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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その6・たまには過去を振り返ってみましょう

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68.母親という存在が最強なのは確定的に明らか

 ――あの体力的にキツかった追いかけっこから、早ひと月。


 無事に新しい年を迎え、移民達も段々とこの街の営みに馴染みつつあった。

 オリエンテーションのおかげか、来た当時でもかなり打ち解けてはいたが、こうやって外を歩くと、半魔族と人間の子供が入り混じった笑い声をよく耳にする。


 ――この寒い中、元気がいいなぁ。と微笑ましく思いながらも、ほぅ、と私は白い息を吐きだした。

 外の空気はいまだ突き刺すような冷たさを保っており、まだまだ寒い冬が続きそうだな、と私は苦笑した。


 先ほど新年、とは言ったものの、今回は特別にお祭り騒ぎなどはしていない。精々教会で祝い菓子を配るくらいだ。

 まぁ、こちら側が新年の祝い事を催す余力――この場合は体力的な意味でだが――が無かったことが大きい。人材不足は未だ深刻である。


 あと今更かもしれないけれど、この世界の『新年』の概念は、地球のそれに酷似している。一年の周期も十二ヵ月だし。それに幸か不幸か、この国の気候は日本に近い。それだけでもだいぶ気が楽だ。

 もしかしたらここは、別の世界というよりは、異なる発展をしたパラレルワールドのようなものなのかもしれない。

 まぁ似ている方が、カルチャーショックが少なくて助かるんだけど。



「でも、やっぱり寒いものは寒い」


「なんですか、いきなり」



 レイチェルと二人、連れ添って石畳の道を歩く。


 ヒュウ、と風がふくたびに両手をさすり、小さく震える。

 ああ、こんなことならばもっと厚着をしておけばよかった。最初は魔術で私の周りだけ温度調整してしまおうかと考えたのだが、「示しがつきませんよ」とレイチェルに言われて渋々断念した。

 つまるところ「お前ひとり楽してんじゃねーよ」ということである。来世は南国に住みたい。切実に。


 ちなみに私達が今向かっているのは、この国唯一の病院だった。病院とはいっても、まともな医学を学んだものはおらず、設備だけが整っているアンバランスな施設なのだけれど。

 それでもまぁ、今はべス君に任せて何とかなっている。


 医学を齧っている移民の子達に、学者連中に協力をあおいで、ある程度は形になってきているけど、まだまだ道は遠そうだ。もうしばらくはべス君主導の管理が続くことだろう。


 でも流石に看護師さんは女性にお願いしている。べス君の姿は、弱っている病人には刺激が強いらしいし。確かにいきなり目に入ったらビビるけど、よく見たら結構かわいいのになぁ。



「彼女の予定日も、もうすぐですね。ふふっ、きっと元気な子が産まれますよ」


「女神様のお墨付きを貰えるなら、タニアさんも安心するだろうね」



 そもそも、ガルシアの血を引いている時点で、そのあたりの心配はいらなさそうだけど。タニアさんもああ見えて、結構頑丈だし。


 そんなことをつらつらと話しながら、私たちはタニアさんの病室の前までたどり着いたのであった。






◆ ◆ ◆




「まぁ、わざわざお見舞いに来てくださったのですか? ありがとうございます、魔王様」



 そう言って朗らかに笑いながら、彼女――タニアさんはそっと備え付けの椅子に向かって手を差し出し、どうぞお座りくださいと告げた。

 軽く礼を言い、椅子に座る。


 レイチェルが隣にいることは告げなかった。それは本人の希望でもある。

 いわく、『私がいるとわかれば、きっと気兼ねしてしまいますから』とのこと。

 神様が人に引く線引きってやつは、私にはいまいち理解できないけど、本人がそれを望んでいるのだから、私がとやかく言うべきではないだろう。


 彼女のベッドの上には、白い小物がいくつか置いてあり、その内の一つはまだ大きな毛玉に繋がっている。どうやら、手作りのようだった。



「これ、みんな手作りなの? かわいいね」



 そう言って、小さな靴下のようなものを手に取る。

 私の手の半分くらいしかないそれをまじまじと見つめていると、タニアさんが照れたように笑った。



「そこまで大したものではないですよ」


「そんなことないと思うけど。たぶん私には作れないだろうし」



 私がそう言うと、レイチェルがうんうんと大きく頷いていた。、タニアさんに見えないのを良い事に、私に対しては本当に失礼な奴である。

 でも言い返せないのが悔しい。ほぼ事実なわけだし。


 恐らくきちんと作れば形はとれるだろうけど、こんなしっかりした物が出来上がるとはまったく思えない。

 いうなれば、私はわりと大雑把なのだ。しかも適当な感覚でいじるため、おかしな物が出来上がることもしばしば。

 私自身はよかれと思ってしていることなのに、どうしてそうなるのか納得がいかない。


 でもよくよく考えてみれば、私の魔術特性からして破壊特化だし、何かを『創造する』ということが絶望的に向いていないのかもしれないな。

 だからこそ、こうして卒なく何かを作れる人のことは、素直に尊敬できる。



「あんまり根をつめちゃダメだよ? 予定日まであと一週間も無いんでしょ?」


「いいえ、これくらいなら大丈夫ですよ。それにこうやって寝ているだけですと、時間がもったいないですから。――別に入院するほど体調も悪くはありませんし、あの人は少し心配し過ぎなんですよ」



 少し不満そうに、でもどこか嬉しそうに微笑みながら、タニアさんはそっと大きくなった腹部を撫ぜた。


 産まれてくる子を優しく労わるようなその様子を、まるで遠い世界の出来事のように見つめながら、――ああ、これが『母親』ってやつなんだな。とぼんやり思った。


 母親になる女性が、こんなにも神聖なものに見えるなんて。慈母神と謳われるマリアンヌ様の教会が最大手なのも納得の神々しさだ。


 ――でもこの光景を見て、どこか寂しいと感じてしまうのは、私の母親がすでにこの世を去っているからなのかもしれない。


 私の母親、いや両親は、私が幼いころに事故で亡くなっている。

 それが物心がつく前後だったためか、私は両親との記憶があまりない。二人の顔を写真でしか認識できないというのは、少しばかり親不孝なのかもしれない。

 

 ――優しくて善良な人だったと、親戚のみんなが言っていた。

 その真偽なんて今となっては確かめようもないけれど、娘である私がこんな風に育ったことから考えて、一筋縄ではいかない人物だったんだろうな、と勝手に思っている。


 タニアさんを見ながら、私は考える。

 両親が側にいる生活とは、いったいどんな感じなのだろう? 

 私には想像することしかできないけど、それはきっと、とても幸せなことなんだと思う。



「暫くの間は、ガルシアが早く帰れるように仕事量は調節しておくからさ、あんまり心配しないでね。何かあったら、私も駆けつけるし」



 気兼ねせずに何でも言ってよ、と軽い調子で付け加える。産後は色々と不安だろうし、できるだけ家族とは一緒にいさせてあげたい。


 それに向こうからのお願いごとであれば、私も会いに行きやすいし。

 小さな子供はともかく、赤ちゃんとは触れ合う機会なんてほとんど無かったものだから、ちょっとテンションが上がっているのかもしれない。まるで初孫を喜ぶお祖母ちゃんのような心境だった。


 そんな上機嫌な私を見て、タニアさんは何かを決心したかのように、口を開いた。



「あの、魔王様に一つだけ、どうしてもお願いしたいことがあるのですが……」



 本当は産まれてからにしようと思ったのですけれど、とタニアさんは申し訳なさそうに続けた。



「うん? 何かな?」



 タニアさんは私の右手を掴むと、その手をゆっくりと自分の腹部に(いざな)った。突然のことに、びくりと肩が震える。


 咄嗟に手を引こうとしたが、その儚げな外見からは予想ができないくらい力強く掴まれていて、それもかなわない。

 いや、できることにはできるだろうが、妊婦相手に力を込めて手を振り払うなんて、いくらなんでもできるわけがない。


 どうしようと悩んでいるうちに、私の右手がその大きなお腹に触れた。

 布越しにでも分るくらい、ドクンドクンと自分が生きているということを力強く主張している。

 その暖かくてやわらかな感触に、いよいよ私はどうしていいのか分からなくなる。


 ――こんな壊れやすい存在に、私なんかが触れていいのだろうか。そう思い、何だかいたたまれなくなった。


 私はこの時、ひどく困惑した顔をしていたことだろう。そんな私を見て、タニアさんは包み込むような微笑みを浮かべた。



「魔王様に、この子の名づけ親になっていただきたいのです。あの人とも、ちゃんと相談しました」



 ――この子の名前を、私が?


 いきなりのことに、思考が停止する。名付け親というと、その、あれだ。かなり重大な役目ではないだろうか。

 それに先ほどの台詞だと、もうガルシアとも話がついているのだろう。だから私が今日出かけると言ったら、妙にそわそわしていたのか。……でも、



「その、私よりもレイチェルとかの方がいいんじゃないかな。名前って、とっても大事なものだから。何なら私からレイチェルに話も通すし……」



私が自信なさ気に視線を逸らしてそう言うと、隣に立っていたレイチェルが咎めるような目で私を見てきた。

だって、そうじゃないか。『魔王』よりは『女神』の方が霊験あらたかだし、縁起もいい。


 ぐっ、と私の手を握る力が強くなる。思わず顔を上げると、タニアさんは私の手を両手でしっかりと掴み、緩やかに首を振った。



「いいえ。――いいえ、魔王様。私はそれでも貴方がいいのです」



 彼女はまっすぐな視線を私に向けた。



「本当はね、この子のことがとても怖かったんです。――もしも魔族の血が濃く、見るに堪えない異形が産まれてきたとしたら、自分はちゃんとこの子を愛せるかどうか、ずっと不安でした」



 彼女は申し訳さなそうな顔をして、そう告げた。


 ……それはたぶん、大半の半魔族が抱える悩みだろう。

 この国に住む半魔族の容姿は、比較的人間に近い。人間の血が入ったことにより、魔族よりの容姿の者の絶対数が少ないというのもあるだろうが、その多くは生まれてすぐに死亡したのだと思う。


 こういう言い方はあまり好きではないが、人の形から外れすぎた異形の者は、人間からも、半魔族からも、――生き続けること(・・・・・・・)を望まれていなかったはずだから。


 この世に生まれてきただけで背負う罪など、あってはならないと思う。

 でも私は、それが綺麗事(ぎぜん)であると知っている。そんなつたない理想論で割り切れるほど、人は聖人君子にはなれない。悲しいけれど、それが現実だ。



「それにたとえ問題なく産まれてきてくれたとしても、『親』というものに愛されたことのない私達が、ちゃんと子供を育てられるんだろうかって、怖くて。不安で眠れない日もたくさんありました。体調を崩したのも、ちょうどその頃です。でもあの日、皆が協力して魔王様を追いかけている様子を見て気づいたんです。――ああ、この国でならばきっと何があっても大丈夫だと。たとえ私達が道を間違えたとしても、誰かが正してくれる。もしたとえ姿形にハンデがあったとしても、この国でならばきっと乗り越えられる。……そんな風に、思えるようになったんです」



 ふわり、と花がほころぶ様な顔をして、彼女が微笑む。



「みんな笑っていました。みんな楽しんでいました。二年前まで死にそうな顔をしていた仲間達だって、あんなに人間と打ち解けて……。本当に、夢のような光景でした。――私はね、魔王様。この子が大きくなった時に自慢してあげたいのです。こんなに素晴らしい国の王様が、あなたの名前を付けてくれたのよ、って」



 そう言いながら、彼女は泣き笑いのような笑みを浮かべた。


 ……私には、そこまで尊敬されるほど大層なことをしているつもりは一切ない。

 私はただ自分が好きなように生きているだけで、彼女が思うような思慮深い人間ではなないと思う。


 それに彼女が「ここは素晴らしい国だ」と感じることが出来るのは、決して私だけの力によるものではない。


 ――一人は皆のために。皆は一人の為に。それがたとえ綺麗事であったとしても、信じて一緒に歩んでくれた彼らの助けがあってのことだ。


 ああそれでも、この無垢な信頼を。誉ある尊敬を。泣きそうになるくらいの優しさを。

 ……受け入れても、いいだろうか。すべては私の成果であると、心から誇ってもいいだろうか。

 ――少しくらい自信をもって、胸をはって生きてもいいだろうか。


 大丈夫ですよ、と小さな声が私の耳に届く。

 そっとレイチェルが、私の肩に手を添えた。霊体だから感触も何も感じないけれど、それでもどこか暖かく、安心する。

 ああ、もう。こういう時ばかり神様らしくなるなんて、ずるいだろう。本当に、私の女神には勝てないな。



「我儘なことを言っているのは分かっています。でも、どうかお願いできないでしょうか?」


「……そこまで言われて断れる奴がいるなら、私はぜひとも顔を見てみたいよ」



 私の右手を握っている指を解き、彼女の小指にそっと自分の小指を絡める。



「約束するよ。その子の名前は、責任をもって私が考える。――だから、タニアさんも頑張ってね」



 ゆーび切りげんまん、うーそついたらはーり千本のーます、――ゆーび切った。


 私がそう歌って指切りをすると、タニアさんはその大きな目をまるくして、本当にうれしそうに微笑んだ。


 指切りとは、一種の呪いだ。違えれば災厄が降りかかる。


『約束は決して違えてはならない』


 そう私に教えたのは、いったい誰だったか。思い出せないけれど、そんなのは言われるまでもなく当たり前のことだ。別に思い出せなくても問題はないだろう。






◆ ◆ ◆





「――ああ、そうだ。『約束』は守らねばな」



 この世の穢れを溶かし込んだような暗闇の中で、ナニカが哂う。



 ――約束の時は近づいていた。








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