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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その4・緊急事態に備えましょう

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49.命の耐えられない軽さ


魔王(アンリ)は机の上に広げられた書類を確認し、満足げに頷いた。



 ――その後の話し合いで決まった事は主に三つ。



 一つ。 学者一人に対する助手、もしくは付き人は三人までとする。


 勿論実験等で人手が必要ならば特例は許可するが、こちらとしてはあまり大人数の受け入れはしたくはない。

 今の段階で既に百名程の志願者が居るのに、これ以上増えるとなるとこちらとしても管理が行き届かない危険性があるからだ。いくらべス君が優秀とはいえ、やはり細かい機微まで感じ取れるわけではない。


 今の所半魔族(ハーフブラッド)達の居住区とは反対側の西区が空いているので、その辺りを研究施設に改装する事にする。今度こそは倒れない程度の魔力搾取で済むように、きつく言いつけておくことにしよう。



 二つ。 移民は全部で五百名まで。なお、年齢制限(五歳から十五歳まで)を設ける。


 移民を実行するにあたり、一番の危惧は人間と半魔族(ハーフブラッド)の衝突だった。

 私だって、その問題が簡単に片付くとは考えていない。だからこそ、苦肉の策がコレだった。

 『まだ若い子供ならば、価値観の修正もしやすいだろう』という安易な考えだが、これにはヴォルフも賛成してくれた。どうやら年を取る程、頭が固くなっていくのはどの世界も一緒らしい。


 それと、人間と半魔族(ハーフブラッド)の居住区は分ける事にする。

 これに関しては言うまでもないだろう。わざわざ厄介事を起こす様な配置にするわけにはいかないからだ。


 とりあえず、移民に関する扱いや待遇は、フランシスカに一任する事にした。他者の心を掴むのが上手いというのは、それだけで武器になる。彼女ならきっと双方が納得いくような政策を考えてくれるだろう。


 その事を本人に伝えたら、やや緊張した面持ちだったが、最終的には頷いてくれた。……まぁ、失敗したとしても責任は私が取るから頑張ってほしい。



 三つ。 学者そして移民共に、この(ディストピア)に入国する際にはヴォルフとの面談を必須とする。


 ヴォルフ曰く、その際にこの国、もしくは半魔族(ハーフブラッド)に悪意をもって訪れた者を面談時に弾くらしい。具体的にどうするかと聞くと、「勘です」と彼は真面目に答えた。

 ……うん、まぁ、ヴォルフの超直感は信頼しているけど、字面にするとちょっとひどいな。

 だが、それだけでこちらが背負うリスクが大分軽減される。おおよそ千名は超える人数になるが、それに関してはヴォルフに頑張ってもらうしかないだろう。



「そう言えば、魔王様。例の部族長達との話の件ですが……」


「ん? ああ、例の件ね。何か進展はあった?」



 ヴォルフが言い忘れていた、とでも言いたげな様子で話し出した。



「リストにあった七部族の内、三つの部族長から『近いうちに是非』との返答を頂いています。勿論、念書も抜かりなく。他の部族は、今のところは現状維持を望むようです。ただ、他の国の侵攻があった場合は協力を頼みたいとの事でした」


「流石仕事が早いね」


「いいえ。殆どは彼らを見つけてきたトーリの功績ですよ。俺はただ彼らに話を持ちかけただけですから。……それにしても、あの場にいた誰も気づいてはいないでしょうね。――――俺達が彼等に『国取り』を(けしか)けているだなんて」



 ヴォルフが目を細めて笑った。それに対し、私は苦笑する。


 今回少数部族の長には、他の国とは別に『女神の代行』という名目で、食料を提供させてもらった。定住地が無いという事は、農作地も無いという事だ。それは儀式が始まる前に個別に説明したので、大きな混乱も無かった。


 ただ他と違うのは、彼らに対し、「後日使者を向かわせます」という言葉を伝えた事だ。――敵の敵は味方に成りうる存在だ。声を掛けておくに越したことはない。


 確かに最初の神託で、レイチェルは『儀式』の実行に関して、魔王(わたし)が要求を出す事は無いと言ったけど、――それを政治利用しないとは言っていないし。



「そりゃぁ、この天上天下唯我独尊の魔王様が、少数部族なんかに肩入れするとは誰も思わないだろうね。……というか、作戦の立案はお前とトーリだから。私はそんなあくどいやり方は正直好みじゃないし」


「でも、許可したという事は否定もしていないんでしょう?」


「まぁね……。」



 ――少数部族の殆どは、他の国に迫害された者達の集まりだった。その多くは定住の地を持たず、放浪のままに暮らしている。中には自らの意思で、森や草原で暮らしている部族も少なくはないが。


 そんな彼等にも、共通していることが一つだけあった。


『――かつて部族を迫害して、追いやった国を憎んでいる』


 それは肌の色だったり、宗教だったり、色々な理由があったのだろうけど、彼らにとってその過去は屈辱そのものだった。



 彼らの下へ現れたヴォルフとトーリが言った言葉は、こうだ。



『――――安息の地が欲しくはありませんか?』



 実際はその言葉に至るまで、様々な交渉事があったのだろうが、それを凌駕するほどにこの言葉の影響力は強かった筈だ。



 私の想像の中で、ヴォルフが語りだす。


『――これから先、女神の祝福が受けられなかった国は荒れる。中にはあなた方から物資を奪おうとする国も出てくるでしょう。その時、あなた方は黙って搾取されるつもりなのですか?


嘗て国を追われた(・・・・・・・・)時と同じように(・・・・・・・)?』



 ヴォルフが生き生きとそんな事を言っている姿が目に浮かぶ。

 そうして彼は続けるのだ。



『――取り戻したくはありませんか。父祖の地を。安寧の地を。


 その為であれば、(わたくし)どもは影ながらになりますが、いくらでも手を貸しましょう』


 そうして想像の中のヴォルフは、彼らに右手を差し出すのだ。さながら、聖人の様な笑みを浮かべて。



 そこまで考えて、背筋が震えた。まるで悪魔の甘言だ。


 交渉を行った部族には、儀式に参加していない国を敵国とする者だけを選んだ。流石にこちらに協力的な国まで潰そうとは思っていない。


 勿論こちらとしては騙すつもりなど毛頭ないが、戦争を煽るというのは少しばかり気が重い。



 確かにこの国(ディストピア)に敵対する国が消え、友好的な国が新たに出来ればこちらとしてもメリットがあるが、やり方がえぐい。

 こんな水面下のやり取りは、普通の国であれば当たり前に行っている事だろうが、やっぱりどうにも好きになれそうになかった。暗躍は、苦手だ。


 何だかんだと強がってみたところで、やはり人の生き死にに関わるのは精神的にキツイ。戦争が起きるというのは、つまりそういう事だ。


 私自身に恨みが直接向かうのは全然平気なのだが、私が関わった事を知らぬまま、絶望して死んでいく者がいるという事自体に罪悪感がある。

 ……直接殺すよりも、間接的に殺す方が罪悪感が重いなんて、やはり私は何処かおかしいのだろう。



「そんなに気に病むことはありませんよ」



 眉間にしわが寄っているのが見えたのか、ヴォルフが宥める様な声で言った。



「病むって程じゃないけどね。ちょっと引っかかるだけだよ」


「そうですか。……ですが、我々が干渉しようと、しなかろうと、何れ戦争は起こったでしょう。その中で、よりこの国の為になる方へ賭けただけです。それの何がいけないのでしょうか? 少なくとも俺は間違った判断はしていないと思います」


 ヴォルフの言う通りだ。彼の言葉は正しい。そして何より、彼の理屈に心底納得している自分が居る。



 ――だが正しいからこそ(・・・・・・・)気に食わない(・・・・・・)


 何に対して?


 ヴォルフに? それとも、自分自身に?


 ……私は神様じゃない。だから全てのモノを守れる訳がない。それらを天秤にかけて、大切なモノだけを救い上げるくらしか、私には出来ない。

 私はこの掌に乗っているモノだけしか守れないのだ。それだけを守っていればいい。フィリアの時に、そう誓った筈だ。今さら迷う事も無いだろう。


 ――私は、ただ選んだだけだ。



「――よし、覚悟完了。もうこの話は終わりにしよう。後はヴォルフに任せるから、好きにしていいよ。……でも、レイチェルが怒らない程度にね」


「いや、それが一番の難題なのですが」



 ヴォルフが困った様な顔をする。流石のヴォルフも最後の良心(レイチェル)は手におえないようだった。


 でも、今回の事を黙認した事をみるに多分平気だとは思うけど。



「大抵の事は私が説得するからさ。国全土に疫病を流行らせるとか、死体を串刺しにして見せしめにするとかしなければたぶん大丈夫だよ」


「……そこまでする様な者は、流石に居ないと思いますけど」



 ヴォルフがドン引きしたような顔で一歩後ずさった。私はそんなにおかしなことを言っただろうか。

 中世くらいの世界観であれば、これくらいおかしくないと思うけど。ルーマニアの有名な某公爵もやってわけだし。



「え、私の居た世界だと、昔はこれくらいは普通にやってたけど」



 井戸に毒を投げ込むとか、領地ごと鉄砲水で水攻めとか、それくらいであれば戦国時代の武士もやっていた。


 信長公なんかは特に凄いよね。だって神社仏閣を躊躇なく焼き討つし。尋常じゃなくらいにメンタルが強いと思う。合理的に物事が考えられるというのは、それだけで大きな利点だ。私も見習いたいものである。

 称号だって『第六天魔王』とかもう浪漫の塊だし。誰が言ってたのかは知らないけど。でも、私の様なただの魔王では、彼の足元にも及ばないだろうな。


 そんな内容をぼかして言うと、ヴォルフは頬を引き攣らせて私から目を逸らした。何なんだその反応は。



「と、取りあえず、何かありましたら魔王様に報告するようにしましょう。それでいいですね?」


「うん。それで別にいいけど、なんで目を逸らすの」


「お気になさらず。若干カルチャーショックを受けただけですので」



 いや、それは本来こっちの台詞なんだけど。私から見たらヴォルフも時々だけど十分にドン引きする発言をしているんだけど。私だけがおかしいみたいな反応をされるのは納得いかない。


 そう思ったが、口には出さないでおいた。お互いに、思う所はあるし。


 だが、それでも私の不満げな様子は分かりやすかったらしく、ヴォルフは話題を逸らすかのように別の話をし始めた。



「ええと、魔王様。会食の際に問題を起こした王の事ですが、覚えておいでですか?」


「覚えてるけど、彼がどうかした?」



 私がそう問いかけると、ヴォルフは淡々と彼の行方を伝えた。



「城に戻されたのちに、僅かばかりの財産を持って一人で逃げ出したそうですよ。トーリに探させるほどでもないと思い、今のところは放置していますが」


「ふうん」



 私は興味なさ気にそう呟いたが、心の中では少しだけホッとしていた。


 ――そうか。ちゃんと彼は逃げられた(・・・・・)のか。



 ヴォルフは私のそんな様子が何か引っかかったのか、怪訝そうな顔をした。



「魔王様、あの時彼に何を耳打ちしたのですか? 確かに自分が処断されることが分かっていたらおかしくはない行動ですが、俺にはあの男にそこまでの頭があるとは思えないのです」


「何って、『早く逃げないと死んじゃうよ?』って善意の忠告をしてあげただけだけど」


 別にその言葉に他意はなかった。ただ、彼に対しては怒りよりも、馬鹿なんだなぁという感想しか浮かばなかったし。実際どうでもよかった。


「まぁ、『生きてりゃ安い』ってよく言うし、国の為に謀殺されるよりはマシなんじゃないかなって思って」



 私がそう言うと、ヴォルフはため息を吐いた。



「それは立派な『脅し』と世間では言うのですよ。今頃彼は何処かで『魔王が自分を殺しに来る』と怯えてるでしょうね」


「えっ」



 酷い誤解だ。私にそんなつもりは全然無いというのに。


 私が本気で驚いた顔をすると、ヴォルフは呆れたかのようにため息を吐いた。



「移民の受け入れも一月後に迫っている事ですし、そろそろ本格的に魔王様と俺達の意識の差を埋めていく必要がありそうですね……」


「えー、また勉強ですか師匠(せんせー)



 私のふざけるような問いに、ヴォルフは答えずにただ笑ってみせた。


 だが、目が笑っていない。「さぁ、これからどう料理してやろうか」とでも言いたげな目だった。



「あ、あはは。リタイアしてもいい?」


「ダメです」


 

 ――私は更なる受難の日々の予感に、ただ心の中で涙するのであった。









次の話で第四章終了となります。

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