15 三週目 学問 シャルル
アリエス学園 魔術図書館
魔術図書館には、魔法書、魔術理論、魔法道具などを始めとした魔術に関する書籍が揃っている。
シャルルは、魔術理論を復習するために魔術図書館を訪れていた。
「シャルル・ブラーム、1年Aクラスですわ」
「はい、新入生の生徒さんですね。では、魔術図書館の利用方法を説明します」
魔術図書館に入館すると、受付に司書が座っていた。シャルルは、司書に学生証を提示する。
司書はシャルルが新入生であると確認すると、魔術図書館の利用方法の説明を始めた。初めて魔術図書館を利用する場合は、必ず司書から利用方法を聞くことが規則になっている。
「中級までの魔法書は貸出可能ですが、それ以外の書籍はすべて持ち出し禁止になっています。読書室で閲覧をお願いします。また、読書室では魔法陣を使った小規模魔法を発動することは許可されています。発動可能な小規模魔法に関する書籍の背に印が描かれているので確認してください」
「わかりましたわ」
「では、そのほかの注意事項はこちらの冊子に書いてあるので、読んでおいてください」
シャルルは、司書から利用方法と注意事項が書かれた冊子を受け取った。冊子を手にしたまま魔術理論に関する書籍が並ぶ本棚の前に移動した。
(やっと、魔術理論の復習ができますわ)
新しい魔法はリュークの下で学ぶことができる。しかし、新しい魔法を学んだからと言って、すぐに発動できるわけではない。魔法は、魔力と魔力を魔法に構成させる魔術理論で成り立っているため、魔法を発動させるには魔術理論を身に着ける必要がある。
シャルルは、火属性魔法の魔術理論は覚えていたため、ファイアアローを一週間で覚えることができた。しかし、他属性の魔術理論を忘れているため、他属性魔法を覚えるには、それぞれの魔術理論を一から学習する必要がある。
(たしか、初歩的な魔術理論の本は…)
シャルルが手にした本は、風属性の魔術理論に関するものだった。背表紙には読書室で発動可能な印が描かれている。
(内容も理解しやすそうですし、この本で風の魔術理論を復習しましょう)
シャルルは、手にした本を持って読書室へ移動した。
それから数日に渡り、シャルルは風属性の魔術理論を学習した。
そして平日最終日、今週の集大成として風属性の小規模魔術の発動を試みた。
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ここ数日、私は風属性の魔術理論を勉強しました。そのおかげで、風魔法の中級までは習得できるかもしれませんが、理論を覚えるのにいっぱいいっぱいでしたので、新しい魔法を覚えることはできませんでした。
その代わり、魔法陣を使えば覚えていない魔法でも使えますので、魔法陣を書いて風属性の初級魔法ジェンウィンドを発動させようと思いました。
「…わかりませんわ」
机の上には未完成の魔法陣と魔法陣を書くための道具や本が散乱しています。
かれこれ一時間、この魔法陣とにらめっこをしています。発動には何かが足りないのですが、何を足せばいいのかわかりません。
「あのー…きっと、ここに書き足せばいいんだと思いますよ」
「え?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、青髪の男子生徒がいました。彼は、胸ポケットから魔法陣用のペンを取り出し、私の魔法陣に足りない部分を書き足しました。…あぁ、直線が一本足りなかったのですね。
そして、魔法陣に魔力を込めると、無事に発動しました。
魔法陣が淡い緑色に光り、心地よい風が短い間吹くと再び光を失いました。
「成功ですわ!ありがとうございます!」
「いえいえ、…すみません、勝手に魔法陣に書き足してしまって」
青髪の男子生徒は、魔法陣に線を書き足したことを謝りました。この方が書き足さなければあと数時間は悩んでいたと思います。
「そんなことありませんわ!かれこれ、一時間も悩んでいましたの。助かりましたわ」
「それならよかったです」
微笑む青髪の方。きっと、心優しい方なのでしょう。とても優しい笑顔です。
「魔法陣を書いたのは初めてでしたの。…難しいですわ」
「ちょっとでも線や文字に過不足があると魔法陣は動かないんですよ。最初のうちは、見本と自分の魔法陣を間違い探しのように比べるのがコツですよ」
「とても集中力を使う作業ですわね。上級魔法になりますとさらに複雑になるのですわよね?…書けそうにありませんわ」
初級魔法の魔法陣を書くのに一時間以上もかかる私には、上級魔法の魔法陣を書くことなど無謀に等しいです。
本の最後のページに上級魔法の魔法陣の見本がありましたが、あまりの細かさにページが真っ黒に見えました。
「上級魔法の魔法陣は複雑ですからね。人によっては魔法陣を書くより魔法を習得する方が簡単に感じるらしいですよ。向き不向きの問題ですね」
「…私は魔法陣は向いてないですわね。魔法書を読んで覚える方が向いてますわ」
幸い、リューク先生のノートは他の魔法書より解りやすいので魔法陣を書くより魔法を覚える方が楽に感じられます。
「僕は魔法陣の方が好きですね。一度書いてしまえば使いまわせますから。清書したものをこんな風にまとめてるんです」
そう言って見せてもらったものは、紙の端に穴をあけてそれぞれに紐を通してノートのようにまとめた紙の束でした。
「新しいのを書いたら、ひもを通してまとめればいくらでも増やせます。よく使うものだけ持ち歩いてるんです」
「すごいですわ!」
各属性の初級魔法や移動魔法などがまとめられていました。どれも教科書に載っていそうな綺麗な魔法陣です。
「…あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたわ」
お話に夢中で未だ青髪の方の名前を伺っていませんでした。それに、私も名乗っていません。
すると、青髪の方は一礼しました。
「僕はピエール・オルトマーレです。シャルル・ブラームさん、ですよね?」
「え、えぇ。どうして私のことを?」
まだ名乗っていないはずですのに、ピエールさんは私の名前を知っていました。
「僕、シャルルさんと同じクラスなんですよ」
「まあ、そうでしたの?存じ上げなくて申し訳ありませんわ」
クラスメイトでも同じ授業を受けるわけではないので、ほとんど交流はありません。私のクラスは貴族の子息令嬢しかいませんので、パーティーなどで見かけた方は覚えています。ですが、ピエールさんのことは覚えていませんでした。
「アハハ、大丈夫ですよ。僕、入学してからほとんど魔術図書館に籠っていたので覚えていなくて当然ですよ」
「ですが、ピエールさんは私のことを存じていましたわ。何故ですの?」
そう尋ねますと、ピエールさんは困ったように笑いました。
「実は、以前お会いしたことがあるんですよ。その時、少しだけお話ししたんですが、10年も前のことなので覚えてないかもしれませんね」
「10年前…?」
10年前というと、6歳の頃です。お父様やお母様に茶会や昼間のパーティーに連れて行ってもらった覚えはありますが、当時は人見知りでお父様たちにべったりくっついていた覚えがあります。その頃の私が同年代の貴族子息の方とお話するなど考えられません。
「そろそろ僕はこれで…。もし、学問で分からないことがあったら聞いてください。僕は魔術や剣術より学問が得意なので、もしかしたらお力になれるかもしれません。では、また」
「…ごきげんよう」
そう言ってピエールさんは去ってしまいました。
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「10年前…10年前…うぅ、思い出せませんわ」
自室に戻ったシャルルは、10年前の記憶を探るが、ピエールに会ったことは思い出せずにいた。
「機会があった時に詳しく聞くしかありませんわね」
シャルルは自力で思い出すことをあきらめ、ピエールに会ったときに当時のことを聞くことにした。