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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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96.ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋だよ

 ――よく晴れてた空は、夕暮れの赤色を通り越し、宵闇へと色を変えていった。

 昼ごろから行われた式典も特に問題もなく恙無く終わり、小休止を経て懇談の為の夜会が城の大広間にて催される予定である。


 今回の式典の最大の警戒対象とされていた魔王アンリとはいうと、若干つまらなそうな顔はしていたものの、式典の最中は大きく目立った行動を起こすことはなかった。これについては魔王アンリの式典参加に懸念を示していた国々も胸を撫で下ろしたものだ。


 ただ少し疑問に思ったのは、主催者側である帝国の対応だ。

 ローランドとしては、帝国が魔王側に対し、露骨とは言わないまでも、格下扱いの対応を取ることによって、自分達――帝国の権威を表すのかとばかり思っていたのだが、実際はそんなことはなかった。そればかりか、帝国の次に位置する上位の国賓の席を用意し、数人の世話役までつける優遇をしてみせたのだ。

 目下の敵対国に厚遇してみせることによって、自分達の器を大きく見せる作戦なのだろうか。それとも、ついにプライドを捨てて国の存続の為に魔王に傅くつもりなのか。ローランドとしてはどちらに転んでも構わないが、いまいち帝国側の真意が読めない。


 そんなことを他の国の面々も考えていたのか、儀式の最中は奇妙な緊張感が漂っていた。無理もないだろう。帝国の今後の対応次第で、国を取り巻く情勢が大きく変わることになる。特に帝国側の連中にとっては、気にならないわけがないのだ。


 ――そして数時間後。不穏な空気を纏った式典が終わり、人々は夜会の為に城の大広間へと集まり始めていた。

 様々な国の重鎮達が、贅を尽くしたきらびやかな服を身に纏い、笑顔の下に鋭いナイフを隠しながら腹の中を探り合う。そんな戦いが目の前で繰り広げられていた。真に恐ろしいのは、魔王ではなく人間そのものなのかもしれない。

 そんなことを心の中で嘯きながら、ローランドは一番目立っている一団へと目を向けた。


 ――やはり魔王アンリとその従卒達は、嫌でも注目の的となる。

 付き添いの一人目は、先の儀式で奇跡を引き起こした半魔族の巫子ユーグ。

 二人目は、今回は内乱の悪化の為参加を見送った、小国フィオナからの美しき亡命者、フランシスカ・フォン・ベルジュ。

 そして最後の三人目は、額に二本の小ぶりな角が生えている老齢の男だ。その男の名を、ルーベンといった。


 男は多少厳つい威圧感があるものの、歳を重ねた穏やかさと、どこか洗練された立ち振る舞いのせいか、それほどこの夜会の華やかな場には浮いてはいない。

 生まれ持った資質か、それともこの日の為に立ち振る舞いを学んだのか。それは直接話をしてみないことには分からなが、話す機会が回ってくるかどうかは危うい。

 やはり彼らと親交をとりたい者が多いのか、彼らの周りには群がるようにして人だかりができているからだ。


 因みに魔王は主に巫子と共に行動し、残りの二人もペアのように行動を同じくしている。どちらのペアも歳が離れているためか、並んで立つと姉弟か親子のようにも見えなくもない。

 ローランドも、アンリには一度顔を合わせに行くつもりではあるが、ルーベンの方にまで手が回せるかどうかは時間的に微妙だった。


 それほどまでに、会話の機会を伺っているものの数が多すぎるのだ。

 その一端を担っているのは勿論アンリの存在もあるだろうが、あの連れの女――フランシスカの影響も大きい。


 ――あの女は魔性だ。言動、立ち振る舞い、些細な動作に至るまで、奇妙なくらいに目を奪われる。そしてあの蕩けるような笑みで話しかけられれば、大抵の男はひとたまりもないだろう。

 現に今も、周りの男共は軽く手玉に取られている。仮にも国の中枢にいるような輩がそんな様でいいのかと不安になるが、所詮は他人事だ。せいぜい無様をさらしていればいい。


 さて、そろそろ自分も動こうかと、ローランドが視線を上げると、彼女――フランシスカと目が合った。


 彼女は一瞬だけ目を瞬かせると、小首を傾げて愛らしくローランドに微笑んだ。ローランドがそれに軽い会釈を返すと、彼女は悪戯気に微笑んだまま、すっと一度だけ目を伏せて、ゆっくりとその閉じた瞼を開けた。


 ――赤い瞳が、ローランドを射抜く。


 その瞳を見た瞬間。心臓の動悸が跳ね上がり、視界が赤に染まって――。



「フランシスカ。おいたはいけないよ」



 音量こそ小さいが、よく通る声だった。アンリはフランシスカを咎めるように声をかけると、呆れたような苦笑を見せた。



「あら、お気づきでしたか」



 フランシスカはそう言って微笑むと、ふいっとローランドから目を逸らし、別の方向へと顔をそむけてしまった。視線が外れた刹那、早鐘を打っていた心臓が、ゆっくりと元の速度へと戻っていく。


 ――今のは一体何だったのか。左胸を軽く抑えつつそう思うも、答えは出ない。得体の知れない何かに心を弄繰り回されたかのような不快感。

 そう、まるで魔術をかけられたかのような感覚だった。だが、フランシスカが魔族ならともかく、彼女は元貴族だ。その出自は保障されている。彼女が魔族であるはずがない。だというのに、この胸騒ぎは何なのだろうか。

 何かとんでもないことが水面下で進んでいるような、そんな気さえした。


 アンリは困惑しているローランドをじっと見つめると、周りにいた者たちに軽く謝罪の言葉を述べ、足早にこちらへと向かってきた。どうやら巫子はその場に残るようだった。



「お久しぶりです。ローランド陛下」



 そう言って、アンリは恭しげにドレスの裾をつまみ、軽く小首を傾げた。黒を基調とした、下手をすれば喪服に見えなくもないドレスではあったが、その華美すぎない装飾は、彼女に良く似合っていた。



「……ああ、そちらもお元気そうで何よりだ」



 疑念を抱えつつも、まじまじとアンリの顔を見やる。

 前にも思ったが、この女――初めて会ったときから何も変わっていないように思えて仕方がない。内面ではなく、容姿の話だ。


 もう当に二十は超えているはずなのに、その外見はうら若き少女のようにも見える。元より年齢よりも幼げな印象を受けていた為か、その違和感を顕著に感じてしまう。

 体質と言われてしまえばそれまでだが、三十路を超えているローランドにとっては何とも羨ましい話だ。



「大丈夫ですか? お加減があまりよくないようですけど」


「いや、問題はない。……ただ、その、先ほどのフランシスカ嬢のことなんだが」


「フランシスカが、どうなさいました?」


「――彼女の瞳は、赤色だったろうか?」



 ローランドの問に、アンリはスッと目を細めると、おかしそうに笑ってみせた。



「いいえ、彼女の瞳は美しいアメジストですよ。きっと、夜なので見間違えたのでしょう」



 柔らかだが、有無を言わせない口調で彼女はそう言った。黒曜石の瞳が、それ以上は踏み込むなと語っている。ならばさっきの『おいた』とはどういった意図なんだと問い詰めたくなったが、ローランドとしても、アンリとやりあう気はさらさらない。渋々ではあるが、ここは引くしかなさそうだ。



「いや、そうだな。どうやら俺の見間違いだったようだ」


「それは何より。――ですが、まだ顔色が悪いようですね。どうです、夜風にでも当たりませんか」



 何でもない風に、アンリはそう言った。

 ローランドとて、この誘いが己の身を気遣ってのものではないことくらい察している。何らかの企みを持ってのことだろう。乗るかそるか。そんなもの、言うまでもない。



「ああ――それもいいかもしれないな」



罠 かもしれないと分かっていても、時には懐に飛び込まねば物事が進展しないこともある。それに――きっと、ローランドも話をしたかったのだ。――他でもない、彼女と。















◆ ◆ ◆











 人気のないバルコニーで、二人並んで夜風に吹かれる。雪解けを当に過ぎた季節とはいえ、それでも外に吹く風は冷たい。


 外に出た折に、ふるりと身を震わせたアンリを見て、ローランドはそっと己の上着を差し出した。これくらいの気遣いは、ご機嫌取りの内には含まれないだろう。

 アンリは一瞬だけぽかんと口を開けると、差し出された上着とローランドのことを見やり、ぎこちなく笑って礼を言った。ローランドにとっては心外な反応である。

 だがそれ以上に、こんな些細なやり取りですら訝しまられるほど手ひどい扱いを、アンリにしていたという自覚も少しはある。

 つまり、この胸の痛みは全部自業自得だ。傷ついた、だなんて冗談でも言えるはずがない。


 アンリは受け取った上着を、ドレスの飾りがつぶれない様にそっと肩に羽織り、ほう、と息を吐いた。やはり少し寒かったらしい。



「寒いのが苦手なのか? 意外だな」


「貴方が知ろうとしなかっただけで、私はずっと寒いのは嫌いでしたよ」



 ここが雪国ではなくて本当に良かったと、微笑みながらアンリは笑った。

 その笑みを見て、ローランドはどう返したらいいのか分からなくなった。


 ――過去のことを、笑い話にしてしまってもいいのだろうか。

 アンリはあの決別の日以来、こちらを一切責めようとはしない。それどころかまるで何事もなかったかのように、笑いかけてくる。

 たとえそれが表面上だけの笑みでも、所謂『大人の対応』をしてもらえるのは、一国の王としてはありがたいことだ。けれど、それは決してローランド自身が許されたというわけではない。

 だからと言って、許されたいのかと問われれば、そうではないと感じる。矛盾した感情がそこにはあった。



「……お前は、何か俺に言いたいことはないのか」


「何です、急に」


「こうして二人で話す機会など、そうないだろう? 恨み言を言うのであれば、今の内だと思うが」



 あの日から、ずっと思っていたことがある。

 別に許されたいわけでも、責められたいわけでもない。ただローランドはもう一度見たかっただけなのだ。



「……はっ、よく言うよ」



 ――自分に対し感情をむき出しにする、その姿を。



「なんだ、もう化けの皮を脱ぐのか。相も変わらず可愛げのない女だな。連れの女性のように、もう少し愛想を出したらどうだ」


「それはこちらの台詞ですけど。私のほうが偉いんだから、貴方が媚び諂うべきじゃないですか?」



 鼻で笑うようにして、アンリはふてぶてしくそう言った。



「なんだ、跪いて賞賛の言葉でも述べればいいのか。お前がそれを望むのであれば、やぶさかでもないが」


「冗談ですよ気色悪い」



 げんなりとした顔をして、アンリはため息を吐いた。



「どういう気の吹き回しか知りませんが、今さら掘り返すこともないでしょうに」



 あからさまに面倒だと思っているような顔をして、アンリは肩を竦めた。



「何なんですか、もう。立場も何もかも全部捨てて逃げ出したことは、まぁちょっとは悪いとは思ってますけど、謝らないですよ、私は」


「構わんさ。俺も謝るつもりは毛頭ない」


「あはは、それはそれで腹が立ちますけどね」



 けらけらと子供のように笑って、アンリはバルコニーの手すりに寄りかかった。



「恐らく私たちはとんでもなく相性が悪かったんでしょうね。きっと結果的には離れたほうがお互いの為でしたよ」


「あのまま、お前が出奔せずにいたら今頃どうなっていただろうな」


「……あー、多分今頃みんな蛇の餌になってましたね」



 ぽつり、と聞き取れないくらいの小さい声でアンリは言った。

ローランドが聞き返すも、アンリは曖昧に微笑むだけで口を開こうとしない。疑問には思ったが、相手が話すつもりがないのだからどうしようもない。



「逆に問いたいのですが、貴方は私が居なくなってどう思いました? 少なくとも、アレはとっても腹が立ったでしょうねぇ」


 ニヤリと意地悪そうに笑いながら、アンリは言った。


 ――それが大空を舞台にした決別発言のことを指しているのだと、すぐに分かった。苦い思い出が、胸の中に渦巻く。


 手綱を持っていたのは自分だとばかり思っていたのに、実際は首輪すらついていなかったという始末。 全部この女の手のひらの上だったのだ。腹が立つどころか、耐え切れないほどの屈辱だった。

 けれど――それ以上に虚しさを感じたのだ。



「失敗した、と思った。――いや、きっと惜しくなったのだろうな」



 そうだ。あの時、貼り付けた無の表情を脱ぎ捨てて、軽快に笑う彼女のことを見て、自分は初めて惜しいと感じた。

 あの時の笑顔が、今でも脳裏に焼き付いて忘れられない。



「――手放すには惜しい良い女だったよ、お前は」



 ――そんなことに、あの時ようやく気づいたのだ。


 未練があるわけではない。ただ、巡りあわせが変わっていたならば、また別の未来があったかもしれないとは思う。

 

 こんなことを言うと、側室も子供もいるくせにと詰られるかもしれない。けれど、かつて正妃だったアンリが『妻』としての役割を果たせるわけがなかったのだから、そのあたりはどうしようもない。

 元々ローランドはアンリを毛嫌いしていたし、諸外国から『戦略兵器』とみなされていたアンリに不用意に接触するわけにもいかなかった。一国の王としては側室を娶らなければ将来が立ち行かなくなる。


 側室に対して愛があるかと問われれば、無いとまでは言わないが、関心は極めて薄いといってもいい。名家の魔術師上がりの側室は、いってしまえば普通の女だ。良くも悪くもなく、毒にも薬にもならない。

 ローランドとしては、世継ぎの母親としてそれなりに振舞ってくれれば、他はどうでもいいとすら思っているくらいだ。向こうも利害の一致でローランドに嫁いだ節があるので、その辺りは語るべくもないだろう。


 ――だがあの日、アンリに抱いた感情はきっと愛や恋ではなく、打算にまみれた執着心だ。手元にあったガラクタが、自分が思っていたよりもずっと素晴らしい物だったと気づいてしまったから、余計に惜しくなったのかもしれない。

 何とも惨めで情けない話だ。けれど、これが人間の性だとも思う。ないものねだりをしては、焦がれるように空に手を伸ばしてしまう。太陽に近づきすぎれば、焼かれて落ちるとも知らずに。



「戯言だと聞き流してくれて構わない。――アンリ、レーヴェンに戻ってくる気はないか」



 それに対し、アンリはゆるく首を横に振った。



「そういう台詞は、もっと前に言ってほしかった」



 それこそ、召喚されたあの頃に優しく騙してくれればよかったのに、とアンリは苦笑を浮かべながら目を伏せた。



「私には待ってくれている人達がいる。それに、レーヴェンは私の居場所じゃないから」



 それははっきりとした拒絶の言葉だった。



「……そうか、残念だな」



ローランドも別に本気で言っていたわけではない。彼女がこの手を取らないことなんて、当の昔から分かりきっていたことだ。ただそれでも、聞いてみたかった。公人ではなく、ただの私人として。



「ああでも、そっか。――ようやく私は貴方にとって『無価値』じゃなくなったのか」



アンリは静かに噛みしめるようにそう言って、くるりとバルコニー側からローランドの方へ向き直ると、一歩、手を伸ばせば届く距離まで近づいた。



「私はきっと、見返してやりたかったんだ」



 真っ直ぐな視線が、ローランドを貫く。



「私が私である為に、誰に憚ることもなくその力を誇示したかった。皆から頼られて、褒められて、大切にされて――どうだ、私はこんなにも価値のある人間なんだと、声を大にして言ってやりたかった。存在を無視されないくらいに、きちんと周りに認められたかった。それが私の――世界に対する復讐(・・)のつもりだったんだと思う」



 アンリはローランドに背を向けて、顔だけ振り返って、こう聞いた。



「どう? ――貴方は私のことを見直してくれた?」



 子供のように無邪気に微笑みながら、アンリは笑った。


 ――成し遂げた功績を認められず、朽ち果てるように幽閉された英雄が行った精一杯の抗議。破壊という即物的な行動ではなく、なくてはならない者としてこの世界に存在することが、己の復讐だとのたまったのだ。その告白は、あまりにも拙い承認欲求のようでいて、切実な存在意義のようにも思えた。



「……ずっと前から認めていたさ。ただ、それ以上に恐ろしかった」



 人間は異端を嫌う。自分が持っていないものを持つ者を妬み、自分より劣る者を見下すことで、精神の均衡を守ろうとする。蟻が獅子に敵わないように、絶対的な力は、時に恐怖しか生み出さない。

 ――本来きっと蔑まれるべきだったのは、彼女ではなく、自分達為政者のほうだ。



「偉い人って、皆私よりもでかい図体の癖して怖がりだよね。――本当に、皆馬鹿みたい」



 彼女が最後に言ったその『皆』には、まるでアンリ自身のことも含まれているかのようなニュアンスがあった。



「ああ、そうだとも。王も含め人間など基本臆病者と馬鹿しかいない。――だからこそ、先頭に立って導く者が必要なのだ。だからこそ、この大陸の二大勢力の一人がそんなに弱気では困る。俺は帝国ではなく、お前の下につくと決めているのだからな」


「……そうだね。肝に銘じておく。これ、ありがとう。――嬉しかった」



 アンリはするりと上着を取り、そっとローランドに差し出した。



「もういいのか?」


「うん。そろそろ肌が寒さに慣れる頃だから」



 そして、ローランドはふと彼女の口調から敬語が外れていることに今さら気が付いた。別に気を許したというわけではないだろうが、その気安さが何故だか心地よかった。



「それで、何か用でもあったのか?」


「うん?」


「用があるからここに連れ出したのだろう?」



 そのローランドの言葉に、アンリはああ、と手を叩くと、彼女は悪戯気に笑って、星空を見上げた。そして、その位置を確かめるかのように、一つずつ指を指して場所を確認していく。



「――陛下は『神様』の夢はみた?」


「……何度か見たが、それがどうかしたのか」



 アンリの話は、いまいち要領をえない。何も考えていないのか、それとも詳しく話すつもりがないのか。ローランドには判断がつかない。



『三年目の雪解けに、白銀の御使い姿を現すだろう。彼女の言葉に耳を傾けなさい。――抜け出せぬ程の深い闇に飲まれたくないのであれば』


 夢の中で、神を名乗る白い影はそう言った。



「神様は【三年目の雪解け】に御遣いが現れると言った。それって、今日のことじゃないのかな」



 ――魔王討伐三周年の記念祭。百年を越える支配から解放されたその節目は、雪解けと呼んでもなんら問題のないようにも思える。けれどそれは、単にこじつけに過ぎない。根拠があるわけではないのだ。



「お前は、御遣いとやらがこの場に現れると言いたいのか」


「少なくとも、私の女神はそう推測してた。……それに神様が言う『深い闇』が何だか私には分からないけど、また魔族のような存在が現れるのならば、貴方達は私に頼るより他に方法がない。違う?」


「……それは」



 そんなことはないとは言えなかった。単純な戦力でいえば、アンリに勝る者はこの世界には存在しない。もし彼女の言う様な事態になれば、それこそアンリに頭を下げるしかなくなるだろう。

 ――そして彼女は、その未来がくることを確信している。



「別に心配しなくても、その時が来るならちゃんと逃げださずに戦うよ。その代り、私に何かあったら一蓮托生になっちゃうけどね」


「……帝国や他の国がそれを認めると思うか?」


「私と私の国を支持してくれる人達はだんだん増えてきている。今は私に反発している連中だって、直に何も言えなくなるよ。いや、私を支持せざる(・・・・・)を得なくなる」



 そうアンリははっきりと断言した。



「お前は――」



 今回のことを何か知っているのか、そう言おうとした刹那、肌を刺すような威圧を感じた。――バルコニーの外からだ。



「ほうら、災厄を背負った御使い様のお出ましだ」



 そう言って、アンリは空の彼方を指さした。



「あれは――竜、なのか?」



 薄暗い夜の闇に、きらめく白銀の影が見える。それは大きな翼をそれに広げ、ゆっくりとこの城へと向かっている。




 ――長い夜の始まりだった。










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