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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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97.豊かさと平和は、臆病者をつくる。苦難こそ強さの母だ


 大きな風音をたてて、白銀の体を持つ竜が木々を薙ぎ倒しながら中庭に降りたち、爆音のような咆哮を上げた。ビリビリと肌を刺すような威圧感が、この場を支配している。

 逃げるべきかと一瞬だけ悩んだが、あまりのことに足が動いてくれない。下手をすれば座り込んでしまいそうなほどの重たい圧力を感じる。


 そんな中騒ぎを聞きつけた者達が、何事かとバルコニーなどから中庭を覗き込み、中庭にいる竜を見て口々に悲鳴を上げていた。



「あれは竜!?」


「そんなまさか……。伝説の生き物だぞ?」


「ひ、避難したほうがいいんじゃないか?」



 そのような動揺した声がそこかしこから上がっている。そんな中、ローランドは息を呑みながら、隣にいる女を見つめた。

 彼女はひどく平然とした様子で、バルコニーの手すりに肩肘をつきながら白銀の来訪者を眺めている。その表情に、焦った様子は見受けられない。

 元より魔王討伐の際も眉一つ動かさなかった女だ。今更何が来ようとも動揺するだけの軟い精神を持っていないのかもしれない。



「行かなくていいのか?」


「私の国でのことならともかく、ここは皇帝陛下のお膝元だ。私が勝手に動くのはあまり良くないはずだから」



 そうは言うものの、その肝心の帝国の兵達は、恐れをなしたのか中庭の隅のほうで剣を抜いて様子を伺っているだけだ。相手の目的が分からない今、下手に接触すればどうなるか分からないのだからそれも当然かもしれないが、見ているだけのこちらは気が気でない。


 アンリの隣という、ある意味絶対の安全圏にいるローランドには、そこまでの焦りはないが、この膠着状態はあまり得策ではない。相手が敵なのか、それとも友好的な者なのかが分からなければ、自分達はここから動くことが出来ないのだから。


 友好的な相手――そうたとえば先ほどアンリが言ったように、あの白銀の竜が神の御使い名のであれば、国の面子もあるためこの場を辞すことだけは絶対に出来ない。今後の立ち位置が危うくなる可能性がある。

 ――けれど、もしもあれが敵意を持った暴竜であるなら、一刻も早く安全なところへと逃げ出さなくてはいけない。この場にいるのは、どれも各国のトップクラスの人材達だ。

 もしも彼らが命を落とす事態になれば、世界的な混乱は避けられない。その最悪の事態を避ける為には、帝国の兵ではないにせよ、誰かしらが動くべきではないか。


 そう思った刹那、中庭の出入り口のほうから、焦ったような声が響いてきた。



「陛下ぁ! お止めください!!」


「ええい、離せ腑抜けどもめ!! 我が行かずして誰が行くというのか!!」



 罵声に近いやり取りをしながら中庭に現れたのは、豪奢な服を纏った老齢の男――この国の最高権力者である皇帝だった。

 ことの成り行きを窺っていた面々からも、小さく驚きの声が上がる。



「な、何故皇帝陛下が直々に……」


「危険すぎる!! 近衛兵は何をやっているんだ」



 動揺しているのは、ローランドも同じだ。自分の知る皇帝陛下は、このような自分の身を危険にさらすような真似は絶対にしなかった筈だ。

 皇帝は、恐る恐る引きとめようとしていた側近の手を振り払うと、しっかりとした足取りで白銀の竜の元へと向かって行った。その背には、並々ならぬ覚悟が見て取れた。



 ぽつり、と呟くようにしてアンリが言う。


「そりゃあ、ここには各国の重鎮が集まってるし、この場で尻尾を巻いて逃げ出したらそれこそ面目丸つぶれだからね。危険だと分かっていても自分が向かうしか他に方法がない」


「だが、先に兵を行かせても良かったのではないか?」


「兵で周りを取り囲んで、安全圏から指示を出せって? 本来ならそれが正しいんだろうけどさ。いやはや、皇帝陛下も歳の割には剛毅だねぇ」



 アンリはくすりと笑うと、面白いものを見たかのように目を細めた。



「でも――それって仮にも神様の御使いに対してちょっと失礼じゃないかな?」


「まさか、帝国側もあの竜が御使いだと思っているというのか」


「ある程度の確信がなければあそこまで大きくは出ない筈だよ。それにそうだと考えたほうが、こちらにとっても、あちら――御使いにとっても都合がいいはずだ。だって、各国の重鎮が一堂に会する機会なんてそうそうないよ?」



 何某かの説明をするのであれば、それが一番理に適っているとアンリは断言した。


 確かにアンリの言うとおりではある。だが、それでも帝国側があの竜を御使いであると版出した理由にしては少し薄い気がする。

 そんなローランドの疑問を感じ取ったのか、アンリは悪戯がばれた子供のように苦笑して、話し出した。



「――私はね、式典が始まる前に少しだけ皇帝陛下と話をしたんだ。その時に、もしかしたら御使いとやらが現れるかもしれないとは言っておいたんだけど、あの様子だと、どうやら皇帝陛下は私の言葉を信用してくれたみたい。……いや、ひょっとしたら半信半疑なのかも。そんな不確かな情報だけでこんな命懸けの大博打が出来るんだから、その辺は流石だと思うよ」


「大博打?」


「上手く『御使い様』と交渉できれば他の国から手放しで賞賛を受け、あの竜がただの暴力的な乱入者なら無残に八つ裂きにして殺される。これが博打じゃなくて何だって言うの」



 さも当然というように、アンリは言った。



「冗談、だろう? いくら帝国が手詰まりだからといって、そんな馬鹿げたことをするわけが……」



 その仮説が本当ならば、皇帝は正しく面子のみであの白銀の竜と相対していることになる。今まで散々無駄な誇り(プライド)だと心の中であざ笑ってきたが、ここまで筋を通されてしまうと、流石にもう笑うことができない。



「皇帝陛下もリスクは良く分かってると思う。――でもそれ以上にこの状況が詰んでいる。だってこの場には、『私』がいるんだから」



 そもそも、とアンリは続ける。



「たとえ皇帝が怖気づいて逃げだしても、当てが外れて竜に殺されても、最終的にあの竜が他の人達に襲いかかろうとしても――大概のことは私が対処できる。暴力装置としての手腕は、それこぞ貴方達の折り紙つきだからね。その辺は期待してくれていいよ。でもそれじゃあ、それこそ帝国の面目丸つぶれだ。最初から私が出てもよかったけど、帝国は嫌がるだろうしね。それだと結果的に私の評価は上がるけど、相対的に帝国の評価はさらに下がってしまうことになる。それは帝国にとっても最悪の展開だ。つまり行くも地獄、逃げるも地獄。されど立ち向かうより他に活路は見出せない。……ね、詰んでるでしょ」


「……詰んでいるな」



 改めて認識すると、帝国にとっては最悪の状況だった。だがそれ以上に、今回のことは起死回生の一手になりうるかもしれない。


 こちらからは背中しか見えないが、白銀の竜と相対する男――ゆうにローランドの倍を超える年齢の老人だというのに、皇帝は震えもせずにしっかりとその場に立っている。


 果たして自分が皇帝陛下の立場だったならば、どうするだろうか。命を惜しむか、それとも名を惜しむか。

 隣で涼しい顔をしているアンリは、間違いなく後者だろう。そしてあの老害だとばかり思っていた皇帝は、どのような葛藤があったのかは分からないが後者を選んだ。――この一見愚かにも思える選択こそが、大国の王となる者に求められる器なのかもしれない。



「――貴殿の来訪を歓迎したいところではあるが、いささか無作法が過ぎるのではないか?」



 毅然とした態度で、皇帝はそう言った。

 それに対し、白銀の竜は一度大きく翼を羽ばたかせると、不満そうに喉を鳴らした。


 他のバルコニーから見ている者達が、竜のその姿に悲鳴を上がる。だが、皇帝はしっかりと竜を見つめたまま一歩も引かない。



「誇り高き竜ならば、人の言葉を理解できると思っていたのだがな。口も聞けぬのであれば、獣と何ら変わりはないが……貴殿は獣か? それとも気高き竜か?」



 皇帝は厳かな声で、煽るようにそう言った。



「――人の中にもそれなりに骨のある者がいるのね」



 空気を震わせるような、透明感のある不思議な声音が竜の喉から漏れた。それはどこか楽し気で、感心したような響きを含ませていた。


 白銀の竜は一度空を仰ぐと、ほう、とキラキラと輝く吐息を吐き出した。その光の粒子が、白銀の竜の体を包んでいく。


 光の粒子は大きな卵のように竜の体を覆うと、段々と収縮するようにして小さくなっていった。その卵が人の大きさ程にまで縮んだ時、上から空気に溶けるようにして、ゆっくりと消えていった。


 周りからも、感嘆の声が聞こえてくる。



「……何て、神々しい」



 ローランドは、呆然としたようにそう呟いた。


 ――あれが、『竜』なのか。

 光の殻が消え去った場所には、雪のような白い肌と、月光を受けて光り輝く白銀の長い髪を持った麗しい女性が立っていた。体にはシルクのようなすべらかな生地を使った、神話に出てくる天使のような衣服を身に纏っている。


 だが特筆すべきはその容姿ではなく、存在そのものだ。単純に顔の造形を問うのであれば、アンリの連れてきていたフランシスカ嬢の方が遥かに美しい。

 ――けれど、あの白銀の女性は生き物としての格が違う。その場にいるだけで、ひれ伏したくなるほどの隷属欲求を感じるのだ。


 白銀の女はゆっくりと辺りを見渡した後、一歩、皇帝の方へと足を進めた。



「その口ぶりからすると、ここの主は貴方なのかしら」



 女性はたおやかな笑みを浮かべながら、皇帝にそう問うた。



「ああ、その通りだ。貴殿は古の生ける伝説――竜族であるとお見受けするが、一体如何なる理由があって我が城へと参られたのであろうか」



 皇帝は気おされた様子も見せずに、毅然とした言葉を返した。その言葉に、女性はすっと目を細めた。



「あら、おかしいわね。貴方達――あのお告げを聞いているのではなかったの?」



 さも不思議だと言わんばかりに、白銀の女性が首を傾げる。



「侵略者に虐げられた歴史が終わり、人が紡ぐ新しい次代の節目となる日の三年目。正しく今日こそが神の仰った『三年目の雪解け』だというのに」


「ならば、やはり貴殿は……」


「――ええ、そうよ」



 肯定を示すように、一度だけ女性は大きく頷いた。



「私こそが神の言葉を人の子に伝える為に使わされた使者。『竜王』ニルヴァーナである」



 曇りなき満月の光を背に背負い、白銀の竜――ニルヴァーナは高らかにそう宣言したのだ。




















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