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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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88.いまが最悪の状態と言える間は、まだ最悪の状態ではない

 ――人は運命からは逃れられない。

 それは必然であり、絶対の真理であると、あの白鴉は言った。


 だが、全ての出来事が最初から決まっているとするならば――努力も希望も何もかもが無意味なものになってしまう。

 そんなこと、私は認めることができないし、許容する気にもならない。


 ――人の生き死にを、自分以外の誰か(・・)が決める。

 勝つか負けるか。生きるか死ぬか。それすらも決まっているとでも言うのだろうか。確率は二分の一? それとも十割? もしくは零?

 ……そもそも運命とは一体何なのだろうか。私にはそれが未だに理解ができない。



「――馬鹿馬鹿しい」


「そうだね。でもそれが『試練』だから」



 吐き捨てるように告げた私に、ベヒモスがいつものような調子で答えた。

 じっと批難を込めた視線をベヒモスに向ける。そもそも、こんなにも私が悩んでいるのは彼が原因だというのに。


 ――強き者達を戦わせ、人工的に神に等しい力を持つ者を作り上げる『蠱毒(システム)

 それが、私の知らなかったベヒモスの正体である。つまるところ、私は何も知らない内に自ら死地へと身を投げ出していたのだ。

 何というか、この、罠にはまらないように気を付けていたのに、実はそこが落とし穴だった……みたいな腑に落ちない感覚。人生とは本当に分からないものだ。


 だが今回、黒曜に勝利……というのかは微妙だが、退けることに成功したことによって、大分状況は楽になった……はず。

 あと一回――それだけ凌ぐことが出来れば、私は生き残ることができる。

 まぁ、その『一回』が難題なんだけども。


 よくよく考えてみれば、今まで私――この国にちょっかいをかけていた奴は恐らくベヒモス、神の力が目的なのだと思う。灯台下暗し。まさか自分の住んでいる場所こそが厄ネタの中心地だなんて考えもしなかった。


 ……いや、ただ気づこうとしなかっただけなのかもしれない。私は、目を逸らすのだけは得意だったから。

 黒曜との邂逅で色々なことを思い出して、大きく視界が開けた気がした。考え方一つをとっても、今までより思考に幅が出たような気もする。

 そのことを『迷い』と呼ぶ人もいるだろうが、私はそれを『成長』と呼びたい。


 まぁ色々なことをぐだぐだと考えたところで、私のやるべきことは結局何一つ変わらない。逃げ出すことは当に諦めた。ならば、後は真っ直ぐに立ち向かうだけだ。


 ――と、気持ちは前向きなわけなのだが、現実はそう上手くいかない。

 ベヒモスから聞いた『挑戦者』、つまり私を殺しにくる者は現時点の私よりも強い奴(・・・)だという。最初からマイナスからのスタートだなんて、なんて質の悪い冗談だろうか。


 ……それが神に至るための試練だと考えれば、妥当だと言えるかもしれない。正直巻き込まれた側からしたらたまったもんじゃないけど。



「だがそうなると――国ごとにみみっちく争っている余裕なんてないな」



 はっきり言って、今までのようにゆっくりと外交問題に携わっている暇なんて無いに等しい。でもだからといって、手を抜き放置するわけにもいかない。


 この国――ディストピアには大きな敵が二ついる。

 一つは凶作の煽りを受けたとはいえ、いまだに強大な勢力を誇る帝国ベルンシュタイン。そして二つ目は、一柱の神を狂信的に崇拝する教国達。どちらも一筋縄ではいかない相手だ。

 けれど、だからといって攻略法がないわけではない。そう思い色々と手を打ってはいたけれど、どうやらそんな悠長なことをしている余裕はなさそうだ。


 目下の難題は再来月に迫った魔族討伐三周年の記念祭である。その時までに、私は大多数を味方に付けるための策を考えださなくてはいけない。それも恐怖ではなく、自発的に協力したいと思わせるような策を。

 果たして、そんなに都合のいい策なんてあり得るのだろうか?



「……まずは皆に今回のことを説明しなくちゃ」



 今回私が倒れ時に起こった事件のこともちゃんと説明できていないし、ある意味良い機会だと思う。



「さぁて、打開策は見つかるかな……」












◆ ◆ ◆











 いずれ私に前に現れる規格外の敵。この危機的事実を伝えたのは、この国の中でも数人で、口が堅く信頼できる者達だけだ。

 その理由は言うまでもないだろう。もしこの話が外に漏れた場合、どういう事態になるかだなんて、火を見るよりも明らかだ。


 一概に国民に事実を黙っていることを肯定するつもりはないけれど、物事にはタイミングというものがある。対策が何一つとしてできていないのに「敵が来ます!」と叫ぶのは、あまりに無責任だ。


 せめて何某かの目途がつくまでは、国民には秘密にしておきたい。それは私のエゴかもしれないけれど、過剰な不安は抱かせたくないのだ。


 ――あの日私が倒れた時のことを話したのは、あの場に居なかった者だと、隠れ里の重鎮数人、そして例外的に選出したヘイゼルとシャルの二人だ。

 因みにこの二人を押したのはこの私である。別に贔屓でもなんでもない。ただ単に呼ぶべきだと思ったからだ。


 ヘイゼルは何を伝えられたとしても揺るがないくらいに精神が図太い、いや、心が強いというべきか。いざという時に動揺せずに構えていられる者が一人でもいれば、それだけで周りの人たちも安心することができる。少なくとも私はそう考えていた。

 本人の意思がどうであれ、ヘイゼルにはそういった役回りを望んでいるのだ。

 まぁ、その本人はさして興味がなさそうに私の話を聞いていたので、どう思っているのかは謎だけれども。


 ――そしてもう一人。シャルについては複雑な事情があった。

 本来であれば、彼は呼ぶ予定ではなかったのだ。シャルとは以前に少し揉めはしたが、今となっては十分に信頼にたる人物であると私は認識している。

 だがその信頼の重さは、決してガルシアやマリアのそれには敵わない。言ってしまえばわざわざ呼ぶほど重要な人物というわけではなかったのだ。


 それでも私はあえてシャルのことを呼び出した。しかも、他の人達と出くわさないようにわざわざ時間をずらして。

 ある意味私のこの行動は、賭けに近いものだったのかもしれない。


 ――シャルには、何か隠していることがある。

 それは初めて会った当初から何となく分かっていたことだ。過剰なまでの自身の力の過信。奇妙な家族構成。不可解な言動は他にもある。彼が私たちの感知し得ない何らかのコネクションを持っていることは明らかだった。


 別に無理して話してもらう必要はないと、今まではそう思っていたけれど、こんな事態になってしまっては、できる限り不確定要素は消しておきたい。

 もしもこれ以上口を噤み続けるのであれば、有事の時に外部と連絡が取れないように、それとなく連絡手段を奪うしかない。そんなことすら考えていた。


 ――でも、だからこそ(・・・・・)ちゃんと話すべきだと思ったのだ。

 私は嘘偽りなく真実を話した。だからお前も話せ――そんな暴論を言うつもりはない。

 けれど、ほんの少しでも私のことを信じていてくれるのならば、どうか私に賭けてほしい。私の手持ちの札だけでは、どうがんばっても敵には勝てない。だって、そういう(・・・・)敵がやって来ることだけは既に確定しているのだから。


 ……力が必要だった。私ではない、他の誰かの力が。

 ほんの僅かでもいい、現在の状況を打開するための何かが欲しい。その何かがシャルの背後にあるとまでは思わなかったけれど、一縷の希望を抱くには十分な状況だった。


 だが面と向かって真摯に話すくらいで、あちらが腹を割って話してくれるかどうかは分からない。――けれど、私は彼との二年の絆を信じたい。

 だから私は、この身に……この国に迫る危機を、シャルに伝えることにしたのだ。



 城に現れたシャルはどこか不安げで、いつもの小生意気な雰囲気はなりを潜めていた。何か呼び出されたことに思い当ることがあるのか。いや、ただ単に怖いベヒモスがいる城に来るのが嫌だっただけかもしれない。


 この場でのことは他言無用だということを言い含めてから、私は説明を始めた。

 最初は怪訝そうにしていたシャルも、話が後半に向かうにつれて顔色を悪くしていったようだった。その気持ちはよく分かる。

 こんな話、私でさえいまだにできの悪い冗談のようにしか聞こえないのだから。


 ――そうして全てを話し終えた後に私はこう言った。



「もしもシャルが私達に何か黙っていることがあるなら、どうか教えてほしい」



 そう単刀直入にシャルに伝えると、彼は考え込むかのように目を伏せ、唇をかみ締めた。その姿には、深い葛藤が窺えた。


 数分、いや、もっと長い時間だったのかもしれない。深い沈黙を破るように、シャルは口を開いた。



「俺は、一生話すつもりなんてなかった。……なかったんです」



 何かを耐えるような声音で、シャルは言った。



「この国の為でもなく、誰かの為でもなく、俺は俺自身の平穏の為にずっと口を噤んでいた。それが最善だとずっと思っていた。正直今でもそう思っています」


「うん」



 所々の口調を取り繕う余裕すらないらしく、彼は苦しげな顔をしていた。



「どうしても嫌なら、無理にとは言わないよ」


「いや、いい。いいんです。ちゃんと話します。本当はもっと早くこうするべきだったんだ」



 意を決したかのように、シャルがゆっくりと顔を上げ、言った。



「――俺は、竜の一族の出なんです」







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