教師が生徒の魔術担当になる。
つまり、相性の悪い教師に当たっても変えることはできないのである。
シャルルは、魔術棟のとある研究室の前に立っていた。
(たしか、ここがカトリーヌ先生の研究室ですわ)
カトリーヌ先生とは、アルジェントに倒される前のシャルルが師事していた女性魔術教師である。彼女は、高威力の魔法に精通しており、少ない魔力消費でいかに高威力の魔法を発動させるかの研究をしている。
気が強く凛としたカトリーヌ先生に、シャルルは憧れていた。
(カトリーヌ先生にまた会えるなんて思いませんでしたわ)
扉をノックしようとすると、急に扉が開く。
「あら?貴女は?」
出てきたのはカトリーヌ先生だった。
「初めまして、新入生のシャルル・ブラームですわ。ぜひ先生に魔術を教わりたいと思いまして」
「ごめんなさいね。研究が立て込んでて今年は新入生の受け入れをしていないのよ」
「そんな…」
もう一度カトリーヌに師事することを考えていたシャルルだったが、その考えは打ち砕かれてしまった。
「それと今日は、ほとんどの先生方が魔術学会で留守なの。私もこれから魔術学会に出席するのよ」
魔術学会とは、王国中の魔術研究者たちが集まり、それぞれの研究や開発結果を発表、討論する場である。更なる魔術の発展を目的として年に数度、王宮などで開催されている。
「そんな不安な顔をしないでも大丈夫よ、たぶん誰かは残っていると思うわ」
「カトリーヌ先生、一度入った研究室を変更することはできないはずですわ」
「そうね。直接教えることはできなくなるけど、相談に乗ることはできるわ。気軽に研究室にいらっしゃい」
「…ありがとうございます」
「じゃあ、がんばってね。シャルルさん」
カトリーヌは、扉の鍵を閉めて魔術棟を出ていった。シャルルは取り残されてしまった。
(もう一度カトリーヌ先生に教えていただきたかったですわ…。今日は、図書館で歴史の勉強でもしましょう)
シャルルは魔術棟の扉を開けて出ようとしたが、扉は開かなかった。
「あ、あら?」
鍵は掛かっていない。押しても引いても扉はうんともすんとも動かなかった。
「出られないですわ!」
すると、突然扉が開き、上級生が入ってきた。
(今がチャンスですわ!)
シャルルは、扉が閉まる前に外へ出ようとしたが、出ることはできなかった。まるで見えない壁に阻まれているようだった。
「また、ですの?」
シャルルは、魔術図書館に行こうとしてトレーニングルームへ行ってしまったこと、剣術の稽古では実力以上の動きをしたことを思い出す。
「これが女神様のご意思なのですか。私は、まだ魔術棟から出ることはできないのですね」
魔術棟から出られないのであれば、当初の目的通り魔術を教えてくれる教師の下へ行かねばならないと考えたシャルルは、片っ端から研究室の扉を叩いた。
「誰もいませんわ…」
カトリーヌの言う通り、教師がいる研究室はなかった。
最奥の研究室の前まで来てしまった。
「もうここしかないですわ」
シャルルは扉を叩き、扉を開けた。
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研究室の中は本や書類、薬草の瓶が散乱してごちゃごちゃしていました。中央には散らかったテーブル、デーブルの奥は書類の壁で向こうに何があるかわかりません。
「ヒィッ!」
視線を感じて横を向くと、大きなゴーレムが私を見下ろしていました。
『ライキャク、ライキャク。シャルルブラーム、ジョシセイト、イチネンセイ』
「なっ…なぜ私のことを!」
ゴーレムが私の名前と学年を大声で言いました。なぜ私のことを知っているのでしょう。
すると、書類の壁の向こうから背の高い男性が現れました。汚れていますが、魔術教師の制服の白いローブを着ているので、先生ですわ!
「女子生徒が何の用だ」
先生は、非常に不機嫌な顔をしています。
「ごきげんよう。新たな魔法の習得のために来ましたの。…ところで、このゴーレムはなんですの?なぜ私のことを知っているんですの?」
先生は不機嫌な顔のままです。
「このゴーレムは、研究室の警備用に俺が作った。お前だけじゃなくて学園関係者全員、そして、この研究室に来そうな王宮関係者の顔と名前、身分が登録されている。理解したか?」
「えぇ」
「じゃあ、とっとと出てけ。俺はお前に魔法を教える暇はない。魔法の習得がしたけりゃ他所を当たるんだな。ゴーレム、オキャクサマのお帰りだ」
先生は、追い払うように手を振り、背を向けました。そして、ゴーレムに私を追い出すように命令しました。
ゴーレムが私の前に立ちはだかり、押し出そうとします。
ですが、ここで引くわけには参りません。このままでは魔術棟から出られなくなってしまいます。
「それでも教師ですの!?ご自身の研究以外にも生徒の面倒を見ることも仕事の一つでしょう!?職務怠慢ですわ!」
「はぁー…めんどくせぇな」
私が食い下がると、先生はため息をついてこちらを向きました。
「ゴーレム、元の位置に戻れ」
『リョウカイ』
ゴーレムが元の位置に戻っていきます。
「面倒を見るには条件がある。俺の助手となり、研究を手伝え。それができなきゃ今すぐ出てけ」
「望むところですわ!助手でもなんでもこなして見せますわ!」
そうしないと、魔術棟から出ることができないと思いました。
この先生に師事することが女神様の導きかもしれませんわ。
「そうかい。じゃあ、さっそく仕事な。実験室に行くぞ」
先生に連れられて、私は向かいの実験室に行きました。
実験室は、壁に魔法陣が書いてあり、反対側はガラス張りになっています。ガラスの向こうには、格子状の線が引かれて数十マスに区切られています。
先生が壁の魔法陣に手を触れると、マスの部分に障害物や数体のゴーレムが現れました。そして、それら全体を囲う壁も出てきました。
「最初の仕事だ。あのゴーレムたちと魔法で戦え。すべてのゴーレムを倒せば新しい魔法を教えてやる」
「そんなの無茶ですわ!」
「死角から魔法攻撃すれば簡単に壊せる。ゴーレムの攻撃を食らってもたぶん怪我はしない。じゃ、がんばれや」
再び先生が魔法陣に手を触れると、私は、囲いの中に飛ばされてしまいました。
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「いきなり何なんですの!」
何の告知もなく囲いの中に飛ばされたシャルルが叫ぶ。ガラスの向こうにいる先生には聞こえない。
「ゴーレムと戦うなんて、無茶ですわ…。今の私は初級の火属性魔法ファイアボールしか使えませんのに」
シャルルは、試しにファイアボールを放つ。ファイアボールは、2マス分飛んだあと、消滅した。
「今の私ではファイアボールは2マスまでしか飛ばないのですね」
保有する魔力量や魔術のスキルによって魔法の威力は変わる。中の下の実力しかないシャルルは、ファイアボールの飛距離も中の下である。
「ここで立ち止まっても仕方ありませんわ」
シャルルは、立っているマスを出て、隣のマスへ移動する。右手には障害物が立っている。
すると、何かが移動する音が聞こえた。
「何の音ですの」
音に警戒しながらも、さらに隣のマスへ移動する。すると、右手にゴーレムが立っていた。ゴーレムは、障害物の方を向いており、シャルルのことには気づいてなかった。
「たしか、死角から攻撃すれば良かったはずですわね。…ファイアボール!」
シャルルの手から火の玉が飛び出し、ゴーレムに命中する。魔法が命中したゴーレムは、簡単に崩れ去った。
「本当に壊れましたわ!」
初級魔法で倒せると思わなかったシャルルが驚きの声を上げる。
「これなら行けますわ!」
シャルルは、ゴーレムの前を横切るように前進しようとした。しかし、実際に移動したのは先ほど壊したゴーレムのマスだった。
「ま、またですわ!」
剣術の稽古の時と同じように体の言うことがきかないシャルル。
シャルルの意思とは関係なく次のマスへ進み、左手の方に見えた2マス先にいたゴーレムにファイアボールを放っていた。
「言うことが聞きませんわ!」
進行方向を変えるために体をひねろうとしても出来ず、シャルルの体は次々と魔法でゴーレムを倒していった。
気が付くと、ゴーレムの攻撃を受けることなくすべてのゴーレムを倒していた。
最後のゴーレムを倒したとき、シャルルは囲いの中に飛ばされる前の場所へ飛ばされた。
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「初級魔法しか使ってないとはいえ、無傷とは意外とやるな」
先生はニヤリと笑って私を褒めました。ですが、無傷なのは私の実力ではなく、女神様のお導きによるものです。
そんなことを言っても誰も信じることはないでしょう。
なので、私は、自分の実力で倒した振りをすることにします。
「すべてのゴーレムを倒しましたわ!お約束通り、新しい魔法を教えてくださいませ!」
「そうだったな。ほらよ。」
そう言って私に渡したのは、ローブの袖から出した小さなノートでした。
「これは初級火属性魔法のファイアボールの上位互換、ファイアアローの魔法書だ。このノートの通りにやれば習得できるだろ」
「これが魔法書、ですの?」
私の知る魔法書は、ノートより大きく、装丁も豪華で頑丈なもののはずです。
「ああ。ファイアアローの研究結果をまとめたノートだ。そこらの魔法書を使うよりずっと効率が良いファイアアローを習得できる」
ノートの中を見ますと、一般的な魔法書よりはるかに理解しやすい内容でした。先生の言う通り、このノートの通りに練習すれば今週中にはファイアアローを習得できるはずです。
口は悪いですが、研究者としてはきっと素晴らしい方なのでしょう。
「ありがとうございます、…先生」
まだ先生の名前を聞いていなかったことに気づきました。先生もそのことに気づいたようです。
「はいはい、どういたしまして。俺のことはリューク・エピナール大先生とでも呼べ」
「それはお断りしますわ、リューク先生」
大先生と呼ぶほど尊敬はしていませんもの。