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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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94/118

94.偽らざる告白は、飾り立てずに語られたとき最もうまくゆく


 その後の話し合いは、こちらが思っていたよりもスムーズに進んだ。彼女――ニルヴァーナがかなり譲歩してくれたというもの大きな要因の一つだが。


 特に大きな問題もなく、まるで世間話をするかのように、互いの意思や立ち位置を確認していく。そんな中、ニルヴァーナが穏やかな声で言った。



「本当はね、ずっと昔から分かっていたの。このままじゃ駄目だって。前の長は時の流れによる変化と人間の干渉を嫌っていたけれど、それじゃあ時代に置いていかれるだけ。他の皆が化石のように朽ち果てていきたいと言うならそれでもいいだろうけど、少なくとも私は、自分の息子――次代の子供達の未来を潰したくないと思っている。変わっていくためには少し時間がかかるだろうけど、貴方達が手を貸してくれると思うと頼もしいわ」


「私どもでよければ、是非。こちらのノウハウが転用できるかどうかはちょっと分かりませんが、なんでしたらそちらの体制に合わせて調整しますから」



 急激な変化はやはり恐ろしい。けれど、今のままでは駄目なことは分かっていた。ニルヴァーナはそう言って苦笑した。

 その感覚は私にも覚えがある。けれどたとえその進むべき道が荒地のような野山だったとしても、進んでいかなければ他に活路はないのだ。自分のためだけではなく、共に歩む大切な人たちの為にも。

 それが――上に立つと決めた者の背負うべき責任なのだから。その苦労を少なからず知っているからこそ、できる限りのことは協力したいと思う。


 そんな旨を彼女に伝えると、ありがとう、とニルヴァーナが安心したように笑った。そんな彼女を見て、私は少しだけ不安になった。

 彼女の態度の端々からは、確かな信頼を感じる。それが嬉しくないわけじゃないけれど、それ以上に疑念が湧き出る。

 ――特に今まで接触すらしてこなかった竜族が、何故こんなにも友好的なのだろうか?

 いくら息子がこの国で暮らしているとはいえ、それだけが信頼の理由とは言い切れない。疑うことも仕事の一つとはいえ、そのあたりの見極めはまだ私にはちょっと荷が重い。

 

 動揺を顔に出してはいけないとは思うけれど、大物のようにドンと構えるにはまだまだ経験値が足りなかったのか、そんな私を見て、ニルヴァーナが申し訳なさそうに眉を下げた。



「ごめんなさいね?」


「え?」


「貴方にばかり責任を押し付けることになってしまって、本当に申し訳なく思っているの。この世界が滅ぶ原因になっているのは、結局のところ以前の魔王の置き土産のせいでしょう? そもそも本来であれば魔族のことだって、この世界に生きる者達がどうにかするべきだったのに」


――貴方のことを考えるのであれば、呼ぶべきではなかった(・・・・・・・・・・)。彼女は続けてそう言った。

 どうやら彼女は、私が責任の重大さに辟易しているのだと勘違いしたらしい。まぁ、当たらずとも遠からずだけど、別にそこまで思い詰めてはいない。


 けれど、面と向かってそんな風に言われるのは初めてだった。

 レイチェルから似たようなことを言われたことがあるけれど、あれは完全に加害者側からの謝罪なので、微妙にニュアンスが違う。


 ――昔であれば、そんな風に言われたら「何も行動を起こさなかったくせに何をいまさら!」と激昂していたかもしれない。でも今はとても穏やかな気持ちでその言葉を受け入れることができる。



「いいえ――そう言ってもらえるだけで、私は十分に報われます。それに、無理を言っているのは私も一緒ですから」



 確かに理不尽なことはまだまだ沢山あるけれど、私はもうここで生きると決めたのだから。

 ――部外者気取りは、もうやめにする。それにこの一件に関して言えば私は紛れもない当事者なんだから、放り投げて逃げだすなんて選択肢は最初からありえないのだ。



「敵の全容も明らかになっていない。その上、何時来るかどうかも分からない。一年後かもしれないし、十年後かもしれない。そんなあやふやな情報だけしか掲示出来ないのに『一緒に戦ってくれ』だなんて、厚顔にも程があるでしょう?」


「勝たなければ全てが滅ぶ。それなのに何故戦わないという選択肢があるのかしら? 私にはそちらの方が分からないわ」 



 その言葉に、私は思わず呆然としてしまった。いくら鈍感な私でも、ここまではっきりと言われれば、彼女の言葉が真実かどうかくらい察することができる。

 彼女の言葉からは、他の為政者達のような他者を謀ろうとする意思が感じられない。かといって、交渉自体を放棄しているわけではない。ただ彼女は、利益も何も関係なく率直な意見を述べているだけなのだ。本気でそう思っているということが、態度からも見て取れる。



「……これが竜族と関わりを持ちたいが為の、私の虚言であるとは思わないのですか?」



 ぽつり、と疑問が零れる。腹の探りあいどころの話ではない。彼女はこの世界に滅びが近づいていることを、すでに確定事項(・・・・)だと認識している。こちらが明確な証拠を示せないにも関わらずだ。

 果たしてこんなに都合のいい話があってよいのだろうか。逆に不安になってしまう。そんな疑念のこもった問に、ニルヴァーナは不思議そうに首を傾げた。



「そんな面倒なこと、やる必要があるのかしら」



 何でもないかのように、彼女は言った。



「貴方は誰よりも強い。それは見れば分かるわ。もし戦ったとしても、ほぼ確実に貴方に軍配が上がるでしょうね。そんな貴方が――わざわざ面倒な小細工をする必要性がない。ただ単に竜族を従わせたいだけなら、私をこの場で下せばそれで済むことでしょう? それをしようとしないで、こうして対等な立場で盟約を結んでくれようとしているのだから、むしろこちらの方が感謝するべきだわ」


「……えっと、評価してくれるのはありがたいんですが、私ってそんなに力任せに他人を従わせるような奴に見えます?」


「え? 強い者に決定権があるのは当然のことでしょう?」 



 きょとん、とした顔でニルヴァーナがそう言い返した。

 ……どうやら互いの認識に大きな食い違いがあったようだ。彼女の話から推測するに、竜の一族というものは、私が思っているよりも弱肉強食のシビアな世界なのかもしれない。


 竜族は、得てしてプライドが高い生き物だ。けれど――他人の強さを認めることが出来る度量も持ち合わせている。少なくともニルヴァーナにとっては、強き者に敬意を払うのは当然の行為だったのだろう。

 でも、変な誤解だけは解いておかねばならない。



「確かに、戦って勝つだけなら容易いでしょう。けれど。力による支配は遺恨を残します。いくら目先の脅威を振り切ったとしても、敵が増えてしまったのでは元も個もない。少なくとも私達は、竜族とことを構える気はありませんし、戦いが終わった後も、こうして気軽にお話できる仲でいられたらいいと思っていますよ」


「ふふ、そう言ってくれると助かるわ」



 ニルヴァーナは、朗らかに微笑んだ。



「まだまだこういった外交……というのかしら。そういうものには不慣れだから、ある程度失礼があっても大目に見て頂戴ね。息子がね、脅すのよ。『ここはともかく、他の国で下手なことを言ったら鱗まで毟りとられるぞ』って」


「あはは、竜族から利益を搾取しようだなんて考える人間はそうそういませんよ」



 でも、言質をとって自分たちに有利な交渉をしようとする輩がいないとは限らない。よほどの自信家か、それとも愚か者かは知らないが。その辺りの見極めは、おいおい覚えていってもらえばいいだろう。



「それにね、こうしてわざわざこの国を訪れたのは、ちゃんと理由があるのよ。こんなことを言うと、また息子に怒られてしまうだろうけど――あの子の選んだ国をこの目で見ておきたかったの」


「……そうですか」



 長としてではなく、一人の親として。確かに、それをシャルに話したら怒り出すかもしれない。主に照れ隠しの方向で。



「話に聞いていた通りの国で、とても安心したわ。――どうか、息子のことをこれからもよろしくお願いね」



 ニルヴァーナは、そう言って悪戯気に笑った。

 けれど、私はその笑みの裏にある剣呑な気配を感じ取って、少しだけ冷や汗が出た。


 ――彼女は恐らく、必要に迫られれば自ら「死兵」となれるくらい豪胆な人だ。

 彼女の大切な人物――つまりシャルが理不尽な不利益を被れば、それこそ怒れる竜を呼び出しかねない。つまるところ、モンペ予備軍に近いものを感じる。



「もちろんです。私は、誰一人として蔑ろにするつもりはありませんから」



 まぁ私としても、たとえ周りにシャルの素性が知られたとしても、迫害などがないように気をつけていくつもりだし、そもそも彼にはエリザもいるからその辺の心配はいらなそうだけど。でも、地雷は踏まないに限る。



「――それで、魔王様。貴方は一体この私に何を(・・)してほしいのかしら?」



 ニルヴァーナの核心を突くような質問に、私はにやりと笑って答えた。



「手始めに、竜族が人間の住まう舞台に降り立ったことを大々的に示してもらいます。手筈は僭越ながらこの私が整えましょう。さて、誇り高き竜族の長よ――神様の代弁者(・・・・・・)になってみるつもりはありませんか?」



  






◆ ◆ ◆











 とある日を境に、人の世でこんな噂話が流れ始めた。


 ――神様のお告げを聞いたものがいるらしい、と。


 その神様は、主に聖職者や国の中枢にいる人物を中心に、夢の中に現れているそうだ。

 それも数人どころの話ではなく、そのお告げとやらを聞いた者はゆうに千人を超えるらしい。


 初めはただの夢だと思い、気にもしていなかった者達も、噂が大陸全土に広がり、周りの人間も同じ言葉を聞いたとなっては、その夢を信じるしかなくなっていった。


 神様の形は白いもやであったり、老齢の男や、絶世の美女、はたまた恐ろしい獣の姿など、さまざまな形を取って現れるそうだ。

 そして夢の中で、その神様は決まって同じ言葉を繰り返すらしい。


 神様は、夢の中で人々にこう言ったそうな。



『三年目の雪解けに、白銀の御使い姿を現すだろう。彼女の言葉に耳を傾けなさい。――抜け出せぬ程の深い闇に飲まれたくないのであれば』



 この言葉の意味について、色々な解釈が上げられているが、どれが正しいかなど分かるはずもなく、他宗教同士に波紋を呼んでいる。




 ――そして様々な憶測が飛び交う中で、時は『魔王討伐三周年記念祭』の日へと針を進めたのだ。













前話まで誤字修正いたしました。

ご報告してくださった方々、ありがとうございました。

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