54.規約/劇薬
それから数日後。恙なく移民の受け入れは終わり、少々ごたついた事はあったが特に主だった問題は起こらなかった。
移民の構成としては、元貴族が一割。
この『元』というのはこの国に移住する際、『貴族』という称号を失う事を意味する。その事は事前に説明してある。それは彼等も了承済みだ。
というか、今はまだそういう特権階級の存在はこの国には無い方がいいと思う。役職における立場はあっても構わないが、血筋による優位はこの国ではある意味鬼門だ。
半魔族に対し腫物を扱う様な対応をするつもりは無いが、あくまでも『対等』という立場は崩したくない。まぁ、その辺はこれからの課題でもある。兼ね合いが難しいのは承知の上だ。
そして商家。専門的な特殊技能を学んだ者が三割。
この世界、いやどこでもそうだろうがたかだか十年やそこら学んだだけでそういった技能者を『一人前』と呼ぶことはまずない。彼等はある意味特殊枠だと認識しているため、生家や師事していた工場等には連絡が取りやすいように配慮するつもりではある。これから先、国をまわしていくための大事な人材だし。
そして、残りの六割は魔王の侵攻により家族を失った戦災孤児だ。私としてはその子達の事が色々な意味、――半魔族に対する心情等や、住んでいた場所による常識の違い等で心配だったんだけど、その辺は選定を行ったヴォルフを信用しようと思う。
何か問題が起こったのならば、私が直接出張るのもやむを得ないだろうと思っていたのだが、今の所は大丈夫そうだった。
私が思っていたよりも、移民側の子達の礼儀がしっかりしていた事が要因だ。それは、暫くの間移民を留めてもらっていた各国の計らいも大きかったかもしれない。
各国としては、自分達が進めた移民が問題を起こす事を良しとしなかったのだろう。彼らが滞在した一月ほどの間に、ある程度の一般常識を教育してくれたのだと、後で伝え聞いた。
恩を売られたなぁ、とも思ったがこちらの利の方が大きいので、文句はない。後でそれなりに礼は尽くさせてもらおう。
――そして、ようやくオリエンテーションの説明日が来た。
今回の集まりでルール説明と、チーム分けの発表を行い、一週間後の本番に向けて作戦を練ってもらう形となっている。
そのルールの内容を最終確認したのだが、「え、これで勝率五割なの……?」と思いたくなるくらいの鬼畜仕様だった。もちろん、私に厳しいという意味で。
私は約六時間の間、上半身拘束及び魔術の制限、ほぼサポート無しの状態に対し、追跡者はトーリやレイチェル&ユーグによる私の居場所のリーク、ヴォルフとフランシスカの作戦協力、一足先に入国していた学者連中の技術協力。まぁ技術協力と言っても、道具の原理だけ出してもらって作成自体はべス君に任せるんだけどね。ある意味発明系の学者にとってはお得なイベントかもしれない。
そしてさらにミニゲームのクリア報酬として、町中に設置された転移陣を移動するための転移符。捕縛の為の捕縛符。etc……。うん、格差がヤバいな。正直私も追う方にまわりたいくらいだ。
尚且つ、所々に趣向が凝らされており、追跡者側が厭きないようにエンターテイメント性にも優れている。遊戯性は十分だった。
――そう。そうだというのに。
「なんか、テンション低いなぁ」
ステージの上に立ちルールを説明しているフランシスカと、講堂の中に集められた人々を見渡しながら、私はそう呟いた。
講堂の中はちょっと広めの体育館の様になっており、二階には観客席の様な場所が設けられている。
私とユーグとレイチェルは舞台上にはではなく、皆から死角になる場所からそれを見ていた。まぁ、壇上からはこちらが見えるけど。
「お互いが相容れないって言うのなら、この空気も分からなくないけど、これはちょっと違うよね。なんかほら、『諦め』に近いっていうか、そんな感じ」
見た限りギクシャクはしているものの、半魔族と人間の対立という構図ではない事は確かだ。そんな彼らの普段と違う様子に、壇上に居るフランシスカも困惑気味だ。いったい何だというのか。
私が怪訝そうにそう言うと、ユーグが困った様に言った。
「えっと、僕はちょっと皆の気持ちわかります」
「え?」
私が驚いたようにそう返すと、ユーグは少し申し訳なさそうに話し出した。
「確かに楽しそうな催しですけど、相手が魔王様ですから。勝ち目が無いですもん。いくら賞品が豪華だったとしても、勝てない勝負はつまらないですよ」
その言葉にハッとする。
確かに盤上の勝率は五分五分だ。だがその相手が、彼らが『絶対』だと信じている魔王であるなら?
いくらハンデを付けようとも、有利な条件を重ねようとも、私が培ってきた武勇と功績に勝る事は無い。すなわち、初めから負け戦が決まっている――。彼らは恐らくそう思っているのだろう。
「そういうものですか?」
レイチェルが問う。
「そうですよ。ニンジンを目の前に吊るされた馬が、幾ら走ってもそのニンジンに近づかない事に気が付いたら、走りたくなくなるのと一緒です」
言いえて妙な例えだった。だが、五分の勝負であることを、きちんと説明してあるユーグですら、これをワンサイドゲームだと言い切るのは少し問題だ。私自身としては負けても全然おかしくないとすら思っているのに。薄々は気が付いていたが、此処まで意識の差があるとは思っていなかった。
「つまり、私が素晴らしすぎるのが原因か」
「……………」
あ、レイチェルさんその冷たい目と無言の返し止めてください。地味に傷つくから。
「冗談はさておき、私が元凶なのは間違いないか。フランシスカも良かれと思って私を押してくれたのに、まさかそれが裏目に出るとはなぁ」
フランシスカは元より、トーリもガルシアも反乱に関しては問題ないと太鼓判を押していた。
その事に気づく為には、きっと彼らは魔王の側に居過ぎたのだ。一緒に居ると、どうしても気安くなるし、お互いの底が分かってくる。
だからこそ、あのルールで『五分』であると判断した。それ故に参加者側の心情を読むことが出来なかったのだ。
……一つ気がかりなのは、本当にヴォルフがこの事に気が付かなかったのか、という事だ。私は彼の性格は兎も角、能力には絶対の信頼を置いている。だからこそ、彼にしては珍しいミスだと思う。わざと見逃した、……何てことは無いか。そんな事をしても何の得にもならないし。
「でも、今さら役を代えるわけにもいきませんからね……。どうしましょう」
「私以外が追われ役をやるなら、それこそルールから変えないといけないしさ。最悪、下手したら死人が出るよ?」
べス君に代わりにやってもらっても結果は一緒だろうしなぁ……。なんか皆、べス君の事を私の眷属の邪神とでも思っているみたいだし。でも何で邪神呼ばわりされているんだろう。私にはさっぱりだ。
だが、そうは言ったものの、このままでは拙い。
このままでは本来の目的が果たせなくなる。あくまでも彼らの交流がメインなのに、こんな諦観モードでは上手く行かないだろう。不参加という事は無いだろうけど、手間暇かけた催し事を軽く流されるのは少し癪だ。
だがしかし、フランシスカが軌道修正をしているようだが、彼らの熱は冷めたままだ。彼女の話術を持ってしても無理だと言うのならば、これはもう私が出るしかないだろう。
でも鼓舞した所で彼らの気持ちは変わらないだろうし、いっそのこと煽ってみるか? あれって意外と加減が難しいんだよなぁ。即興だと少し厳しいかもしれない。だけど、やるしかないか。
そう思い、一歩踏み出そうとした時、舞台の横に控えているヴォルフが視線でこちらを制した。まるで『出て来るな』とでも言いたげに。……何か策でもあるのだろうか。
「………………」
少し迷ったが、任せる事に決めた。
この説明会に私を組み込まなかったのは、私抜きでも問題ないとヴォルフ達が判断したからだ。その彼が来るなと言うのだから、私は上司として彼を信用し、ドンと構えておくべきだろう。私はそう結論付けた。
そして、少し重苦しい空気の中、フランシスカが気落ちした様子でルール説明を終えると、ヴォルフがスッと前に出てきた。
すれ違うフランシスカの方をポンッと、労わるように叩くとヴォルフは凛とした動作で壇上に立つ。
「――――長らくのご清聴まことにありがとうございました。この後は、名前を呼ばれた順に各チームの作戦室に向かってもらう事にあるのですが、その前に私から少々申し上げたい事がございます。もう暫しお付き合い下さい」
ヴォルフはそう滑らかに言い切ると、講堂の中にいる人々を一度ゆっくりと見渡し、フッと柔らかく微笑んで見せた。
「うっわぁ……」
私はそれを見て、思わず眉を顰め、嫌そうな声を上げた。
ユーグとレイチェルが訝しげに私を見つめる。それはそうだろう。ヴォルフはただ笑っただけだ。――だが、私は知っている。あの笑みが指す意味を。
「どうしたんですか、魔王様?」
ユーグが小首を傾げて聞く。
……ヴォルフはああ見えてかなりの毒舌家だ。
最近は私を甚振るのにご執心、と言うと聞こえが悪いが、でも大体そんな感じだ。だが、その毒もたまに薬になるから余計に性質が悪い。
だが、あの笑顔。あの笑顔だけは話が別だ。
かつてフィリアで話した時、救済の儀式の詳細を考えた時、敵国への対抗勢力を作ろうと言いだした時、その悪巧みの前、必ず彼はあの笑顔を浮かべていた。
……笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点であるとよく聞くが、その言葉がこれ程までに相応しい状況は無いだろう。
ああ、嫌な予感しかしない。
「これは、間違いなく荒れるぞ」
私がそう言った瞬間、ヴォルフは魔術的処置がされたマイクを手に取り、息を吸いこみ、そして前をしっかりと見つめた。ヴォルフのただならぬ雰囲気に、集まっている者達も、少々だらけていた姿勢を直し、聞く体勢に入る。
その彼らの様子に、ヴォルフはそれでいいとでも言いたげに軽く頷くと、ゆっくりと口を開いた。
嘲るように、嘆くように、諭すように、何よりもその声に怒気を滲ませて、彼は言う。
彼が最初に紡いだ言葉。それは――、
「――――どの面を下げてこの場に立っている。この負け犬どもが」
――――間違いなく、『劇薬』だった。
※アリアンローズ様にて書籍化が決まりました。
これも一重に応援してくださった皆様のおかげだと思います。これからもお付き合いいただけたら幸いです。




