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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その6・たまには過去を振り返ってみましょう

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87.さあ起きろ。目覚めの時間だ

 やわらかい気配にに導かれるようにして、深く閉じていた目を開ける。不意に視界に入ったまばゆい光に、思わず眉をひそめた。



「……んん?」



 ぼんやりとした思考の中で、先ほど起こったことを思いだす。――大丈夫、みんな覚えている。何も、何一つ忘れてなんていない。

 


「魔王様!! ご無事ですか!?」



 私が目を開けたことに気が付いたのか、誰かがそう叫んだ。 

 ベッドの周りで、よく見知った顔ぶれが口々に体調を気遣う言葉をかけてくるが、寝起きの頭には上手く入ってこない。

 だが、いまいち状況がつかめないが、尋常じゃない様子なのは確かだった。 


 ユーグやフランシスカは泣いているし、ヴォルフやトーリはひどく憔悴した様子で安堵の溜め息を吐き、ガルシアは両手で顔を覆い、脱力したようにその場に座り込んでいた。

 そしてレイチェルは、何故だか少し泣きそうな顔をして私のことを見つめている。


 はて、と思いながら辺りを見渡す。一体現実世界では何が起こっていたのだろうか。ただ寝ていただけの私には到底想像ができない。

 ……黒曜がまた余計なことでもしでかしたのかもしれない。確信はないけど、当たっている気がする。


 ぐっとベッドから状態を起こし、背伸びをする。異常なほどに、体が怠かった。無理やり体を動かした後のような、そんな感覚。


 まぁ、うん。恐らくではあるが、私が寝ている間こちらは相当な修羅場だったのだろう。何となく予想がつく。

 私の身内が迷惑をかけてしまい、正直申し訳なく思っている。でも事前にどうにかできることでもなかったし、どうしようもないよなぁ、とも思ったりする。 ああ、この後の弁明が大変そうだ。


 ――でも、きっとこれで良かったのだと思う。やっと私は、前に進める。


 欠けていたピースが埋まり、感情への制限をなくし、これから先不自由を感じることもあるかもしれないけれど――それが本当の『私』なんだから、笑って受け入れてあげよう。

 辛いことも、苦しいことも、これからは大事に抱きしめて生きていく。それが、『人間』という生き物なんだから。


 自然と口元に笑みが浮かぶ。くすりと笑って、膝元に泣き縋るユーグの頭をぽんぽん、と宥めるように叩く。

 するとその小さな肩がびくりと震え、一瞬嗚咽が収まったが、余計に泣き声が酷くなった。……えっと、どうしたらいいのだろう。


 おろおろと助けを求めるように他の連中を見ても、小さく首をふったり、自業自得だとでも言いたげに肩を竦めるだけで、誰も助け船を出してくれない。は、薄情者め。


正直にいうと、子供が泣く姿を見るのは苦手だ。見ているだけで、胸が締め付けられるような罪悪感と、焦燥を感じるから。

 以前はその理由が分からなかったけれど、今ならばちゃんと分かる。きっと私は重ねてしまっていたのだろう――あの日、一人きりで泣いていた自分のことを。


 置いて行かれる悲しさは、私が誰よりもよく知っている。知っていたはずだ。

いや、それを知っているからこそ、泣き続けるユーグや他の皆に何と声をかけたらいいのか、言葉に迷ってしまう。


 ――だが、今言わなくてはいけない言葉は、何となく分かっていた。



「おはよう、みんな。――そんな顔しないでよ、ちゃんと戻ってきたんだから」



 いつも通りの様子で、飄々とそう軽く口にする。

 あえて殊勝な態度は取らずに、へらりと笑みを浮かべながら。


 皆はそんな悪びれもしない私を見て目を丸くし――心底安心したと言いたげに、笑った。

 その皆の様子を見て、何だか私の強がりを見透かされているような気がして、ちょっとだけ気恥ずかしくなった。


 ――ああ、これだから手放せないのだ。


 私の居場所はここ(・・)なんだって、心の底から実感する。



「おかえりなさい」



 そう言ったのは、果たして誰だったか。



「ただいま」



 その言葉が私の口から滑り落ちた時、ふわりと、誰かに頭ごと抱きしめられた。視界が水色に染まる。


 レイチェル――私の神様が、確かな質感をもってそこに居た。


 一瞬だけ、何で触れられるんだと疑問に思ったけれど、それ以上に彼女の手が温かかったから――まぁいいかな、と思ってしまった。

 恐らくは、黒曜と接触したことで私の霊的な資質が高まったか、神の存在を強く認識したから、とかそんな理由だろう。

 ただ今は触れるようになった訳よりも、この不思議な温かさに縋りたい。


 ――帰ってきてよかった。心からそう思う。


 だからこそ、これから先も生き延びなくてはいけない。そうでなくちゃ、皆と一緒に居られないのだから。


 そっとレイチェルの手をほどき、真剣な顔をして皆の顔を見つめる。

 今ならば、素直な気持ちを言えるような気がした。 



「これから、もっと忙しくなると思う。もしかしたら死ぬような目に遭うかもしれない」



 片手でレイチェルの右袖を掴みながら、大きな声ではないけれど、はっきりとした口調でそう声に出す。



「――それでも、皆はついてきてくれるよね?」



 問いかけではなく、断言するように言い切る。私は信じている。皆のことを信じている。――だから、皆も私のことを信じてほしい。ずるいことを言っているのは承知の上だ。


 そう遠くない未来に、この世界が崩壊してしまう程の危機が私とこの国に迫っている。黒曜はそう言っていた。それはもうすでに、私だけの問題ではなくなってしまっている。

 ……一人きりで頑張るには、きっと限界がある。

 たとえ協力してもらったとしても、実戦闘では戦力にはならないかもしれない。もし人質に取られでもしたら、逆に足手まといになるかもしれない。

 ――それでも、せめて私の心だけでも支えてほしい。それだけで、死ぬ気で生き抜く覚悟ができるから。


 ――私の勇気の在り処はここにある。やっと、そう思えるようになったんだ。


 そうして私は、穏やかに微笑みを浮かべた。



「皆で一緒に生きぬこう。――大丈夫、もし死ぬときは一緒だから」



 一瞬の静寂の後、ふっ、とヴォルフが脱力したように笑い「仰せのままに。わが唯一の王よ」と恭しく頭を下げた。


 ヴォルフに続くように、「ずっと一緒です」とユーグが涙声で言う。


「病める時も、健やかなる時も、って言うでしょう?」とトーリが嘯く。


「当然だ」とガルシアが頷く。


「覚悟はできています」とフランシスカが微笑む。


 そして、私のすぐ側でレイチェルが告げる。



「――私の『命運』は、常に貴方の傍らに」



 悩む間もなく即答された彼らの言葉を、噛みしめるように反芻する。

 じわりと甘い毒のように広がっていくこの胸の温かさを、私はきっと一生忘れない。たとえ何があろうとも。



「――ありがとう」



 そうして私はこの世界に来て初めて、人前で涙を流した。涙といっても、声を上げるわけではなく、ほろほろと流れ落ちるだけのものだったけれど。

 でも以前の私なら、きっとこの場で泣いたりはしなかったことだろう。

 それは思っていたよりも気恥ずかしく、情けなかったけど、そう悪い気分でもなかった。


 これが感情の枷を外した『弊害』というならば、やっぱり外してもらえてよかったと思う。


 ようやく私は――この世界で生きていくことができる。





◆ ◆ ◆






 あの後、涙を拭い、私はベッドから立ち上がろうとした。……したのだけれど、その後の記憶がない。


 後から聞いた話だと、私はまた気を失ってしまったそうだ。

……まぁ、いくら精神体とはいえ、起きる前にあそこまでひどく痛めつけられていたのだから、現実世界で倒れても仕方がなかったと思う。


 でも、そんなことを知らない彼らにはたまったものではなかっただろう。少しだけ申し訳なく思うけど、ぶっちゃけ不可抗力だからどうしようもない。


 そして事の顛末を話したらすっごい怒られた。痛いのも我慢してがんばったのに。



「……相変わらず貴方は無茶ばかりしますね」


「人間にはね、時は通さなきゃいけない意地ってものがあるんだよ、レイチェル」



 絶対安静を命じられ、私はレイチェルに見張られながらベッドに寝そべっていた。レイチェルはベッドの淵に腰かけながら、やれやれと言いたげな顔をして私の話を聞いている。


 そういえば、と夢の中でのことを思いだす。私はレイチェルに言っておかなくちゃいけないことがあるのだった。



「あの時、助けに来てくれてありがとう」


「あら、気づいてたんですね」


「何となくだけれどね。あの時の猫は、もしかしてトーリだったりする? 配色が似てたけど」


「……ええ、まあ。彼にも後でお礼を言っておいた方がいいですよ。あれは拗ねると面倒なタイプですから」



 それはレイチェルもあんまり変わらないと思うけど、と思ったが口には出さないでおく。藪蛇になってしまったら怖いし。……同族嫌悪か何かだろうか?


 それはともかく、もしあの時呼びかけられなかったら、多分私は起きるための切っ掛けすら掴めなかっただろう。あのままだったら、きっと私はこの世界で過ごしたすべての記憶を失っていた。そう考えると背筋が寒くなる。


 ちらり、とレイチェルを見やる。そっとその眩い金の髪に手を伸ばした。さらさらとした金糸が指の隙間をなぞっていく。絹の糸のようだな、と何となく思った。

 そんな私のことを、レイチェルは優しげな目で見つめている。

 今まで大して気にしてなかったけど、触れるっていうのは何だか安心する。『ここにいる』とはっきり分かるから。


 レイチェルも、時折何かを確かめるように私に触れてくる。人の温度に触れるのが楽しいらしい。


 何だかんだでのんびりと和んでしまっているけれど、結局のところ問題は山積みで、はっきり言って何も解決なんてしていない。それでも何故か私の心は凪いでいた。

 それを落ち着きがでたというのか、能天気なだけかというのは議論が分かれるだろうけど、焦っても仕方がないことだけは確かだ。なるようにしかならない。



「あ。そう言えばさ、ちゃんと考えたんだ」


「何をです?」


「子供の名前のこと」



 タニアさんに考えてくれと言われていた名前。

 絶対安静で仕事もできず、時間だけはあったから、いくつか候補は考えたけどしっくりきたのは一つだけだった。我ながら、悪くない出来だと思うけど。



「『ロイ』っていうのはどうかな? 私の世界の言葉――まぁ外国の言葉だけど、『流れ』っていう意味の単語なんだ」


「ロイですか。ベヒモスも男の子だろうと言っていましたし、悪くはないですね。でも、何故その名前にしたのですか?」



 レイチェルが不思議そうに首を傾げる。



「左手を貸して」



 私はおもむろにそう言って、レイチェルの左手を取った。

 返事も聞かないままに、説明を始める。



「『流れ』っていう言葉はね、私の国の文字だとこう書くんだよ」



 そう言いながら、レイチェルの白い手のひらに『流』という字を指で描く。なんだかちょっとくすぐったそうだった。



「この字はね、他にも読み方があって、その内の一つは『りゅう』と読むんだ」



 そこでようやく、私は顔を上げた。



「これが、私の本当の名前。ちゃんと覚えてね」



 いくら思いつかなかったからって、自分の名前を由来にするのは正直ちょっと恥ずかしいものがある。

 でも王様の名前をもじって名を付けるっていうのは、結構オーソドックスな名付け方なんじゃないかな? ……二人とも喜んでくれればいいけれど。



「レイチェル?」



 黙ったままのレイチェルを怪訝に思い、彼女の顔を下から覗き込むようにして見上げる。

 レイチェルの表情を見て、私は思わず息をのんだ。



「――やっと、教えてくれた」



 泣きそうな顔をして、それでも口元に笑みを浮かべながら、レイチェルは心底嬉しそうに言った。

 ……本当に随分と長い間待たせてしまっていたんだな、と胸が痛む。


「約束だからね」


「忘れられたかと思いました」


「ごめんって」


「ばか」



 そう軽口を言い合って、二人で笑った。

 小指に残る黒曜との約束(もんよう)が少し痛んだような気もするけど、きっと気のせいだろう。


 ――こうして、後に『魔王誘拐未遂事件』と名付けられた事件は終わりを告げた。

反対に数々の問題が明るみになったが、それは追々に解決していけばいいことだ。


 でも、ただ一つだけ言えることがある。


 ――私に残されている時間は、きっと少ない。


 たとえそうだとしても今だけは――この穏やかさを享受したい。そう思ったのだ。









これで第6章終了です。

次章は久々に外交編……かな?

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