2 プロローグ シャルル
私は、あの娘に嫉妬し、憎んでいました。
アリエス学園に入学した後、アルジェント様は私を放ってあの娘のことばかり気にかけていました。
あの娘はアルジェント様に私という婚約者がいることを知っているのか知らないのか、貴族と平民の垣根を越えて親交を深めていました。
アルジェント様を引き留めようと色々と行動した私でしたが、アルジェント様は私に冷たくあたるばかり。
心に積もる嫉妬心と憎しみに耐え切れなくなった私は、闇魔法であの娘を消し去ろうと思いました。
『あなたさえいなければ、アルジェントさまは、わたくしのことをみていましたのに…。あなたがいるから、わたくしをみてくださらない…。だから、あなたは、きえて。』
『そんな…』
『リーナ!危ない!! リバースライト!!』
『キャアアアア!!』
しかし、その思いはアルジェント様に砕かれ、私は己の闇魔法に飲まれました。
闇魔法が私の生命力を奪うのは一瞬でしたが、その一瞬は長く感じられました。
思い浮かぶのは、アルジェント様ではなく、私を愛してくれた家族、私のわがままに振り回されても投げ出さずに付き合ってくれた侍女たちの顔でした。
(あぁ…わたくしはなんて愚か者なのでしょう…。アルジェント様を想うあまり大切な人たちのことを忘れてしまうなんて……)
(女神様、わたくしはとんだ愚か者です。あの人を想うあまり、嫉妬心に駆られて愚かな行動に出てしまいました。)
(わたくしは、罰を受けます。ですが、教えてくださいませ、女神様。わたくしは、どこで道を誤ったのでしょう)
意識が闇に飲まれつつも、私は女神様に問いかけました。
ヴァルゴ王国を建国した初代ヴァルゴ王を導いた女神ジェミシス様、ヴァルゴ王国民のほとんどは女神様を信奉し、私もその一人でした。
(女神様、教えてくださいませ…)
そして私の意識は闇に飲まれたのでした。
--------------------------
「お嬢様、起きてください、起床のお時間ですよ」
「う、う~ん…」
「お嬢様!」
「!!」
目を開けると、よく知る自室の天井が目に入ってきました。横を向くと、私を起こしに来た侍女がいました。
「おはようございます、お嬢様。朝食の準備ができております」
「お、おはよう。今から向かいますわ」
私は、闇に飲まれたはず。なのに、どうして自宅にいるのでしょう。
(あれは夢だったのでしょうか? それともこちらが夢?)
私は、手早く身支度を済ませて、食堂へ向かいました。
「おはよう、シャルル。」
「おはよう、シャルルさん」
「おはようございます、お父様。お母様」
すでにお父様とお母様は席についておられていました。私も席につき、お父様とお母様と一緒に朝食をとりました。
「いよいよ明日はアリエス学園に入学だね、シャルル。アルジェント君が一年先に入学していたからさみしい一年だったろうが、明日からともに学園生活が送れるようになって良かったな。」
ハハハと明朗に笑うお父様。
「え、明日、入学…?」
「どうしたのですか?シャルルさん」
「い、いえ、なんでもありませんわ、お母様。とても明日が楽しみですわ、お父様」
どういうことでしょう。
私は、入学式前日に戻ってきたようです。
朝食をとり終わった後、私は、部屋に戻ってカレンダーを確認して驚きました。
私が死んでから一年以上も前に戻ってきたのです。記憶はそのままで。
「どういうことでしょう…まさか、女神様の奇跡……?」
私は確かにあの時に死んだはずですが、再びこの世に、過去に戻ってきたということは…
「女神ジェミシス様、女神様の奇跡に感謝いたします。わたくしは、自身の心の弱さに必ずや打ち勝つことを誓います」
私は、胸の前で手を組み、女神様に感謝の祈りを捧げました。
ですが、この時の私は、まったく気が付きませんでした。
私が過去に戻ったことは奇跡ではなく、女神様による罰であったことを。