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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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95/118

95.栄光とは水面の輪のようなものだ


 ――神聖歴三四八年 花の月 某日


 レーヴェンの国王である、ローランド・ヴィ・レーヴェンは、討伐記念祭に出席するため、幾人かの信頼できる臣下を連れて、帝国へと訪れていた。


『魔王討伐三周年における記念祭』

 その催しの裏に隠された意図は、あまりにも分かりやすかった。大方帝国はこの催しの主催者となり、現魔王アンリを招く側にまわることで、崩れてしまったパワーバランスを何とか修正したいのだろう。

そんなあからさまで浅はかな手段に出るくらいに、ここ最近の帝国の傾きぶりは加速度を増している。


 ――大国が落ちぶれていく様を見るのは物悲しいものだな、とローランドは目を伏せた。

 今までは年々続く凶作があったとはいえ、それはどこの国も同じことで、国力の差が極めて大きく開くことはなかった。けれど、その均衡が崩れたのはおよそ半年ほど前――そう、魔王が保有する、女神レイチェルの巫子が引き起こした奇跡が最たる原因だろう。


 奇跡の恩恵を受ける折に、魔王の手を取った者と、取らなかった者。前者と後者では、はっきりと明暗が分かれてしまっている。それが今の現状だ。

 帝国は統治する属国や土地が多すぎるが故に、その格差の煽りを大きく受けてしまったともいえる。

 ローランドとしてはプライドを優先させたが故の自業自得だとしか感じられないが、それでも譲れないものが帝国にはあったのかもしれない。


 魔族という共通の敵がいた頃は、まだ良かった。

 かつて、魔族討伐の軍略を取り仕切っていたのは帝国だった。帝国は紛れもない大国であったし、発言権も強く、周りの国々を率いて魔族と対抗……とまでは言わずとも、それなりの防波堤となって魔族からの侵略の手を弱めさせてきたのだ。それについては感謝もしているし、評価されるべきことだと思う。

 少なくとも、四年前に現状を打破しようとした帝国に指示により、レーヴェンは聖遺物を用い、勇者アンリを召喚して、この世界は魔族から救われたのだから。


 だがしかし、帝国は最後の一手を見誤った。今にして思えば、あれがけちの付きはじめだったのだろう。

 ――あの日、魔王を倒したアンリを、レーヴェンにて幽閉することを命じたのは、帝国の最高権力者である皇帝陛下だった。

 強大な力を持つ者を恐れてしまうのは、人間の性だ。けれど、どんな理由があろうとも一番の功労者である彼女を蔑ろにしたのだから、いくら魔族との戦いに尽力したとはいえ、今回の一件帝国が評価される謂れはない。そういう風潮に、帝国がしてしまったのだ。

 その時は帝国も、まさかこんなことになるだなんて思いはしなかっただろう。


 人民からは、魔族を倒すのに尽力したことは評価されない。かつての栄光など、言ってしまえば腹の足しにもならないからだ。

 ――ならば一体何が評価の対象となりえるのか。それは権力だったり、財力だったり、人徳だったり、様々だろう。けれど、帝国のそれはもはや張りぼてに過ぎない。

 帝国が大陸の覇者だった輝かしい全盛期は、当の昔に過ぎ去ってしまっている。そうなれば、後はゆっくりと堕ちて行くだけ。滅びへの道筋は、ずっと前から見えていたのだ。


 今の帝国には、多くの属国を縛り付けるだけの力がない。もったとしても十年やそこらが限度だろう、とローランドは推測する。

 帝国の発言権は今でも大きいが、帝国の内包する国ごとの小競り合いが絶えない今となっては、たちの悪い火薬庫でしかない。


 魔王アンリと、帝国のどちらに(・・・・)付くか。言ってしまえば、その選択次第で今後の国の立ち位置が変わってくる。

 アンリ側がハイリスクハイリターンなのに対し、帝国側はローリスクローリターン。その点を鑑みると、保守的な面々であれば、帝国の方を選ぶかもしれない。

 だが、アンリはすでにその未来が絵に描いた餅ではないことをはっきりと力で示している。選ぶ側に決断力とほんの少しの勇気があれば、アンリ側についた方が甘い汁を吸えることだろう。

 今まで培ってきた信頼や誇りを度外視すれば、どちらを選ぶべきかは言うまでもない。


 ――そして、魔王を選んだ国の中でも、ローランドは己の立場を利用し上手く立ち回って見せた。

 この世界では身寄りも何もないあの魔王が、戸籍の上で一番近しいのは、かつての夫であるローランドぐらいしかいない。いくら籍を抜いたとはいえ、一度起こってしまった事実は覆されることはない。互いがそれどう思おうとだ。

 だがローランドとて、過去の婚姻関係を盾にして、他の国よりも優位に立つというのはあまり気が向かない。逃げられたくせにいい面の皮だ、と直に皮肉を言ってくる奴もいるくらいだ。

 けれども、そうでもしなければこの先生き残っていくには少々厳しい。年々続く凶作の元凶も未だに分からず、無為に時は過ぎてしまっている。その中で、魔王アンリを中心とした体制で、自分の利益を確保しつつ、出来るだけ良い立場でいたいと思うのは、一国の王としては正しい選択だと思う。


 ――以前であればそんなこと考えもしなかったな、とローランドは苦笑した。

 アンリの存在を心の底から疎ましく思っていたのは、わずか二年前の話だ。それなのに、今は敵視どころか、出来る限り友好的な関係を築きたいと考えている。

 これは心境の変化というよりも寧ろ、『目が覚めた』という表現の方が正しいのかもしれない。


 アンリがレーヴェンを去り、時を重ねるうちに、ローランドはふと疑問に思ったのだ。


 ――何故自分はあんなにも彼女のことを敵視していたのだろうか?


 確かにそりが合わない上に、得体の知れない嫌悪感はあった。人外の力に対する恐怖心もあったかもしれない。

 けれど、あの頃の自分は、その程度の感情すら取り繕えないほど、直情的な人間だったのだろうか?

 そうではないと思いたいのは山々だが、過去の行いを省みると、違うとも言い切れない。


 ――これはローランドはおろか、アンリ自身すら知る由もないことだったが、彼がアンリに対し過剰なほどの忌避感を抱いていたのは、ちゃんと訳があったのだ。

 元々アンリがこの世界、ひいては召喚主であるローランドを警戒していたことなども原因の一つだろうが、何よりも彼女が神様――いや、蛇神に魅入られていたことが最たる要因だったのだろう。


 彼の治める国レーヴェンは、女神レイチェルが誕生した国だ。

 かの女神は人の身であった折に、悪しき邪神――堕ちた蛇神を打ち倒し、レーヴェンに平和をもたらしたとされている。


 そのような逸話を持つ女神を祀る国の王だからこそ、アンリの中に潜んでいる『蛇』の気配に無意識のうちに反応してしまったのだろう。元

 々レーヴェンは土地柄ゆえに、アンリには遠く及ばないとはいえ、優秀な魔術師を輩出している稀有な国だ。その国の尊き血筋であるローランドが、蛇神の力の残滓を感じ取れるのは、なんらおかしなことはない。


 まぁ、その祀られている女神自身が気づきもしなかったというのは、笑い話にもならないが。

 言い訳をさせてもらえるのであれば、女神レイチェルは不本意とはいえ蛇神の流れを汲む者であり、同属……というには少し違うが、近しい存在故に気が付かなかった、ということにしてほしい。


 ローランドが丸くなった理由としては、アンリと物理的に距離をおいて過ごすうちに、だんだんと蛇神の影響から逃れていったのだろう。無意識下のストレス源がいなくなったからともいえる。

 アンリの出奔事件によって恥をかかされたものの、冷静になって考えてみれば復讐されないだけマシだったと思うしかない。

 そして、あの奇跡の儀に呼ばれた頃には、あの憎悪にも似た嫌悪感はすっかり成りを潜めていた。蛇神――黒曜がアンリにかけた枷を緩めることで、蛇神の気配が薄くなったのだろう。

 あの時ローランドがアンリに平然と接することができたのも、きっとそれが理由だろう。


 ――もしもアンリに憑いているのが蛇神ではなく、他の神様だったなら。きっと、二人の関係はここまで拗れたりはしなかったはずだ。

 出会いも、生まれも、めぐり合わせも何もかもが悪かった。どんなにがんばって歩み寄ろうとしても、本能がそれを拒否してしまう。そんなすれ違いが積み重なって、彼らの道筋はどうしようもなく違えてしまったのだ。


――この出会い方が、せめて彼らの経歴が少しでも変わっていたら、何か別の道があったかもしれない。そんなことは、残念ながらありえない話だが。



 ローランドは、あまり活気のない帝都の道を馬車に揺られながら、ぼんやりと考えを巡らせた。

 帝国が今回の記念祭でやろうとしていることは、大よそ予想がつくが、果たしてその思惑に乗る者はどれだけいるのだろうか。


 帝国はつまり――魔王アンリよりも優位に立ちたいのだ。

 だからこそ、この中地半端な時期に討伐記念祭などという催しを開こうとした。あのアンリに、形式上とはいえ頭を下げさせることで、大国としての面目を保ちたいがだけの浅はかな考えだ。

 だが、下らない見栄ではあるが、帝国も必死なのだろう。


 魔族という共通の敵や、半魔族などの虐げる格下の存在がいなくなったが故の弊害。

 前とは違い、政治や暮らしへの不満は、途中で解消されることなくダイレクトに国へと向かうようになった。ただでさえ帝国の統治は傲慢で下に対する締め付けが強い。今でこそそこまで大きな内乱はないが、このままでは時間の問題だろう。


 それに加え、最近よく話に上がるようになっていた、遊牧民達の侵攻も侮れない脅威となっている。すでに帝国の一部は彼らによって征服されてしまったところもあるそうだ。

 その手際の良さと、どこから調達してきたのか分からない優秀な装備。――何らかの勢力の干渉を疑ってしまうのは、仕方がないことだろう。

 薄々支援者の検討はついているが、わざわざそれを口にして虎の尾を踏むつもりはさらさらなかった。沈黙は金である。


 帝国が大っぴらに非難しないのも、彼らには敵の見当がついていないからだ。候補が挙げられないのではなく、候補が多すぎる(・・・・)のだ。

 所詮帝国は利益と打算で結びついて大きくなっていった国だ。帝国の中枢にいる者達だって、帝国の金と権威に傅いているのであって、国に忠誠を誓っているわけではない。そんな有様で、はっきりとした敵が誰かを見定めるのは無理に等しい。


 そう考えると、自分が帝国側の人間ではなくて本当に良かったと感じる。ひび割れた器では、水が零れ落ちるのを防ぐことは出来ない。そんな当たり前のことを覆すのに、はたしてどれだけの奇跡が必要なのか。ローランドには見当もつかない。


 だが下手に疑心暗鬼になられて、こちらに火の粉が降りかかるのは困る。その為にも、今回の式典ではそれなりに帝国を立ててやらねばならない。何とも面倒なことだ。


 今後のことに頭を悩ませながらも、馬車の立てる音に耳を傾ける。だんだんと、馬の出す速度が遅くなっていくのが分かる。どうやらそろそろ目的地に着くようだった。



「陛下。城に到着したようです」


「……ああ」



馬車から降り、豪華絢爛な――どこかもの悲しさを感じる城を仰ぎ見ながら、ローランドは呟いた。



「――さて、アイツはどう出るのかな?」





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