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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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89.世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにもなるのだ

 それからシャルの語った身の上は、衝撃の一言に尽きる。


 ――まず、神話の世界の生物の血を引くものが、こんなにも近くにいたこと。そして、その神話の体現者――竜が人間を切り捨て、魔族と手を組もうとしていたという事実。


 竜はその身自体が強大な神秘を内包するが故に、竜同士での繁殖率がきわめて低い。

 純血腫同士の交配があまりうまくいかないというのは、自然界でもたまによく聞く話だけれど、竜はその傾向が顕著らしい。他の世界ではどうだか知らないが、少なくともこの世界ではそういう風な摂理になっているそうだ。そういう理由ならば、竜の花嫁などという存在が嘯かれていたことも肯ける。


 ――竜と人間との間に生まれたものは、等しく全てが竜になる。

 人の姿を好んでとる者もいるらしいが、そういった連中も、本体は一般的な竜の姿らしい。良くは分からないけれど、つまり人間はこの世界において、竜の子供を『竜』として生み出せることができる唯一の存在だった、ということだ。


 人間と竜。その二つの力の差は歴然だ。それゆえに、竜の花嫁と呼ばれるものを庇護することによって、今までは上手いこと共棲関係を築いてきたのだろうけど、魔族が現れたことによってその関係性が崩れかけた。


 ――このままでは人間は滅んでしまう。きっと竜達はそう思ったのだろう。

 魔族による百年を超える支配は、人間が生存し続けるには酷過ぎた。誰が見ても、そう判断したに違いない。


 でも彼らは、決して人間側に味方することはなかった。

 ……ここで『何故人間と力を合わせて戦わなかった』など彼らを責めても、きっとどうしようもないのだろう。同じ人間同士ですら完全に理解しあうことは難しいのに、異なる種族であれば考え方からして違ってしまっても仕方がない。


 だがたとえそうだとしても、強大な力を持つとされる竜達が魔族との戦いに参戦してくれていたならば、何かが変わっていたかもしれない。

 もしかしたら私がわざわざ此処にこなくても、魔王を倒すことができる。そんな未来がありえたかもしれないのだ。まぁ、それはただの戯言だけども。


 私が推測するに、竜は確かに強いが、その強さは魔族を軽くあしらえるほど圧倒的ではなかったのだと思う。真っ向から対立すれば、互いに甚大な被害が出る。もしかすると推測にしか過ぎないが、不文律の停戦協定が結ばれていたのかもしれない。

 結局魔族との同和作戦は血が会わずに断念されたようだったが、人間側の代理人として最前線に立っていた身としては、その話はあまり気分のいいものではない。


 魔族との戦いで、徹底して不干渉を貫いてきた竜達。

 魔族が駆逐された後も人間に接触してこなかったのは、果たして罪悪感から来るものか、それとも今更切り捨てたものに縋ることをよしとしないプライド故か。シャルはそれを後者であると断言したけれども。


 竜の寿命は驚くほどに長い。きっと今回の魔族と人間との戦いが、ある程度ほとぼりが冷めるまでは、今まで通りに隠された島で隠遁生活を送るつもりなのだろう。それもまた一つの選択だ。


 ――だがそれは、この世界に何の脅威もない場合に限る。好き好んで引きこもるのは彼らの勝手だ。それについては何か言うつもりもない。赤の他人である私がどうこう言う資格はないのだから。


 けれど、魔族の時と違って今は状況が違う。

 ――私が負ければ、それだけですべてが終わる。

 別にこれは自慢じゃないけれど、この世界で最も強い力を持っているのは私であると断言できる。私は、竜よりも強い。

 いくら彼らが関わらないと決めたところで、もし私が負けてしまえば否が応にもその結末に巻き込まれる。一蓮托生。死なばもろとも。今更関係ないなどといって悠長にしていられる余裕なんてないのだ。


 この世界に存在する古の神々が干渉してくるなら話は別だろうが、そんな有名所の神様達は、きっと世界が滅んだとしても現れることはないだろう。

 そもそも、『神様』と呼ばれる存在の大半は、強大な力を有しただけのシステムに過ぎないのだから。

 ――私はそれをよく知っている(・・・・・)


 ……ただそれは、真っ当に得た知識ではない。

 あの日、黒曜の神域で出会った白き翼を持つ神――白鴉から植え付けられた記憶の中に、そんな情報が混じっていたのだ。

 何故彼がそんなよく分からない知識を私に与えたのかはさっぱり分からない。ただの気まぐれだったと言われたらそれまでなんだろうけど。


 白鴉から得た知識曰く、創世神話に出てくる神の多くは、世界そのものを作り上げた原初の神――いわゆる一番偉い神様が定めた役割を終えると、よほどのことがない限り現世に干渉ができなくなってしまうらしい。

 ほぼ万能に近い力を持とうと、その定めには逆らえない。それこそ、ルールがねじ曲がらない限りは。


 その『よほどのこと』がどれくらいのレベルかは分からないが、世界の危機程度じゃ動く気配はなさそうだ。

 私と黒曜の時だってほぼ詰みだったというのに、誰一人として動くことはなかったみたいだし。

 けれど、動かないのではなく、彼らは動けないのだ。それだけはちゃんと理解しなくてはいけない。力ある神様達がいくら世界の存続を願ったところで、何もできないのであれば責めることすら出来やしない。


 稀に人の願いの強さ、いわゆる信仰の厚さによって手を貸すこともできたりするようだが、それは本当にレアケースなのだろう。あまり期待してはいけない。

 そもそも、自ら好んで人間と関わろうとする神様が少ないというのも理由の一つだろう。きっとレイチェルや黒曜の方が異端なのだ。


 この二柱の神様だけが、原初の神が定めたルールを破って好き勝手に動いているようにも見えるが、どうやら彼らはその理からは外れているらしい。彼らの成り立ちに、人間――自由意志を持つものが深く関わっているからだ。

 人の不手際や独善によって生まれた存在であるからこそ、人の世に関わることが出来る。そう考えると何だか納得できる。


 話がそれてしまったが、つまり何が言いたいのかというと『今回の戦いに神々が干渉してくることはまず無い』と断言していいということだ。

 竜は恐らく私よりは弱いけれど、それでも戦力として十分に期待はできる。彼らの協力が得られるのであれば、それに越したことはない。


 ――そんな旨をシャルに伝えたのだが、彼は緩やかに首を振った。



「話して聞いてくれるような優しい連中じゃないです。あいつらははなから人間を見下している。大儀よりも面子が大事なんだ、あの老害共は」



 吐き捨てるようにシャルは言う。その言動から見て取れるように、シャルと一族との溝は私が考えているよりも遥かに深いもののように思えた。



「やっぱり協力は無理かな?」



 正直に言うと、少しだけ期待していた。

 運がよければ竜という稀代の戦力を得ることが出来ていたかもしれないのだ。唯一の交渉役となれるシャルがこの様子だと、どうにも無理そうだ。無いものねだりはいけないと分かっているけれど、やっぱり気落ちしてしまう。


 シャルの手前、そんな心境は表には出さなかったけれど、やはり私の微妙な落胆を悟ってしまったのだろう。シャルは申し訳なさそうに俯いた。



「……すみません」


「気にしなくてもいいよ。今回に限って言えば彼らが敵に回らないだけでも御の字だから」


「俺は」


「うん」


「俺は貴方に死んでほしくないんです、魔王様」



 俯き、両手を祈るように重ねながら、まるで懺悔をするかのようにシャルは言った。



「世界が終るのも、何もできないままに死んでいくのも、俺は絶対に嫌だ。そんなの認められない。……でも、俺が出来ることなんて高が知れている。結局のところ、俺はどこまで行っても『出来損ない』のままだ」



 そんなことはないと、言ってやりたかった。でも、言えなかった。

 自らの欠落のせいで、同族に疎まれ、蔑まれながら幼少期を過ごしてきた。それは、いったいどれほどの傷を彼の心に残したのだろう。


 けれど私はちゃんとシャルが優秀なことを知っている。出来損ないなんかじゃないと声を大にして言える。だが、私の言葉なんかにどれだけの価値があるのか。

 私はある意味恵まれた人間だ。そんな奴が持たざる者の気持ちを「分かるよ」だなんて簡単に言ってしまうのは、ある種の冒涜ではないだろうか。


 言葉に詰まった私を見て、シャルは一体どう思ったのだろう。

 数秒の静寂が、ひどく息苦しく感じた。


 ゆっくりと顔を上げて、震える声でシャルは言った。



「だから、命じて欲しい」


「――え?」


「もう俺はあの地獄に戻りたくはないし、奴らと顔を合わせることだってしたくない。だから、頼むよ、お願いします、俺の王様。貴方が俺に命令してください。『――四の五の言わずに行って来い』って」



 ……その言葉を吐き出すのに、どれだけの葛藤があったのだろう。顔色はひどいし、噛み切ったのか口の端には血がにじんでいる。


 ――何で、どうして、そんな風になるくらい嫌がっているのに。

 思わず息をのんで、シャルの目を見つめた。その目の奥に見える意志の強さが、何故だかあの日のタニアを連想させた。無条件にこちらを信じ、全てを託すかのようなその目。


 だからこそ、私は気づいてしまった。

 ――彼はきっと、私の『王としての沙汰』を待っているのだ。

 自分自身の為だけでは動けない。だからこそ、王の命令という大義名分が欲しかった。


 彼にはきっと目の前の道が、断崖絶壁のように見えているだと思う。だが、その背を押せと彼は私に言ったのだ。

 そんなの、押す方がよっぽど怖い思いをするのに。でも――きっとそれは私の負うべき責任だから。甘んじて受け入れるより他にない。



「……ああ、分かった。命じよう」


「はい」


「竜の里に赴き、その協力を勝ち取ってこい。いいか、これは勅命だ」



 私が厳かにそう言うと、シャルはどこか安堵したように頷いて見せた。

 責任くらいいくらでも背負ってやろう。それで、彼の心が軽くなるならば。



「詳しい段取りとか、持っていく書状とかは他と話し合いをしなくちゃいけないから、出発は少し後になると思う。それまでに身の回りの準備だけはしておいてね。……エリザにも、ちゃんと話さなきゃだめだよ」


「……はい」



 別に今生の別れになるわけではないけれど、せめて彼女だけには仔細を伝えるべきだろう。幸いにも、エリザは口が堅い。あれこれ言いふらす心配もないし、きっと大丈夫だろう。

 まぁ、後で私が不満を言われてしまう可能性はありそうだけど。恋する女の子は過激だから。


 その後、城を後にしたシャルの姿を窓からぼんやりと見ながら、私は考える。


 ――私も一緒に着いていくと言うべきだったろうか。

 シャルが一人で行くと言い張ったのもあるけれど、向こうがプライドの高い種族である以上、私が直接赴かなければ、逆に格下とみていると誤解させてしまうかもしれない。


 こちらは一応協力をお願いする立場であるし、あまり悪印象をもたれるのは得策ではない。

 けれど、私がその場に出るというのはつまり、結局のところ暴力によっての支配と変わりない。あくまでも、自発的に協力してもらうという体面が重要なのだ。嫌々協力してもらったところで、そんなものが戦力になりえるとは到底思えないし。



「……これはもう、なるようにしかならないな」



 それでも私は、シャルの手腕を信じるしかない。

 『信じる』という言葉は、たかだか四文字しかないくせに、何故こんなにも重いのだろうか。その謎を解き明かせたら、私は学者にでもなれるかもしれない。



 ――そうして私はヴォルフ達と話し合いを進め、あらかたの段取りを決めた。

 今回の竜の一件も事後承諾だったから死ぬほど怒られた。ぐうの音もでない。

 三つ子の魂百までともいうし、そう簡単に人間の本質は変われない。長い目で見てほしい。まぁ、そんなのは私の甘えでしかないんだろうけど。



 話をした日から四日後の日の出前に、私とシャルは転移門の前に立っていた。

 島の近くまでは、転移で飛んでもらう手筈となっている。帰りも同じ場所から帰れるようにしてあるし、準備は万端だ。


 まだ暗い城下は人の気配がなく、閑散としている。この時間帯を指定したのは私だけど、見送りの一人もいないのは少し侘しい気もする。極秘任務だから他の人達にはあまり言わないように言ったから、それは仕方がないことかもしれないけど。

 挨拶もそこそこに書状と幾ばくかの貢物の代わりになる宝物をもたせて、私は言った。



「あ、これも持っていって」



 私はそう言いながら、右手を差し出した。手の中には青色の石が括られた紐のようなものが置かれている。



「急ごしらえであんまり見た目はよくないけど、一応お守り。数回くらいならある程度の攻撃は無効にしてくれる優れものなんだ。有効に使ってね」



 いくら逃げ出した身とはいえ、仮にも同じ一族に容赦ない攻撃を加えるとは思いたくはないが、血を分けた兄弟すら殺し合う可能性があるのがこの世の常だ。用心にこしたことはない。



「ありがたく、頂戴します」



 それをシャルも重々承知しているようで、彼は素直にお守りを受け取った。

 シャルは紐に括られたそれを受け取ると、どうするか悩んだ後に首にぶら下げた。中途半端な代物で申し訳ない。



「もし、いくら言っても納得してくれないようならこう言えばいいよ。『小娘に手を貸すと思うから腹立たしく感じるんだ。神に至る者に傅くと思えばそう悪くはないだろう?』ってね」



 私がそう言って笑うと、シャルは気が抜けたように苦笑した。



「一つ間違えば全面戦争ですよ、それ」


「安心しなよ。喧嘩ならいつでも買ってやるから」



 だから、と前置きをして私は言った。



「好きなように交渉しておいで。たとえ何が起ころうとも、最後には全部私が覆してあげる。――ま、でもいい知らせを期待しているよ」


「……ははっ」



 シャルは小さく笑うと、片手で目を覆い、天を仰いだ。



「そんな風に言われたら、がんばるしかないよなぁ」



 小さく呟くようにシャルは言った。不意に出た独り言だったのだろう。



「ありがとうございます。――必ずあいつ等に首を縦に振らせてやりますから」


「うん、信じて待ってる」



 他にもきっとシャルに伝えるべきことはたくさんあるだろうけど、あまり優しい言葉をかけられるのを彼は望んでいないだろう。


 そんなことを思いながら、転移門を見やる。そこに、どうにも見覚えのある影を見つけてしまった。その出で立ちをじっくりと見て、私は小さくため息を吐いた。



「どうしました?」


「いや、うん。……ついでにこれも持っていくといいよ。素のままで悪いけど」



 私はそう言いながら服のポケットから桃色の小さな石を取り出した。遠慮するシャルに、いいから、と半ば押し付けるようにしてそれを握らせる。

 何だか納得していないようではあったが、私にだって事情がある。諦めてほしい。



「じゃあ、行ってらっしゃい。体に気を付けてね」


「はい。必ず、帰ってきます」



 そう言って、シャルは門の向こうへ消えていった。その背を、隠れていた影が追うように走る。

 その人物は申し訳なさそうに私に頭を下げると、駆け足で門へと飛び込んでいった。


 門が光を失うのを見つめながら、私は小さく手を振った。



「あーあ。また皆に怒られるんだろうなぁ」



 大きく肩を落としながら、私は嘆くようにそう言った。



「でも、あんな顔されたら私には止められないって」



 彼女(・・)を見逃してしまった言い訳を頭の中で考えながら、私は微笑んだ。








◆ ◆ ◆







「ふう……」



 ぐらぐらとする頭を抱えながら、シャルは息を吐いた。転移は今まで何度か経験したことがあるが、やはりこの感覚には慣れない。


 目の前に広がる青い海をぼんやりと見つめていると、背後から何かを押しつぶしたかのような悲鳴が聞こえた。そのどこか聞き覚えのある声に、シャルは反射的に振り向いた。

 ひどく、嫌な予感がした。



「えへへ、来ちゃった」



 そこには、旅装束に身を包んだ少女――エリザが下手くそな笑みを浮かべながら尻餅をついていた。あまりのことに、思考が停止する。


 ――何故この少女がここにいるのだろう。付いていくと言って聞かなかった少女を諭し、なだめすかして同行を諦めさせ、念のためわざと出発の日にちをずらして伝えていたはずなのに。


 何も言わないまま自分を見つめるシャルのことを見て、怒っていると思ったのか、エリザが泣きそうな顔をして口を開いた。


「だ、だって、シャルがまるでもう会えなくなるみたいなこと言うんだもん。だから私、いてもたってもいられなくなって……」


 準備だけはしておいて、いつでも出られるようにしていた、と少女は小さい声で告げた。今日も、明け方に聞こえた物音で飛び起き、荷物を持ってこっそりとついてきたそうだ。なんで気づけなかったのか、とシャルは頭を抱えた。 



「だからってついて来ることないだろう!? 馬鹿かお前、最悪死ぬかもしれないんだぞ!!」



激昂しながらシャルは叫ぶ。シャルだって生半可な覚悟でこのことを決めたわけではない。

 最悪の場合、この命を犠牲にすることも織り込み済みの上で命令を強請ったのだ。そんな決死の覚悟に、この少女を巻き込もうだなんて思ってもいなかった。 だからこそ、黙って出発しようと決めていたのに。



「そんなの、置いて行かれるよりずっといい!!」



 そう言って声を荒げる少女の目には、涙が浮かんでいた。



「やだよ、一人にしないでよ……。シャルがいなくなっちゃったら、私どうしたらいいのか分かんないよ」



 そう言いながら、エリザはシャルに抱き着いた。その軽い体を抱きとめながら、シャルは言葉に詰まる。エリザだって、シャルが思っているほど馬鹿ではない。この度に死の危険がまぎれていることくらい、重々承知の上だろう。それでも彼女は、こうしてシャルについていくことを決めたのだ。紛れもない、自分自身の意思で。


 シャルは唇を噛みしめながら、思う。

 自分の犠牲の先に、この少女の幸せがあるのであれば、それでいいと思っていた。思っていたのに。――どうしてこんなにも泣きたい気持ちになるのだろうか。


 ああ、はっきり言おう。シャルだって一人になるのは心細かった。でもそんなこと言えるはずもなかった。だから、わざわざ魔王にこの背を押してもらったのだ。そうするべきだと、それが最善だと思ったから。


 巻き込みたくなかった。でも、側にいてほしかった。

 それだけが、シャルにとっての真実だ。



「馬鹿だよお前は……ほんとうに、ばかだ」


「馬鹿でいい。だから一緒に連れて行って」



 魔王が出発の時に微妙な顔をしていた理由が、ようやく分かった。だからこそ、魔石をもう一つ持たせたのだろう。

 止めてくれればよかったのにと思うのと同時に、止めなかったことを感謝している自分がいる。心というのは、本当に正直で嫌だ。


 ――嬉しいだなんて、きっと思ってはいけないのに。



「あの時、シャルはずっと私の側にいてくれたよね。本当に嬉しかった――だから、今度は私の番」



 泣き笑いの顔をして、エリザは言った。

 あの時とは、恐らく魔王の国へ向かう時のことだろうか。随分とおかしな話だと思った。だってそんなの、シャルは貸しだなんておもっていやしないのに。



「本当に危険なんだぞ」


「うん」


「今更帰れるだなんて思うなよ」


「分かってる」


「嫌だと言ってもどうしようもないからな」


「知ってるよ」



 迷いのない、優しい声だった。

 共に来ることで、少女に利になることなんて何もないというのに。


 エリザは特別な何かができるわけでもない、普通の少女だ。そんな凡庸な少女なのに、何故こんなにも頼もしく感じるのだろうか。答えなんて、もうすでに分かりきっていた。


 ――やっぱり好きだなぁと、場違いだけれどそう思う。

 門をくぐる時に感じていた恐怖や不安は、もう既に消えていた。

 ああ、もう認めてしまおう。彼女が側にいてくれさえすらば、シャルはもう何も怖いものなんてない。

 守るべき人がすぐ側にいるのに、心を奮い立たせることができない奴なんて、そんなの男の風上にも置けないからだ。



「……ありがとう」


 自然とそんな言葉が口からこぼれた。他にも伝えたい言葉は沢山あったけれど、エリザがあまりにも幸せそうに笑うので、何も言えなくなってしまった。



 そうして二人は、固く手を繋いで閉じた島へと向かったのであった。










◆ ◆ ◆








 シャル達の出発からきっかり一週間後。

 特に目立った傷もなく帰ってきた二人からもたらされた情報に、魔王が度肝を抜かれることになるのは、また別のはなし。





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