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1 プロローグ ミサ

「ゲーム一点、540円になりまーす」


 女性は、やややる気の無さそうな店員の声を聞きつつ、金額を表示しているレジのディスプレイを確認し、釣りがでないよう丁度の金額を店員に支払った。


「540円丁度お預かりします、ありがとうごさいましたー」


「ありがとうございます」


 店員からレシートと商品を受け取り、礼を述べた女性は中古ゲームショップを出て自宅へ向かった。


 彼女の名前は、黒川ミサ。うら若き大学一年生であり、現在は親元を離れて都心郊外で一人暮らしをしている。彼女の趣味は、中古ゲームショップで掘り出し物のゲームを見つけることである。

普段は、アクションやRPGなどを好んでプレイする彼女だが、今日はいつもと違うジャンルに手を伸ばしていた。



途中、近所のスーパーに立ち寄って数日分の食料品を買い込み、帰宅した。


「ただいまー」


「おかえり!わあ、いっぱい買ってきたね!」


「まあねー。がっつりゲームやろうと思ってさ」


 一人暮らしのはずの彼女を出迎えたのは、数日前から泊まりに来ている高校時代の友人、白井ユキである。ユキは、ミサとは別の大学に通っているが、度々泊まりに来てはミサと一緒にゲームをする。アクションゲーム類を好むミサとは異なり、ユキは、パズルやアドベンチャー、シミュレーションゲームを好む。ミサがダンジョンの仕掛けで詰まったとき、何度もユキに助けてもらっていたりする。


「今日はどんなゲーム見つけてきたの?」


「フフフ、いつもとは違うゲームだよ!」


 じゃーんと言いながら袋からゲームを取り出してユキに見せた。


『乙女学園 ~彼のハートを射止めて!~』


 ゲームのパッケージには、ヒロインらしき制服を着た優しそうな女の子とその周りを囲うように描かれる攻略キャラらしき5人の男の子たち。

そして、なに寄り目を引くのは、パッケージ上部で魔王のような禍々しいオーラを放ちヒロインたちを取って食わんとする如何にも悪役な女の子の姿である。


「・・・なにこれ」


「乙女ゲームだよ!」


 乙女ゲームにしては妙なパッケージに若干引くユキ。

ミサは、テレビの側においてあるゲーム機にソフトをセットし、コントローラーを持ってソファに座る。


「ミサにしては珍しいね、乙女ゲームなんて」


「なんか乙女ゲームっぽくないパッケージに惹かれちゃってさー!乙女ゲームっていうより、RPGゲームっぽくない?」


「たしかに」


 頷きつつユキは冷蔵庫からペットボトルを2本取りだし、ミサに手渡しながらとなりに座った。

丁度、ゲームのオープニングムービーが流れ始めた。





--------------------------



王国歴 774年


ヴァルゴ王国立アリエス学園



 数多くの優秀な学者、政官、騎士、魔術師を輩出する学校として有名である。生徒のほとんどは貴族や金持ちの商家出身であるが、まれに普通の平民でも特待生として入学すことが可能である。

 しかし、特待生としての門は非常に狭く、魔術や剣術、学問のいずれかが規定水準に達していないと入学は認められない。その規定水準とは、優に学年トップの成績を超していなければならないのである。


 リーナ・クラリス、平民出身ながら特待生としてアリエス学園高等部に入学した。リーナは剣術と魔術は触れたこともなく、学問は一般レベルであるが、彼女が保有する魔力量は学園史上一番の量であったため、魔術師としての将来性を期待して特待生として入学することが認められた。

 リーナは魔力量だけは優秀だが、他の能力は他の平民と大して変わらない。しかし、彼女の努力次第で魔術師だけではなく、学者、政官、騎士の道を歩むことができるのだ。


『特待生になれたのはいいけど、この学園は貴族の方や優秀な方がいっぱいいるし、仲良くできるかな? それに、魔力量が多いだけの平民の私ができることはなんだろう?将来のこともまだわからない…。』


 リーナは、これからの学園生活を思うと不安になり、校門の前で立ち止まってしまった。


『でも、両親も友達も、私がアリエス学園に合格したことを心から喜んでくれた!みんな私を応援してくれてる!だから私はこの学園で頑張るわ!』


 リーナは、決意を胸に学園の門をくぐった。



『会場は、どこだろう? それより、ここはどこ?』


 入学式が執り行われる講堂を探しながら敷地内を歩くリーナ。気が付くと、雄々しい大樹が立つ小高い丘の上に立っていた。迷子になったリーナは、大樹の根元でうなだれた。


『おや、こんなところで何をしているんだい?』


 リーナは後ろから聞こえた声に振り向いた。日の光に反射して輝く銀色の髪、鋭い目元だが優しく輝く金色で凛とした顔立ちの青年が立っていた。彼の服装は、アリエス学園の制服であることから、リーナと同じ学園の生徒であることがわかる。


『わ、私、新入生なのですが、迷子になってしまいまして…』


『この学園は広いから迷子になるのも仕方ない。だが、敷地の端っこにある丘にまで来てしまうとは、うっかり屋さんのようだね。』


 青年にうっかり屋と呼ばれてリーナは恥ずかしさから顔を赤くした。


『僕は、アルジェント・ヴェルナー。君の一学年先輩だ。よかったら、会場まで案内しよう』


『私は、リーナ・クラリスです!よろしくお願いします!ヴェルナー様!』


 勢いよくお辞儀をするリーナ。クスリと笑うアルジェント。


『そんな勢いよくお辞儀をしなくても…フフ。それに、僕のことはアルジェントで構わない。』


『はい!アルジェント様!』


 アルジェントの案内でリーナは入学式会場へ向かった。




--------------------------



「…キザい王子キャラ」


「普通の乙女ゲーの始まりって感じだね。王子はともかく、ヒロインは前向きな子でいいんじゃないかな?」


 キザな王子様キャラクターに顔をしかめるミサ。一方、ユキは前向きなヒロインに少し好感を抱いた。


 テレビ画面には、複数の女子生徒たちと仲良く学園に通うリーナの姿、 パッケージに載っている男子生徒たちとの出会いや個々のルートイベント、学園の行事、大樹の根元に仲良く手を繋いで座るアルジェントとリーナの姿などのスチル映像が主題歌とともに流れた。


「ほぼネタバレじゃん!」


 主題歌に合わせて流れる映像だけでヒロインがどのように学園で過ごすか、そして、各男子生徒のシナリオの内容があらかた想像がついてしまう。


「結構大胆なOPムービーだね…」


「買ったの失敗したかも」


「まあまあ、シナリオはともかく、ゲームシステムが面白いかもしれないし、とりあえず1ルートはやってみよう、ね?」


「…うん」


 シナリオの展開が読めてしまい、コントローラーを置いたミサだが、ユキの言葉でせめて540円分は遊ぼうと思い直し、再びコントローラーを握った。 

 主題歌が流れ終わり、ようやく操作画面になると思ったミサ。


「あれ?」


 しかし、オープニングムービーはまだ終わらなかった。




--------------------------



王国歴 775年


『他の人よりちょっと魔力量が多いからって、調子に乗るんではなくてよ、リーナさん』


 昼休み、学園の敷地にある小高い丘で一人で弁当を広げていたリーナ。リーナの正面には黒髪縦ロールヘアの性格がきつそうな令嬢が立っていた。


『あなたは…?』


『まあ!私のことを知らないとは世間知らずな娘ね! 私はシャルル・ブラーム、アルジェント様の婚約者ですわ!』


 手に持っていた扇子を広げ口元を隠しながらオホホホと高笑いをするシャルル。ひとしきり高笑いした後、扇子を勢いよく閉じてキッとリーナを睨みつけた。


『貴女、色目を使ってアルジェント様に近づくんじゃないわよ!』


『そんな!私は色目なんて使っていません!』


 リーナは首を横に振った。


『口答えしないで頂戴!』


『きゃあっ!』


 そういってシャルルはリーナの頬を思いっきり叩いた。そしてシャルルは、先ほどまでと打って変わって低い声でつぶやく。


『……先日の午後、この樹の下でアルジェント様と一緒にいたわね。しかも寄り添いながら転寝していたそうじゃない。随分と仲がよろしいようですわね。』


『そ、それは…』


 心当たりがあったリーナは、言葉に詰まる。

 平民であり特待生であるリーナは、人一倍に努力した。その結果、学年トップの学力を持ち、剣術、魔術に秀でたアルジェントの目に留まり、入学式で知り合っていたこともあって、アルジェントとリーナは親交を深めた。

 アルジェントと一緒に樹の下で過ごしたあの日、リーナが転寝している所にいつの間にかアルジェントが横にいただけであり、リーナが起きたとき横にアルジェントがいたことに仰天したものである。決して、アルジェントとイチャイチャしていたわけではなかった。

 

『あの時、私は転寝していましたが、アルジェント様はいつの間にか横にいらっしゃっただけで、決して誤解されるような仲では…』


『お黙り!!』


 弁明しようとするリーナの言葉を遮る。シャルルにとって、リーナの身の潔白はどうでもよかった。婚約者でもなければ貴族でもない平民のリーナがアルジェントとともに過ごしたこと自体が許せない出来事だったのである。

 さらに、アルジェントとリーナは友人としても距離が近すぎる上、アルジェントはシャルルよりリーナと過ごしている方が楽しそうに見えていた。 シャルルの嫉妬心は爆発寸前であった。


『…貴女さえいなければ、貴女さえいなければ……』


 シャルルの身体の周りに黒い靄状の魔力が漂い始める。魔力は通常目に見えないもので、可視化しても発動時のそれぞれの魔法属性に近い色に輝くものである。火属性なら赤、水属性なら青といった具合である。

 シャルルが纏う黒の魔力は、闇属性の魔法である。


『貴女さえいなければ!!』


『っ!』


 シャルルが叫ぶと同時に黒い靄がリーナを襲う。リーナは咄嗟に身を守るための魔法壁の呪文を唱え、靄から身を守った。


『何をするのです!』


『あなたさえいなければ、アルジェントさまは、わたくしのことをみていましたのに…。あなたがいるから、わたくしをみてくださらない…。だから、あなたは、きえて。』


『そんな…』


 シャルルの魔法の威力が上がる。魔力量はリーナのほうが圧倒的に上であるため、通常であれば魔法壁を破ることは不可能である。

 しかし、アルジェントを愛するあまり嫉妬で暴走したシャルルの魔力は、リーナの魔法壁を破ろうとしていた。


『リーナ!危ない!! リバースライト!!』


『キャアアアア!!』


 魔法壁にヒビが入った時、男が放った光がリーナの魔法壁から黒い靄を跳ね返す。そして、跳ね返った靄はシャルルを襲った。黒い靄はシャルルの生命力を根こそぎ奪っていき、靄が晴れたところには、ミイラのように干からびたシャルルだったものが倒れていた。


『ひぃっ…』


 あまりの出来事にリーナは短い悲鳴をあげ、その場にへたり込む。


『危なかったね、リーナ。』


『あ、アルジェント様…?』


 リーナを助け、シャルルを倒した男は、アルジェントであった。


『この丘の上が黒い靄に包まれているのが教室から見えてね、慌てて飛んできたんだ。怪我はないかい?』


 リーナに優しく微笑むアルジェント。その微笑みにリーナは恐怖を抱く。


『しゃ、シャルル様が……』


 リーナは、震える指でシャルルだったものを指をさす。アルジェントは、ちらりとほんの一瞬だけシャルルだったものを見ただけで、再びリーナに優しい微笑みを向けた。


『あの黒い靄は、人の生命力を奪うテイクライフという魔法だ。シャルルが、君に嫉妬心を抱いていたことには気づいていたが、まさか殺そうとするほど憎んでいたとは…。気が付かなくて済まなかった』


『いえ…その…』


 リーナは、目の間で人が死んだ恐怖に震え、言葉が上手く出なかった。


『でも大丈夫さ。君に危害を加えようとする女はもういない。僕が君を一生守ると誓おう。』


 自然な動きでリーナの手を取って抱き寄せ、リーナの唇に口づけを落とした。リーナは驚きのあまり、目を見開いた。そして、アルジェントから離れようと体を押すが、びくともしなかった。


『愛してるよ、リーナ。』


 幸せそうにアルジェントは微笑むのであった。





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「お、終わった!?てか、バッドエンドじゃん!!」


 オープニングの続きは、エンディングであった。

 唐突に現れた高飛車令嬢はヒロインを手にかけようとして王子キャラに殺され、王子キャラは殺した令嬢を気にも留めずヒロインに誓いのキスをして終わった。


 あまりの急展開にミサは叫ぶように突っ込んだ。


「王子キャラは、病んでる系だったねぇ」


「令嬢が不憫すぎる…」


 ユキは王子キャラの意外性に驚く。婚約者を取られて暴走し、その婚約者に殺された令嬢にミサは同情する。


「これじゃヒロインも不幸路線まっしぐらだね。」


「てか、ゲームじゃなかったっけ?一度も選択肢選んでないんですけど!?」


「あ、ミサ!なんか始まったよ!見て見て!」


 天井を向いて突っ込むミサは、ユキの言う通りテレビへ視線を戻した。




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王国歴774年 アリエス学園入学式前日


『おはようございます、お嬢様。朝食ができております』


『おはよう、すぐに行きますわ。』


 侍女に起こされた令嬢シャルルは、身支度を整えて食堂へ向かった。



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 テレビ画面には、シャルルの部屋の背景と侍女の立ち絵が映る。下方には半透明の枠にセリフが表示され、枠の左端には、プレイヤーが操作するヒロインキャラの顔が表示されている、よく見るタイプのゲーム画面であった。


 しかし、プレイヤーキャラの顔は、オープニングで王子キャラに殺された令嬢、シャルルであった。


「主人公は令嬢?!」


 この日、何度目かわからない驚きの声を上げるミサなのであった。

 

 




 



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