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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その6・たまには過去を振り返ってみましょう

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85/118

85.どうやらお子さんは反抗期のようですね

 ――まずは自分自身の記憶を取り戻そう。

 さっきまでは「何を忘れているのか」すら分からなかったから何の対応も取れなかったけど、今なら何を忘れたのかも、誰が改ざんの処置を行ったのかも大体は分かる。


 記憶関係に関するデリケートな魔術は苦手だけど、ここまで出そろっているなら、後はその力の残滓に沿って記憶の扉を開けてやればいいだけだ。それくらいなら、私にだってできるはずだ。

 もちろん失敗するリスクはあるけど、途中で変に気を逸らさなければ問題はない。


 目を閉じて、ゆっくりと息を吐きだす。知恵の輪を組み解くが如く、自分の奥深くに潜った術式を解呪する。 

 複雑に絡んだ糸を、一本ずつ丁寧に解いていく。その術式から感じる祖母の懐かしい気配に、何だか泣きそうになった。


 ――本当に、あの人には迷惑をかけたと思う。きっと私は誰よりも不出来な孫だったことだろう。一応、その自覚は私にもあった。

 ああ、でも―大切にされてたんだなぁと、心の底から実感する。面倒ならば、私を見捨てることだってできたはずだ。馬鹿だ阿呆だと切り捨てて、見殺しにすれば良かった。だって、どう考えても私が悪いんだから。


 いくら知らなかったとはいえ、私は一族の禁忌を破った。それどころか、これから先に生まれてくる子供――姉の子孫にも大きな負担をかけることになってしまったのだ。

 無知は罪悪だ。私は一族のこれまでの努力を、全てを台無しにしようとした大罪人だ。それはどう考えても許されて良いことじゃない。


 『黒曜』という名前を得て力を増した祟り神への封印を強化し、なおかつ私への監視―-という名の保護を怠らない。人並みの術者では、出来るはずもない芸当だ。


 いくら祖母が優秀だとしても、それらに掛かる負荷は途方もないものだったろう。それでも祖母は、私が倒れたあの日以降もいつも通りに見えた。

 いつも通りに笑って、私の看病をしてくれた。「仕方がないなぁ」とでもいいたげに、優しげな笑みを浮かべて。


 ……本当に強い人だった。そんな人の孫であることを――私は誇りに思う。


 ぱきん、と頭の中で何かが割れる音が聞こえた。欠けたピースが埋まるかのように、虫食いだらけだった記憶が急速に修復されていく。

 その情報量の多さに、よくもまぁこんな状態で疑問も持たずに暮らしていけたものだな、と苦笑した。


 ああ、違和感すら感じない程に、本当に丁寧にかけられた術だった。閉じた目から、一滴だけ涙が流れる。


 ――お帰りなさい、私。やっと会えたね。ずっと放っておいてごめん。もう二度と手放さないから。


 でも、再開を喜んでいるばかりではいられない。私にはまだやるべきことがあるのだから。


「いるんでしょう?そこに」


 そうして私は部屋の奥、待ち人がいるであろう場所に声を掛けた。

 きっと今まで律儀に声を掛けずに待ってくれていたのだろう。その気遣いは、もっと別の所に発揮してほしかったけども。



「初めまして、黒曜。――そして、久しぶり(・・・・)


「―-ああ、久しいな。我の愛し子」



 そう言って、黒蛇――人型を取った黒曜は私の前へと姿を現したのだ。







◆ ◆ ◆



 黒曜の記憶を見たかぎり、半分も理解できなかったけど、あと数年もしない間にとんでもなく強い奴があちらの世界へ私のことを殺しに来るらしい。よくわからないけど、怖いな。

「何百何千と時空を超えて繰り返されてきた、蠱毒の儀式。誰が考え出したかしらんが、迷惑なことだ」と、吐き捨てるように黒曜が言っていた。

 神様が言うからには信憑性が高い話なんだろうけど、いまいちピンとこない。


 つまり黒曜としては、その襲撃で死んでほしくないから、すべてを捨てたとしも元の世界へ戻ってきてほしいのだろう。

 

 ――それは間違いなく、私のことを想っての行動だ。


『幼い私』にとって黒曜は兄のような存在であり、父であり、良き友であった。


 言葉を話す黒蛇。

 確かに見た目は恐ろしい生き物だったけれど――彼は一番辛かった時に側にいてくれた。懐く理由なんて、それだけで十分だろう。


 黒曜はいつだって私に優しかった。困ったことがあれば相談にのってくれて、有益な助言をしてくれた。


 そして何よりも、私は嬉しかったのだ。

 私と黒曜(かみさま)だけの秘密の逢瀬。それがとても特別なことのように思えて、幼い私の心は満たされていった。


 ……いや、別に特別になりたかったというわけではなく――ただ単におとぎ話の主人公になったかのような、ふわふわとした昂揚感が好きだっただけかもしれない。


 非現実に触れることで、現実の痛みを忘れようとした。それは、逃げだったのかもしれない。いや、事実逃げでしかなかったのだろう。

 幼き日の私には、現実に向き合うだけの強さが無かったのだ。今更それを糾弾するつもりはないし、今なら子供なんてみんなそんなものだろう、という達観もできる。


 そんな中で、『逃げ道』を用意してくれた黒曜に心を預けてしまったのは、ある意味当然の結果ともいえる。


 でもだからこそ私は黒曜の支配――もとい、庇護下から脱却しなければならない。たとえそれが、私を想っての事だったとしても。



 ……そう考えていたのだけれど。



「ここから出して」


「駄目だ」


「…………」



 もうずっと、このようなやり取りが続いている。


 初めは今までの近況や、過去の思い出など、他愛のないことを話していたのだけれど、本題に入った途端にこれだ。私が何を言っても、黒曜は意見を変えたりしない。


 泣き落としもしてみたけれど、全然靡いてくれない。このまま延々と説得を続ければ、ちょっとくらいは譲歩してもらえるかもしれないけど、神様相手に根競べをするのはちょっと遠慮したい。

 勝てる気がしないし、何よりも上手く言えないけど、そんなに時間を掛けてはいけないような気がするのだ。


 ……正直に言うと、「何とかなる」と思っていた。

『私のことを想ってくれてるなら、私の意見を優先してくれる』そんな甘えが無意識の内にあったのだと思う。ぶっちゃけ甘かった。かき氷のシロップよりも甘かった。


 そもそも大前提として、黒曜は私のことを大事に思っているみたいだけど、私がそれをどう思うかはあまり気にならないらしい。

『全部こちらで良いようにしてやるから、黙ってついてこい』みたいな感じ。一昔前の頑固おやじか何かだろうか。

 愛情の方向性が独善的過ぎて話にならない。暖簾に腕押しをしているかのような気分だ。


 問答に飽きた私が拗ねたように口を尖らせると、黒曜は微笑ましそうに笑って私の頭を撫でてくる。まるで、幼い子供にするかのように。

 その温度ない手を享受しながら、私は黒曜を見上げた。目が合うと、にこりと慈愛がこもった笑みを向けられる。


 その笑みを見て、私は悟った。

 ――この人の中では、私は『幼子』のままなんだな。


 いくら外見が年を取ろうとも、心が成長しようとも、彼にとって私は、あの日目を赤くして泣いていた幼子でしかないのだ。

 そんな子供が自分の意見を言ったところで、『大人』である黒曜が取りあうわけもない、か。


 黒曜が私に抱くそれは、間違いなく『愛情』なのだと思う。それも、私がずっと心の奥で望んでいた、『家族からの愛情』だ。

 今だって、その愛情の上に胡坐をかいて、嫌われないように言葉を選んで説得をしようとしている。


 ふはっ、と奇妙な笑い声が自分の喉からもれた。

 

 ――そんなざまで、生粋の神様の意思を変えられるものか。


 ああ、腹立たしい。いつの間に私はこんなに臆病になってしまったのだろう。

 自分の我を通そうとしている癖に、嫌われたくない(・・・・・・・・)だなんて、なんて温いことを考えていたのだろうか。


 勘違いするな――これはある種の戦いだ。私はそれに勝って、そして帰らなければならない。その為なら、何だってすると誓ったろうに。


 ぐっと右手を強く握りしめる。甘えるな。

 ――子供の時間(モラトリアム)は、もう終わりだ。


 押し黙る私を心配したのか、黒曜が心配そうに声を掛けてきた。



「どうした?」



 私はその問いに答えず下を向いたまま、ぱしりと頭に添えられた手を弾き飛ばした。小さな衝撃音が、静かな部屋に反響する。


 説得はきっと無理だ。彼を宥める言葉が、私には思い浮かばない。



「あのね、私もうすぐ二十歳になるんだよ。もう、小さい頃のままじゃないんだ」


「何も変わらないだろう。お前はお前のままだ」


「そうだね。でも、自分の選択に責任を持つくらいの度量はあるつもり。だから――」



 だから、私は。


 ――勇気はあるか?

 そう自分に問いかける。正直ちょっと自信が無い。でもそれ以上に、意地やちっぽけな矜持が私の心を奮い立てる。


 ――やってやろうじゃないか。ここが私の正念場だ。どんな困難でも、どんなに高い壁だろうと、戦わなければ前へは進めない。

 今までもそうしてきた。これからも、きっとそうするだろう。


 決してそれは義務ではない。逃げたければ逃げればいい。でもそんな弱い私を、私はきっと愛せない。誰よりも、何よりも、私が私を認めてあげなくては。

 そうでなくちゃ、私は明日を笑って過ごせない。



「もう、いいよ」



 すっと顔を上げる。


 相手は格上? 神様? 祀るべきもの? ――それがどうした(・・・・・・)

 勇者の名はもうとっくの昔に返上してしまったけれど、今日だけは返してもらおうか。

 さあ謳え。己が蛮勇を称えよ。神様相手に喧嘩を売るのは人間の専売特許だ。

 ――そうだろう? 過去の英雄達よ。


 ざり、と右足を踏みしめながら、口元に笑みを浮かべる。


 ――勝率は?

 考えたくない。

 ――作戦は?

 あるわけがない。

 ――でも、心意気だけは有り余るほどにある。


 さあ無茶をしよう。しばし痛みを忘れよう。ただひたすらに笑みを浮かべて舞い続けよう。

 我を通すっていうのは、つまりそういうことだ。



「これ以上私の邪魔をするなら――力ずくでも押し通る」


「……ほう?」



 黒曜が、笑みを浮かべながら目を細める。それは明らかに嘲笑で、こちらを馬鹿にするものだった。

 お前にそれができるのか?とその目は雄弁に語っている。



「お生憎様。――諦めの悪さには定評があるんだ」


「抜かせ小娘。――少々、躾が必要なようだな」



 ――こうして、一方的(・・・)な戦いの火蓋は切られたのであった。




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