47.限りなく嘘に近い本音
「我が国『ディストピア』は研究者の受け入れを行おうと考えております」
私のその言葉に、彼らは俄かに騒ぎ立てた。
知識人の囲い込み等と、物騒な事を言っている輩もいるが私にはそんなつもりは毛頭ない。
「……研究者の受け入れとはどういう事かのう?」
イヴァンが不思議そうに聞いてきた。その顔には、わずかに警戒の様子が見て取れる。
他の者も私の返答がよほど気になるのか、口を閉じ、ジッとこちらを見てくる。無理もないだろう。
「言葉のままの意味です。科学、医療、学問から魔術に至るまで、ありとあらゆる分野の研究者の受け入れを行おうと考えています」
「ほう。して、魔王よ。それに関して、わしらのメリットは何じゃ?」
まぁ、それは当たり前だろう。メリット無しに金の卵になるかもしれない学者連中を手放すなど、普通に考えてありあえない。だが、それは違う。
「――逆ですよ。メリットしか残りません」
「ほう?」
「理が違うので此処の技術をそのままお教えするわけにはいきませんが、それでも研究に対する助言くらいは出来ると思います。それと、研究施設や設備はこちらが全て用意しましょう。研究成果もそのままお渡しします。もちろん、対象者の途中帰国も認めます。なんなら制約で誓っても構いません。
――言ってしまえば、あなた方は何の投資もせずに、新しい技術を手に入れる事が出来るようになります」
――そう。研究者の受け入れ自体はディストピアには何のメリットも無い。むしろ設備投資の為の魔力が失われるから、デメリットにしかならないのだ。
「そうやって甘い餌をちらつかせ、研究成果を横取りするのが目的なのではないのか?」
誰かがそう言った。
私はその問いにゆっくりと首を振り、真っ直ぐと前を見て答える。
「そもそも、この城下をご覧になられたのなら解るでしょう?この国はあなた方の手の届かない技術で出来ている。――私にはもう、新しい技術など要りません」
「なら貴方に利が無いというのであれば、何故研究者の受け入れなどという真似をなさるのか」
また、知らぬ顔の誰かが言う。
――あぁ、その質問を待っていた。
――賭ける価値がある。そう相手に思わせたなら私の勝ちだ。
私は大仰に肩を竦めてみせると、大きくため息を吐いた。
「……これは、『女神レイチェルの遣わした勇者』としての最後の仕事です」
私は神妙な顔をして言う。
「――百年。この世界は魔族の侵攻で発展の機会を百年も失った。その弊害を受けるのは何時だって力の弱い民だ。極論を言ってしまうと、この百年を発展の為に使えていたならば、きっと悪環境に強い作物の研究だって可能だったはず」
私のその言葉に、誰もが思案気な顔をする。思い当たる節があるのだろう。
「我が女神はとてもお優しい。――でも私は、それが酷く腹立たしいのです。自身を敬ってすらいない者に対して手を差し伸べるのは、あまりにも節操がない。
……それも全部貴方達が情けないからです。だからこそ、彼女の心配事の種にならぬよう、さっさと発展してもらわないと迷惑なんですよ」
不快そうにそう吐き捨てる。
周りの連中がぽかんとした顔をさらしているが、そんな事は関係ない。
国としての利ではなく、王としての利でもない。ただ、魔王個人の勝手な感情が理由だと言外に言い張った。
『決して侮れないが、何処かまともな感覚とはズレている』
今のこの国にはそれくらいの評価がちょうどいい。
あまり相手に警戒されすぎて、魔王憎しで徒党を組まれても厄介だし。
「だから私には利など必要ありません。……ああでも、そうですね」
そう言って、私は少し考える様な仕草を見せた。
そんな私をみて、彼らは無理難題を言われるかと思ったのか、少しばかり身構えたようだった。だが、その心配は杞憂だ。私の願いなど、とても些細なことなのだから。
「――別に小さくても良いのです。貴方がたの国に、レイチェルの教会を建ててはくれないでしょうか?」
私は、出来るだけ謙虚そうに見える笑みを浮かべ、そう言った。
彼等は、「それくらいならば……」と、口々に比較的好意的な返事を返した。
それはそうだろう。いくら私が信ずるに足らない存在とはいえ、私の言葉が全て本当だと仮定するならば、たかが教会一つのコストで発展への最短ルートが約束されるのだ。
今日此処に来るだけの決断が出来る者ならば、それくらいの条件は安いと思うはず。
――視界の端で、ローランドがにやりと笑うのが見えた。その様子から見るに、私の提案は彼にとっても悪くはないものだったようだ。本当に、腹立たしい。
「さぁ、――どうされますか?」
いくら悩んだところで、時間は有限だ。それにこの場で私に賭けられない様ならば、これから先の付き合いは今後一切無いといってもいいだろう。
私にとっても、彼らにとっても、これはある種の分岐点だった。
◆ ◆ ◆
――その後の話し合いで、大多数の国から私の申し入れを受け入れるという返事をが貰えた。
だが、流石に学者一人きりで来させるという訳にもいかないので、御付の者の参加も検討が必要になってきた。
その絡みもあり、周りの者が半魔族ばかりでは研究者たちの精神も安定しないだろうから、少し人間の移民を受け入れたらどうかという意見もあったので、その事に関してはまた後日話し合おうと約束した。
今後の事も考えると、そろそろ移民も視野に入れた方がいいかもしれない。そのあたりは、相談が必要だが。
とりあえずは、お互いに納得できる形で話が纏まったように思う。予想よりも有意義に事が進んで安心した。
――挨拶もそこそこに、この場はお開きとなった。テラスに来た時と同じように、転移魔法で彼らを送還する。
彼等にとっては、ベルを鳴らすだけの簡単な仕事に見えるかもしれないが、大勢の転移は細かい調整が必要なので正直冷や汗ものだったりする。ばれてないといいけれど。
「――ふう。これで一先ずは終了か」
そうして今回のその結果を噛みしめ、私は一人心の中でほくそ笑んだ。
――ああ、本当に良かった。私の真意がばれなくて。
『学者の受け入れ』云々は、一概に全てが建前だとは言わないが、結局の所ただの撒き餌だったのだ。私の目的は、もっと別の所にある。
重要なのは彼らに『魔王にとって女神レイチェルは特別な存在である』と印象付ける事だった。
彼等からしてみれば、私はさぞ敬虔な女神の信者に見えた事だろう。いや、寧ろ狂信的と言っても過言ではなかったかな?
……不本意ながら、聖遺物を突っぱねなかった事も大きいかもしれない。
レイチェルを祀る神殿の総本山の地位を、さり気なくレーヴェンから奪い取りたかったのだが、聖遺物を分骨されたとなっては二番手に落ち着くほかない。全く対策をしなかった私の失態でもあった。
さて、『教会を建てる』
その意味とは一体何だろうか?
今回のケースで言うと、彼らが魔王に対し『女神レイチェルを我々は尊重していますよ』という意思を見せるという点が大きいだろう。
だが、私――いや、この国にとっては違う意味を持つ。
教会が建つという事は、それすなわち、レイチェルに対する信仰が増える事を意味する。しかもレイチェルの知名度は今回の一件で爆発的に上がっている。いや、上げなくてならなかった。
その為に、わざわざ儀式の様子を中継したのだ。あの映像を見て、その後に畑で実際にたわわに実った麦を見て、何も感じない者など居るわけがない。
その件とは別に、各国のお偉い方が半魔族に向かって拍手をする様はさぞやインパクトがあったことだろう。
まぁ、この事は彼らは帰ってから知る事になるだろうが、今さら取り繕えはしないだろう。彼等は半魔族を認めたも同然だ。
始めはまだ反感があるかもしれない。だがレイチェルへの信仰度が上がる程、巫子であるユーグへの畏敬の念も高まる。
そうなってくると、半魔族がどうの、なんて気にならなくなるはずだ。……かなり人の心理に付け込んだ作戦なので、これに関しては成功する事を祈るばかりである。
だがその不安要素を除いたとしても、彼女の『奇跡』は揺るがない。
そんな状況で、小さなしょぼくれた教会を建てる者はいないだろう。
神殿クラスとはいかないが、それなりの大きな教会であれば、きっと多くの人が集まる事だろう。人の信仰心は、そのまま神の力へと変換される。
そう、もしも大陸の人口の一割ほどの信仰心を集められたなら、――この城を維持するくらいのエネルギーは簡単に手に入る。
私と違って、レイチェルは不変の存在だ。
私が居なくなった後にこの城を任せられるのはレイチェルしかいない。そうでなければ、確実に魔力不足で大勢の人死にが出る。
……もちろん、永遠にそうしろとは言わない。嫌になったなら止めたっていい。本人にはそう言ってある。
それでもレイチェルは笑って引き受けてくれた。
『この国は、私と貴女が始まりなのですから』
だから、自分にも背負わせてほしい。そうレイチェルは言った。
……まったく。此処まで神様を働かせる人間なんて、きっと私くらいだ。レイチェルには頭が上がらない。
「――さて、みんなの所に戻ろうか」
私はそう呟くと、ゆっくりとその場を後にした。




